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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
469/474

蒼の聖剣

 もう限界だ。

 身体が言うことを聞かない。視界が霞む、音がうまく聞き取れない。呼吸がうまくできない。


 誰かが何かを話していたような気もするが、それすらろくに聞こえていない悠馬は、瞳を閉じて地に伏した。


「大丈夫?悠馬の体、本当にマズい状況みたいだけど」


 真っ暗な精神世界。

 外の世界ではなく、精神世界ではまともに機能する目と耳で歩み寄ってきた人物の方を向いた悠馬は、床に着くほどの長い黒髪の着物姿の女性を窺う。


「よくも私の神器をぶっ壊してくれたわね」


「ごめん…」


「怒ってないわ。形あるものはいつか必ず朽ち果てる。神器だって、貴方が知らないだけでたくさん壊れてる」


 バツの悪そうな表情で謝罪した悠馬に甘いクラミツハは、悠馬の背中から手を伸ばし、優しく包み込んでくれる。


「お願い。無茶はやめて。アレは殺して」


 悠馬の身体はボロボロだ。

 最初からルクスを殺すつもりで戦っていればこんな風にはなっていなかっただろうが、ルクスを助けようとするから悠馬は傷を負っていく。


 そんな悠馬の姿を見て、神として…いや、契約者としてお願いをしたクラミツハは、自身の真っ白な手の甲に悠馬に手を当てられ、目を開く。


「耐えられないの。私もあの娘たちが思っているように、悠馬が好きよ?だからこんなところで終わって欲しくない。残りの体力は僅かだけど、今の身体でも、アレを殺すことはできるから」


 体力も僅かで、体も限界。

 シャドウ・レイは無理だろうが、それでもなんとか、混沌を殺すことはできるはずだ。


 そうすればいつもの日常が戻ってくる。

 悠馬だってこれ以上無茶をする必要もないし、完全に混沌を屠ることさえ出来れば、しばらくの安息は許されるはずだ。


 深刻そうに呟くクラミツハの手の甲を撫でる悠馬は、彼女と手を絡め、口を開いた。


「そこにルクスはいないだろ」


「……そうよ。貴方の感情はわかってる。あの娘…ルクスを大切にしたいってことはわかってる!だから殺せないんでしょ!?」


 悠馬と共に生きてきたクラミツハはもう、わかっている。

 悠馬が徐々にルクスを女として意識していたことも、彼女の生き甲斐を、一生をかけて見つけ出そうとしていたことも。


 だからこそ、悠馬に殺せと言っている。

 恋なんて、下手をすれば一時の感情にすぎない。


 ずっと好きだった女の子が他の男と付き合えば、諦める人が大半だし、数年経てば好きだったことなんて忘れてる。


 だから目の前の恋に命をかける無茶をするのは間違っている。


 特に今は世界の命運もかかっているというのに、そんなところで賭けにも近い行動を何度も取るのは、明らかな間違いだ。


 悠馬がこれから生きていくため、そして世界がこれからも存続していくためにもルクスを殺すべきだと話すクラミツハは、悠馬をギュッと抱きしめる。


「うん。そうだよ。俺は多分、ルクスのことが好きだ。アイツが変わっていく…成長していく姿を、そばで見たいと思ってる」


 ルクスがロシア支部のためではなく、自分のために変化していく姿をそばで見届けたい。人としての感情を取り戻し、微笑む彼女が見てみたい。


 クラミツハの手を撫でながら軽く微笑んだ悠馬は、落ち着いた口調で返事をした。


「悪いクラミツハ。俺はもう、花蓮ちゃんの涙を見てから…俺自身の気持ちに気づいてから、やることは決めてるんだ」


「やめなさい!次シャドウ・レイを使おうとすれば、貴方の体には後遺症が残る!下手をすれば異能を使うことすらままならなくなる!そしたら貴方の夢も何もかもおしまいなのよ!?」


「…そうだね」


 夢が潰えるかもしれない。今のように、自由に異能を使うことができなるかもしれない。


 悠馬がさっきやっていたシャドウ・レイを体内に止めるというのは、それほどリスクが高いものなのだ。


 1発目でそうならなかっただけ奇跡的だというのに、それが何度もうまくいくわけがない。


「でも。やるよ、クラミツハ。だから力を貸してくれ。君の力を、君の全てを」


「呆れた…でもいいわ。貴方が死ぬくらいなら、私の力でなんとかしてみせる。いい?私が貴方の闇になるから、貴方は聖にだけ集中して」


「わかった」


 何度も言うが、悠馬の身体は限界に近い。…いや、すでに限界だ。


 しかし悠馬が言っても聞かないのを知っているクラミツハは、彼の真剣な表情を見て、観念したように首筋にキスをした。


「私にできる全てを賭けて。貴方のためにこの力を捧げるわ」



 ***



 再生はギリギリだ。

 いくらシヴァの再生と言えど、シャドウ・レイの反動で身体はボロボロ。


 辛うじて動く程度にまで再生していた悠馬は、勝手に動く右手にギョッとした表情を浮かべた。


「…そういうことかよ…クラミツハ」


「そう言うことよ。今、悠馬の体の半分は私が動かしてる。動きは貴方に任せるし、思考も全て読めてるから安心して動いて構わないわ」


「ありがとう」


 悠馬の体の右半分の支配権は、クラミツハが保有していた。

 右側の瞳だけ美しい夜のような黒色に変えている悠馬は、左目はレッドパープルのままのオッドアイで、方陣に向かっていく混沌を視界に捉えた。


「マズいな…デバイスがねえぞ」


「そうね。今から神器を作ってたら、もうシャドウ・レイは打てないし、かと言って探しにいくこともできない」


 制限時間は、あと十数秒。

 クラミツハと息を合わせたことなんてこれまで一度もないし、完全に一発勝負な上に、神器もデバイスもない。


 シャドウ・レイを放つには必ず必要なはずの刀系のデバイスがない悠馬は、こちらに気づかず方陣まで辿り着いた混沌を見て立ち上がった。クラミツハも悠馬の動きに合わせて、右の半分を動かしている。


 元々クラミツハの力が備わっていたような感覚だ。

 体の左半分しか動かせない違和感よりも、クラミツハが体の右半分を動かしていると言う感覚がどこか心地よく、生まれた時からこんな身体だったのではないかと錯覚してしまうほどだ。


「さて、やるわよ」


 この時すでに、悠馬の人格は半分ほどクラミツハと同化していた。


 半神半人の逸話はこれまでも数多く存在してきたが、ここ数百年…いや、過去数千年、新たな神など誕生していない。


 しかし悠馬は今、クラミツハの力を借りて、その領域に至ろうとしていた。クラミツハ自身もまだ気付いていないだろうが、セカイを保有している悠馬は、実質神格を得れる状態にいつでもあったため、神に馴染みやすい。


 要するに、悠馬の身体を強引にクラミツハが動かせば、セカイとクラミツハが融合し、暁悠馬としての人格がどうなるのかはわからない。


 だがクラミツハは、そんな重要なことを知る由もなかった。

 なぜならセカイは元々、最高神の持っていた力で、普通の神だったクラミツハは、セカイがどれだけ危険なものかなんて知りもしない。


 真っ黒なオーラを放ちながら立ち上がったクラミツハは、悠馬に動きを合わせながら、ニッコリと笑みを浮かべた。


「あら、さすが悠馬の恋人ね」


「っ!?」


 混沌が方陣に辿り着く寸前、轟音を轟かせ、旧都市の中に雪崩れ込んでくる巨大な龍、コキュートス。


 都市を丸ごと飲み込まんとする氷系統最上位異能のコキュートスは、大きく畝りながら混沌へと食らいつこうとする。


「はっ、かき氷かよ」


 混沌は横から現れたコキュートスを右手の拳圧のみで相殺すると、不敵な笑みを浮かべ、攻撃が来た方角を見る。


「あー…この女、確か記憶の中にあったな。オリヴィア…戦神か」


「白夜の閃光が見えたからもしやとは思ったが…やはり君だったか。悠馬」


「オリヴィア…!」


 既にセラフ化状態でこの場に降り立った少女、オリヴィア・ハイツヘルムは、コキュートスで抉れた大通りの真ん中に立ち、混沌を睨む。


「キサマ、ルクスじゃ無いな?」


「おーおー、そんな怖い顔すんなよ。綺麗な顔が台無しだぜ?」


「キサマもな。ルクスの顔でそんな下品な笑い方をするな」


 オリヴィアはルクスの放つオーラが明らかに異質だったためか、瞬時に彼女の中身が別人だと気づき、蒼の聖剣を鞘から引き抜く。


「…お前、憤怒を殺したな?」


「ああ。あの馬鹿の小物か。確かに殺したぞ。…まさか、その親玉すら他人に寄生して生きる小物だとは知らなかったがな」


「よく回る舌だ。引っこ抜いてやろうか?」


「やってみせろ混沌。キサマ程度が私の舌を抜けるとは思わないがな」


 オリヴィアは混沌と睨み合いながら、ボロボロの悠馬を一瞥すると、無造作に蒼の聖剣を投げた。


「時間は稼ぐぞ。悠馬」


「ええ。頼んだわ」


 オリヴィアの投げた聖剣の柄を掴み、悠馬…いや、クラミツハは微笑む。


 オリヴィアは瞬時に戦況を把握し、悠馬のために時間を稼ぐことにした。


 青色の鮮やかな氷のドレスを身に纏うオリヴィアは、大きく右足を踏み出し、冷気を放つ。


 彼女が足を地面に着けると同時に、周囲は冷気に包まれ、地面には氷が広がっていった。 


「ニブルヘイム」


 氷系統最上位異能、ニブルヘイム。

 その中でも、冠位であるオリヴィアがニブルヘイムを放てば、周囲の空間は一気に冬のような気温に変わり、生物は凍え、そして死に絶える。


 物凄い勢いで浸食を始めたオリヴィアのニブルヘイムは、一瞬にして周囲の建物を氷で飲み込み、全てを雪景色へと変貌させた。


 いや、雪景色というよりも最早、氷の彫刻という言葉が相応しいのかもしれない。


 旧都市が古びているということも相まって、人の生きていけない特殊環境、つまり以前のシベリアのような光景になった旧都市の中で、混沌は跳躍しながら嗤う。


「っぶね…!」


 ニブルヘイムは地に足をついていただけでもダメージを負うから、コキュートスと違ってタチが悪い。


 ニブルヘイムを回避するには、炎系統の異能で相殺するか、ジャンプして回避するかの2択になるため、現在炎異能を使えない混沌は、必然的に跳躍する羽目になる。


 しかしオリヴィアも、それは有る程度折り込み済み。

 初手の異能で混沌の行動を2パターンにまで制限したオリヴィアは、滞空中で回避ができない混沌へと向かって、右手を伸ばした。


 人間は空中では、身動きが取れない。

 特に、跳躍をしている際に人間が出来ることは身体を捩るくらいのもので、その際は自分の思ったような回避などできないのだ。


「コキュートス」


 オリヴィアがそう呟くと同時に、彼女の右手からは特大級の氷の龍が現れ、一直線に混沌へと食らいつく。


 氷で出来た痛々しい牙がルクスの身体に噛みつき、返り血で赤く染まりながら古びた建物を倒壊させていく。


 オリヴィアは異能を放った直後から、地に膝を付き、胃の中からむせ返ってくるような痛みを感じていた。


「くっ…」


 ここの瘴気は、そもそもオリヴィアのレベルでは耐えられない。


 無茶を承知でここに来て、悠馬の邪魔をしないように気丈に振る舞っていただけのオリヴィアは現在、ひたすら毒素を吸い込んでいるような状態だ。


 徐々に身体を蝕む瘴気に、手足が痺れ、吐き気が襲ってくる。


「やっぱり…お前のレベルじゃ無理だよなぁ?ったく…焦ったぜ。このままグランシャリオでも放たれてたら、いくら俺でも回避できねえし」


 いくつもの建物を倒壊させ、力を失い自壊を始めるコキュートスの内部から声が聞こえてくる。


 血肉を撒き散らし、コキュートスの口元は赤黒く染まっていると言うのに、その中から聞こえてくる声は、えらく落ち着いていて、焦りすら感じさせない。


 オリヴィアは彼の声を聞いてから、はじめて背筋が凍るような感覚に囚われた。


「化物が…!」


「化物というほどのものでもない。ほら、この通り体はボロボロで、再生もしないだろ?」


 オリヴィアの放ったコキュートスの氷を蹴破り現れた混沌の姿は、見るからにズタボロ。


 胸元にコキュートスの歯型がきっちりと残っているし、血だらけになっている混沌は、ルクスの身体とあってか、慌てることもなく淡々と話す。


「ま、とりあえずご苦労さん。これでようやく邪魔者は居なくなったわけだけど…一応、殺しとくか」


 方陣の中で、セカイの器は既に完成している。

 1度目は悠馬と聖魔の邪魔が入り、再び戦神という邪魔が入った混沌は、最後の力を振り絞って悪足掻きをする可能性のあるオリヴィアに歩み寄ると、にっこりと笑みを浮かべ、歪んだ剣を拾い上げた。


「くっ…」


 オリヴィアは立ち上がって混沌を迎え撃とうとするが、手足が痺れ思ったように立ち上がられず、バランスを崩して地面に転がる。


 そんなオリヴィアを見下ろす混沌は、彼女の前まで歩み寄ると、オリヴィアの頭を踏みつけ、動かないように固定する。


「じゃあね。戦神」


「ぁ…」


 混沌は躊躇いなく、無慈悲に、冷酷にオリヴィアの首元に剣を振り下ろした。

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