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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
466/474

紳士たち

 混沌を極めたショッピングモール内。

 早乙女の目の前に現れた使徒を火切に、次々とガラスを破り不時着をする使徒たちは、逃げ惑う学生を追い回しながら、奇妙な笑い声を上げている。


「はぇー…すげぇ撮影だな…この際エキストラになって金でも貰うか?」


 早乙女は案外バカだった。

 いや、虚言癖の時点で馬鹿なのかもしれないと思うべきだったか。


 暴れ回る使徒を眺めながら、未だにやばい状況だと気づいていない早乙女は、近づいてきた使徒たちにちょんと触れながら、次々と腐食の異能を使っていく。


 これはあれだ。突如現れた強い学生が、周りの脅威を鎮圧するヤツ。それによく似ている。


 そんなことを考えながら微笑む早乙女は、徐々に楽しくなってきていた。


「待ってろよ綺麗なお姉さんたち!俺が助けてやるぜ!」


 まだ見ぬ(存在しない)お姉さんたちを助けに向かう早乙女。


 そんな彼の進行方向には、覇王が立っていた。


「あ、悪い」


 ぶつかった人物へと謝罪をする覇王。振り返った先には、黒髪小柄の男子、桶狭間通が立っていた。


「…って、通じゃねえか!?お前何したんだ!?逃げろよ!」


 覇王は通のことを知っている。

 まぁ、コイツもコイツで、覇王や早乙女と同じく、ハーレムを築き上げようとする変態の1人で、悠馬の友達。


 悠馬と絡む上で、何度も顔を合わせ、一緒にゲームをしたことすらある覇王は、声をかけても無視を決め込む通に違和感を覚えた。


 いつもの通ならば、「げ!松山じゃん!」とか「よぉレベルだけ高い顔面凡人くん」などとふざけた口を聞いてくるのだが、今回はそれすらない。


 使徒が現れ緊急事態で、それどころではないと考えることもできたが、覇王は通のオーラ、雰囲気がいつもと違うことに気づいた。


 何というか、クールなオーラになったというか、悠馬を冷徹にした感じのオーラだ。


 通は顔面偏差値はそこそこなため、今みたいな雰囲気で生活をしていたら、おそらく彼女の1人や2人できていたはずだ。


 瞬間、覇王は背筋を凍らせた。


「まさか…テメェ…」


 ワナワナと震える覇王は、大きく目を見開き、震える人差し指で通を指差す。


「高3デビューか!ふざけやがって!クールなら女が言い寄ってくると思ったら大間違いだぞ!俺だって中3の時にクールキャラしたけど」


「五月蝿い」


 覇王が指差しながら叫び声を上げていると、通は冷ややかな視線で覇王を睨み、胸筋を押した。


 覇王は鈍い衝撃とともに、気づけばショッピングモールの壁際に倒れ込んでいた。


「な…ん…」


 胸に感じる、ズキズキとした痛みと、背中を強く打ち付けたことによるジンとした痛み。


 ジワジワと打ち身の影響で背中が熱くなっていくのを感じながら、覇王は立ち上がった。


「生きてるのか。虫からのくせに丈夫だ」


「ハッ、テメェ、誰だ?」


「桶狭間通…だけど?」


「んなわけねえだろ!通は変態で毎日女見てよだれ垂らしてんだよ!お前じゃねえ!」


 そもそも通はこんな怪力を持っていない。

 通が使えるのは重力系の異能だが、彼はそれをうまく使えるわけじゃない。


 今のように、人を数メートル吹き飛ばすなんてそもそも不可能だし、通にできるのは、精々身体にプラス20キロの負荷を与えるくらいの異能だ。


 明らかに異質、通の偽物と言ったほうが納得できる相手を前にして、覇王は握り拳を作った。


「この使徒みたいなのも、お前の仕業か?」


 気づけばもう、周囲に人影はほとんどない。

 ショッピングモールの物陰に隠れている生徒も少なからずいるが、通路に堂々と立っているのは通擬きのみ。


 ショッピングモール内に侵入した使徒たちが、一切通擬きを襲わないのを確認した覇王は、尋問口調で訊ねる。


「だとしたら?」


「お前をぶん殴ってやるよ!(アイツ)はあんまり好きじゃねえが、それでもダチだ。俺のダチを騙って悪さする奴は絶対許さねえ」


 覇王は優しい人間だ。

 他の高レベル異能力者が王様のように振る舞う中でも、彼は誰とでも分け隔てなく話し、誰かを除け者にすることはしなかった。


 高校に入ってからもそうだ。

 悠馬のことこそライバル視しているものの、それ以外では基本的にどこにでもいる高校生で、自分のレベルが高いからと他者を脅したりしない。


 桶狭間通という人間を騙って目の前にいる男を睨みつけた覇王は、周囲に冷気を漂わせながら走り始めた。


「俺は正真正銘、桶狭間通なのになぁ…」


「んなわけねえだろ!俺は男女平等主義者だから女だろうがダチだろうがぶん殴るぞ!」


 エミリーを痛めつけた前科のある男が言うと、説得力が半端じゃない。


 通…いや、通の身体を利用している色欲は、バカで直線的な走りを見せる覇王に呆れながら、右手を伸ばした。


「吹き飛べ」


「うわっ!?」


 重力を操っているというよりも、もはや空気を押し出しているのに近い。


 色欲が手を伸ばすと同時に吹き荒れた突風は、体重60キロの覇王の身体を浮かせ、再びショッピングモールの壁へと激突させる。


「何度やっても結果は同じだ。底辺レベルの分際で騒ぎ立てるな」


「あ、桶狭間先輩じゃん…」


「!?」


 覇王を警戒しながら話していた色欲は、背後からかけられた声に背筋を伸ばし、ガバッと振り返る。


 背後を取られた。いや、油断しすぎたというべきか。

 完全に異能島の学生たちを舐めきっている色欲は、背後に立っていた黒髪の少年、早乙女を見てニッコリと笑った。


 この世界でも異質な異能の持ち主。

 それらは過去、異能が発現した当初は最も迫害される存在であり、そして最も人を殺すのに特化した異能力者たち。


 色欲は求める異能力者を前にして、思わず口元が綻ぶ。


「居た。腐食の異能力者」


「じゃ、俺は失礼します〜」


 色欲が笑みを浮かべた直後。

 覇王の悲惨な光景になど目にもくれない早乙女は、通を見るや否や、サラリーマンの会釈のような行動だけをとって、超速で走り始めた。


(終わる。終わる!俺の人生が終わる!)


 早乙女は心の中で叫ぶ。

 彼は桶狭間通という先輩について、ある程度知っていた。


 口が軽くて優柔不断で、ネタになりそうな話なら誰にでも言いふらす。それが通だ。


 そしてそう言った口の軽い人間は、早乙女にとっての天敵でもある。


 もし仮に、今日ぼっちで歩いていたことを学内で言いふらされたら?もし持っていたエロ本が、偶然バレてしまったら?


 口の軽い通なら、明日学校の廊下で騒ぎ立てていることだろう。イケメンがエロ本持ってぼっちで歩いてたぞ!と。


 そうなれば早乙女の人生は終わる。

 通と会った途端、まるで絞首台の上に立たされているかのような感覚に囚われた早乙女は、これまでにないほどの速さで走り始めていた。


「チッ、バレたか?」


 超速で逃げていく早乙女を見て、色欲は舌打ちをする。


「なるべく桶狭間通という人間に似せているはずだが…中々やるようだな。まさかこの俺の寄生を見破るとは」


 自分が通じゃないことに気づかれていると誤解する色欲が走り出そうとする中、背後で倒れていた覇王は、この世の終わりのような顔をしていた。


 エロ本が…


 エロ本が…ボロボロになっていたのである。


 あの手この手で必死に異能島へと取り寄せた、ドスケベエルフお姉さん。

 もちろん、これが理事会側にバレたら異能島内の風紀を乱したとして停学は免れない中、それすらも覚悟して、命がけで入手した代物。


 この3年間、エロ本というものに触れてこず、ようやく手にしたエロ本は、読む直前にして、ズタボロに引き裂かれた。


「俺の!!!!ドスケベ!!!エルフ!!お姉さんが!!!!」


 覇王の叫び声は、ショッピングモール内に大きくこだまする。きっと、隠れている学生たちは、今の叫び声を聞いて別の意味で驚いていることだろう。


 先ほどまで人を襲って楽しもうとしていた使徒たちも、覇王の叫び声を聞いて、キョトンとした表情で立ち止まっている。


 しかし、誰もが驚き固まる発言の中で、大きく反応を示した人物が2人いた。


『な"に"ぃ"!?』


 覇王のドスケベエルフお姉さんと聞いて振り返った1人目は、当然のように早乙女だ。


 早乙女はエルフもまぁまぁ好きだ。誰がこんな情報欲しいんだと聞かれたら誰も欲しくないだろうが、エルフは男の浪漫を掻き立てる見た目をしている。


 しかもドスケベのお姉さん属性だ。

 覇王の単語をスルーできなかった早乙女は、ザーッと滑り込みながら動きを止めて、振り返る。


 …そして2人目。

 大きな反応を見せて振り返ったのは、桶狭間通…いや、色欲だった。


 走り出そうとしていた足がグッと踏みとどまり、血走った目で振り返った彼の表情は、まさに獣。


 しかしその表情はすぐに収まり、色欲は得体の知れない何かを感じて背筋を凍らせた。


「俺は何を…」


 色欲はドスケベエルフお姉さんになど興味がない。

 そもそも300年以上生き永らえる過程によって、すでに性的欲求など枯渇している彼が、今更エルフになど興奮するはずがない。


 それは若い男の身体に寄生しているからと言って変化するようなものじゃないし、色欲だってそれを理解している。


 だから恐ろしいのだ。

 ここから割り出される答えというのはつまり、反応したのは色欲ではなくこの体の主人、桶狭間通であるということ。


 完全に乗っ取っているはずなのに、突如として復活した桶狭間通という人格に驚きを隠せない色欲は、顔を右手で覆い、唇を噛む。


「マズい…こんな状態では異能なんて…」


「おいテメェ!俺のドスケベエルフお姉さんどうしてくれんだよ!?停学覚悟で輸入したんだぞ!どう責任取るんだよ!」


 人格があやふやになった色欲は、完璧主義者だ。

 いつだって万全の状態で、失敗のないように成功確率を高めてきた彼にとって、桶狭間通という人格は得体の知れないモンスター。


 レベル60超えの寄生をもろともせず、ケロッとした表情で覇王の言葉に反応した通を見る限り、コイツは只者じゃない。


 通という人格が不安定な以上、ここで戦えばどうなるのか分からないと判断した色欲は、その場から立ち去ろうとする。


「先輩、落ち着いてください!俺はおねショタの本持ってるんで、貸し合いましょう」


「なにぃ!?…っ!くそ!どうなってるこの身体は!」


 聞こえてきた声は、さっきまで逃げようとしていた早乙女の声。


 クールでそれでいてどストレートに品性の欠片もない会話をショッピングモール内で繰り広げる2人に、使徒も色欲も、混乱を隠せずにいる。


「おねショタ…だと…」


「はい!お姉さんが好きな先輩なら良さをわかってくれるでしょう!」


 早乙女は目を輝かせていた。

 目の前にいるのは、第7異能高等学校1の実力者と謳われる、松山覇王(レベル10)だ。早乙女にとって、実力者と仲良くなることは好ましいことだ。クラスメイトにレベル10の友人がいると自慢できるし、他校でしかも先輩なのだから、虎の威を借る狐ができる。


 彼が自分と同じようにリスクを背負ってエロ本を輸入していたこと、ならびに同じくお姉さんが好きだということを知ってしまった早乙女は、ドヤ顔を浮かべながら提案をした。


 エロ本はボロボロでも、読むことはできる。

 それに欠損箇所があれば、そこをイメージすることによってより一層興奮できるのだ。


 2人の会話を聞いていた色欲は、足が泥沼にはまったように動かなくなってしまい、初めて恐怖というものを感じる。


「マズい…これでは…」


 逃げられない上に、人格が桶狭間通に奪い返されてしまう。

 色欲が焦る中、深刻そうな表情で立ち上がった覇王は、目を細めながら口を開く。


「おい後輩。お前、そのおねショタはどっちが主導だ?」


「は?そりゃあショタが主導権を…」


「バカヤロウ!おねショタでショタに主導権を握らせるとは何事だ!?」


 早乙女はおねショタでショタに主導権を握らせるほうが好きらしい。しかし覇王は全く逆だったらしく、自分の胸をバン!と叩きながら怒鳴り声を上げた。


「な…!松山先輩ならわかってくれると思ったのに…!ガキに堕とされる過程こそえっちなんでしょうが!」


「んだと!?ショタはお姉さんに弄ばれてこそだろうが!!この世の中は年功序列なんだよ!ショタが勝てるとでも思ってんのか!?」


「なにエロ本に現実求めてんですか!?別にお姉さん主導は嫌いじゃないですけど、俺は断然、ショタ主導が好きなんですよ!」


「やめろよ!!!!」


 白熱した議論を繰り広げる2人の間に、割って入る影が一つあった。


 まるで仲裁するように割って入った黒髪小柄な少年は、自身の手に付いていた指輪を投げ捨てると、2人を睨んだ。


「なんだよ!」


「どっちでもいいだろ!?おねショタはショタ主導でも、お姉さん主導でも、どっちでも最高にエロいじゃねえか!?なんで争うんだよ!?」


 コロコロと転がっていく指輪からは、禍々しいオーラが感じられ、覇王はそれに気づかず、気色の悪い黒色の指輪を蹴っ飛ばす。


 あれこそが色欲の本体であり、人に寄生するために使われる依代。


 まともな人格(?)を取り戻した通は、2人を睨みながら口元を緩めた。


「そんでその本2冊とも、俺にも貸してくれよ」

通の身体は色欲の異能に耐えきれずかなりの負担がかかってますが、ヘルメスから貰った骸骨のネックレスで何とかなってます。

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