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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
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呆気ない決着

「さてさて。どう料理すっかなぁ」


 連太郎はサングラスを手に取り、凶悪な笑みを浮かべながら呟く。


 憤怒は連太郎の放った鋭利な丸太の一撃を受け止め終わり、丸太を横に投げてから両手の感覚を確認した。


「してやられたな。なんだこの欠陥異能は」


 憤怒は呆れたように呟く。

 夜空…つまり混沌が憤怒に使った異能、分離は、憤怒が思っていたような、一粒で2度美味しいような異能ではなかった。


 いや、憤怒が無茶なお願いをしたからこうなったというべきか。

 分離とは元々、それぞれが自立して動く。つまり分離を使えば、同じ人間、同じ思考の存在が2人存在するようになるというわけだ。


 そしてそれは本来、分離が消滅することによって本体にその当時の記憶もレベルも戻ってくるわけだが、憤怒が無茶なお願いをしたことにより、憤怒は分離体の記憶がリアルタイムで流し込まれ、しかもオリヴィアたちと連太郎たちを同時に対処しないといけない状況に陥っていた。


 しかしそれはまだ序の口。

 ここからが致命的だ。つい数秒前、憤怒の片方は、愛菜とオリヴィアに敗北した。


 だというのに、体には激痛だけが残り、レベルが元に戻っていない。


 元々レベル60近くあるはずの憤怒なのに、一向に半分、つまりレベル30分の力が戻ってこないのだ。


 それは憤怒のお願いで、分離がそれぞれを本体として認識してしまっていたからだ。


 分離は本体が死ねば、体力が尽きるまで分離体は動き続けるが、分離が本体になることはない。


 つまり本体の中に残っていた体力とレベルは、無に帰る。

 憤怒はどちらもが本体という判定を受けているため、オリヴィア達にやられた半分の実力は、もう2度と、未来永劫戻ってこない。


 力を失った憤怒は、代わりに戻ってきた愛菜の猛毒と首の激痛を感じながら立ち上がる。


「まぁ、俺らしい最期か」


 戦闘狂で欲を掻いて、自分で自分を追い詰めて負ける。

 それらしいと言えばそれらしい。


 最期まで戦うためだけに生きて来た彼は、大きく目を見開くと同時に、地面を割った。


「うお!?」


「気を付けろよ八神!コイツマジだ!」


 人間がもっとも恐れるものは何か。

 実力があるのに、まだまだ手を抜いている奴?最初から全力の奴?後から急激に伸びるタイプ?


 きっとどれも恐ろしい。しかし、誰もが感じる狂気というのは、もっと間近で、それでいて評価されない。


 それは決死の覚悟で挑む人間だ。

 戦時中、特攻隊になった人々は、自分の命と引き換えに、多くの人を道連れにした。


 戦場で美しく強く在ろうとする人間なんかよりも、自分の命と引き換えに、たくさんの人間を殺そうとする人間の方が圧倒的に恐ろしい。


 なぜなら彼らは、死ぬことを知っていて尚、道連れを増やすのだ。


 連太郎は憤怒の中の狂気を感じ取った。

 実力者でありながら、死を覚悟して迫り来る憤怒に、連太郎の黒色の瞳は赤く染まり、神器が煌めく。


「句句廼馳…なにを…!」


 連太郎の契約神である句句廼馳神は、憤怒の姿を見て瞬時に察した。


 彼が限界に近いこと、そして死ぬまで戦う覚悟で迫り来ていることを。


 それを知った句句廼馳神は、連太郎の身体を半ば強引に奪い取り、自身の権能を発動させた。


「神の匂い…テメェからだァ!」


 ここに来て初めて異能を発動させた憤怒。

 皮膚は硬化したようにひび割れ、爪は刃物のように尖っている、まさに化け物のような姿の憤怒は、鬼のような形相で迫りくる。


「コキュートス!」


「邪魔だ!」


「っ!八神!」


 八神の放ったコキュートスが一直線に憤怒へと伸びる中、憤怒は八神のコキュートスを右手で叩き潰し、赤い瞳の連太郎へと拳を振り上げた。


『残念、時間切れだよ』


 地面を蹴り、連太郎へと飛びかかった憤怒。

 それに連太郎は、特に慌てた素振りも見せずに、いつもと全く違う声で呟いた。


 幾重にも合成のかかったような声に、八神は冷や汗を流し、連太郎の方を向く。


 連太郎は振り向いた八神に、左手でピースを作りながら微笑んだ。


「大丈夫だ。契約神の能力だから」


 別に操られたり、暴走しているわけじゃない。

 焦る八神に向かってピースした連太郎は、煌めく神器を憤怒へと向けた。


「文字通りの植物人間になっちまえ」


「ぐ…ぁぁぁあっ!」


 連太郎が憤怒に神器を向けると同時に、憤怒の身体の内側から、大量の樹木が生え始める。憤怒は身体の内側から崩れていくはじめての感覚に、叫び声を上げた。


 それはオリヴィアのグランシャリオを彷彿とさせるものだが、決定的に違うのは、そのグロテスクさだ。


 グランシャリオは身体の内側から7つの氷が皮膚を貫き氷漬けになる異能。外見だけで言えば、人間がクリスタルに閉じ込められているような、そんな美しさすら感じさせる異能だ。


 しかし連太郎…いや、句句廼馳神が使った権能は、かなり惨い。


 どういう原理か身体の内側から発生した樹木が、憤怒の血肉を栄養素にして、一気に成長している。


 まるで早送りで樹木の成長を見ているような、そんな気分だ。


 肉と皮膚を突き破り、十数メートルもの大きさに成長していく樹木は、一言で言うなら狂気。


 もし自分があんなことをされたら…と考えるとゾッとしてしまう。


「ったく…こんな権能あるなら、最初から使わせろってんだ…これがあれば仕事も楽になるのに…」


 まだまだ成長を止めない樹木を眺めながら、そんなことをボヤく。


 憤怒は身体の内側の栄養を吸い取られ、唯一見えている両手はミイラのようにスカスカに干からびている。


 この異能があれば、人としての痕跡を残さずに、秘密裏に人間を処理することだって余裕だっただろう。仕事の効率を考える連太郎は、句句廼馳神がこの権能を黙っていたことに不満を感じているようだ。


 連太郎はこれに似た異能を使えるものの、さすがにこんな速度で人の養分は吸い取れないし、彼からしたらこの権能は羨ましすぎる。


「ダメだよ。これは人の身に余る権能だから」


「チッ、だろうな」


 この異能があれば、気に喰わない奴が片っ端からツリーマンになっていくし、人を植物にする以上、人間の身に余る異能だ。


 この世界でもっとも危険視されている異能は、人を別の()()()に変えてしまう異能であって、句句廼馳神が使った権能も、例外ではない。


 人をネズミに変えたり、ゾンビに変えたり、使徒に変えたり。おそらくそういった異能を持って生まれた人間は、これまで少なからず居ただろうが、そういった人間は表に出る前に…


 その先の言葉は、言わずともわかるだろう。

 句句廼馳神は連太郎が人間の畏怖の対象になることを危惧して、この権能を授けなかったのだ。


 ここは賢明な判断を下した句句廼馳神を褒めることはあっても、文句は言えない。


 連太郎はまだ成長を止めない木が、50メートル近い高さになったのを確認してから首を傾げた。


「この木は相手のレベルに応じて成長するだろうから、コイツレベルどのくらいだったんだ?」


「連太郎!」


 そんなことを呟いていると、八神に肩を叩かれた。

 戦いも終わり、なんの損害もなく、呆気なく勝利を収めてしまった八神は、なんだか微妙そうな表情で連太郎を見つめる。


「お前、こんな異能あるなら早く使えよな。こっちは遺言残してねえって慌てたんだからな」


「悪い。俺もさっきまでこんな権能あるって知らなかったわ!」


 八神のツッコミに、いつも通りヘラヘラした表情で返す連太郎の瞳は、さっきまでの赤い瞳と違い、いつもの真っ黒な瞳に戻っていた。


「ま、とりあえずこれにて一件落着だろ」


「ああ。…少し弱くなってた気もするが…やれることはやったんじゃないかな」


 学生2人で、大罪異能の持ち主を倒せただけ十分すぎる戦果だ。満足そうに腰に手を当てた連太郎は、聴覚強化の異能を発動させながら微笑んだ。


「それじゃ、少し休憩すっか!」



 ***



 一方、時は少し遡り、ショッピングモール。

 ちょうど朱理と美月が時計を忘れたことに気づき第1に戻る中、ショッピングモールには怪しげな人影が二つあった。


 一つ目の影は、悠馬が嫌いなアイツ。

 何やら茶色い包装紙に包まれたものを大切そうに抱き抱え、周囲から注目を浴びないように歩く黒髪の男は、第7異能高等学校3年の、松山覇王だ。


 この異能島の頂点に君臨するレベル10の中でも上位に入る実力を持っている覇王だが、彼の性格はあまりにも微妙。


 いや、レベルを聞いても分け隔てなく話せる限られた優しい人間ではあるのだが、その一方で通と同じ野望、つまりハーレムという願望を抱いているため、女子からは遠巻きにされていたりする。


 しかし覇王は、そんなこと気にも留めず堂々としていた。


「やっと手に入ったぜ。はぁ…この島にはこういう本は売られねえからなぁ」


 さて質問だ。今日はなんの日?

 混沌がセカイを手に入れた日?違う。悠馬が弱くなった日?違う。この世界が終焉を迎える日?違う。


 松山覇王という少年にとって、混沌が強くなろうが悠馬が弱くなろうが、それは興味のないことだった。


「ドスケベエルフお姉さんの漫画…!ようやく手に入ったぜ!」


 そう。彼の脳みそは、エロでできていた。(by禊)

 本来であれば、18歳以上でなければ購入できない成人向け漫画なため、異能島では絶対に販売されないが、覇王はエロ本をあの手この手を使って、エロ本を異能島に運び込んでいた。


 そしてそれが届くのが、今日だった。

 念には念を入れ、自宅ではなくショッピングモールで成人向け漫画を受け取った覇王は、天にも登るような幸せを感じながら歩みを進める。


「はは、悪いな暁。俺はまたひとつ上の次元に行くぜ」


 ドヤ顔でそう豪語する覇王。

 割とマジで、何を言っているのかわからない。


 エロ本ひとつで悠馬よりも上の次元に行けるなんて、彼が持っている本は、伝説の聖書か何かなのだろうか?そんな疑問すら浮かぶ。


 そして二つ目の影。

 フードを深く被り、マスクまでつけて素性を隠している男も、茶色い包装紙に包まれたものを、両腕で大事そうに抱き抱えて歩いていた。


「これさえあれば、俺は最強になれる…!」


 ちょっと何を言っているのかわからないが、彼は第1異能高等学校、新2年生の早乙女修斗だ。


 黙っておけばイケメンである彼もまた、覇王と志を同じくするものだ。


 混ぜるな危険。

 極度の虚言癖である早乙女と、野望を全面的に出す覇王。


 彼らが交わった時こそ、この世界の終わりなのかもしれない。ある意味混沌より危険な2人だ。


 因みに早乙女がどうしてこんな格好でコソコソしているのか。


 その理由は単に、エロ本のためといえどショッピングモールをぼっちで歩いている姿を見られたくないからだ。


 スクールカースト上位の男子といえば、どこに行くにも男女を引き連れて、キャッキャうふふしている。


 家に帰るときですら、誰かに家の前まで送ってもらっているスクールカースト上位者にとって、孤独は敵だ。


 特に、ショッピングモールみたいな大人数で来るところにボッチできているなんて知られたら、これまで積み上げてきた何もかもが滅びてしまう。


 他校にも友人がいるだの、色んな女に言い寄られたなどと話してしまった早乙女は、ぼっちで歩いていることがバレたくなくてフードを深く被っているのだ。自分自身の発言で、自分自身を追い詰めたのである。


 それにあたかも経験者を装って話しているのに、エロ本を買いに来ているなんてバレたら、きっと女子たちにも嘲笑われちまう!


 様々な妄想が浮かび、様々な策を弄してショッピングモールに来ている早乙女は、挙動不審に周囲を確認しながら着実に前へと進む。


 その時だった。


 ガシャン!とガラスが割れた音が響き、ガラス片が目の前に飛び散る。


「うわぁあ!?」


 エロ本を死守しながら尻餅をついた早乙女は、目の前に転がった、まるで陸に打ち上げられた魚のように暴れ回る奇妙な生物を見て、蹴りを入れた。


「きったねえなぁ!そういう撮影は俺のいない時にしろよ!なんの映画の撮影だよ!?」


 突如としてガラスを割って突っ込んできた使徒を、てっきり映画の撮影だと思い込みキレて蹴りを入れる早乙女。


「ぎゃぎゃぎゃ!」


「うわきっしょ!腐食!」


 蹴られたことによって白い歯を早乙女へと向けた哀れな使徒は、想像以上に容赦なかった早乙女の腐食の餌食となり、土へと還る。


「おい!出てこい!どこのどいつだこんなきしょい生物飛ばしてんのは!卒業テーマか!?」


 ブチギレる早乙女、逃げ惑う学生。

 早乙女以外の学生たちは、すでになんらかの異変を察知しているのか、悲鳴を上げながら逃げ惑う始末だ。


 覇王は意味不明なことを叫ぶ早乙女を眺めながら、エロ本を制服の下に隠し逃げようとしていた。


「なんだかわからねえが、このエロ本だけは守り抜くぜ…!」


「ぎゃぁぁぁぁあっ!」


 逃げ惑う学生を横目に、エロ本だけ死守しようとする覇王は、一歩後ずさると同時に誰かにぶつかり、振り返った。

紳士のお時間です。

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