表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
464/474

正義の執行者

 グランシャリオで凍りついた憤怒を横目に、オリヴィアは地面へと蒼の聖剣を突き立てる。


 これにて戦いは一件落着、同じ異能の冠位であるディセンバーですら耐えきれなかったグランシャリオを、何の耐性も持っていない憤怒が耐えられるわけがない。


 愛菜は白い歯を見せたまま凍りついている憤怒に妙な違和感を覚えながら、ナイフを拾い上げた。


 その直後だった。


 ピキッと、何かガラスのようなモノが割れたような音が響き、愛菜は動きを停止させる。


 その間にも、徐々にピキピキという音は増えていき、愛菜は反射的に、背後へと飛び退いた。


「なんだこの氷!結構頑丈じゃねえか!」


 ガシャン!と割れたような音が響き、先ほどグランシャリオで凍りついたはずの憤怒が復帰する。


 グランシャリオは覚者にのみ許された異能だ。

 並の氷異能力者が使えば冷気に耐えきれず、自分自身までも氷漬けにするような異能だし、グランシャリオが決まれば、冠位ですら一撃で絶命させられる。


 そのはずだった。


 グランシャリオを砕き、飛びかかってきた憤怒を見たオリヴィアは、蒼の聖剣を構え、憤怒の拳を受け止める。


「ぐぅっ…!」


 重い。重すぎる。

 本来、剣に拳で対応するなんてあり得ないし、相手が剣を持っていたら、なるべく間合いに入らず戦おうとするはず。


 だというのに憤怒は、オリヴィアの蒼の聖剣を見ても物怖じせず、躊躇いもなく間合いに入った挙げ句、蒼の聖剣と拳を打ち合わせている。


「オリヴィア先輩っ!」


「おっと…!流石に4人相手はキツいな」


「4人…?」


 背後からナイフを振りかざして来た愛菜の攻撃を回避した憤怒は、不意にそんなことを呟いた。


 この場にいるのは3人で、2対1の状況だ。

 無論、オリヴィアたちが味方を近くで控えさせているとか、そういうわけでもなく、愛菜は憤怒の発言が理解できずに首をかしげる。


 憤怒は怠惰と違い、混沌から分離の異能を付与された後も、1人の自我として動いていた。


 つまり憤怒の脳みそは現在、八神と連太郎と戦いつつ、愛菜とオリヴィアとも戦っているということだ。

 普通ならばそんなこと不可能だが、憤怒は一度に複数回戦う快感を知りたくて、混沌に無理を言って異能を使ってもらった。


 しかしいくら憤怒でも、この状況は若干厳しいはずだ。

 本来あり得ない二箇所同時の戦闘に、片方は冠位まで紛れていて、もう片方は元軍人と暗殺者だ。


 久しぶりにスリルのある戦いができている、生きているという感覚が戻ってきた憤怒は、肩を震わせながら笑い始めた。


「ははは…ハハハ!」


「何がおかしい!」


「いや!何もおかしくねえよ!ただ久しぶりに面白くなって来たと思ってなぁ」


 オリヴィアの問いに律儀に答えた憤怒は、突如として高笑いをやめると、真剣な表情で拳を構える。


 何年ぶりの感覚だろうか。

 早く終わらせないと、脳の処理が追いつかなくなって、一方的にやられてしまう。


 分離は分離すると同時にレベルも半分になるため、苦しい戦いを強いられている憤怒は、それでも逃げる事はなかった。


「先ずは黒髪の方からだ。油断すんじゃねえぞ?」


「私からですか。…オリヴィア先輩、私が18発耐えますんで、その後よろしくお願いします」


「…ああ」


 構えた憤怒を見ながら、愛菜は怯えず、冷静にオリヴィアへとお願いをした。


 18発。それがどういう考えで導き出された回数なのかは知らないが、愛菜は賢いから、きっと自分自身が耐え切れる限界数を呟いたのだと思う。


 その間にオリヴィアに目を慣れさせて、トドメを刺してもらおうという考えのはずだ。


 愛菜のお願いを聞いたオリヴィアは、憤怒を凝視した。


「オイ!まさか女1人で俺の拳受け止めれると思ってんのか!?」


「さぁ?やってみないとわかんないですね」


 体格だけ見れば、憤怒と愛菜の体格差は中学生と大人のソレだ。


 自身の倍近くある背丈から振りかざされる拳を見上げる愛菜は、ナイフを捨てて両手で拳を受け流そうとする。


「学習能力のねえ女だ!さっきと同じ手が通用するとでも思ってんのか!?」


 愛菜は先ほど、憤怒に受け流しの技術を見せている。

 受け流しというのは、初見ほど上手く決まりやすいが、回数を重ねるごとに、成功率は下がっていく。


 特に、相手が有能な実力者であればあるほど、相手は受け流しのパターンを読み、受け流せないような攻撃を加えてくるのだ。


 憤怒は馬鹿だが、戦闘に関して言えば天賦の才を持っている。


 愛菜の構えを見て、彼女が受け流しの態勢に入っていると悟った憤怒は、振り上げた拳をそのままに、右足を軸にして愛菜の顔面へと左足の回し蹴りを打ち込んだ。


「くっ!」


「防いだか!だが痛いだろ!」


 防御に回した腕に鈍い衝撃が伝わり、愛菜は険しい顔になる。憤怒が攻撃を変えたことにより、ダメージを受け流すのではなく受け止めてしまった愛菜は、両腕に生じた鈍い痛みで、一瞬腕の感覚が分からなくなる。


 憤怒は蹴りを入れた左足に、チクリと何かが刺さったような痛みを感じ足を確認する。


「気のせいか。よし!じゃあどんどんいくぜ!」


「望むところです」


 回し蹴りに続き、ラリアットを仕掛けて来た憤怒の腕を掻い潜り、蹴りを見舞う。


 憤怒の動きは素早いが、油断をしていなければなんとか対応できる早さだ。


 落ち着いた様子で、その場で憤怒の攻撃に対応している愛菜は、両手と両足の感覚を確かめながら、冷や汗を流した。


「っ…痛い…」


 徐々に身体を蝕んでいく痺れのような痛みを感じ、愛菜の両手は震え始める。


 それは恐怖などではなく、純粋な痙攣だ。


 憤怒は愛菜の両腕が痙攣し出したのを見て、顎に手を当てた。


「まぁ、女がモロに俺の蹴りを喰らったらそうなるに決まってる!もう腕は使い物にならないだろ!」


「まだ動かせますよ。このくらい」


 憤怒の蹴りは、鍛えていない女性の両腕くらい容易くへし折る威力だ。


 その蹴りを受けても尚、痛みにのたうち回ることもなく強気な姿勢を見せる愛菜に、憤怒は嬉しそうに殴りかかった。


「強気な女は嫌いじゃないぜ!そのプライドをへし折ってやるよ!」


 右から、左から繰り出される拳を受け流しながら、愛菜は回数を数える。


 3回、4回、5回、6回…


 ギリギリのところで、掠める一撃を何度か喰らいながらも致命的なダメージだけ回避し続ける愛菜は、16回憤怒の攻撃を受け流したところで、身体に違和感を感じた。


 ドクンと、心臓の跳ねたような感覚が全身に伝わり、脳や顳顬に血が溜まっていくような感覚に囚われる。


 憤怒は鼻と目から血を流し始めた愛菜を見て、振りかざしていた拳をピタリと止めた。


「なんだ!?」


 憤怒は小細工など使っていない。

 愛菜との戦闘中は己の肉体以外の何も使っていないし、そもそも憤怒という人間が最も嫌うのは、己の小細工だ。


 常に誇り高くあろうとする彼は、自身と愛菜の戦闘に誰か割って入ったのではないかと考えるが、直後、自分の身体に感じたキツイ痺れに、膝を折った。


「18発…意味がわかったぜ。テメェ、俺の身体に触れるたびに毒を流し込みやがったな?」


「あと…2発…」


 愛菜はすでに、耳も聞こえない状態になっていた。

 愛菜が使っていたのは、ボツリヌストキシンという猛毒だ。


 自身が使える中で最も強い毒であって、諸刃の剣。愛菜には毒に対する耐性があるが、それにも限界があるのだ。

 炎の異能力者が限界を超えて異能を使えば火傷をするように、愛菜だって限界を超えて毒を使えば、毒に汚染される。


 そして炎の異能などよりタチの悪いことに、毒や腐食といった異能は、命の問題に直結しやすい。


 なぜなら身体を内側から蝕んでいくからだ。

 表面だけでなく、内側まで蝕まれる挙げ句、大抵すぐに致死量に達してしまうため、人気もない。


 身体の神経という神経が悲鳴を上げ、すでに全身が痙攣を始めている愛菜を見て、憤怒は先ほど彼女の両腕が自分の蹴りで痙攣していたわけじゃないと悟った。


「上手くやられちまったな。…だが、俺はオマエからまだ2発喰らってねえ。俺の勝ちだな」


 憤怒は愛菜が公言した18発の毒を受けてないのを良いことに、再び立ち上がろうとする。


 しかし憤怒は、自身の胸の奥から湧き上がって来た吐き気のようなものを感じて、その場に伏した。


「ガフッゲボッ…どうなってやがる…」


「…ボツリヌストキシン…オリヴィア先輩…」


「ああ。わかっている」


 ボツリヌストキシンは、たった1グラムでも大量の人を殺すことができる毒だ。


 愛菜はそれを薄めて、自分自身になるべく毒が回らないように0.1グラムずつ、憤怒の身体に打ち込んでいった。


 つまり、10発受け流すことさえできれば愛菜の勝利は確定したわけで、18発というのは、ただのデタラメだ。


 賢い相手ならば、18発耐えた後に何か起こるだろうから、それ以内に終わらせると考えるだろうが、それこそが間違いだ。


 18発の約半分で、すでに100万人が死ぬ量の毒を撃ち込まれていた憤怒は、いくら再生があろうが、いくらレベルが高かろうが元に戻ることはない。


 全身の燃えるような痛みと、止まらない痙攣、そして目や口、鼻から流れ出る血を抑えた憤怒は、首元に冷たい何かが当たり、小さく笑って見せた。


「…完敗だ」


 ザシュッと首を跳ねた音が響き、憤怒の首は地面へと転がる。


 彼の返り血で染まった蒼の聖剣を振り払ったオリヴィアは、倒れ込む愛菜がポケットから何かを取り出そうとしているのに気づき、慌てて駆け寄った。


「バカ…!キミは何をしてるんだ!」


 18発耐えるといった時点で、いや、その時点で気付かずとも、もっと早く気づくべきだった。


 愛菜が限界を超えて毒を使うなんて想定すらしていなかったオリヴィアは、彼女のポケットから転がったケースに入った注射器を見て、彼女の首元に注射器を射ち込んだ。


「っ…はぁ…ありがとう…ございます……まだ目も見えなくて…耳も聞こえないですけど…あと10分もすればいつも通りに戻るんで…少しこのままで…」


「ああ。耳が聞こえるようになったら説教してやるからな」


 作戦を話さず、自分自身の命を犠牲にしそうになったこと、無茶したこと、全部。


 注射器が射ちこまれた感覚は分かったのか、クールタイムにどれだけの時間がかかるのか話した愛菜は、青い海のような瞳で一点を見つめ、軽く微笑む。


「今日は帰ったら、悠馬先輩に褒めてもらいたいです」


「その前に私が説教するけどな」


 決死の覚悟で憤怒から勝利をもぎ取った愛菜。

 しかしオリヴィアは、そんな愛菜に対して容赦がなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ