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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
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本当の

「んなこと、本当はわかってたんだよ」


 南雲は自重気味に1人呟く。

 本当はずっと前から、この感情に気づいていた。気づいていて、知らないフリをした。


 南雲だって、怠惰の誘いを魅力的だと感じなかったわけじゃない。誰だってそうだろう?


 自分が世界を滅ぼせるだけの力を持っていたら?心に闇を抱えていたら?


 誰だって一度は、こんな縛りだらけの世界、ぶっ壊してやりたいと考えるだろう。怠惰の異能と南雲の異能を使えば、それは確実に実現できた。


 法も秩序もルールもモラルも何もかも、無意味に消えゆく社会を作ることができた。


 しかし南雲は、その選択をとらなかった。

 怠惰と共に、世界を滅茶苦茶にするという選択をしなかった。


 その真の理由は、南雲が良い奴だからでも、この島に愛着が湧いたわけでもない。


 ただひとつ…


「オレはオマエが好きだったんだよ」


 陽だまりのような温もりを感じながら、呟く。

 誰にも聞こえず、自分の耳にしか入ってこない自分の声を聞いて、ため息を吐く。


 南雲は湊のことが好きだった。

 時を遡れば、おそらく1年時のバーベキューの頃にはそうだったのかもしれない。


 湊に初めて声をかけられ、彼女が自分と同類で、過去を話しても問題ないと思った。


 苦しい過去を背負いながらも、前を向いて歩こうとする彼女に、目を奪われた。


 最初はムカつくと思っていた。だってそうだろ?人は過去を変えられない。なのに今更、どうやって前を向いて歩く?失ったものが大きすぎるのに、それを背負って歩くことなんて、できるはずがないって決めつけていた。頑張った結果、傷口が広がって苦しむと決めつけていたから。


 でも、南雲は自分が抱くこの感情が、嫉妬や苛立ちといった感情じゃないことを知った。


 前を向いて歩こうとする彼女を見ていると、いつしか美しいと思えるようになった。

 自分とは違う生き方、自分とは違うやり方で歩く彼女を、いつしか南雲は目で追うようになっていった。


 自分と似たような過去を持っているのに、自分とは全く違う生き方をする彼女に、いつしか南雲は、惚れてしまっていたのだ。


「こんな感情が不要なことくらいわかってる。…わかってるが…」


 南雲は大きく目を見開き、精神世界をこじ開けようとする。


「今この場で何も守れねえヤツが、この先何かできるわけねェよな」



 ***



「さようなら」


 怠惰は動かなくなった南雲へとナイフを振り翳す。

 容赦はしない。交渉が決裂した時点で、南雲は敵だ。正直かなり魅力的な異能であるが故に悔いはあるが、明確な敵として立ち塞がれる前に、殺さなくちゃいけない。


 そう割り切ってナイフを振り下ろそうとした、矢先だった。


 まるで風を切るような音が聞こえ、怠惰は顔を上げる。

 それと同時に、怠惰の額には一本の矢が突き刺さった。


 トスッと、まるで軽く突き刺さったような、それでいて脳が揺らぐほどの、大きな衝撃。


 この一撃を浴びた瞬間、怠惰は背筋が凍るような感覚に囚われた。


「ぐ…がっ!」


 それはこの一撃が、自身の死を招く一撃だと理解したからだ。

 大罪異能の持ち主は、基本的に再生という特殊な力を得ているため、死の心配がない。しかしこれは、この一撃は、確実に怠惰を死に至らしめるだけの力を持っている。


 攻撃が放たれた方角すら確認する余裕なく矢を抜こうとする怠惰は、一瞬、湊と南雲を警戒することを怠った。


 そりゃそうだ。人間、自分が死にそうな時に他人を気遣う余裕なんてないし、周りの人間なんて後回しだ。


 しかし怠惰のその判断は、大きな誤りだった。

 怠惰は自身の額の矢に夢中で、南雲が動き始めたことに気付かなかった。


「なん…」


「それだけ慌てるってことは…ソイツは相当ヤバいんだろ?」


 怠惰の瞳から読み取れるのは、怯えと焦り。

 圧倒的有利な状況、矢以外は何も問題ないというのにこれだけ慌てるということはつまり、この矢に戦局を変えるだけの力があるということだ。


 南雲が怠惰に掴みかかると、怠惰はバランスを崩し地面に転がる。


「オレがその矢を脳みそに到達させてやるよ」


「やめ…ろ!」


「結界…摩利支天」


「ぐぅぅ…」


 額に突き刺さった矢を強引に奥へとねじ込もうとする南雲と、額から引き抜こうとする怠惰。


 南雲は筋力も凄まじく、相手が身体強化系の異能の持ち主じゃなければ、ほぼ間違いなく力負けすることはない。


 ぷるぷると震える怠惰の両腕を見た南雲は、分身に自身の右手に刺さったナイフを引き抜かせ、ニヤリと笑みを浮かべた。


「忘れ物だ。テメェに返すぜ?」


「ぐ…ぁぁぁあっ!」


 断末魔のような叫び声が、辺りに響く。

 南雲は分身を使い、自身の手に刺さったナイフを怠惰の顔面へと見舞っていた。


 そしてその激痛に意識を取られた怠惰は、脳天を矢で貫かれ、痙攣しながら動きを鈍くする。


「じゃあな。クソアマ」


 怠惰は死んだ。

 誰の援護かはわからないが、矢のおかげでなんとかなった。


 フラフラとまるで酔っ払いのように立ち上がった南雲は、背後へと振り返り、意識が朦朧とする中、湊を探し始める。


「みな…と…無事か…?」


 周囲を見渡すが、湊の姿はどこにも見えない。

 血を流しすぎているためか、ショックが強すぎるためか意識を失おうとする身体を奮い立たせる南雲は、自身の身体に暖かな感触を感じて顔を下げた。


「バカ!アンタ…耳が…」


 湊はすでに、南雲のもとに歩み寄っていた。

 すでに体の感覚が鈍くなっているのか、湊に抱きつかれていたことすらわからなかった南雲は、瞳に涙を溜める湊を見て、微笑んで見せた。


「悪い…救急車頼む…」



 ***



「くっ!」


 第1高校の屋上の東屋に寝転がっていた青髪の女性は、ベンチから跳ね起きて歯軋りをする。


「してやられたわ…まさかあそこで神器の攻撃を受けるなんて…」


 全て順調…というわけではなかったが、南雲は確実に処分できるはずだった。だがトドメを刺す前に、何者かの攻撃が怠惰を襲った。


「いったい誰が…」


 混沌の分離が解除され、元の正常なレベルに戻りつつある怠惰の片方は、第1の屋上で怠惰を貪っていた。


 南雲の元へと送った分離体がやられ、額に痛みを感じるような気がして手で抑える。


 分離といえど、本体は負ったダメージ分相応の痛みは感じる。しかもこれは最悪なことに、再生の範囲外だ。


 肉体的な怪我を負ってないのに、頭に感じるズキズキとした痛みは、さぞ気分の悪いことだろう。


 誰からの攻撃なのか。

 一度冷静に頭の中を空にした怠惰は、この際南雲のことを忘れ、自分を襲った攻撃を思い返した。


 怠惰はこの世界に、因縁を残して封印されたわけじゃない。

 誰からも恨みなんて買ってないはずだし、そもそもそういうのが面倒だから、封印が解けた後も何をするわけでもなかった。


 だから危害を加えられる可能性は、極めて低い。はずだった。ならば誰が。いったい誰がこんなことをするのか。


 親指の爪を噛み、険しそうな表情を浮かべる怠惰の背後には、いつの間にか黒い渦のようなものが出来ていた。


 それはレベルが聖魔クラスにもなる怠惰ですら気付くことができず、渦の中からは、黒髪黒目の、顔に大きな傷のある男が顔を出していた。


「いったい誰が攻撃したんだろうね?」


「っ!?」


 声を聞いて、怠惰はベンチから飛び上がる。

 背後を取られた。今は完全に警戒をし損ねていたというのもあるが、振り返ってみると、自分がなぜこんな圧倒的なオーラに気付かなかったのかと不安になる。


「貴方…何者?」


 真っ黒な髪を風に靡かせ、目を細める男は、年齢的には十代なのかもしれない。


 怠惰はこの世界に解き放たれて間もないため、彼の名前こそ知っているものの、顔は知ることができていなかった。


「悪羅百鬼。…って言えばわかるのかな?」


「ふ…ふふ…なるほど…その手に持っている神器…貴方が私を攻撃したわけね。目的は何?」


「目的…目的ねぇ…」


 悪羅との距離を取り、警戒する怠惰は目的を問う。

 悪羅と怠惰は、一切の接点がない。もちろん恨まれるようなことをした覚えもないし、そもそも顔だって今初めて見たくらいだ。


 悪羅は怠惰に問われ、少し困ったような表情を見せた。


「うーん…なんでだろうなぁ?邪魔だったから?」


 彼は明確な理由をもって、怠惰に手を出したわけではなかった。困ったように、それでいて悪びれもせずに邪魔だったと発言した悪羅は、白銀の弓を回しながら怠惰を見つめた。


「邪魔?」


「そ!アンタもあるだろ?何もされてないのに、通りすがりの奴を邪魔に感じること」


 通りすがりに、特に危害を加えられたわけじゃないのに邪魔だと感じる瞬間がある。


 それは相手が悪いわけじゃないのかもしれないが、人間という生き物は自分勝手で、通りすがりの相手に向かって腹を立てる時もある。


 それと同じだ。悪羅は怠惰を敵として見ていないが、邪魔だと感じたから攻撃した。ただそれだけ。


「そんな動機で…」


「300年前は、そんな動機で人殺してたじゃん」


「っ!?」


 300年前の話を持ち出され、怠惰は硬直した。

 確かに怠惰は、300年前、混沌の配下の全盛期だった際に好き放題やっていた。


 死なないこと、他人を自由に戦意喪失させれるのをいいことに、邪魔だと感じた人間はみんな殺してきた。


 しかしそのことを知っている人は、この世界で身内しかいない。そう思っていた。


 もう300年も前のことだから、自分のしでかしたことをすっかりと忘れていた怠惰は、悪羅の発言を聞いて過去を思い出す。


「こういうのなんて言うのかな?因果応報?自業自得?まぁ、どっちでもいっか。300年も生きてるんだから、そろそろ十分でしょ。死ねよ」


 邪魔だからと過去に沢山の人々を殺してきたように、今度は自分が殺される番。


 悪人は不思議なことに、自分が罪を犯した際、まさか自分にも同じだけの惨劇が回ってくるなんて考えようとしない。

 それはひとえに、社会が法律によって遵守されているから、自分以外に法を破るものがいないと勘違いしてしまうからだ。


 そう言う奴らは、大抵自分の番になって気付く。

 自分がどれだけ狂気に満ちたことをやっていたのか、奪われる側の恐怖を。


 怠惰は悪羅の冷ややかな視線を受けて、初めて恐怖した。

 逃げないといけない。逃げないと殺される。


 これまで逃げたことなんてなかったはずなのに、悪羅の殺意を目の当たりにした瞬間、逃げるしか選択肢が浮かばなかった。


 狩る側から、狩られる側へ。

 それは弱肉強食の世界では至極当然のことで、弱者は強者の餌食になるしかない。


「その身体でよく動けるね」


「え…?」


 屋上の花壇を踏み抜き、校舎の中へと避難をしようとした怠惰は、全身に凍えるような寒気を感じながら悪羅の言葉を聞いた。


 そしてようやく、自分の身体の有り様を理解した。


「ぎゃぁぁぁぁあっ!私の…私の身体が…!」


 怠惰の身体は、足こそ繋がっているものの、腹部には大きな穴が開き、背中にはアルテミスの矢が突き刺さり、腕はまるでヤスリで削られたようにボロボロになっていた。


 それを視覚で認知した瞬間、これまで気づかなかった痛みが一気にこみ上げてきて、気が狂いそうになる。


 嫉妬の時もそうだが、いくら彼女たちが再生の異能を持っていようが即死の力が付与されている攻撃を無かったことにすることはできない。


 アルテミスの矢のせいで再生が限界を超え、他の部位ですら再生がままならない怠惰は、その場で発狂しながら崩れ落ちた。


「弱い犬ほど良く吠えるとは、よく言ったものだ。まさにお前に相応しい言葉じゃん」


 崩れ落ちた怠惰の元へと歩み寄る悪羅は、そんなことを呟きながらアルテミスの弓を投げ、白銀に輝く槍を手にする。


 それはティナとの戦いで見せた、オーディンの神器であるグングニルだった。


 もうすでに戦意などなく、死の恐怖で萎縮している怠惰の背後へと詰め寄った悪羅は、親友と話すように、笑顔を浮かべながらグングニルを構えた。


「じゃあね」


「いや…嫌嫌嫌嫌…私は…!」


 最後の最後で命乞いをしようとした怠惰。

 しかし彼女の言葉は悪羅に届かず、悪羅は彼女が全てを言い切る前に、神器で怠惰の顔面を貫いた。


 まるで人間が体の内部から爆発したように、ドパッと血が飛び散り、悪羅は屋上に広がっていく鮮血を眺める。


「次は誰を殺ろうかな」


 悪羅の小さな囁きは、風に紛れて消えてゆく。

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