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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
459/474

本当はわかってた

「チッ」


 数百にもなる怪しい人影が、1人の影に向かって一斉に仕掛ける。

 その光景は、集団リンチを彷彿とさせるもので、世間一般の方がこれを見たら、一方的だのなんだのと散々叩き回すことだろう。


 しかしこれは、1対1の戦いだ。

 人気のない通りで繰り広げられるのは、結界を発動している南雲と、怠惰の戦闘。


 南雲の異能によって集団リンチのような光景になっているが、これは立派なサシの勝負だ。


 数百にも上る南雲の分身たちは、連携を取るようにして怠惰に仕掛けるが、怠惰は長い欠伸をしながら、洗練された身のこなしで分身の攻撃を回避していく。


「やっぱり、面倒な異能ね。分身には怠惰が効かないなんて」


 怠惰にとって、南雲は天敵だった。

 なぜなら南雲の分身は、1人の人間としての思考を持ち合わせている訳じゃない。


 彼の分身は、分身前に本体が命令したことのみを忠実にこなす、コンピュータのようなものなのだ。


 だから人間の中にある、面倒、怠いといった感情を無理やり引き出し、戦闘不能に陥れる怠惰の異能は、分身の南雲には効かない。


「貴方の感情は透けて見える。嫉妬、羨望、憎悪、悲しみに苦しみ…どうしてその感情を表に出さないの?」


「うるせェよ」


 南雲の攻撃は当たらないし、怠惰の異能は通用しない。

 互いにほぼ平行線上の戦いをしているから、怠惰は南雲の分身からの攻撃を回避しながら呟いた。


 南雲颯太という人間は、欺瞞に満ちていた。

 別に、早乙女のように自分を良く見せようとしているわけではなく、自分の感情を表に出さないように生きている。


 彼の幼少は、幸せで溢れていた。

 父は日本支部軍の隊長として、高レベルの異能と高収入を誇り、家庭は安定していたし、母は専業主婦だったが、南雲を育てるための教育を惜しむこともなく、きっと誰もが羨むような、裕福な生活をできていたに違いない。


 誰もが望むような学力にレベル、力だってそれなりにあった。他人とも良くコミュニケーションを取る方だったし、彼の生活は、確かに幸せだった。


 しかし彼の幸福は、一瞬にして崩れ去ることとなった。

 第五次世界大戦、南雲の父が日本支部軍の隊長ということもあり出兵し、ロシア支部で戦死したからだ。


 南雲は賢い方だから、すぐに理解した。

 軍人はいつだって死と隣り合わせ。父も隊長なのだから、それを覚悟で戦地に向かったはずだ。悲しいけど仕方がないことだと、世の中の過酷さを受け入れようとした。


 だが、戦死した父の綺麗な亡骸を見て、父の死後、母親が話していた内容を聞いて南雲の人格は大きく変化を遂げることとなった。


 その原因は、父が日本支部の軍人の誰かに殺されたということが明白だったからだ。


 背中に撃ち込まれた1発の弾丸。その影響で南雲の父は即死し、しかも弾は日本支部軍が使っているもの。


 異能が戦争のメインの時代で、わざわざ敵国が日本軍の銃を奪って背中を狙うとは考えられないし、ほぼ間違い無く、南雲の父は味方に裏切られ戦死していた。


 彼は激怒した。

 いや、周りに当たり散らしたり、暴れ回ったわけじゃない。


 ただ内心で激情し、憎悪を溜め込んだ。

 南雲にとって、父は誇りだった。いつだって誇り高くて、曲がったことが大嫌いで、協調性のある優しい父だった。


 休みの日は軍の仕事で疲れているはずなのに、よく遊びに連れて行ってくれた。


 だからだ。だからこそ父の仇を討たなければならない。

 大切な父を奪った人間が日本支部にいるのなら、まだのうのうと生きているのなら、この手で…


 それは南雲の人格を変えるには十分な出来事だった。

 この日以降、南雲は自分の感情を押し殺し、父を殺した犯人探しの準備のためだけに日々を過ごすようになった。


 売られた喧嘩は買ったし、馴れ合いもやめた。全ては父の仇を討つため。そうすれば亡くなった父も、きっと喜んでくれるはずだから。


 その思想を胸の奥に抱き、南雲は中学を卒業して、日本支部軍に最も近い、日本支部異能島に入学することを決めた。


 異能島は高レベルな生徒が多い故に、将来的にはエスカレーター方式で軍人になることができる。

 異能島にいる学生は、望めば軍人になれるのだ。…まぁ、大抵は戦争や過酷なトレーニングに怯え、異能島の学生たちは卒業と同時に軍人以外の道を選ぶのだが。


 異能島に入ってからは、比較的有意義な時間を過ごせた。

 自分の時間が多くなったし、幼馴染なんていないから遊びに誘われることもほとんどない。


 しかし彼の感情は、何も悠馬のようになくなったわけじゃなかった。元々聖人でもなかった南雲は、悠馬のように闇堕ちして感情が歪んだわけじゃない。


 悠馬が簡単に切り捨てれることでも、南雲は切り捨てることができなかったのだ。


 本当は自分も他の生徒のように遊んでみたい、全てを手にしている悠馬が羨ましい、なんで自分だけ。


 子供は大人のように、簡単に割り切ることができない。

 南雲だってまだ子供で、やりたいことはたくさんあった。でも、父の仇を討つためにと様々な感情を切り捨てていくうちに、南雲は欺瞞に染まっていった。


 湊と偽りの関係で付き合い始めたのだってそうだ。

 自分と同じく、過去に縛られ、過去のために生きていく女が、どのように成長していくのか見たかった。


 傷の舐め合いだと思われてもよかった。ただ、周りに自分と似た境遇の人間さえいてくれれば、それだけで頑張ろうと思えた。そばにいてほしかった。


 人間、上を向いて歩くよりも、下を向いて歩いたほうがいい時だってある。


 自分より上の人間を見るよりも、自分より下の人間を見た方が、自分の方がまだマシだと感じられるからだ。


 自分より下の人間はいるし、まだ大丈夫。自分より点数の低い人がいる、自分より所得の低い人がいる。自分より嫌われてる人がいる。


 そう思うことによって、自己を正当化する。

 …しかし湊は前に進んでしまった。


 悠馬の異能により、親友の扇と会話をすることに成功した湊は、前を向いて歩き始めた。


 羨ましかった。自分と同じ境遇だと思っていたのに、自分の過去を知っているのに、前へと進んでいく彼女を見て、ゾッとした。


 自分はこのまま一生、父親の敵討ち以外のことができないんじゃないかと、初めて恐怖した。


 そしてそれらを全て見透かしたように話してくるこの女が気に入らない。


 南雲は分身たちの中に紛れながら怠惰と話す。


「哀れね」


「黙れ」


 周囲の人間は変わって行った。

 最初は復讐に囚われていた悠馬も、今では牙も抜け落ち、彼女に対してすごく優しい笑顔を見せるようになった。

 同じく朱理や連太郎、加奈だって、出会った当初と比べて変わり果てている。


 そして最後まで隣にいてくれると思っていた、湊さえも。


 たった1人取り残されて、ようやく気づく。

 自分のこの目的、父親の敵討ちは、間違いなんじゃないか?と。


「間違いなんかじゃ…」


「見つけた」


 南雲が明らかな声を発したことにより、怠惰が動く。


 怠惰が指先から銀色に煌く何かを投げると、南雲は左耳が聞こえなくなった。一瞬何が起きたか分からずに、突発性の難聴か何かだと誤解してしまう。それと同時に、左耳に感じる激痛。


 ボトッという何かが落ちる音と共に、南雲は左耳から冷たい何かが垂れてきたような気がして手で押さえ込んだ。


「っ〜!」


 左手はすぐに、鮮血に染まった。

 左耳を斬り落とされたのだ。彼の左耳は、頬の少し上から抉り取られ、肉を見せながら真っ赤に染まっていく。


 衝撃によって一時的に聞こえなくなっている左耳を、激痛を堪えながら押さえ込む。


 落ちている左耳を見ていると、余計に痛みが増してきた。

 これが自分のだと考えると、今すぐ叫び声を上げてのたうち回りたい気分になるし、今すぐ気を失えたほうが、幾分か楽になると考える。


 しかしそんなことよりも、目の前にいる青い髪の女、怠惰が容赦なく手を出してきたことに脅威を感じた。


 さっきまでの勧誘と打って変わって、完全に殺しにきている。今のは南雲が一歩ずれていたら、顔面に直撃していた。


「貴方は何のために戦うの?」


 耳を斬り落とされても尚、南雲は止まらない。

 本来なら、痛みでのたうち回ったり、恐怖を感じて逃げ出したりするものだが、南雲颯太という少年は、異能を解除することもなく延々と怠惰へと攻撃を仕掛ける。


 南雲には、この島にとどまる理由なんて何一つない。

 その気になれば国を滅ぼせる異能を持っているし、正攻法でなくとも、父を殺した犯人を見つけ出し、復讐をすることができる。


 だから怠惰は、南雲を誘った。

 南雲ならば、この勧誘に乗り味方として強力な存在になってくれると踏んだから。


 なのに蓋を開けてみれば、南雲は味方になることもなく、逃げようともしない。いつまで経っても平行線。


「……そう。なるほどね。…感情は押し殺せていても、捨て切れてないわけ」


 南雲は未練もなく混沌側に回り復讐を楽しむと思っていたが、考えが甘かったようだ。


 彼は感情こそ押し殺し、周囲と距離を置いているかもしれないが、それらを全て断ち切っているわけじゃない。


 来るもの拒まず去るもの追わずというのが基本的な彼のスタンスなわけだが、南雲は碇谷やアダムを、一度も邪魔だなんて言わなかった。


 湊の面倒な恋人のフリだって受けたし、入学当初には、カツアゲしようとした神宮を殴って停学になったくらいだ。


 それは暗に、南雲の中にも、友人を大切にしたいという気持ちや、仲良くなりたいという気持ちが少なからずあるからだ。


 それを知った怠惰は、呆れたように首を振った。


「想像以上に哀れね。未練を断ち切ってあげれば、味方になってくれるのかしら」


「っ!」


 南雲の異能は、何としてでも手に入れておきたい。

 より効率よく相手を殲滅できる南雲の異能がなんとしても欲しい怠惰は、彼の背後で怠けている湊へと視線を向けて、小型のナイフを向ける。


 それを見た瞬間、南雲は手を伸ばした。


 ざしゅっという音が響き、怠惰の放ったナイフは、容赦なく突き刺さる。


「……なにしてるの?」


「あ?テメェが投げたんだろうが」


 怠惰が投げたナイフは、湊へと到達することはなかった。南雲の右手に刺さったからだ。


 怠惰の異能によって身動きが取れないやる気のない状態になっている湊を守るために、彼は身を挺して湊を守るという選択肢を取った。


 右手の掌を容易く貫き、手の甲から突き抜けているナイフの激痛に顔を歪め、その場で踏みとどまる南雲。


 掌からは血がポタポタと垂れ、かなりの重症に見える。


「いいわ。やっぱり貴方は要らない。足手まといになりそうだし」


 一度は差し伸べた手。

 しかし南雲の行動を見ていると、彼がまだまだ未熟で、味方になったところでろくに機能しない可能性も見えてきた。


 知り合いを切り捨てられない、現状に縋っている彼を見る怠惰は、呆れたように異能を発動させた。


「さようなら。いい暇つぶしになったわ」


 怠惰が異能を発動させれば、南雲本体の動きは完全に停止する。そうなれば後は、命令の通りにしか動けない分身たちを駆除するか、そのまま撤退するのみ。


 国を滅ぼす危険な異能を持っている人物を見た場合、大抵の人間は、味方に引き入れるか殺すかの2択だろう。


 怠惰は味方になっても使えないと判断したため、南雲が敵になる前に殺すべきだと結論づけた。


 怠惰の異能を受けて、南雲の瞳は虚に変わっていく。


 何もかもが面倒になって、思考もなにも及ばなくなっていく。

 まるで夢の中にいるような、そんなふわふわとした感覚の中なにも考えることができなくなった南雲は、その場に崩れ落ちた。



 ***



 暖かい光を見た。まるで陽だまりのような、優しい輝きが、心の中に降り注いできた。


 思考すら及ばず、ただただ怠惰を貪るはずだった南雲は、心の中に降り注いだ光を見上げる。


 それはまるで、あの日、父が亡くなってから自分が切り捨てたはずの、暖かな感情のように感じる。


 反射的、本能的にそれを感じ取った南雲は、徐々に怠惰から醒めていく自身の脳を回転させ始めた。


 さっきまでの感覚が嘘のように、頭が回転する。


「この異能は…」


 これは南雲が精神力が強かったとか、怠惰に対抗できる特殊な力が潜在的にあったとか、そういうのではない。


 南雲にはたった一つの異能しか扱えず、それ以外は何も持ち合わせていない、ただの凡人なのだ。彼は凡人ながらに努力し力を手に入れたからこそ、それが自分に備わっているものでないと瞬時に理解した。


 これは湊の異能だ。

 彼女の異能は、活性。嫉妬や鏡花と同じく、精神的な異能であるためあまり評価されないが、とても強力な異能だ。


 この異能は、人の士気を上げることができる。しかも集団に影響する異能だ。


 彼女は入学試験でこの異能を使い、赤チームの力をより強固なものにした。

 人が最も恐れるものは、単純な力もあるのだろうが、力持つものたちが恐れるのは、弱者の精神力だ。


 敗北しても何度でも立ち向かう精神、いつか殺してやるという復讐心。弱者のそういった感情は、時に強者の首元に迫る。


 暖かい光を目の前にした南雲は、フッと微笑むと、呆れたように額に手を当てた。


「んなこと、本当はわかってたんだよ」

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