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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
458/474

決着の刻

「はぁ〜綺麗なお顔…私ね〜、貴女みたいな綺麗なヒト、すっごく好きなんだ〜。内臓掻き出して、全部食べちゃいたい」


 崩れ果てた渡り廊下に背を向けて、嬉しそうに話す窶れた女性は、首元から血を流す朱理に馬乗りになり、首の血を啜る。


「甘ぁい…朱理ちゃん、内臓掻き出してもいい?いいよね?ね?」


「ぐっ…ぁっ」


 嫉妬は朱理の制服の上から腹部に爪を立て、思い切り力を入れて皮膚にめり込ませる。


 爪が尖っているためか、力が強すぎるのか、じわりじわりとめり込んでいく嫉妬の爪は、朱理の腹部へと突き刺さり、朱理は痛みに耐えきれず掠れた声を上げた。


「可愛いねー…でも、何か足りない。…もしかして朱理ちゃん、以前にこんなことされた経験でも…あるの?」


 完全に不覚をとった。

 淀んだ瞳でこちらを伺う嫉妬を見上げながら、朱理は首元から抜け出て行く気力と血液に苛立ちを覚えた。


 朱理が嫉妬に負けた理由は、単純に失血によって意識が保てなかったからだ。


 実力的にはある程度朱理が有利だったが、残念なことに初手の攻撃を躱せていなかった時点で、朱理の敗北は確定していた。


 しかし朱理は、諦めることも絶望することもなく、歪んだ笑みを口元に浮かべていた。


「あは。そうだとしたら、どうするんですか?」


「可哀想…こんなに可愛いのに、やっぱり痛い目にあってるんだね。大丈夫だよ、ソイツは私が殺してあげるから、私と一緒になろうよ」


「結構です。もうどうでもいいので。それと貴女とは一緒になりません」


「……狂ってるね」


 嫉妬の指は、すでに朱理の腹部に第一関節まで突き刺さり、常人ならば痛みに耐えきれず気絶やショック死を起こしていてもおかしくないレベル。


 しかし朱理は、歪な笑顔を浮かべたまま、動こうともせずに嫉妬の攻撃を受け止めていた。


「もうすぐ内臓に届くよ。朱理ちゃん。生きたまま内臓を取り出すなんて初めてだから、頑張って…」


 頑張ってね。

 嫉妬がそう言おうとした瞬間、朱理は銀色の矢が嫉妬の顳顬に突き刺さるのを目撃した。


 ザクッという音とともに、嫉妬の頭が大きく揺らめく。


「ぐぅぅぅっ…誰?誰誰誰誰!?…ここには誰もいない…敵意も何も感じなかった!一体誰よ!?」


 朱理の上から離れ、矢の飛んで来た方角を睨む。

 しかし嫉妬が睨む方角、つまり矢が飛んできた方角には、何もなかった。


 この校舎を直接狙えるような建物も、木さえも何一つなく、見えるのは水平線のみ。


「……」


 嫉妬は大きく目を見開き、顳顬に突き刺さった矢を引き抜く。


「…アルテミスの矢…まさか…まさか本土から狙って…」



 ***



「ふぅ…」


 真っ暗な景色の中で、怪しく輝く634メートルからなるスカイツリー。


 強風に煽られ、生身の人間が命綱なしで上がろうとすれば簡単に吹き飛ばされてしまうその屋上では、黒髪の男性が、銀色に輝く弓を構えて立っていた。


 彼の名前は、悪羅百鬼。本名、暁悠馬だ。


「いやぁ、すげぇバケモンだな。普通アルテミスの弓で射抜いたら即死なのに、なんで生きてんだ?あのバケモノ」


 この距離で異能島の校舎内での戦闘が全て見えていたのか、風に衣服を靡かせ独り言を呟く彼は、笑いながらその場に倒れ込む。


 しかも彼は、本土から数百キロ離れた異能島にいる1人の女性の頭部を、見事に射抜いたのだ。並外れた芸当としか言いようがない。


「まぁ、どちらにせよダメージは負ったし再生は間に合わんでしょ。…後は篠原さんに任せりゃオールオッケー。残すは強欲と憤怒と嫉妬と混沌ってわけよ」


 アルテミスの弓の力は、女性を射抜いた場合、苦痛なく殺すことができると言う、スマートな神器。

 痛みでのたうち回る見たくもない三流劇のような景色も、悲鳴すらも聞くことなく、静かに殺すことのできる神器なのだ。


 倒れ込みながら独り言を話す悪羅は、まるでやる気のないおじさんのように頭を無理やり上へと向け、ニヤリと微笑む。


「アンタ、異能王だろ?行かなくていいのか?」


 悪羅の背後に立っていたのは、現異能王のエスカ。

 エスカは金髪を風でバサバサと揺らしながら、腰に手を当て、悪羅を見て軽く微笑んだ。


「僕には僕にしかできないことがあるからね。日本支部本土で待機してないといけないんだよ。異能島のごみ収集の日っていつ?」


「相変わらずイマイチ読めない奴だよな〜、お前。そんなの覚えてねえよ」


「ははは。それはお互い様だよね。僕も君のことは、生憎全く読めないんだよ」


 一度は互いの目的のために共闘をした2人。

 しかしお互い、そこまで心は許していない。


 エスカにとっての悪羅百鬼という存在は、完全な異分子。

 ゼウスの全知全能の力を持ってしても何を考えているのか、どう動くのかすら予測できない謎の人物。


 だからエスカが心から悪羅を信用することは絶対にあり得ない。


 逆も然りだ。

 エスカの契約神がゼウスだと知っている悪羅は、彼の保有する結界の危険性を考え、自分の思い通りに動くことはないと結論づけている。


「混沌が復活したらしいよ。知ってた?」


 数秒の沈黙。

 沈黙を破ったエスカは、悪羅に対して何一つ隠すこともなく、混沌が復活した事実だけを淡々と話す。


「まぁ。これだけ調子に乗ったオーラを感じ取れば、ティナか混沌だってことは予想つくよな」


「はは。さっすが。どこから来たの?」


「イタリアから」


「へぇ…すごいね。イタリアから日本支部のオーラを感じ取ったのか」


 イタリア支部から日本支部の距離は、約1万キロ近くあるし、当然だが日本支部で殺意を振りまく犯罪者がいたって、イタリア支部で過ごす人々は気付きすらしない。


 今だってそうだ。

 混沌のオーラを感じ取れているのは、日本支部付近にいるからであって、流石の混沌のオーラでも、イタリア支部までは届かない。


 故に、悪羅の感覚はそれほど敏感で、強者のオーラを見逃さないということだ。


 どこで誰が何をしているのか、それすらも把握できる力がある。


「…そんなに感覚に敏感で、寝れるの?」


「寝る必要はないからさ。24時間300年間フルタイムで営業中さ」


「わお…よく死なないね」


「それが彼女の願いだからね」


 普通なら、徹夜を数日間しただけでも死に至るというのに、悪羅はそれを300年以上も続けて死んでいない。


 そんな彼に素直に拍手するエスカは、金髪の髪を掻き上げながら、微かに見える軍艦を睨む。


「アレが1番の問題か」


「強欲か?」


「ああ。アレは並の異能力者じゃ勝てない。もちろん、俺も含めて、大半の人間がね」


「そうだな。アイツは他人の異能も記憶も何もかも奪う。言うなれば人ではなくAIに近い」


 他人の知識も奪えるのだから、AIが学習をしている光景に近い。

 悪羅は真っ黒な瞳で、遠くに見えた軍艦を見つめる。


「まぁ、その辺は俺がなんとかするよ」


「混沌は?」


 強欲をなんとかすると明言した悪羅。

 推定レベルが80を超える強欲に勝つには、悠馬か悪羅が動かなければならないわけだが、そうした場合、必然的に残るのはレベル99の混沌。


 強欲と悪羅が戦っている間に、混沌が神格を得ることに成功すれば、その時点でゲームオーバーだ。


 不安そうには見えないエスカの質問を聞いた悪羅は、口元に含みのある笑みを浮かべながら口を開いた。


「それをなんとかするのは、俺の役目でも、お前の役目でもないよ。…俺たちはただ、自分の為すべきことを為せばいい」


「…そうかい。ならそうさせてもらうよ」


 混沌のことは考えなくて良い。

 遠回しにそう告げた悪羅を見て、エスカは鼻で笑うと一瞬にして屋上から消え去った。


「ふぅ…」


 話も終わり、風の音しか聞こえなくなったセントラルタワー。

 そこで寝転んでいた悪羅は、一度ため息を吐くと、両手を使って立ち上がる。


「朱理の方は、そろそろ決着かな」



 ***



「治らない!」


 顳顬をアルテミスの矢で撃ち抜かれた嫉妬は、一向に治る気配のない顳顬を抑え叫び声を上げる。


 大罪異能を保有する7人は、基本的に最初から再生の異能が備わっている。


 それは自らの主人を守るために盾となることを厭わない為であり、本来であれば、弓の攻撃なんてすぐに再生できる。


 しかし悪羅が使った弓はタチの悪いことに、女性に即死を与える攻撃だった。悪羅の攻撃をモロに受けた嫉妬は、いくら再生があるといえど、即死が付与されている攻撃をなかったことにはできない。


 死ななかったものの傷が治らない嫉妬は、顳顬から流れ出る自身の血を見て、朱理に飛びついた。


「朱理ちゃん、貴女の血、もらうね?私と一つになろうね?ね?」


 血が足りなくなるなら、血を増やせばいい。

 朱理から血を奪い、自身の生命を維持しようとする嫉妬は、朱理の腹部から滲み出る血液を見て舌を伸ばした。


 その直後だった。

 朱理は暖かな何かに包まれるような、心地の良い感覚を感じた。


 まるで首の傷も、腹部の痛みもなかったみたいに身体が自由になって、さっきまでとは全く違う。


 新たな生命に生まれ変わったという単語が相応しいほど冴えた感覚を取り戻した朱理は、嫉妬の背後に何者かがいることに気付いた。


 いや、正確に言えば嫉妬の背後には、誰も見えない。しかし確実に、誰かが立っている。


 ドスッという鈍い音が響き、嫉妬は衝撃を感じて動きを止める。


「え…?」


 嫉妬は背後から、自身の心臓部分に何かが突き刺さった気がして、胸元を見下ろす。


 そこには小太刀のような細い刀が、嫉妬の心臓を背後から貫いていた。


「…どうして…貴女が生きて…」


「さぁ?自分で考えてみたら?」


 恐る恐る振り返った先に立っているのは、艶やかな紫色の瞳を輝かせる、銀髪の少女。


 つい先ほど、自分が殺したはずの人物が背後から突き刺してきたと気づいた嫉妬は、口を何度かパクパクさせて、血を吐き出した。


「…初めて使うから。加減なんてできないよ。…極夜」


「ぐぷっ…」


 美月はヘルメスとの契約を経て、透過状態で嫉妬の背後へと回り、一突きで確実に嫉妬の心臓部分を貫いた。


 薄らと輝く結界のオーラに身を包んだ彼女に与えられた恩恵は、ヘルメスの持つ全ての力。


 幸運も死への案内もできる彼女は、アルテミスの弓と同じく、不死者を殺せる力を手にした。


 まだまだ極夜というには程遠いが、それでも劣化版の極夜を容赦なく放った美月は、口や鼻、目から血を吹き出した嫉妬を見て、デバイスを引き抜いた。


「美月さん…」


 ドサっという音とともに、嫉妬が崩れ落ちる。

 それは決着の合図で、美月と朱理が勝利したことを知らせる音だった。


「朱理!怪我は?」


 嫉妬が斃れ、状態を起こそうとする朱理へと駆け寄る。

 朱理の首元の切り傷は、ヘルメスの幸運により止血こそ出来ているものの、血を失いすぎている。


 腹部もだ。一応血こそ止まっているものの、失血死という可能性が考えられる以上、直ちに病院に連れて行かなければならない。


「美月、ゴッドリングだ」


「え?」


 慌てふためく美月の耳に聞こえたのは、朱理の声ではなく、ヘルメスの声。

 さっき契約したヘルメスから声をかけられた美月は、訳もわからないまま朱理の唇を奪った。


「っ!?」


 朱理は背筋をピンと張り、体を硬直させる。

 いくら親友と言えど、同性。前触れもなしに突然キスをされたら驚くし、思考停止に陥る。


「ぷはっ…」


「み、美月さん…」


 朱理は顔を赤面させ、唇を手で抑える。


「良かった。…治ってる」


「え…」


 美月とキスをした朱理は、腹部の傷も、首の怪我も、綺麗さっぱり治っていた。しかもさっきまでの貧血のようなフラフラとした感覚も無くなり、視界も良好。


 これはヘルメスの幸運を利用して、以前悠馬が美月にしたゴッドリンクの再生を、朱理で再現したのだ。


 美月の身体に僅かに残っているシヴァの恩恵を、ゴッドリングで朱理に譲渡する。


 それは数億分の1程度の成功率だし、成功したところで恩恵が僅かすぎて再生なんて始まらないだろうが、ヘルメスの幸運のおかげで、全てがうまくいく。


 すっかりと元気になってしまった朱理は、両手を確認し、美月へと抱きつく。


「良かったです。美月さん、無事だったんですね」


「うん。…ヘルメスに助けてもらえて…間に合って良かった」


 ヘルメスのおかげで、美月が死ぬことも、朱理が死ぬこともなく、無事に嫉妬を倒すことができた。


 実力的には嫉妬の方が上だったのかもしれないが、悪羅の援護のおかげもあり、嫉妬の撃破に成功した2人は、互いに抱き合い、微笑み合う。


 月明かりが照らすボロボロになった校内で抱き合う2人の姿は、とても美しく見えた。

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