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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
457/474

お伽話の結末

 ガシャン!とガラスが砕け散ったような音が響き、オリヴィアと愛菜が振り返る。


 音が鳴るまで、接近にすら気付かなかった。

 使徒ならば飛行するために羽を動かす音や、人ならば衣擦れの音、オーラですぐに察知できるはずなのに、愛菜とオリヴィアの感覚を持ってしても、気づくことができなかった。


 もし仮に相手が音を立てずに背後まで近づいて来たら…と考えると、ゾッとしてしまう。


 久しぶりに感じる寒気を背筋に感じた愛菜は、一歩後退り、右手に持っていたナイフを投げた。


「おっと…なんだこりゃ?毒か?」


 愛菜の投げたナイフは、一直線に砂埃の中へと入っていき、大きな人影に直撃する。


 しかし大きな影は、ナイフを受け止めているのか、痛みによる叫び声などではなく、呑気な声を上げた。


「なんだか懐かしいオーラを感じたと思ったから来てみれば…女2人かよ」


 徐々に落ち着いてくる砂埃の中から、大きな影が動き始める。


 空から降って来たと言うのに、ダメージすら負っていない様子で歩き始めたその人物に、愛菜は思わず表情を痙攣らせた。


 あまりにも大きすぎる。

 一般人などと呼べる次元の図体ではなく、プロレスラーや力士と言われた方が納得のいく体型。


 いや、力士と呼ぶほど横に大きくはないのだが、高身長でありながらかなり筋肉がついているため、力士よりも大きく見える。


 そして顔には歴戦の猛者のような大きな傷があり、髪は挑発的な赤色。


 その髪色に似合うような挑発的な笑顔を浮かべた大男、憤怒は、オリヴィアと愛菜を見て、少しだけ落胆して見せた。


「誰だキサマ」


「俺ぁ憤怒。強い奴と戦いに来たんだが…はぁ」


 鋭い眼光で睨みつけるオリヴィアに、臆することなく返事をする。


「やっぱり暁見つけ出すか」


「っ…!」


 微かに聞こえた声。

 憤怒の口からは、確かに悠馬の名前が出た。


 それを聞いた瞬間、血相を変えて走り出した愛菜は、憤怒へと急接近する。


「なんだ?やる気か?」


「何が目的かは知らないけど…とりあえず拘束する」


 日本支部のお偉方、軍人や特殊部隊ならば桜庭家の愛菜が知らないわけないし、そもそも日本支部のお偉方が商店街を破壊して登場するとは思えない。


 そこから察するに、相手はほぼ確実に違法侵入者だということだ。


 悠馬を狙う可能性を示唆する発言を聞いて、恋人である愛菜は憤怒へと攻撃を仕掛ける。


 憤怒はというと、愛菜の動きを見て、少しやる気になったのか拳を振り上げていた。


 憤怒は振り上げた拳を愛菜の顔面目掛けて振り下ろす。

 愛菜は憤怒の拳を、両手を用いて器用に受け流して見せた。


 いくら一流の格闘家でも、拳を正面から受け止めれば多少の反動は食らう。

 それは誰にでも言えることで、だからこそプロの格闘家は拳を拳で相殺するのではなく、後ろに引いて受け流したり、両手を使って相手の攻撃を受け流すのだ。


 真正面から受ければ、重傷確定。

 そんな憤怒の拳に臆することなく踏み出した愛菜は、憤怒の懐へと入り込むと、鳩尾の部分に発勁を打ち込む。


 洗練された動作、受け流しから攻撃に入るまで無駄一つないその動きは、完璧に等しい。


「ふぅ…」


 憤怒の鳩尾に発勁を打ち込み、愛菜は息を吐く。

 いくら鍛えているといえど、不意に人体の急所を攻撃されたのだから、対応のしようがないだろう。


 中には鳩尾まで鍛えようとする強者もいるが、さすがにその強者たちだって道端で女性に鳩尾を狙われるなんて考えていないだろうし、ダメージは与えられる。


「はは…ははは!痛えじゃねえか!」


「!?」


 耳元に高らかな笑い声が聞こえ、愛菜は咄嗟に飛び退く。

 間違いなく、今のは鳩尾に入っていたし、威力だって殺されていない。


 憤怒は背後に飛び退いて威力を減らしたわけじゃないし、拳を振りかざしていたため、完全に無防備な姿で愛菜の攻撃を受けていたはず。


 しかし憤怒は、痛みで崩れることもなく、嬉しそうに白い歯を見せながら笑っていた。


「いや!本当に!俺が悪かったな!お前らが女だからって見下してた、俺が全面的に悪い!そうだろ!?」


「そんなこと今はどうでも良い。キサマが男だろうが女だろうが、私は容赦なくキサマを叩き潰す」


「ヒュー!綺麗な顔してドギツイこと言ってくれんなぁ。金髪の嬢ちゃん。…昔殺したハイツヘルムを思い出すぜ」


「!?」


 男だろうが女だろうが、今はどうでも良い。どちらであろうが叩き潰すと明言したオリヴィアに対し、憤怒は何かを思い出したのか、少し低い声で呟いた。


 その単語は、空気を振動させ、オリヴィアの耳元へと届く。


「なんの話だ…?」


 訳がわからないと言いたげな表情で、オリヴィアが呟く。

 オリヴィアはハイツヘルムの人間で、アメリカ支部でもハイツヘルムの名を使っているのはオリヴィアの一族のみ。


 他国にもハイツヘルムという名前の人がいるとは聞いたことがないし、だとするならば目の前の男は、ハイツヘルム家の誰かを殺したということになる。


 赤い髪を風に靡かせる憤怒に、オリヴィアはドス黒いオーラと殺意を向けた。


 それはオリヴィアが、人生で初めて自分の手で殺さなければならないという使命感に駆られた瞬間だった。


 合宿のディセンバーの時は、使命感というよりも最早気が動転していたし、奴が死ぬのなら誰が殺したって良いと思っていたし、ここまで冷静じゃなかった。


 怒りや殺意といった感情は身体の奥底から湧いてくるが、それでも脳内ではクールに処理するオリヴィアは、蒼の聖剣を握りしめ、剣先を憤怒へと向ける。


「懐かしい神器だなぁオイ…俺もソイツには散々切り刻まれたぜ。へし折ってやる!」


「キサマ、さっきから何を…」


 さっきから、いつの時代の話をしているのか全くわからない。


 ハイツヘルム家から死人が出たなんて連絡は来ていないし、そもそも蒼の聖剣は少なくともアメリカ支部が秘密裏に50年近く保管していた切り札で、その間適合者は誰もいなかったと聞く。


 つまりこの聖剣を握れる存在は、50年間、オリヴィアが現れるまで誰一人として現れなかったのだ。


 しかし目の前にいる男の外見的な年齢は、予想すると二十代。全く辻褄が合わない。


 憤怒はオリヴィアの質問に対し、何か言いたいことでもあるのか、両手を大きく広げて口を開いた。


「なに、300年と少し前のお伽話だよ!知ってんだろ?混沌と成り損ないの王サマの話はよぉ!」


 憤怒の口から語られるのは、300年前の初代異能王と混沌の戦いの物語。


 本来の結末、無慈悲な結末を知らない彼女たちは、攻撃を仕掛けてこない憤怒を見て、黙って話を聞くという選択をとった。


 憤怒も自分の話を聞く気になった2人を見て、話を始める。


「300年前。異能が発現し、旧世代の秩序も何もかも崩壊した日。俺は夜空さん。…混沌と共に戦うことを決意した」


「な…」


 憤怒の発言は、遠回しに自分が300年生きていると断言したようなものだ。

 数百年も生きている人物を見たことがないオリヴィアと愛菜は、大きく目を見開き、その場でたじろぐ。


「色々と大変だったんだぜ?異能を持たない完全武装の軍隊を相手にしたり、旧世代の人間たちにこき使われる異能力者をぶっ潰したり。俺は俺の望む、力で戦える社会を手にした」


 混沌の本来の目的はわからないが、少なくとも異能をより良い方向に使うのではなく、世の中を混沌渦巻く世界にしたかったのだろう。


 自分よりも強いやつと戦いたいという戦闘脳の憤怒からしてみれば、混沌のそばにいるほど幸せなことはないだろう。


「そうして1年近くが過ぎて、俺は初代異能王、エルドラとその友人、ハイツヘルムと戦った」


『っ!?』


 御伽噺では、オリヴィアの先祖であるハイツヘルムと初代異能王が憤怒と戦ったなんて描かれていなかったし、文字にすらなっていなかった。


 しかし彼の言葉を戯言だと言えるほど、2人には確信もない。


「いやぁ、あの時はマジで痺れたぜ。ハイツヘルムの野郎、腹に穴開けながら俺の顔面を蒼の聖剣でぶった斬りやがって…おかげでこの傷が残っちまった」


「つまり…混沌ではなくキサマがハイツヘルムを殺したのか?」


「ああ!ハイツヘルムは確かに俺が殺った!今でもアイツの腹部に開けた風穴の感触は覚えてる」


「…そうか。キサマはハイツヘルムの子孫が生きているとは考えてないのか?」


「あ?」


 オリヴィアは蒼の聖剣を握り直し、再び構える。

 彼女の瞳は、蒼色ということもあってか、より一層冷ややかに見え、瞳の奥に見える色は、まるで夜のような漆黒のみ。


 憤怒はオリヴィアの冷ややかな眼差しを見て、背筋をゾクリと震わせた。


「オイ、オイオイ、マジかよ!オマエ、まさかハイツヘルムの子孫か?」


「私の先祖がキサマを殺し損ねたなら。私がキサマをこの手で屠ってやる」


 悠馬を狙うという発言も見過ごすわけにはいかないし、先祖がコイツを殺すことに失敗しているなら、ハイツヘルムの人間として、責任を持つ義務がある。


 オリヴィアは口から白い息を吐きながら、憤怒に剣先を向けた。


「喰らい尽くせ。コキュートス」


 オリヴィアが蒼の聖剣から放ったコキュートス。

 それは無数の氷の破片を周囲に散らしながら、青い輝きを放ち憤怒へと向かっていく。


 その光景は芸術という表現が相応しいほど美しく、愛菜はオリヴィアの放った芸術的なコキュートスに目を奪われた。


「綺麗…」


「そんな子供騙しのチャチな異能じゃ俺は殺せねえぞ!お前らで遊んだら次は暁だ!」


「分不相応な相手とは戦わないほうがいいぞ。キサマじゃ悠馬は倒せない。保って一撃だろう」


「あ?テメェ…」


 オリヴィアと愛菜で遊んだ後は、悠馬だ。

 その言葉を聞いたオリヴィアは、淡々と事実を告げるように、憤怒の体格に臆することもなく、冷ややかな言葉を放った。


 憤怒にとって何よりムカつくことは、戦えないことでも負けることでもなく、戦う前から勝手に勝敗を決められることだ。


 悠馬と戦えば一撃で負けると断言された憤怒は、額に青筋を浮かべ、オリヴィアへと飛び掛かる。


「仲間外れにしないでくださいよ」


「!?邪魔くせえ!」


 オリヴィアへと飛びかかった瞬間、一瞬だけ愛菜のことを意識の外にやってしまった憤怒は、横からの愛菜の攻撃にワンテンポ遅れてしまう。


 ギリギリ反応はできたものの、再び愛菜の発勁を喰らうこととなった憤怒は、脇腹にチクッとした謎の痛みを感じながら、地面を転がる。


「硬…硬化系の異能も持ってます」


「…そうか。ならば手加減する必要もないな」


 掌に痛みを感じたのか、手首を回しながら憤怒の異能について話す愛菜は、冷静に自分の見解をオリヴィアへと話す。


 戦神の名を冠する少女、オリヴィアは、愛菜と話しながらも、悠馬という単語を吐いてから何度も首元を撫でる憤怒を見て、鼻で笑った。


「もしかすると君は、すでに悠馬に負けたんじゃないのか?…私の先祖を殺したと随分調子に乗っていたが、実力は大したことないんだな。不意打ちでも成功したのか?」


「どうやら本気でぶっ殺されたいらしいな。…女だからあまり痛めつけるのはやめようと思ってたが…ぐちゃぐちゃのミンチにしてやるよ」


 憤怒や武闘家の人間にとって、不名誉なのは他人から不意打ちで勝ったなんだと馬鹿にされるのと、実力を否定されることだろう。


 特に憤怒は、力こそ全てという考えの人間だから、自分の力が大したことないと言われると、プライドも傷つくし、正々堂々戦ったのに、見てもいない奴から不意打ちで勝ったんじゃないかと言われたら腹が立つ。


 益々怒りに染まっていく憤怒は、ドスンと大きな足音を立てて一歩前に出る。


「!」


 彼が足を踏み出すと、そこにはまるで、象が一歩を踏み出したように、地面には憤怒の足跡が出来上がっていた。


 人間の体重は重くても数百キロくらいで、コンクリートに足跡を残すのは不可能。


 異様な足の力を見たオリヴィアは、彼がグッと足に力を入れているのを見て、左手で異能を発動させた。


「フロストフラワー!」


 オリヴィアの左手から、美しい白色の花の氷壁が現れると同時に、憤怒は猛スピードで迫りくる。


 そのスピードは弾丸のような速さで、オリヴィアや愛菜の目にも、車が突っ込んできたと言われたほうが納得のいくような速度に見えた。


「なんだぁ?この薄っぺらい氷は!こんなカス異能で俺を止めれるとでも思ってんのか?」


「馬鹿が。キサマの動きを止めることさえできれば十分だ」


 パキパキと音を立て、ひび割れて行くフロストフラワーに驚くこともなく、蒼の聖剣を地面へと突き刺し、右手を伸ばす。


 オリヴィアは最初から、憤怒とまともに戦うつもりがない。

 流石のオリヴィアでも、冠位の自分なんかより、憤怒の方が強いということは最初から理解をしているし、だからこそ意図的にストレスを与えて単純な行動しか取れないように仕向けた。


 そして今、憤怒はフロストフラワーを破壊するために動きが硬直している。


 タックルのような体制の憤怒を見たオリヴィアは、体内に溜めていた冷気を一気に放出すると、大きく目を見開いた。


「グランシャリオ!」

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