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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
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戦力的格差

「くっ…キリがないぞ寺坂!このままじゃ島に到着する前に我々の体力が尽きる!」


 気持ちの悪い飛行生物からの攻撃を回避しながら、アリスが叫ぶ。


「わかっている!こうなれば突っ込むしかあるまい!」


 額から汗を流しながら、寺坂が答える。

 頬を掠める使徒の一撃を浴びながら返事をした寺坂にも、あまり余裕がないように見えた。


 アリスの言いたいことはわかる。

 このまま軍艦を停滞させて上空の使徒ばかり相手にしていたら、こちらの体力が先に尽きる。


 なぜかは分からないが、異能島で造られたであろう使徒たちは、我先にと軍艦へと近づいてきて、正直言ってジリ貧だ。


 逃げ場のない船の上で、じわりじわりと体力を削られていくのは、精神的にもかなりしんどい。


「広域殲滅系の異能はないのか!?」


 相手がいくら弱かろうが、群れれば厄介だ。

 使徒単体は取るに足らない雑魚だが、連携や数で圧倒される中、アリスは起死回生の一手を探りつつ尋ねた。


「すでにソフィアがやっている!圧倒的に数が多すぎて手に負えてないだけだ!」


 ソフィアが重力の異能を使ってある程度の数を間引いているが、いくら彼女でも、軍艦の全域を守護することは出来ない。


 当然、異能を使ってから次また異能を使う際にラグが生じるし、人間なのだから隙もできる。


 ソフィアがいくら頑張っても、使徒は彼女の隙を掻い潜って接近してくるのだから、実質広域殲滅型の異能があったところで、意味がないのだ。


 ここまで来れば、使徒を作っている元を断つか、強引に異能島に突っ込むしかない。


 寺坂はすでに後者の選択を取っているようで、軍艦を1隻無駄にすると考えて気分が悪くなっていた。


「大損害だ…」


 戦時中でもないのに、数百億の損害を出すことになるのだ。

 しかも混沌が復活したなどと訳の分からない理由を言ったところで、メディアは信じてくれないだろう。


 寺坂のお給料でも流石に数百億をカバーすることは出来ないし、正直言って今すぐ帰りたい。


 すでに引き返せないところまで来ている寺坂は、屋内に佇む影を見つめた。


「黒咲。お前は協力しないのか?」


 ライトも付いていない一室で、雷児が問う。

 月明かりのような微かな光だけが頼りの室内で、慌ただしく武器を準備する枝垂桜雷児は、同い年であり崩壊の異能の持ち主、黒咲律を見た。


「俺は雑魚に興味はない」


 雷児の質問に対し、そう断言する黒咲。

 雑魚など眼中にないから使徒の対処はしないと明言する黒咲は、未だに制服のままで、武器すら用意していない。


 そんな怠慢な彼を見て、雷児は若干不機嫌そうにため息を吐いた。


 雷児の知っている中で最高峰の実力者と言えば、悠馬だ。

 一度、しかもたった数日しか顔を合わせなかった関係ではあるものの、雷児は悠馬のことをそれなりに評価している。


 自分にほとんど関係のないことでも協力する姿、他人のためなのにあれだけ真面目に向き合える優しさ。


 そんな悠馬を見ているだけに、おそらく同等の実力を保有しているのにそれを使おうともしない黒咲に腹が立つ。


 彼の真っ黒な瞳は、ここで誰が死のうと関係ない、興味がないという無関心のオーラが滲み出ていた。


 人間の中で最も怖いのは、嫉妬や憎悪、殺意などではなく無関心だ。


 自分には関係ない、誰かがやってくれる、関わる必要性を感じない。


 そう言った人間の感情は、誰しもが持っていて、ほとんどの人間が日常的に行なっている行為。


 目の前で戦っている人を見ても無関心な黒咲は、ただ空を見上げ、目を細めた。


「なぁ枝垂桜?」


「なんだ?」


「この世界で最も強い異能は何だと思う?」


 不意に投げかけられた質問。

 一体なんの意図があるのか、それとも適当に、思ったことを呟いたのか。


 雷児は周囲など気にも留めない黒咲の質問の意図を汲み取れず、眉間にシワを寄せた。


「何だろうな。…可能性で言うなら、自分の思った通りに世界を作れる異能じゃないのか?」


「…混沌の異能か。…正直俺も、それが強いと思ってる」


 雷児は初代異能王の御伽噺を思い出したのか、混沌と同じ異能が最も強いと考えている。


 現に黒咲も、雷児と同意見だ。

 物語能力には崩壊の異能だって太刀打ちできるのかわからないし、そもそも黒咲は一度混沌と相対している。


 当時のことを思い出しながら強く拳を作った黒咲は、自身の真っ黒な髪を払い、息を吐いた。


「だが、俺は子供の時から、あることを考えていた」


「?」


「他人の異能を奪う異能があれば、それが一番強いんじゃないか?」


「っ!」


 確かにその通りだ。

 全てを思い通りに出来る異能があったとしても、その異能を奪われたらおしまいだし、何よりもどんな異能を保有しているのかすらわからない。


 人間が最も怖いのは、完成された強さなどではなく、持続して強くなっていく生命体なのだ。


 相手の異能を奪う。

 そんな異能が存在するのなら、その人物こそが最も強いに違いない。


「…何か来たな」


「なんだって?」


 会話を打ち切ったのは、雷児ではなく黒咲。

 つい先ほどまでやる気すら出していなかった彼は、どういう風の吹き回しなのか、真剣な表情を浮かべ臨戦態勢に入った。


 そんな黒咲を見て、雷児はわけがわからないと思いながらも、直後に寒気のようなものを感じ、動きを止めた。


 それは死を錯覚させるには十分過ぎるオーラだった。


 何千、何万回とシュミレーションされた死のように、体がすぐに死を受け入れ、恐怖すら湧いてこない。


 まるで自分が食べられる野菜になったように、ごく自然に死を受け入れた身体は、瞬時に動かなくなり、雷児は唯一まともに機能している脳で死を振り切る。


 いったい誰のオーラ、何者、何故、どうして。


 様々な感情が入り乱れ、裏の人間としてこれまで冷静沈着だった雷児は一時的に混乱状態に陥る。


 これまで戦って来たどんな相手とも違う、圧倒的強者…いや、支配者のオーラ。


 黒咲は硬直している雷児を横目に、上空を覆った大きな影を見た。


 人と言うにはあまりに大きく、機械と言うには些かしなやか過ぎる。


 まるで生きているように滑らかに動く大きな影は、軍艦の上空で停滞すると同時に徐々に高度を落とし、その全貌が露わになる。



 ***



「なんだあれは…」


 飛行してきた未熟な使徒を焼き尽くしながら、オーラを感じ取ったレッドは呟く。


 突如として上空を覆った巨大な生物は、大きさにすると10メートル近いのかもしれない。しかもそれに加えて、死を錯覚させるほどの独特なオーラを放っている。


 キリがないという表現がふさわしい、歯茎が剥き出しの真っ白な使徒の口へと手を突っ込んだレッドは、口内から使徒を焼き尽くし、横で光った雷の一閃を見た。


「チャン。あれはなんだ?」


「わかるわけがないだろう。…ただ一つ言えるのは、俺たちの手には負えないということだ」


「フッ…そうだな。どうしてこういう化け物が、ポンポン出てくるんだろうな」


「生まれる時代を間違えたのかもしれない」


 チャンは呆れたように笑いながら呟く。

 これまでは、冠位の自分たちが世界最強なのだと思っていた。


 いや、現にそうだった。

 ティナが表舞台に立たず、悪羅のレベルも有耶無耶で全力すら出していなかったため、最強の座に君臨していたのはエスカと冠位達だった。


 しかしティナが物語能力を完全にするために動き、それを阻止するべく現れた悪羅を見ていたら、自分たちがどれだけちっぽけな存在だったのかを思い知らされた。


 異能王から渡された冠位の座に君臨していた彼らは、自分たちがハリボテのような存在だったのだと嫌でも理解しなければならなくなった。


「だが、我々にも意地がある」


 レッドは不敵な笑みを浮かべて呟く。

 人間というのは本来、圧倒的な実力差を感知すれば戦わずに逃げるのが殆どだ。


 そりゃあ、誰だって惨めに死にたくないし、出来ることなら生き残りたいと思うだろう。


 しかし、人間の中にはごく稀に、自分が死ぬのだと理解していても立ち向かう者もいる。


 そういう輩は大抵、蛮勇と呼ばれ世間では馬鹿者扱いされてしまうが、仮に彼らが生き残った場合、確実に誰もが羨むような経験値を手にする。


 人間は死戦を潜らなければ成長しない。

 だから戦争のたびに世界は発展してきたし、争いが起こるたびに人々は強くなった。


 社会でもそうだ。自分が社会で生き残るために死に物狂いで努力をした者にこそ、社長という椅子や役員という立ち位置にまでのし上がれる。


 戦わずして全てを投げ出すような輩は、いつまで経っても成長しない。


 きっと一般人と冠位の差は、大半はそういう普通とは少し違う、圧倒的な実力差を前にしても諦めないという点なのだろう。


 中にはオリヴィアのような単純な天才もいるが、少なくともチャンやレッドは、かなりの死戦を潜っている。


「あれはティナよりも強そうだな」


「しかし的は大きい。狙いやすいだろう」


 10メートルクラスの大きさの生物なら、狙いやすい。

 遠く離れた人の急所を狙うよりも、大きな生物の急所の方が狙いやすいのは当然のことで、チャンもレッドも、的に向かって異能を放つ。


 チャンは神器に雷を纏わせると同時に上空へ向かって神器を振り、雷切を飛翔させる。


 レッドは軍艦の甲板が焦げ始めるほどの超高温を右手に凝縮させると、それを熱線のようにして上空の生物へと放った。


「いくら強くても痛みは感じるだろう」


 仮に痛みを感じないとするなら、それは上空を覆った生物が2人と同じ異能を持っていた時くらいだ。


 チャンとレッドの一撃が、大きな影へと一直線に向かい、直撃する寸前。


 大きな影はサイズに相応しい羽を一度羽ばたかせると、周囲は強風に包まれた。


 それはまるで、嵐の中の船のようだった。

 大きな波に飲まれたように軍艦が揺らめき、レッドは海に投げ出されそうになり手すりに捕まる。


 チャンは強風に煽られ甲板を転がりながら、神器を突き刺してなんとか体勢を整える。


「羽を動かしただけだぞ!?」


 ゆらゆらと不安定に揺れる軍艦。

 並大抵のことではびくともしないはずの軍艦は、相手が一度羽を動かしただけで、まるで安物のボートのように転覆しかけている。


 一度羽を動かしただけ。

 チャンとレッドの異能を相殺するためなのか、それとも飛行を継続するために動かしたのかはわからないが、あまりにも次元が違いすぎる。


 羽を動かしただけで軍艦が転覆しかけるのだから、災害級の実力を持っている。


 羽ばたき一つで地区を丸ごと一つ消し飛ばせるほどの実力を。


「冠位が2人して情けねえなぁ〜…」


「ヴェント…」


 2人の前に降り立った影。

 大きく揺らめく甲板など気にも留めず、風の異能を使ってほんの少し空中に浮いているヴェントは、バランスを崩しているチャンと、手すりに捕まってなんとか海に投げ出されていないレッドを見て目を細める。


「そんなだからガキに舐められるんだよ。俺たちは」


 ヴェントにはプライドがあった。

 これまで風の覚者として、何不自由ない生活を送ってきた。


 望めばなんでも手に入ったし、失ったものなんて何一つない。


 ついこの間まで、そう思っていた。でも違った。

 ティナと戦い敗れ、好きだったセレスを年下に奪われ、自分が如何に慢心していたのかを知った。


 ティナに為す術なく敗北したこと、セレスを奪われたことなどを思い返すヴェントの表情は、ベテランの冠位というよりも、新人のように見えた。


 初心忘るべからずというが、まさにその通りだ。

 初めて異能を使った時、誰にも負けたくないという気持ちを抱き、精進していた頃の気持ちを忘れてはいけない。成長したいのなら、尚更だ。


 冠位などという称号以前に、1人の挑戦者として1から出直したヴェントは、周囲に目に見える無数の風の刃を停滞させ、手を掲げた。


「いつまで俺の上を飛んでるつもりだよ?羽削ぎ落とすぞ」


 ヴェントの一撃が、上空の巨大な生物へと見舞われる。


 いつまでも冠位という称号で満足して踏ん反り返ってはいられない。


 自分よりも年下の悠馬や黒咲という存在を知っているからこそそれに食らいつこうとするヴェントの異能は、上空の生物へと見事に直撃すると、片翼を綺麗に切り裂いて見せた。

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