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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
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憤怒の誘い

「本気出せよ!やる気あんのか!?」


 憤怒の疑問の声が、道路に大きく響き渡る。


 八神は全力だ。最初から本気で、相手に大怪我をさせる気で望んでいる。


 殺すとまではいかないが、一歩間違えれば相手が即死するであろう火力でコキュートスを放ち、顔面を骨折するであろうパワーを込めて、思い切り殴った。


 …ただ、どちらも相手にダメージを負わせることができなかった。


 八神はこれまでにない圧倒的強者との対峙に、寒気を感じる。


 泥沼にはまって身動きが取れなくなったような、生温い空気が全身を包み込み、身体が重く感じる。


 憤怒からの重圧を感じる八神は、彼が一歩踏み出すと同時に一歩後ずさった。


「…お前、何者だよ…」


「あ…自己紹介してなかったな!すっかり忘れてたぜ!俺は憤怒!強い奴と戦うことをモットーに生きてんだ!」


「…俺は八神だ。…生憎だが、俺はアンタの期待に沿えないぞ」


 八神はレベル10だが、謙虚で現実を見ている。

 普通のレベル10ならば、プライドやいっときの感情を優先して憤怒に立ち向かうだろうが、冷静に実力差を分析している八神は、彼の発言に対抗心を燃やすこともなく自分じゃ力不足だと明言する。


「ああ。お前はまだまだ青い!それは俺もわかってる!」


「ならなんで…」


 なんで急に、戦おうなんて言ってきたんだ?

 遠回しに美沙に危害を加えると脅してまで戦闘に持ち込んだ理由はなんだ?


 考えれば考えるほど、憤怒の目的はわからない。


 目的も何もかも分からずに警戒する八神は、憤怒が大きく手を広げると同時に数メートル飛び退いた。


「お前の異能は、世界でも5本の指に入る優れた異能だ」


「…?」


 突然自分の異能を褒められ、動きが止まる。

 人間、敵対している人物に突然褒められると、相手が何を考えているのかわからなくなり、一瞬だけ精神的な揺らぎができる。


 その揺らぎは0.1秒の人もいれば、0.01秒の人もいるシビアな世界。


 八神は1秒にも満たない間に揺らぎから意識を取り戻し、再び警戒をする。


 憤怒はその間、八神に手を出さなかった。


「しっかし、お前の知識と経験が乏しいんだな!だからその異能を有効活用できてねえ!」


「言わせておけば…」


 自身の知識と経験が乏しい、有効活用できてないとの指摘を受けた八神は、ムッとした表情に変わった。


 人間、自分が得意なものを否定されれば気分が悪くなるし、特にそれが自分の身体の一部、能力的な部分なら尚更だ。


 自分の異能は、自分がよく知っている。

 許容量も、弱点も、どんな性質かも。


 だから初対面の相手に否定されるほど、気分が悪くなるものはない。


「お前の異能、そりゃ性質を理解せずとも、見ただけで模倣出来る部類のヤツだろ!」


「!」


「だからアドバイスしてやるよ!模倣したら、まずはその異能の性質を理解しろ。そうすりゃもう少し上の領域に行ける」


 八神の異能は、相手の異能を見ただけで模倣出来る極めて強力な異能ではあるものの、見ただけで模倣出来る故に、異能の性質を知る必要性はない。


 どういう原理で発動できているのかは当然のことながら、密度や火力は大雑把なものだし、模倣した異能はオリジナルの異能に劣る。


 そりゃそうだ。

 性質を理解していない状態で使っているのだから、性質を理解している相手と戦えば、当然理解していない側の方が不利になる。


 八神の攻撃を受けて、異能の性質を理解できていないと結論づけた憤怒は、特に攻撃を仕掛けるわけでもなくアドバイスをした。


「コキュートスに必要なのは、氷の密度だ。お前のコキュートスは中身がスカスカだから、俺は素手でも粉々にできた。要するに、性質を理解できてねえから密度がないってわけよ」


「…なるほど…」


 八神自身、自分の異能に関して気になるところがあった。

 模倣したものがなぜ絶対にオリジナルに劣るのか、なぜオリジナルを越えられないのか。


 その疑問が、憤怒の一言で解けた気がする。


 これまでコキュートスを放つときは、氷のドラゴンをイメージしただけで氷の密度なんて想像もしていなかった。


 だから密度のイメージすらできていない八神の異能はオリジナルに押し負けるわけだし、鳴神だって、悠馬に劣るわけだ。


 雷を纏うだけという考え方では、オリジナルは上回れない。

 肉体、四肢の一つ一つに雷を纏わせ、必要な箇所だけ必要な分雷で動かすことにより、人間離れした速度が出せるわけだ。


 大まかな、ぼんやりとしたイメージではなく、具体的な方法、性質を考え扱うことにより、八神の異能は化ける。


「少しはわかったか?」


「…ああ。なんとなくわかった」


「じゃあ試しに、かかって来い。今の会話でどれだけ強くなったのか、俺が試してやるよ!」


「鳴神」


 挑発的に指を動かす憤怒に、八神は黄金色の雷を纏い、体内に収束させていく。


 今まではここで鳴神は完成したと思っていたが、そこから全身に雷を張り巡らせ、指先の神経にまで雷を通す。


 そうすることによって、これまで以上に身体が動くように感じた。


 さらに、八神の成長は止まらない。

 鳴神だけでなく、身体強化系の異能も発動させる。


 これまでのイメージを全て空にして、どうしたいのか、どういう風に最適化したいのかを考え、性質を組み立てていく。


「行くぞ」


「ああ!来いよ!」


 八神の真剣な眼差し。

 彼の眼差しを真正面から受け止めた憤怒は、瞬きをした瞬間、目の前に立っていたはずの八神が消えていることに気づき、白い歯を見せた。


「ハハっ…!」


 面白い。

 たった数秒の会話で急激な成長を見せた八神。


 八神は一瞬にして憤怒の真横まで辿り着くと、右拳に力を込め、拳を放つ。


「っと…」


 ドッ!と鈍い音が響き、周囲の木々が大きく騒めく。


 まるで突風が吹いたように大きく揺れる木々は、八神の動きによって生じた風が起こしたものだ。


「!」


 うまくいった。

 八神がそう思って視線を落とすと、拳は憤怒の脇腹に到達する直前で、大きな手によって受け止められていた。


「上出来だ!お前は見込みあるぜ!あと100年もすれば、俺と遊べるようになる!」


「貶してんのか?」


 俺の実力には100年及ばない。

 そう言われたように感じて、八神はキッと睨み付ける。


 確かに、現状でも憤怒に勝てるという自信はない。

 しかし、100年もすればなんていい加減なことを言われて、納得するほど八神は実力がないわけじゃない。


「どうだ?俺たちと一緒に来ねえか?」


 憤怒からの勧誘。

 ごく短時間で八神の実力を向上させた憤怒は、敵意を向けることもなく、八神を味方にしようと勧誘する。


「俺たちの味方になるなら。お前は不老不死になれる!何百年も生きることのできる、最強の人類になれるんだ!」


「…悪いな。俺は不老不死に興味はない」


「…そうか。残念だ。お前となら楽しめると思ったんだけどな」


 八神は不老不死になど興味がない。

 いや、大抵の人間、若い世代であればあるほど、不老不死になど興味がないだろう。


 なぜなら余命が数十年残されている状況で死期を感じることなんてないし、不老不死を願うのは大抵、自身の限界を感じ、恐怖するからだ。


 一瞬の間の後に迷いなく答えた八神に、憤怒は溜息を吐いて歩き始めた。


「気が変わったら俺を探せ。俺から夜空さんに話してやる」


「…どこに行くんだ?」


 八神との戦闘を望んでいるようなのに、自分からは攻撃すら仕掛けず、誘いを断られた途端に立ち去ろうとした憤怒に尋ねる。


「タイムリミットだ。悪いことは言わねえが、長生きしてえなら隠れといたほうがいいぜ?…特にツレの女が無惨なことにならないようにな!」


「っ…!」


 憤怒の忠告を聞いた八神は、鳴神を発動させた状態のまま、憤怒に背を向け走り始める。


 敵かどうかもわからない相手に背を向けるのは愚策としか言えないが、憤怒は八神に不意打ちを仕掛けることなく、彼の姿を見送った。


「あら。いいの?彼、そこそこ才能あるみたいだけど…殺して味方にしたほうが良かったんじゃない?」


「あ?怠惰…テメェは本当にわかってねえな」


 憤怒の真横に音もなく降り立った青髪の女性、怠惰は、眠たそうに欠伸をしながら呟く。


「やる気のねえ奴を殺して不老不死にしたところで、戦力にはならねえだろ」


「どうかしら?あの聖魔だって、言いなりになってなのに?」


「だが結局裏切ってる。違うか?」


「まぁ…そうね」


 元々敵だった聖魔を殺して自身の配下にした混沌だが、結局聖魔は悠馬の方へと寝返り、戦力が削られた。


 やる気のない奴を無理やり味方にしたところで、結局どこかで裏切られると考える憤怒は、安直な考えをする怠惰に指摘を入れた。


「それで?なんでお前はここに来てんだ?」


「夜空様から提案があって、その件を話しに来たの」


「夜空さんが?言ってみろ」


 不意に現れた怠惰は、混沌から何か言伝を頼まれているようだ。


 本来なら、このまま怠惰と話すこともなく立ち去るであろう憤怒は、夜空の名前が出たとあってか立ち止まる。


「私たちのレベルは、今の時代の異能王より遥かに上」


「そうだな!何しろ夜空さんの異能を分け与えられてるんだ!その辺の雑魚なんて余裕だろ!」


 聖魔がレベル66で、憤怒はそれと渡り合っていたのだから、彼は最低でもレベル60中間近くの実力があるというわけだ。


 この世界で最もレベルが高いのが現状悪羅百鬼で、次点で混沌、その次に悠馬、聖魔という形になっている。


 だから正直な話、大罪異能の持ち主に勝利を収めることのできる人物は、この世界には片手で数えるほどしかいないというわけだ。


 悪羅、悠馬、聖魔。

 その他の人物は取るに足らないと考える混沌は、あることを閃いていた。


「夜空様は、私たちに分離の異能を使って、この島を制圧しようって言ってたわ」


「なるほど…確かに、現異能王のレベルが30代なら、俺たちが分離をしてやって互角ってところか!ハンデとしてはちょうどいいんじゃないのか!?」


 分離をしてレベルを下げることで、それなりに白熱した戦いもできるだろうし、何より2倍戦える上に効率がいい。


 混沌の言伝を聞いた憤怒は、両拳を打ち合わせるとニヤリと笑みを浮かべた。


「いいぜ?俺は夜空さんの案に賛成だ!」


 好戦的な憤怒にとっては、とても魅力的な提案だろう。

 2倍戦えるという話で喜びが隠せない憤怒に、怠惰は呆れたように手を開いた。


「ま、貴方の考えは最初からわかってたけど」


「お前はどうすんだ?怠惰!」


「もちろん賛成。だって分離するってことは、片方は休めるってことでしょう?」


 好戦的な憤怒と違い、怠惰は怠け者だ。

 楽ができるならそれでいいと言った感情で動く彼女は、どうやら分離すれば片方は楽に休めると考えているらしく、混沌の意見に賛成するようだ。


「色欲は?」


「アレは少し特殊みたいでね。寄生してるから分離はできないみたい」


「ほう?」


 憤怒と怠惰は分離することが決まったようなものだが、色欲は通の身体を利用しているということもあって、うまく分離ができないようだ。


 空を行き交う奇妙な形の生物を見上げながら、憤怒は再び歩き始める。


「おい、夜空さんの元に向かうんじゃねえのか?」


「あら。私はもう分離体よ?…片方は、面白そうなところに向かってる」


「そうか!なら俺も早く分離させてもらうか!」


 怠惰は既に混沌に分離の異能を使われているようで、ある目的のために動き始めている。


「…1人で国を制圧できるだけの力を持つ異能力者は、味方にしておきたいからね」


 そう。怠惰や憤怒のレベルは桁違いだが、この島は、日本支部の優秀な学生たちが集う異能島だ。


 当然、さっき憤怒が目をつけたように、八神ほどの潜在能力を持った学生はまだまだいるだろうし、もしかするとそれ以上の才能を隠し持っている原石があるかもしれない。


 既に目星をつけているのか、楽しそうに歪んだ笑みを浮かべた怠惰は、真っ黒な瞳でどこか遠くを見つめ、息を吐いた。


「楽しみですね。夜空様」

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