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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
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混沌への誘い

 あれからレストランでディナーをした。

 ルクスは日本に来て外食が初めてだったらしく、レストランを気に入ったようだ。


 …とまぁ、そんなことはさて置き、悠馬とルクスは現在、行きも通った雑木林の細道を2人で歩いていた。


 もう夜ということもあり、潮風も相まってかなり肌寒い。

 ワンピースに薄いパーカー1枚のルクスが両腕を摩ったことに気付いた悠馬は、自身の着ていたジャケットをルクスの肩に被せた。


「大丈夫だよ。そこまで寒くないし、これじゃあ悠馬クンが風邪を引いてしまう」


「心配しなくていいよ。こう見えても、寒さに強い方なんだ」


 少し肌寒い気もするが、ワンピースを着ているルクスに比べたらまだマシだ。


 それに悠馬は炎の異能と氷の異能が使えるため、寒さに対する耐性と、最悪の場合炎の異能で適温を保つことができる。


「優しいんだね。キミは」


「はは、今更気づいたのか?」


「いや、出会った時から知っていたよ」


 メトロで出会った時を思い出しながら、ルクスは小さく笑う。


 悠馬は出会った時から優しかった。

 そりゃあ殺し合いをしたし、互いにギリギリの戦いをしたわけだが、悠馬はルクスを殺さなかったし、シベリアだってあるべき姿に戻してくれた。


 悠馬が優しい人間だということは、とっくの昔に気付いている。


 小さく笑うルクスを横目に満足そうな悠馬は、人気のない雑木林に一際目立つ大きな影が立っていることに気づく。


 身長は2メートルを優に超えているだろう。これまで見たどんな人よりも高く、そしてそれに釣り合うような巨体を持つ人物に、悠馬は思わず仰け反る。


 別に、敵意を向けられたわけじゃない。

 ただ、あの巨体が迫ってきたらと考えるとゾッとしただけだ。


「よぉ!」


 悠馬が視線を送ると、その視線に気づいたのか大きな巨体が動き始める。


 悠馬は警戒しつつも大男をじっと見据え、ルクスを庇うようにして前に出た。


「どこかでお会いしたことでも?」


「いや!ねえな!初見だ!」


 真っ赤な髪に、傷のついた顔。

 ヤクザやヤンキーだと言われたら納得のいきそうな凶悪な表情を浮かべる彼は、悠馬と適度に距離を保つと、品定めをするように顔を覗く。


「なぁオイ」


「なんですか?」


「この辺で一番景色の良いところ知ってるか?」


 凶悪な顔とは裏腹に、普通な質問をしてくる男。

 てっきり殴り合いやカツアゲが始まると思っていた悠馬は、彼の拍子抜けな質問を聞いて考えるように周囲を見た。


「景色を一望したいならセントラルタワーの周辺じゃないですかね。あの辺は高層ビルも並んでますし、空には近いですよ」


「ほう!ありがとな!」


 悠馬の話を聞いて、男は満足そうな表情を浮かべて立ち去ろうとする。


 悠馬はそんな彼が横を過ぎていくのを横目で確認する。


「そうだ!オマエ、気を付けといたほうがいいぜ!俺は不意打ちが嫌いだから先に警告しといてやるよ!」


 すれ違いざまに告げられた一言。

 悠馬は彼の真っ赤な瞳と視線を合わせ、小さく口を開いた。


「そりゃどうも」


 今の言葉で確信した。

 コイツは今でこそ敵意を向けてないが、近いうちに争うことになるだろうと。


 それなのにわざわざ忠告をしにくるなんて、律儀なのか、それとも馬鹿なのか。


 通り過ぎていく男を見送った悠馬は、ルクスへと手を伸ばした。


「…かなり強そうだったね」


「そだな。殴り合いじゃ絶対に勝てない」


 神器を使えばどうにか対処できるだろうが、さっきの男の実力は聖魔と同等だと考えたほうがいい。


 あのお方の残党である可能性は低いだろうし、あんな規格外の実力者が一体どこに隠れていたのか気になってしまう。


 男と数度言葉を交わしただけで殴り合いじゃ勝てないと結論づけた悠馬は、一度背後を振り返り男が居なくなっていることを知る。


「何者だ…?」


 悠馬の疑問は、潮風と雑木林の騒めく音に掻き消されていく。



 ***



「暁悠馬…アイツはヤベェな…!言葉を交わしただけで痺れたのは、夜空さん以来だ!」


 静寂に包まれた高層ビルの最上階で、憤怒は呟く。

 つい先ほど悠馬と初めて相対し、声をかけた赤髪の大男、憤怒は、右手の感触を確かめるようにしてグーパーを繰り返す。


「早く殺りてえな!全力の戦争を…!」


 憤怒の性格は単純だ。

 力ある者と正面から正々堂々戦い、力づくで捻じ伏せる。


 単純明快で、誰でもわかる簡単な行動理念を基盤として、彼は戦い続ける。


 色欲と違い策を弄することもなく、真正面からの殴り合いこそがこの世の全てだと考えるのが憤怒だ。


 だから今晩、わざわざ悠馬に会って忠告をした。

 悠馬が後手に回らぬよう、一応最低限の警戒心を持たせるために。


「不意打ちで死にました。なんて、面白くねえからな…俺と戦うまで生き残れよ!暁悠馬!」


 憤怒は暁悠馬に興味を抱いていた。

 理由は当然、混沌を倒したのが悠馬だからだ。


 真正面から混沌と戦い、初代のように次元の狭間に幽閉するわけでもなく、確実に息の根を止めることに成功した暁悠馬という人間と、早く戦いたい。


「勝てるか?いや、何回か死ぬだろうな」


 目を瞑ると黒髪の少年をイメージし、何度も脳裏でシュミレーションを行う。


 何度も何度も、自分が死ぬことがわかっていてもイメージを重ね、自分が勝つビジョンのみを追い続ける。


「ゾクゾクするぜ…!最高だ!」


「憤怒。落ち着きなさいよ。そこまで昂っていたら、勘の鋭い者たちに気づかれてしまう」


「あ?怠惰、テメェは黙ってろ!今いいところなんだ!」


「またシュミレーション?何百年経っても、貴方は何一つ変わらないのね」


 目を瞑る憤怒の横に並んだのは、昨日色欲と憤怒の会話を黙って聞き届けていた3人目の人物、怠惰だった。


 怠惰は青色の髪を邪魔そうに払うと、屋上に座り込む。


「傲慢…聖魔以外の大罪はどうしてんだ?」


「暴食はエルドラに概念ごと消されたでしょう?強欲はティナの作った大罪を潰して回ってる」


「嫉妬はどうした?」


「さぁ?目覚めてから見てないけど。死んだんじゃないの?」


「は!アイツは簡単に死なねえだろ!」


「まぁ、死ぬビジョンは見えないけれど…」


 ここ、日本支部の異能島に滞在している混沌の勢力は、憤怒、色欲、怠惰。


 暴食は300年前に初代異能王が概念ごと葬ったらしく、残っているのはそれらに踏まえて傲慢の聖魔、ティナの残党狩りを行なっている強欲、どこにいるのかわからない嫉妬のみ。


 実質、混沌の残した従順な勢力は5名と、ティナの残党よりも遥かに少ない。


 ティナは国家ごと掌握しているところも少なからずあるし、だからこそ残党狩りが長引いているが、混沌の配下はたったの5名。


 しかしだからと言って油断してはならない。

 何しろ彼らはティナの授けたまがい者たちと違い、正真正銘、混沌に認められ、大罪に適応できると判断された聖魔レベルのバケモノたちなのだから。


 その気になれば、冠位や総帥を率いたって、大罪1人を倒すのにやっとのレベルだ。


「でも、私たちも気をつけないと」


「俺たちが!?300年前、世界を蹂躙した俺たちが気をつけるだと!?」


「エルドラの封印。貴方にもまだ効いてるはずよ。…これが完全に消えないと、私たちは本来の力を発揮できない。違う?」


「ハッ!怠惰、オマエと一緒にするな!俺はこのくらいのハンデで戦ったほうがちょうどいいんだ!」


 混沌が次元の狭間に幽閉された際、大罪待ちの彼らもそれぞれ封印を受けていた。


 だから300年もの間、世界は比較的穏やかだったわけだ。

 初代異能王、エルドラが作り出した一時的な仮初で平穏な世界は、混沌の出現によって終わりを迎えた。


 いや、正確には悠馬が混沌を殺したため平穏に近いのだが、まだまだ世界を脅かす大罪持ちが潜んでいるのは事実。


 憤怒は初代異能王の封印が効いていないのか、それとも痩せ我慢をしているのか、自信満々な表情で怠惰を睨んだ。


「そ。ちょうどいいならいいんだけど。…私はもう少し休むから。貴方が危なくなっても助けられないかも?」


「誰に言ってやがる!テメェハイツヘルムみたいになりたくなけりゃ俺の前に姿見せんな」


「ハイツヘルムって…貴方それ、結構ギリギリだったじゃない。その顔の傷、彼につけられたモノだし」


「だからきっちりグチャグチャにしただろうがよ。オマエ、本気で殺すぞ?」


「あらやだ。怖い」


 オリヴィアの祖先、お伽話にも出てくるハイツヘルムは混沌に倒されたわけではなく、正確に言えば混沌の配下である憤怒に殺されていた。


 顔の傷を指摘され、その傷が疼き始めたのか顔を押さえた憤怒は、フェンスを左手で掴む。


 するとフェンスは、まるでアルミ箔のように簡単にひしゃげ、怠惰は肩を竦めて見せた。


 どうやら憤怒は、ハイツヘルムに傷を付けられたことを気にしているようだ。


 ハイツヘルムを倒したことを誇りに思いながらも傷は気にしている憤怒は、逃げるようにして姿を消した怠惰に舌打ちをした。


「チッ、アイツが大罪持ちじゃなけりゃ、絶対に殺すわ」


 怠惰のことが気に入らない憤怒。

 みんながみんな、混沌の配下だからと言って仲がいいわけじゃない。


 聖魔が過去の仲間を裏切って悠馬の側に寝返ったように、彼らは力がある故に、チームワークというものを知らない。


 そりゃあ、混沌を蘇らせるという大きな目標の元に集まってはいるが、結局作戦は色欲が準備しただけで、憤怒は戦えればそれでいいと思っている。


 実力がある故にそれぞれ信念が違い、ベクトルも変わってくる。


 そうして出来上がるのが苦手意識、嫌悪感といった感情だ。


 ひしゃげたフェンスから手を離した憤怒は、一度大きく息を吐いて空を見上げる。


「はは…!らしくねぇなぁ!俺もビビってるのかもしれねえ!」


 喧嘩っ早い脳筋の憤怒なら、さっきの会話で怠惰に殴りかかっていてもおかしくはなかった。


 しかしそんな選択肢が浮かばなかったのは、単に悠馬との戦闘のイメージで勝利のビジョンが一切見えなかったのと、ハイツヘルムに怪我を負わされた過去を記憶しているからだろう。


 本能的に暁悠馬という人物に恐怖している憤怒は、初めての感情に白い歯を見せた。


「アイツは何が何でも、俺の手でぶち殺してえな…これだけは夜空さんにも譲れねえ。俺が暁悠馬をぶっ殺す!」


 気合は十分。

 勝機は見出せていないが、悠馬を絶対に殺すという目標を掲げた憤怒はゆっくりと振り返り、壁に寄りかかる少年を睨む。


「なんだ?色欲」


 黒髪小柄な少年、通の体を使っている色欲は、憤怒から声をかけられ目を細める。


「暁悠馬とルクス・アーデライト・夜空に接触したな?」


「だとしたら?」


「勝手な行動は控えろ。お前のせいで夜空様が復活できなくなったらどうする気だ」


 勝手な行動で悠馬に警戒心を持たせた憤怒。

 それは悠馬にとっては好都合だったが、色欲たち、混沌を復活させたい面々からすると不都合以外のなんでもない。


 自分がフェアな戦いをしたいからなんて理由で悠馬と接触をした憤怒に対し、色欲は厳しく注意をする。


「その辺を考えるのが色欲、お前の仕事だろ。俺は暁悠馬とフェアに戦えりゃそれでいいんだよ」


「はぁ…相変わらず、どいつもこいつも…」


 色欲は頭を抱える。

 彼らは一つ一つが強い駒ではあるものの、扱い難いし理解不能だ。


 おそらく大罪待ちの中で最も頭脳明晰な色欲は、敵に塩を送るような真似を取る憤怒が理解できずにいる。


「それで?計画はいつ実行するんだ?」


「明後日だ。それまで大人しくしていろ」


「明後日か。今から楽しみだな」


 悠馬との戦い、ならびに混沌の復活は明後日。

 残り48時間を切っていると知った憤怒は、拳を打ち合わせるとニヤリと白い歯を見せた。


「待ってろよ。暁悠馬!」

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