ルクスとデート
昼過ぎ。
4月の肌寒い外を歩く悠馬は、爽やかな風が靡く雑木林を歩く。
悠馬の横を歩く女性は白いワンピースに身を包み、死人のように真っ白な手を後ろに回して嬉しそうにしている。
悠馬は現在、ルクスとデートをすることになっている。
その理由はよくわからないが、ルクス本人からの出かけたいという要望と、花蓮から2人で出かけてこいと言われたからだ。
特に予定のなかった悠馬は花蓮の提案を承諾し、ルクスと2人きりでショッピングモールに向かうことにした。
ルクスの好みは知らないが、ショッピングモールに行っておけば間違い無いだろう。
デートの定番といえば、様々な施設が揃っている商業施設が基本で、特に相手の好みがわからない時は堅実な手段を取るのが確実だ。
「悠馬クン、ボクの服は似合ってるかい?」
「うん、すごい綺麗。似合ってるよ」
ルクスは基本的に黒の衣装が多いため、他の色の服を着ている姿を見たことがなかったが、真っ白なワンピースを着ている彼女の姿は、以前オリヴィアが言っていたようにハリウッドスターレベルだ。
元々美しい容姿と、白人特有の真っ白な肌が相まって、ルクスの美しさがより引き立っている。
悠馬が綺麗だと告げると、ルクスは照れたような表情になる。
本当に、ルクスは出会った時から良い意味で変わった気がする。
最初はロシア支部以外はどうでも良い、自分の命だってどうでも良いと言っていた少女は、何気ない会話ですらこうして表情を変えていく。
「白はあまり着たことがないんだ。あまりじろじろ見られるのは、恥ずかしいよ」
「そ、そうだよな。ごめん。けどすごく似合ってるからついつい見ちゃう」
普段着慣れない服を着ていたら、例えそれが似合っているのだとしても、ジロジロ見られると恥ずかしくなってくる。
もしかして似合ってないんじゃないか、おかしいんじゃないかと思い、特に好きな人の前では目も合わせれなくなる。
ルクスが視線を逸らしながら呟くと、悠馬は一度謝罪をした後に褒め言葉を送った。
直後、ルクスの顔はカァッと真っ赤になり、彼女は悠馬の手を叩いた。
「?」
「あ、悠馬じゃん!」
悠馬が首を傾げていると、元気な女子生徒の声が響き思わず声のした方向を向く。
外で悠馬に声をかけてくる女子というのは、基本的に少ない。
何故なら悠馬は彼女がいるわけだし、顔面偏差値も非常に高く次期異能王でもあるため、最近は遠巻きから噂されることがほとんどだったのだ。
一体誰だろうか?
悠馬が声のした方向へと視線を向けると、そこにはグレー色の髪色をした、セミロングの女子生徒が立っていた。ついでに、横には赤髪の男子生徒も立っている。
「湊さん」
雑木林を吹き抜ける潮風に髪を揺らし、湊はとたとたと悠馬に駆け寄ってくる。
「ごめん、そっちもデート中だった?」
悠馬しか見えていなかったのか、近くまで駆け寄ってきた湊は、白いワンピースを纏ったルクスを見て一歩後ずさる。
こんな超絶美形な女性と歩いていたら、誰だって誤解をするだろう。
ルクスと悠馬がデートをしていると判断した湊は、一気に申し訳なさそうな表情になる。
「クク、浮気じゃねえのか?」
湊の会話に割って入ってくる、南雲。
南雲は悠馬を非難の対象にしたいのか、悪魔のような笑みを浮かべながらそう話す。
「南雲!アンタは黙ってて!」
どうやら南雲には発言権がないようだ。
ふざけた発言をした南雲を一言で黙らせた湊は、キッと赤髪の彼を一度睨みつけると、ニンマリと笑みを浮かべて悠馬の方を向く。
彼氏は南雲のはずなのに、2人に対する態度があまりにも違いすぎる。南雲に哀れみを感じる悠馬は、そっと右手を上げて、湊と南雲を交互に指さした。
「2人こそデート?…周りに人いないみたいだけど」
そっちもと聞いてくるあたり、ほぼ確実にデートなのだろうが、ぶち壊してしまったであろう2人の雰囲気を戻すには敢えてこの話をした方がいい。
人間、機嫌が悪い時でも自分の趣味の話をすると徐々に機嫌が治ってくるし、一気に雰囲気が良くなる。
湊が喜びそうな話題を持ち出すと、彼女はグレーの髪を指先で捻りながら南雲をチラ見した。
「…荷物持ち…的な?」
「オイ、誰が荷物持ちだ」
湊の視線を追って南雲を確認してみると、確かに彼の両手には女性モノのブランド商品が多いように見える。
中には男でも使えそうな生活用品が混ざっているが、大半は湊が購入した商品なのだろう、不服そうな南雲の表情からも見て取れる。
「だって荷物持ってるだけじゃん。面白い話何一つできないし、南雲ってつまらない男よね」
「ハッ、なんで好きでもない女に面白い話しなくちゃいけねェんだ?」
「え?え?」
さっき以上に不穏な空気になってきた。
湊のつまらない男発言から始まり、彼氏であるはずの南雲は、湊のことを好きじゃないと明言した。
自分が話題を振ったせいで大惨事になったと誤解した悠馬は、青ざめた表情で2人を見た。
「あー…私たち、付き合ってるって言ってるけど、私の男嫌いを治すの手伝ってもらってるって感じなの」
「あー…」
悠馬はそこで、ようやく2人の関係を理解する。
確かにハワイ島の修学旅行の時から、2人がどうして付き合ったのかはかなり疑問なところだったし、男子も女子も、様々な憶測を立てていた。どちらかが脅して付き合った説とか、親同士の意向説とか。
湊と南雲の関係は恋人ではあるものの、男嫌いを治すための練習だったのだ。南雲は湊の練習に付き合っているだけ。
「へぇ…そういう付き合い方もあるんだね」
「ルクス…」
ここまで沈黙を貫いていたルクスは、湊の話を聞いて興味深そうな表情を浮かべる。
どうやらルクスにとって、南雲と湊の契約上のような付き合い方はお気に召したようだ。
「面白いね」
「えーっと…」
「ああ。ボクはルクス。悠馬クン…というよりも、花蓮チャンの友人だよ。よろしくね」
「あ、花咲さんの!?道理で綺麗なんですね、よろしくお願いします、ルクスさん」
湊へと自己紹介をしたルクス。
どんな自己紹介をするのかヒヤヒヤしたが、どうやらルクスは嘘が上手らしく、上手い形で自己紹介を終えた。
容姿も相まってか、湊は花蓮の所属している事務所の人とでも思っているようだ。
「そ、それじゃあ湊さん、俺はこの辺で…」
「あ、うん。楽しんで来てねー?」
含み気味な湊の発言。
既に買い物を終え、帰宅途中だった湊と南雲に手を振った悠馬は、何を楽しむのだろう?と疑問を抱く。
「なぁルクス」
「なんだい?」
「お前、さっきお付き合いに興味持ってたみたいだけど、好きな人でもできたのか?」
「さぁ?どうだろうね」
悠馬の質問を、絶妙にはぐらかす。
恋愛に興味がなさそうな返答、しかし好きな人が居そうなルクスの言動を聞いた悠馬は、頬に人差し指を当て、閃いたように目を輝かせた。
こういう場面では、友人が背中を後押ししてあげるべきだ。
一歩を踏み出せずにいるルクスの背中を後押しして、恋のキューピット的な感じになろうと考えた悠馬は、にこやかな笑みを浮かべてルクスを見た。
「応援してるよ、ルクス。俺や花蓮ちゃんのことなんて気にせずに、アタックしてみろよ」
「……」
悠馬の話を聞いて、ルクスは呆れたというよりも、心底見損なったような表情で目を細める。
「キミは…」
「ん?」
「いや、なんでもないよ。キミの頭が悪すぎて呆れてるだけだよ」
「はぁ!?俺は頭いいぞ!」
ルクスの発言が気に食わなかった悠馬は、声を大にして反論する。
確かに悠馬は頭がいい。国立高校の中でも、入学してからの試験では1度を除き常に一桁にランクインしているし、学年1位だってとったことがある。
…しかしそれは、学力の面の賢いであって、恋愛の面においては…
花蓮や美月、朱理が呆れるように、悠馬は恋愛に於いては中学生並みだ。
まぁ、確かにあの娘、俺のこと好きなのかも…なんて思い込んで、実際は違かった時なんて恥ずかしくて不登校になるかもしれないが、悠馬は異性からの好意をスルーしやすい。
流石に2人きりで会いたいなんて言われたらもしかすると…なんて考える悠馬だが、ルクスに対してはその可能性すら考えていないようだ。
ルクスは悠馬の反応を見て、無性に腹立だしくなった。
モヤモヤするというか、自分に好きな人がいると誤解されているのをどうしても訂正したくなるような気持ち。
本当は、もっと君のことを知りたい。
そう言いたいルクスは、それをうまく言葉に出来ずに悠馬の足を踏んだ。
「何するんだよ!?」
「あ、悪いね。見えなかった」
「絶対ワザとだろ!次やったら怒るからな!」
***
明るい雰囲気の店内に、一際目立つカップルが座っている。
時刻は夕方、学生からすればそろそろ夕ご飯というタイミングでレストランの中に入っていた悠馬は、周りからの視線を感じ肩を竦める。
なんだか、すごく居心地が悪い。
周りの男子生徒、女子生徒から向けられる嫉妬、羨望の眼差し。
それらは間違い無く、悠馬がルクスという美女と一緒にディナーを楽しんでいるからだろう。
いや、正確には楽しんでいるわけじゃないのだが。
一通りショッピングモールを回った悠馬は僅か数分前、寮へ帰って夕ご飯を食べようと思っていたのだが、花蓮たちは女子会をするようで夕ご飯の準備がないらしい。
今日は外で食べてきて欲しいという旨の連絡をいただいた悠馬は、こうして現在ルクスと共に夜ご飯を食べることになっているのだ。
「浮かない顔だね。花蓮チャンたちが心配なのかい?」
「そりゃあ…俺は彼氏だし…」
女子会と言ったって、偶然店で鉢合わせた男子グループが声をかけてこないとは限らないし、成り行きで合コンのような展開になってお持ち帰りされる…というセットのような流れが、大学生にはあるらしい。
最近クラスメイトたちが本格的に進路を決め始めたためそんな情報を耳にしていた悠馬は、もしかすると高校生でも…と、あらぬことを危惧している。
ちなみにだが、花蓮たちはナンパされることがあっても付いて行くことは絶対にあり得ない。
しかしそんなことわからない悠馬は、かなり不安なのかメニューを見ながらも心ここにあらずという表情だ。
「もっと気楽にした方がいいんじゃないかな。キミの気持ちもわかるけど、花蓮チャンは強いし簡単に靡くような女じゃないよ」
花蓮は芯の強い女だし、実力だってある。
悠馬が心配しているような事態にはならないと明言したルクスは、悠馬の手に自身の手を覆い被せた。
「チッ、やっぱり付き合ってるのかよ」
「クソ、これだからイケメンは…」
周囲から非難の声が上がる。
ルクスに手を触れられたとあってか、男子たちの鋭い視線を感じた悠馬は、ここでようやく花蓮たちよりも自分の方が危険な空間にいることを知る。
多分というかほぼ間違い無く、この調子でルクスと触れ合っていたら、この場で死ぬことになるだろう。
男子たちの殺意の篭った視線に背筋を震わせた悠馬は、ふと顔を上げた先に見えた女性を見て口を開いた。
「み…」
美沙。茶髪のセミロングの女性にそう声をかけようとしたところで、悠馬は慌てて口を噤み、座席にしゃがみ込む。
悠馬の視線の先には、確かに美沙がドリンクバーで飲み物を注いでいる姿があった。
しかしそれは問題でもなんでも無く、悠馬が声をかけずに隠れたのは美沙の横にいた人物に気づいてのことだ。
美沙の横には、白髪の好青年が立っていた。
「え?は?は?アイツら付き合ってたのか…?」
八神が美沙のことを好きだったことは知ってたし、時間の問題だろうと思っていたが、ついこの間まで付き合ってないような素振りだった八神が、裏では美沙とデートしていたなんて考えられない。
何しろアイツは童貞だし、周りに付き合っていることを隠すことができるような演技力は持ち合わせていないはず。
八神に辛辣な評価をしていた悠馬は、両手で口を押さえドリンクバーを注ぎながら仲睦まじく話す2人を見た。
微笑みながら話す2人の姿は、まさにカップルそのものだ。
今日は知り合いとよく会う日だ。
ショッピングモールならクラスメイトや知り合いとの遭遇率も低いだろうと思っていたが、湊や南雲に続き、八神と美沙にも出会ってしまった。
「悠馬クン?」
「あ、知り合いが青春してたんだ。不純異性交遊って良くないよな。停学だろ!」
ルクスに声をかけられハッと意識を戻した悠馬は、訳のわからない言葉を並べまくる。
「ソレ、キミが言えた口なのかい…?」
悠馬の視線の先にいた2人の男女を見て、ルクスが呟く。
…確かにこの異能島内で、悠馬以上に彼女を作っている生徒はいないだろう。
悠馬は自分がブーメランを投げていたことに気づき、ちょっとしたショックを受けた。




