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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
436/474

忙しなく

 星屑の干渉、寺坂からの連絡があってから1日が経過した。


 悠馬はリビングに敷いてある布団の上で目を覚ますと、ベッドの上から手を出して眠る真っ黒な髪の女性を見上げた。


 ルクスが視線を感じると言っていたから昨晩は同じ空間で眠ったのだが、特に異常はない。


 視線を感じることもなく、敵意を向けられるわけでもなく目覚めた悠馬は、続いて視線を横に向け甘い香りの漂う翠髪に触れた。


 昨晩は一応客人であるルクスをベッドの上で寝かせた為、悠馬は必然的に布団で寝ることになった。

 ルクスと一緒に寝ても良かったのだが、さすがにそれをすると色々と面倒なことになりそうな為、布団で寝ることにしたのだが…


 セレスはそれだけでは納得してくれず、一緒に寝ることになった。彼女は普段悠馬の寮の二階で寝泊りをしているのだが、思春期真っ盛りの悠馬がルクスに手を出してしまう可能性を危惧したのだろう。


 ちなみにオリヴィアと花蓮は、夕夏の寮で泊まっている。


 特に何事もなく朝を迎えることのできた悠馬は、状況を整理しながら起き上がった。


 今警戒すべきことは、混沌の腕の動向とルクスの弱体化、ならびに視線の正体だろう。


 現在の彼女の実力は戦ったわけじゃないからわからないが、推測でオリヴィアに簡単に負ける程度だろう。


 もしかすると寺坂にも負けるかもしれない。


「戦わせるべきではないな」


 今ルクスを1人にするのは、危険な気がする。

 そう直感した悠馬は、明るくなっていた外の景色をカーテンの隙間から覗いた。


 まだ春ということもあってか、浜辺で遊んでいる学生は誰1人としていない。


 そう言えば、悠馬たちが3年になったということはつまり新1年生が入学しているはずだが、どんな生徒が入学しているのだろうか?


 去年のことを思い出す悠馬は、愛菜や早乙女と出会った合宿を思い出して小さく微笑む。


「聖魔」


「お呼びでしょうか?」


「混沌は復活できると思うか?」


 悠馬が声をかけると影から現れた聖魔は、いつものように執事のような丁寧なお辞儀を見せた後に顔を上げる。


 悠馬は混沌が復活できるとは考えていない。

 物語能力も失い、残った左手だけで再生するのは不可能だろうし、物語能力を未だに保有しているティナの眼球ですら、再生が始まっていない。


 そのことから考えるに、混沌が再生する可能性は万に一つもないというのが悠馬の見解だ。


 そんな悠馬に対し、聖魔は右手を顎に当て少し考えるような仕草を見せた。


「私の見解ではかなり厳しいと考えています。夜空さんは既に死んでますからねぇ…仮死状態でもない人間が蘇るには、依代が必要だ」


「依代…」


「ええ。例えばセカイを手にした悠馬さんや、物語能力を保有する夕夏さん。そしてハイレベルな私なんかが、依代として狙われる可能性が高いでしょう」


 この時、聖魔は大きな過信をしていた。悠馬と自分は負けるわけがないと、絶対的な実力を保有しているが故の余裕。


 依代となる可能性が高い人物が3人と聞いた悠馬は、セレスとルクスを交互に確認しながら息を吐いた。


「聖魔、最大限の警戒を頼む」


「仰せのままに」


 深々と頭を下げた聖魔は、悠馬の会話が終わったと判断すると、すぐに影の中へと消えていった。


「ん…」


 直後、寝返りを打ったセレスの吐息が聞こえ、彼女は薄らと目を開く。


「おはようございます。悠馬さま」


「まだ寝てていいよ。今日は休日だし、ゆっくり休みなよ」


 上体を起こそうとするセレスに歩み寄ると、膝をつき、彼女を膝の上で寝かせようとする。


 悠馬に膝枕をされたセレスは、ハッキリとしない意識の中で耳を赤く染めた。


 セレスにはいつもお世話になっている。

 最近は朝学校に行く前に起こしてもらい、朝ごはんの準備から夕ご飯の食器洗いまで、何もかもセレスがこなしていることが殆どだ。彼女にかかる負担というのは、かなりのものになっているだろう。


 当然のように毎日早起きをしているセレスを労う悠馬は、彼女の翠の髪を撫でながら人差し指で柔らかな唇に触れた。


「ゆ、悠馬さま!?私は休まずとも…」


 悠馬に触れられたセレスは、慌てたように呟く。

 声が若干裏返っていることから、かなり混乱しているようだ。


 彼氏彼女の関係だというのにウブな反応を見せるセレスを見て、悠馬は思わず頬を緩める。


「だめ。休んで」


 セレスを使い潰す気なんて微塵もない悠馬は、唇に触れていた人差し指を動かし、頬を撫でる。


「綺麗だね」


 きめ細かい真っ白な彼女の肌は、化粧すらしていないのに肌荒れひとつなく、サラサラな触り心地だ。


 しかもそれでいて、めちゃくちゃ柔らかい。しっとりと手に馴染む柔らかな感触と、肌荒れひとつない美しい肌に魅入っている悠馬は、子供のようにセレスの頬を撫で回す。


 いつ見ても綺麗な顔つきだ。

 セレスは世界の美女トップ100人にも選ばれ、4位という非常に高い順位にいるため当然と言えば当然なのだが、そんな彼女が自分の恋人だなんて、よくよく考えてみるととんでもない気がする。


 世界上位の美女の頬を撫でる悠馬は、充実した感覚を感じながら、背後から向けられた視線を感じて振り返った。


「おはよう。ルクス。眠れたか?」


「おはようございます、ルクスさま」


「おはよう。うん。おかげさまで、ぐっすり眠れたよ」


 寝覚がいい方なのか、ルクスは起きた直後にかけられた悠馬の声に、いつもと変わらないトーンで返事をする。


 女子は寝起きが機嫌が悪いなんて聞いたことがあるが、どうやらルクスはその類ではないようだ。


 伸びをしながら返事をするルクスは、悠馬とセレスを見てフッと微笑んだ。


「?」


「相変わらず、キミたちは仲がいいんだね。エスカクンの横にいた冷艶な女が、こんな顔をするなんて知らなかったよ」


 ルクスの中でのセレスティーネという人物は、エスカの横に立っている冷たい女そのもの。いつも冷静で、誰に対しても厳しいといったイメージが定着していた彼女が、男に膝枕をされている姿は信じられないのかもしれない。


 まぁ、セレスは元々エスカのことが好きだったわけじゃないし、好きでもない異性に対して甘くないのは当然のことだ。


 ルクスが悪戯っぽく話すと、セレスは恥ずかしかったのか悠馬の膝に頭をつけたまま毛布で顔を隠した。


「ははは…」


 意外とピュアというか、年上なのにウブな反応を見せてくれるセレスが可愛らしい。


 きっとルクスがこの場にいなかったら、キスの一つや二つ、朝っぱらからしていたことだろう。


 朝から上機嫌な悠馬は、ルクスとセレスと賑やかな会話をしながら1日をスタートした。



 ***



 場所変わり、イタリア支部。

 寂しくなった薄暗い部屋の中、向かい合って座る人物の姿があった。


 以前はこの薄暗い室内に3人のメンバーが集結していたのに、今ではここに来る人物も2人になってしまった。


 外も暗いのか、蝋燭の火の灯りだけを頼りにした室内の椅子に座る男、悪羅百鬼は、脚を組み、フォークを使って生ハムを食べる。


「アルデナくん」


「はい」


「俺、死のうと思うんだ」


 イタリア支部総帥コイル・アルデナは、悪羅の熱烈なファンに近い。


 その理由は、彼の父であるコイル・レーヴァテインが、悪羅へと全てを託したからに他ならない。

 悪羅は先代異能王殺しとして有名だが、7代目異能王コイル・レーヴァテインの死は、互いの合意があったからこそ起こった事件なのだ。


 自身の父が、命を賭して全てを託した男。


 悪羅の思想、この世界の大半を敵に回したのだとしても、自分の思う正義をなし得るという考えは、アルデナを強く惹き寄せた。


 これまで悪羅という人物に着いてきたアルデナは、彼が不意に発言した死のうという発言を聞いて、音を立てて立ち上がった。


 大きく目を見開き血相を変え、アルデナの挙動で蝋燭の炎は大きく揺らめく。


「何故ですか!この世界の王は貴方だ!邪魔者も消えて、貴方の生きやすい世界になったはずです!」


 アルデナは悪羅の過去を知らない。

 時間遡行者だということは知っているだろうが、悪羅百鬼が暁悠馬だということも、何を願って時間遡行をしたのかも、彼は何一つとして知らないのだ。


 そんな彼にとって、今、この世界の景色というのは悪羅の生きやすい世界に見えるのかもしれない。


 最も邪魔だったあのお方、つまりティナが死に、混沌も消え王冠も手にした今、悪羅に歯向かえる存在なんていない。


 もしかするとアルデナは、悪羅がこの世界を統治すると期待していたのかもしれない。


 悪羅はアルデナの期待のこもった視線を見て、肩を竦めた。


「俺は最初から、あのお方を殺したら死ぬって決めてたんだ。この世界でやり残したことなんて、何ひとつない」


 全てが終わりオクトーバーが自首をしたように、悪羅は悪羅で、全てが終わった後に死を望んでいる。


 アルデナは自分の意思で死ぬと話す悪羅の声を聞き、かける言葉が見つからないのか、俯き加減で口を噤む。


「ならば私も…」


 意を決したように、吐き出すようにしてアルデナは呟く。

 そんなアルデナを見て、悪羅は呆れたようにため息を吐いた。


「だめだ」


「何故ですか!私だって貴方と同罪だ!世界会合の情報を全て貴方に横流しした!総帥の立場を利用して、貴方に加担した!」


 アルデナは悪羅とオクトーバーの側に加担していた。

 総帥として知り得た情報の大半を2人に流し、2人を匿うことによって、各支部が悪羅とオクトーバーを逮捕できないように手を回してきた。


 それで彼が死刑になるのかと言われたら決してそうではないのだが、アルデナは悪羅と共に死ぬ覚悟をしているようだ。


「君のような優秀な人材を、ここで死なせるわけにはいかない」


「それは貴方も一緒でしょう!」


「…この世界の俺は生きてる」


「っ!?」


 悪羅の言葉に、アルデナの目の色が変わる。

 悪羅は死ぬが、悠馬は生きている。


 これまでこの世界の自分自身について全く触れてこなかった悪羅は、アルデナを説得するために話を切り出した。


「こっちの俺はさ、レベルかなり高いんだけど、まだまだ未熟っていうか、熱くなりやすいっていうか。…危うい面があるからさ。アルデナくん、影で支えてやってくれない?」


 紫色の液体の入ったワイングラスを手に持ち、悪羅は微笑んだ。


 悠馬は家族以外の何も失わなかった分、危うい面がある。

 …例えば、彼は大切な恋人が殺されでもしたら、八つ当たりで日本支部を壊滅させるなんて普通にあり得る。


 悪羅の話を聞いたアルデナは、彼のお願いとあってか、目を輝かせながら深く頷いた。


 直後、アルデナのポケットから着信音が鳴り響き、彼は一気に不機嫌そうな表情になってからスマホを取り出した。


「すみません」


「気にしなくていいよ」


 悪羅に一度謝罪をして応答ボタンをタップするアルデナ。


 彼は通話が始まってから数十秒間無言のままで、時間が経つにつれて、徐々に険しい表情へと変化していった。


「……わかった。私も協力しよう」


 最後にそれだけ告げると、アルデナは早急に通話を切る。

 悪羅は険しい表情のアルデナを見て、小さく首を傾げた。


「すみません、急用ができてしまい、これから日本支部へ向かわなければならなくなりました」


「日本支部?」


 スマホをポケットに戻し、支度を始めるアルデナ。

 突然日本支部に向かうと言い出した彼の表情は、決して喜ばしいようなものではなく、大きな問題があるように感じる。


 アルデナは悪羅の疑問に答えるようにして、ゆっくりと口を開いた。


「日本支部が保管していた、混沌の腕が何者かに強奪されたようです。…日本支部の隊長も2名重症を負ったようなので、各支部に協力要請が出ました」


「はは…ほんと、忙しないよな…」


 混沌の腕が奪われた。

 ティナの一件が起きてから、まだたったの半年しか過ぎてないというのに、世界情勢というのは忙しなく変化し続け、新たな問題ごとは、自分が首を突っ込まずともやってくる。


 その問題の解決をしなければならない総帥や各支部の上層部は、さぞ苦しいことだろう。


 一難去ってまた一難。

 ティナの一件からもう半年も過ぎたのだから、新たな問題が起こるのは当然だと思う人もいるかもしれないが、まだたったの半年だ。


 呆れたように笑う悪羅を横目に、アルデナはグレーのジャケットを羽織り、時計を確認した。


「では、私はこれにて失礼します」


「うん。危険だったら、俺も手伝うから連絡しなよ。気をつけてね」


「ありがとうございます」


 アルデナに助力することを告げた悪羅は、扉に手をかけた彼を見送る。


 室内に1人取り残された悪羅は、薄暗い中、椅子の背もたれに寄りかかり天井を見上げた。


「混沌…か」

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