セレスティーネ皇国
にっこりと業務的な笑顔を浮かべる悠馬は、剣を収めた使者を見て、口を開く。
「今からセレスティーネ皇国に向かわせろ」
「な…」
「大丈夫、危害を加えるつもりはない。提案がしたいだけだ」
「不可能だ!お前が言っていることが事実だと証明できない上に国王に謁見するなど…!」
これは日本で言う、一般人が今すぐ天皇に会わせろと言っているようなものだ。
悠馬のぶっ飛んだ提案に、皇国の使者は大きく目を見開いて反論する。
しかし悠馬は、無茶なことを言っていると理解しているにも関わらず、申し訳なさそうな表情ひとつせずにゲートを開いた。
「アンタは事情を話すだけでいい。あとは俺がどうにかするし責任も全部なすり付けていい」
「……」
黒い渦のようなものが展開され、使者は訝しそうな表情で渦の中を確認する。
王に直接謁見など、普通に考えたら使者の首が飛びかねない危険行為だが、この不敬な行為を全て悠馬のせいにできるのなら、良いのかもしれない。
なんの成果も得られなかったと言って帰国して叱責されるよりも、今目の前にいる男に全てをなすり付けてしまうのがより賢明な判断だ。
多少怒られるだろうが、悠馬が本当にセレスと繋がりがあるなら、そんな人物を見つけ出した使者は感謝されるべき立場になる。
しかも実力行使ではなく、交渉という穏やかな内容で話をつけることができる。それは日本支部を敵に回さないという点で、皇国にとっては有利に働く。
冷静に考えて、このまま帰るよりも安全だと結論づけた使者は、悠馬の提案にコクッと首を縦に振った。
「よし、決まりな」
***
白を基調とした宮殿に、豪華な赤いカーペットが敷かれている。赤いカーペットの端には黄金の装飾が施されていて、誰が見ても、高価そうなカーペットだと答えることだろう。
そんなカーペットの上へ、靴も脱がずに踏み込んだ悠馬は、背後から追ってきた使者へと視線を送る。
「宮殿の中にはいないんだな」
「当たり前だ。いつも玉座に座っているだけで国王は務まらん」
そりゃそうだ。
いつも、何が起こったとしても玉座に座っているだけなら誰にだってできるし、わざわざ宮殿の玉座で1日を過ごす愚かな国王なんていないだろう。
勝手に国王=玉座のイメージをしていた悠馬は、使者の話を聞いて納得の表情を浮かべる。
「じゃあどこにいるんだ?」
「それは…」
「カサンドラ…その男は誰だ?」
使者が悠馬へと返答をしようとすると、背後から声が聞こえてくる。
使者の背後から声が聞こえてきたとあって振り返った悠馬は、そこに立っていた人物を見て、一瞬だけ驚いた表情をした。
「クロスローゼ様!」
少し年老いて見える、白髪の人物。
クロスローゼという名前、彼の容姿を見た悠馬は、その人物がセレスの父親であることを瞬時に理解した。
「はじめまして。日本支部…いえ。こう名乗った方が話が進みますかね…次期異能王の暁悠馬です」
『!?』
悠馬は不敵な笑みを浮かべて、深々と頭を下げた。
瞬間、カサンドラと呼ばれた使者とセレスの父であるクロスローゼは、ギョッとした表情で互いに顔を見合わせた。
「…ここにお伺いしたのは、クロスローゼ様の娘であるセレスローゼ様を、俺の戦乙女隊長、ならびに妃として迎え入れたいと考えているからです」
「…冗談では済まされない発言だと、理解しているのだな?」
クロスローゼは、冗談では許されないと脅しをかけながら、悠馬に問う。
次期異能王を名乗ることは別に犯罪でもなんでもないが、それを他国の国王の前でするのは冗談では済まされない。
しかも悠馬は現在、セレスと結婚するつもりだとも発言したのだ。
これが嘘だった場合、悠馬は他国の国王に喧嘩を売っていることになる。
クロスローゼの威圧的なオーラを後頭部に感じながら、悠馬は頭を下げたまま話す。
「冗談でここに来るはずがないでしょう。俺は本気ですよ。セレスローゼ様と結婚するつもりです。先代異能王と違って、永遠の愛を誓うことも約束しましょう」
「…!カサンドラ…お前…」
「…はい。日本支部で彼と接触し、明らかにセレスローゼ様について知っている口振りだったため、お連れすべきだと判断しました」
悠馬がおふざけでこんなことを言っているのではないと、誰もが理解できるだろう。
至って真剣、永遠の愛を誓うとまで明言する悠馬に対し、クロスローゼは険しい顔を浮かべた。
「…君の気持ちはわかった。…しかし、君の言葉を簡単に信用するほど、世の中は甘くないということをわかってくれ」
「次期異能王の名前が公表されていないのが不安ですか?」
「……」
そりゃそうだ。
いくら悠馬が真面目に演説をしたところで、悠馬が次期異能王だと直接異能王から聞いているのは各支部の総帥と戦乙女だけで、その他の人々は憶測や言伝でしか次期異能王について知らない。
現状、悠馬が異能王だと名乗ったところで、どこの国も信用してはくれないだろう。
しかしそれでも追い払ったり無礼な行動に出ないのは、悠馬が本当に次期異能王なのかもしれないという可能性を考えているからだ。
悠馬はクロスローゼの反応を見て、彼が話を5割ほど信用していると判断する。
ここまで来れば、悠馬がこれから取る行動は、ある程度黙認されることになるだろう。
「そうですよね。信用できない気持ち、よくわかります。…なので…」
悠馬はゲートを展開した。
無造作に、前動作なんてなしに発生した暗い渦に、クロスローゼは反射的に距離を置いた。
カサンドラも同じく、クロスローゼを守るようにして手を伸ばす。
「現異能王、エスカを呼ぶとしましょう」
悠馬はずっと、あることを考えていた。
いや、ずっとある人物に対して腹が立っていたというべきか。
あれだけ尽くしてくれる、完璧な才を持っているセレスをあんな風にクビ宣告した、現異能王に。
セレスのことは好きだし、エスカがセレスをクビにしてくれたからこそ今があるわけだが、悠馬は世界中継中にセレスをクビ宣告したエスカに腹が立っていた。
だからこのくらいの尻拭いは手伝ってもらおうと思う。
エスカが忙しいことは知ってるが、元を辿れば全てエスカが撒いた種のため、彼に尻拭いをさせるべきだ。
悠馬はゲートの中に手を突っ込むと、半ば強引に中にあった服の袖を引っ張り抜いた。
「いててっ…なに?あれれ?久しぶり〜クロスローゼくん」
「……エスカ様…」
現れると同時に能天気な表情で手をひらひらと振るエスカに、クロスローゼはなんとも言えない表情を浮かべる。
だってクロスローゼは、自身の愛娘であるセレスをあんな形で切り捨てられたのだ。
世界中継の最中、娘にあんな酷い仕打ちをしたエスカに対して、思うところはあるだろう。
多分、普通の親ならエスカのことをぶん殴っている。
怒りを堪えているであろうクロスローゼは、相手が現異能王であるにもかかわらず、挨拶もしない。
「ところで何か用?暁悠馬くん」
「…尻拭いしろよ。ローゼの現状わかってんだろ」
コイツはバカを演じているが、実は相当思慮深い男だ。
無能という立場を演じるからこそどの国からも敵視されず、それでいて異能王としての絶対的な権力を保持しているのを見ればわかるだろう。
悠馬はエスカがふざけた発言をしたせいでセレスが酷い目に遭っていることを遠回しに伝える。
エスカはけろっとした表情で、悠馬を見た。
「あーなるほど…そういうことね…」
エスカはここに揃っているメンバーを見て、悠馬がなにを考えているのか、なにをして欲しいのか理解したようだ。
目を細めて笑う彼の表情は、無能という称号には相応しくなく、悠馬は彼が何を考えているのか理解できずに、ゾッと背筋を凍らせた。
「まぁ、まずは僕がセレスくんをクビにした理由から話そうか?」
「!」
クロスローゼはエスカの発言に反応する。
自分の愛娘が、どうしてクビになったのか。
スペックでも容姿でも完璧に近いセレスがクビになる要素はないに等しい。
一体何がダメだったんだ?と言いたげに、クロスローゼはエスカへと詰め寄った。
「じゃあまず一つ目。ひとつ目の理由は、君の国の援助がひと段落付いたからだよ」
「それは…」
セレスティーネ皇国は、第五次世界大戦で傷つき、他国を頼らざるを得ない状況に陥っていた。
そしてその対策、最善策として、セレスを異能王と結婚させ、多額の資金援助をして貰おうと考えたのだ。
「僕は元々セレスくんに恋なんてしてないし、最初から彼女には、援助がひと段落したら離れて貰おうと思っていたんだよね」
互いに恋ができなかった。
だからエスカは最初から、セレスは数年後にクビにする存在として扱っていたわけだ。
セレスを戦乙女に選んだ真の理由は、正当な理由をつけて、セレスティーネ皇国を援助するため。
何の見返りもなく、エスカがセレスティーネ皇国に援助を行えば、どこかの国からの批判は免れなかったはずだ。
だからセレスを一時的に貰うことにより、どの国からも文句を言われないようにしていた。
これだけのことを裏で考えているのに、表ではバカを演じているのだから、本当に天才っていうのは怖い生き物だ。
「それで、僕とセレスくんのお別れの決定打は、やっぱりセレスくんが他の男に恋しちゃったことかな〜」
「!」
「そしてそれが彼、次期異能王の暁悠馬くん。何やら色々あって、セレスくんは彼に惹かれたらしい」
悠馬の肩を掴んだエスカは、まるで自社製品を勧める営業マンのように、クロスローゼに悠馬の存在をアピールする。
「彼は僕より強いよ。おそらく悪羅よりも強い。それに僕と違って、セレスくんと悠馬くんは互いに恋をしている」
「……」
悠馬とセレスは恋をしている。
そして悠馬が次期異能王になるということは、エスカのお墨付きをいただいた。
これで悠馬が嘘を言っていなかったことも判明し、クロスローゼもある程度納得してくれたはず。
そう思った悠馬だったが、クロスローゼの表情は、一向に晴れることがなかった。
「まだ納得いかない?」
「ローゼに確認させて欲しい。本当なのか、正気なのかと。直接会って話す必要がある」
一度自分を見捨てた男と同じ役職に就く男と結婚するつもりなのか。
クロスローゼはセレスを他国との政治交渉の重要な駒として考えてきたが、ここで政治交渉の駒を失うことになるのは、正直嫌だろう。
セレスがバツイチのキズモノでも欲する国家は多いだろうし、それらの国からの申し出を断るとなると、それなりの理由もいる。
しかし悠馬はまだ高校生だから、明確な理由を説明することはできない。
そうなった場合、不利益を被るのはセレスティーネ皇国だろう。
自分の娘よりも、国民の生活を。
クロスローゼの懐く感情は、悠馬には到底理解できない感情だった。
「……クロスローゼさん。正直こういうことは言いたくなかったんですけど…俺は今の貴方とローゼを再会させたくない」
「キサマ…!」
悠馬の発言に、赤茶髪の男、カサンドラが血相を変えて掴みかかろうとしてくる。
そんな彼を左手で制したエスカは、黙れと言わんばかりの圧を向けて、カサンドラを黙らせた。
「理由を…」
「会って何を話すおつもりですか?」
「…それは…」
悠馬の質問に、クロスローゼは難しそうな表情へと変わっていく。
誰だって、本人を目の前にして「貴方では不安だから娘に考え直すように話します」とは言えないだろう。
歯切れの悪い返答を聞いた悠馬は、不安を確信へと変え、口を開く。
「彼女の意思を尊重してください。彼女が自分の意思で俺の側が嫌だというなら、俺はその時点で手を引きます…ですが…」
「ですが…?」
「もし仮にローゼの意思を蔑ろにして、貴方の意思で全てを決めるなら…その時は覚悟しておいてください」
それは脅しのようなものだ。
セレスの意思を尊重するならば文句はないが、彼女の意思を蔑ろにするのならば、覚悟しておけ。
将来的には異能王になる人物に対し、そんな脅しをかけられしまえば、人が取れる選択肢は極めて狭まる。
今の悠馬の一言で、クロスローゼはセレスに何かを強要することが叶わなくなったわけだ。今ならばまだ修正が効く、他の国に嫁がせることができると考えていたのかもしれないが、そうはさせない。
悠馬の機嫌を損ねれば、今後どうなるかわからない。
あと1年は安泰だろうが、1年後、彼が異能王になった時のことを考えたクロスローゼは、無言のまま額に手を当て、深く頷いた。
「電話でも構いません。会って話さずとも、彼女の意思を確認するには十分でしょう」
「では…彼女の意思に従うということで…約束ですよ」
「はい」




