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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
427/474

皇国の使者

 2月中旬。

 まだまだ寒い時期ではあるが、別れの季節も近づいてきて高校生は活発になる。


 それは終わりが見えた青春を今まで以上にエンジョイするためだったり、はたまたバレンタイン当日だからなのかもしれない。


「はい悠馬、チョコレート」


「…今年もくれるのか?」


「うん、今年は義理だけどね〜」


 教室の中、自身の席に着席していた悠馬は、茶髪のセミロング女子、美沙からチョコレートを受け取る。


 そして今年は、義理チョコらしい。

 去年はフェスタ前にこっ酷く振ったのに、どうやら本命だったようだ。


 遠回しに去年まで本命だったと知らされた悠馬は、ちょっと照れたような表情をしながら、そっぽを向く美沙に向けて口を開く。


「お前、今誰のこと好きなんだ?」


「あれぇ〜?悠馬、嫉妬?もしかして私が他の男に惚れたから…」


「バカかお前は」


「ちぇっ、悠馬って最近マセたよね〜」


 美沙お得意の冷やかしは、もう悠馬に通用しない。

 1年の合宿の頃の悠馬なら、「嫉妬じゃねーよ!」と声を大にしてウブな反応を見せていただろうが、時の流れとは残酷なもので、悠馬にもある程度の耐性が備わっている。


 つまらなさそうに舌打ちをした美沙は、悠馬の耳元へと顔を近づけると、息がかかるほどの超至近距離で口を開いた。


「私、八神のこと気になってるんだけど」


「あっ、ふーん」


 両想いじゃん。

 八神が美沙に対し想いを寄せていることを知っている悠馬は、何か悟ったような表情でニヤニヤと笑う。


 好き合っている2人が互いに両想いだと知らない状態で、友人である自分だけが互いの想いを知っているのは、なんだか優位になったというか賢くなった気分で楽しい。


「なによ?バカにしてる?」


「いや、してないよ。頑張れ」


 美沙が頑張らずとも、今日チョコレートを渡すついでにでも告白すれば八神は即OKを出すことだろう。


 しかしいつもの美沙ならば、すでに八神にゴリ押しをしていてもおかしくない。


 悠馬のことを狙っていた時は殆どが強引なやり口だったし、親友の彼氏を寝取ることも厭わないといった感じだった。

 それをしないということはつまり、それほど慎重になるくらい彼のことが好きだと言うことなのだろう。


「お熱いですねぇ…」


 自分の時とはなんだか温度差のある美沙に、悠馬はまるで人生の先輩のように呟く。


「え?マジでなに?まさか八神彼女いるとか?」


「んなわけないだろ。ほら、俺と喋ってたら八神に勘違いされるぞ」


 高みの見物をしているような悠馬の反応に、慌てふためく美沙。

 もちろん、八神に彼女はいない。


 美沙を追い払った悠馬は、呆れたような表情で周囲を見渡した。


「今日、俺誕生日なんだけどな…」


 去年と同じく、忘れ去られた誕生日。

 いや、正確には去年はサプライズということでみんな忘れたフリをしていたのだが、流石に2年連続でサプライズはないだろうし、みんな普通に忘れてそうだ。


 本当に、バレンタインと誕生日が重なっている男子は、不幸にも程があると思う。


「おっはよー、悠馬」


 悲しみに暮れる悠馬。

 1人大人しく着席し、悲しそうなオーラを放っていた悠馬は、頭部に柔らかな感触が伝わり瞳を閉じる。


 このおっぱいの感触は、なんとなくわかる。


 決して大きいわけではないが柔らかさは一級品で、よく頭にフィットする。

 こんな胸を持つ人物は、1人しかいないだろう。


「湊…わざと胸押し付けるのやめろよ…俺だって男だし、いくら彼女の親友つっても勘違いするぞ…」


 というかもう、勘違いし始めている。

 口では湊のことを彼女の親友などと言っているが、実は悠馬、すでに湊は俺のこと好きなんじゃ…?と思い始めている。


 そりゃそうだ。

 いくら仲のいい男女といえど、好意がなければ胸なんて押し付けてこないだろうし、抱きついたりもしない。


 幼馴染ならまだ可能性はあったかもしれないが、幼馴染という関係でもないことから察するに、湊が好意を抱いているのは一目瞭然だった。


「へぇ?期待してるの?気持ち悪ぅい」


「思わせぶりな態度しといて酷い言い草だな…」


 以前の湊ならば「は?そんなわけないじゃん。キモ」などと言っていただろうが、今の湊の言葉は、明らかに冗談が混じっているような発言だ。


 わざとらしく、ニヤニヤと笑いながら胸をグニグニと押し付けてくる辺り、満更でもないのだと思う。


「やっぱりお前、俺のこと…」


「いや…それはないから…割とマジで…」


「ぅっ…」


 俺のこと好きだろ。

 そう言おうとした悠馬が振り返ると、湊は先ほどと違い、冷めたような表情で悠馬の期待を一蹴した。


 これだけ思わせぶりな態度を取っておいて、好きじゃないんだぜ?まったく、女っていうのは理解しがたい生き物だとつくづく思う。


「そりゃあ、悠馬はトクベツだよ。だって感謝してもしきれないことをやってくれたわけだし、アンタが居なかったら、私はずっと殻に篭ってた」


 悠馬が繋いでくれたから、今の湊が出来上がった。

 親友の自殺の影響で男を毛嫌いしていた湊にとって、悠馬という男の存在は、救世主に近いのだろう。


「でも、これは好きって感情ではないの」


「そうなんだ」


「そ!はい、チョコレート。ハッピーバレンタイン♪」


「あ、ありがとう…」


 去年は湊がチョコレートをあげる姿なんて想像もできなかったが、今年の湊は、不自然な仕草などなく、慣れた女子のように異性の悠馬にチョコレートを渡す。


 それと同時に、クラス内ではどよめきが起きた。


「え?湊さん?」


「今暁にチョコレートあげたよな?」


「マジかよ…」


 去年まで男に興味などなかった湊が、修学旅行でいきなり南雲と付き合っていることが判明し、今日は悠馬にチョコレートをあげた。


 一体なにがどうなってるんだ?と言いたそうなクラスの男子たちは、孤高の存在、湊がついに異性と気軽に接し始めたのだと知り、阿鼻叫喚する。


「ああいうのは絶対ムリ。死んでも付き合いたくない」


「あはは…」


 阿鼻叫喚している男子たちに、凍えるような冷めた視線を送る湊。

 どうやら彼女の一定の異性に対する毛嫌いは健在らしい。


「湊、悠馬にチョコあげたの?」


「おはよう美月。うん、いろいろお世話になったのに、お礼しないのは失礼すぎるからね」


「私には…?」


「あるよ!本命チョコ!」


 湊が悠馬にチョコを上げたと聞いてか、銀髪の髪を揺らしながらトタトタと駆け寄ってきた少女、美月。


 美月は本当に湊が悠馬にチョコを上げたのか確認すると、自分にはないのかと不安そうに尋ねた。


 美月は手作りのチョコレートを手に持って隠しているから、おそらく入学当初から、バレンタインやそういったイベントごとは、湊とプレゼント交換をしていたのだろう。


 これが百合ってヤツか…


 百合についてよく知っているわけじゃないからこれが百合なのかはわからないが、同性に本命チョコを上げているのを見る限りもう百合でいいだろう。


 微笑ましく本命チョコレートを美月へと渡した湊は、代わりにラッピングされた可愛らしいチョコレートを渡され、無邪気な笑顔を浮かべる。


「ありがとう美月。やっぱり私、美月と結婚したい!」


「あはは…湊が悠馬と結婚すれば家族になれるのになぁ」


「そう言われるとかなり迷うよねぇ…」


「え?え?」


 そんな軽い気持ちで付き合うとか結婚とか決めていいの!?

 美月と結婚したいがために悠馬と結婚しようと考え始める湊の思考に、狂気を覚える。


 彼女の美月を溺愛する心は、偽物なんかじゃなくてホンモノなのだと、改めて実感させられた。


「お前ら、席に着け」


 そうこうしているうちに、チャイムが鳴ったのか、鏡花が教室の中へと入ってくる。


 瞬間、クラス内の雰囲気は、陽気なものからシンと静まり返ったものになった。


 なぜ、鏡花の一言でここまで静かになってしまうのか。

 それは鏡花の発言のパターンに原因がある。


 鏡花が教室に入ると同時に席に着けという時は、大抵機嫌が悪い時か何かの問題が起こった時だ。

 それ以外の時は、高確率で教壇に立つまで口を開かないし、教壇に立つ頃には、生徒たちも大人しく席に座っている。


 つまりなにが言いたいかというと、鏡花が扉を開いたと同時に席に着けと言ったら、何か問題があったわけだ。


 悠馬は鏡花と一度視線が交わり、目を逸らす。


 え?なんかした?


 最近は大人しくしている方だと思っているし、そりゃあ愛菜と連太郎の一件で寺坂には迷惑をかけたが、枝垂桜の援護もあってそこまでの大問題にはなっていない。


 異能島内で最近何の問題も起こしていない悠馬は、心当たりがないのか、鏡花から向けられる視線を無視し続けた。


「今日はセレスティーネ皇国から使者が緊急来日している」


「え?あの?」


「セレスティーネ皇国つったら元戦乙女隊長のセレスローゼさんだよね〜」


「私もあの人みたいなスタイルになりたーい」


「いや、お前はムリだろ」


「は?なんか言った?」


 夢見る女子の発言に、どこからともなく聞こえてきた男子の冷めた声。


 セレスは王女という身分以前に、スタイルや容姿が整っているため、女子生徒たちからは高い人気を誇っている。


 おそらく、そこら辺のモデルなんかよりも人気度で言えば上だろう。


 約半年近くセレスと共に過ごしている悠馬は、自分とセレスが同居していることがよくバレてないな。などと感心しながら、あることに気づいた。


 そう、なぜ鏡花がこちらを見てきたのかということだ。


 悠馬は静かに背もたれに寄り掛かり、額に手を当てる。

 これまでは日本という国の軍事力を心配してセレスティーネ皇国は迂闊に手出しが出来なかったが、来賓となれば話が変わってくる。


 おそらく、自分の国の将来のために何としてでもセレスを他国の国王なんかと結婚させたい皇国は、セレスをなにが何でも連れて帰るつもりなのだろう。


 鏡花もそれを知っているからこそ、悠馬に視線を送ったわけだ。


 そしてこれは最悪なことに、相手方が来賓である以上変なことはできない。


 相手が来賓ということはつまり、日本支部総帥の寺坂が来日を許可したわけで、何か問題を起こせば、悠馬1人の問題ではなく、日本支部という一つの国の問題になってしまう。


 例えるなら、店員がお客さんと揉めるような感じだ。それはどちらに非があるものだとしても、他所から見た人々は、なんて店員だ。と口々に罵るに違いない。


 悠馬が何かをしでかせば、日本支部の顔に泥を塗ることになる。

 下手すれば国際問題で一触即発の戦争になる以上、迂闊に動けないだろう。


 こうなることは予想していた。

 …いや、寺坂はよく持ち堪えてくれたと言うべきだろう。


 おそらくセレスティーネ皇国は最初からセレスの行き先を掴んでいて、セレスが帰ってこないと判断したその日のうちに日本支部へと交渉に乗り込んだはずだ。


 寺坂は半年近く、何らかの方法でその交渉を遅らせ、悠馬に考える時間を設けてくれていたのだ。


 …正直、そう言う話は前もってしてもらわないと急に来賓で来られても厳しいところがあるんですけどね。


 できれば連太郎と愛菜の結婚の話のとき、セレスの話をした際に来賓の可能性があるとでも伝えられていれば、もう少し立ち回りが変わっていたかもしれない。


 相手が国の名をだしてここに来ている以上、ほとんどの動きが封じられてしまった悠馬は、窓の外を眺めながらため息を吐く。


「流石にセレスの居場所までは特定されてはないだろうが…」


 セレスは日本支部の東京で、自分のスマホを一度捨てた。

 それは自国からの追跡を逃れるためであって、今持っているスマホは悠馬名義になっているため、居場所は特定されないはずだ。


 …それに、今のクラス内を見て貰えば分かるが、セレスがこの島にいると知っているのはほんの一握りの人間だけだ。


 落ち着いて対処すれば、きっと気づかれずに難を逃れられるはずだ。


「さすがに、お前たちに限って何か問題を起こすことはないだろうが、外国人を見かけたら、くれぐれも粗相のないように」


「はーい」


 それは一見、クラス全員への忠告のように聞こえるかもしれないが、鏡花はほぼ間違い無く、悠馬に対して粗相のないようにと告げたのだろう。


 総帥秘書であり、担任でもある彼女に釘を刺され、悠馬は唇を尖らせる。


 さて、このまま何事もなく来賓が終わってくれればそれに越したことはないのだが…

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