品物
扉を開くと、カランカランと昔ながらのベルの音が店内に響き、悠馬と通は恐る恐る顔を覗かせる。
2人の表情から察するに、彼らもこの店を微塵も信用していない様子で、いざとなれば逃げれるよう、扉まで開いて入店をする始末だ。
「んだこれ…マジな雑貨店じゃん」
「…そだな」
路地裏、怪しげな噂の元ということもあってかなり警戒して入店したのだが、店の中は案外普通というか、どこにでもありそうなこじんまりとした雑貨店だ。
きっと駅前に店を出していたなら、かなり女子ウケが良かっただろうということは、女心がイマイチわからない悠馬にだって理解できるほどだ。
エメラルドのような石の嵌め込まれたペンダントや、何が入っているのかわからない、小瓶。
何を売っているのかはイマイチわからないが、きっとこういう商品が、女子のワンポイントアイテムとして売れるのだろう。
「お…珍しいお客さんだ」
悠馬と通が店の中をマジマジと見ていると、カウンターの奥から、金髪の男性が現れる。
いかにも好青年という言葉がふさわしい姿で、悠馬ですらその美貌に嫉妬してしまいそうになるほどのイケメン。
年代が近いような外見をしているのに、いったい何故、彼が噂になっていないのか疑問に思うほどだ。
特徴的な緑色の瞳に、一際目立つオレンジ色のエプロンを纏い下に襟付きのシャツを着込んでいる彼は、悠馬と目が合うと、ニカッと笑って手を振った。
「?」
どこかで会ったことでもあるのだろうか?
あまりにも慣れ親しんだ表情というか、アットホームな雰囲気を醸し出す店員のことを思い出せない悠馬は、顎に手を当てて首を傾げる。
「…俺とどこかで会ったことある?…もしかして、1年の頃の異能祭とか…」
悠馬は人の顔を覚えるのは得意な方だが、それでも記憶できてない人の顔もある。
特に、異能祭のフィナーレでいきなり撃破した他校生の顔なんて覚えていないし、向こうは悠馬の顔を覚えているだろうが、悠馬は名前も顔も声も知らないのだ。
もしかすると、彼もフィナーレに出場していて氷漬けにしてしまったんじゃないだろうか?
そんな不安を抱く悠馬に対し、金髪の男は手を振って否定した。
「初対面だよ。俺はここの店主だからね。学生じゃない」
「あ…大変失礼しました…」
男の話を聞いて、悠馬は頭を下げる。
今さっきのアットホームな笑顔は、きっと営業スマイル的なもので、大した意味なんてなかったのだろう。
自分が初対面の、しかも年上に敬語も使わず話してしまったことに謝罪を入れた悠馬は、数秒間頭を下げた後、顔を上げた。
「ところで君らは〜…何か欲しいものがあって来たのかい?」
「違いますよ〜、噂聞いて来たんすよ!面白そうだなーって思って!」
「へぇ…色々あって、約2年ぶりに営業再開したのにもう噂になってるんだ。高校生の情報網って凄いね〜」
ヘルメスは1年時6月のバースの一件で美月に力を分けた影響で、一時的にこの世界への干渉ができなくなっていた。
そして2年の時を経てようやく、彼はこの島に舞い戻って来た。
人間の噂話の伝達スピードの速さに驚愕する男、ヘルメスは、自分の正体は明かさず、ただの店主として2人との会話を楽しむ。
「2年ぶりって、怪我でもしたんすか?お、これカッケェ」
「ま、そんなところだね。そのドクロのネックレスは、一度だけ大怪我から身体を守ってくれるって話だよ」
「え、めっちゃすげえじゃん、これ買お」
ヘルメスの詐欺のような話にホイホイ乗ってしまう通。
普通に考えて、大怪我を無効化するネックレスなんてあるはずがないだろう。
慌ててバカで間抜けな通を止めようと口を開こうとした悠馬だったが、さすがに店の中で、「明らかに詐欺だろ、やめとけ」なんて言えるはずもなく、声を発することなく口を噤む。
これは彼にとっての、手痛い勉強料だ。
詐欺の手口に容易く引っかかってしまう通に哀れみの視線を向ける悠馬は、小瓶に入った半透明の液体を凝視する。
「それは過去に成る薬。きっと面白いことが起こるよ」
悠馬の視線に気づいたのか、ヘルメスは小瓶の中身について説明をする。
そしてその説明、特に過去という言葉に反応した悠馬は、小瓶を手にして中身を覗き込んだ。
「過去に成るって?具体的にはどうなるんですか?」
「それはヒミツ。買ってみてのお楽しみだヨ」
クソ、勿体ぶりやがって。
今すぐ寺坂に詐欺だと通報して、この店を取り壊してやろうか?
通の時のように詳しい説明はされずに、変にはぐらかされた悠馬はそんな物騒なことを考えながら、買い物カゴの中に小瓶を放り込む。
通に詐欺だなんだと哀れみの視線を向けていた悠馬だが、悠馬も悠馬でかなりカモだ。
詐欺だと思っているはずなのに購入を決意するあたり、きっとこの光景を見た夕夏やセレスは泣きながら呆れることだろう。
「この店、商品の一つ一つに変な効能付けてるんですか?よく考えつきますね」
「変なとは失礼な。全部れっきとした効能待ちだよ。気になるなら、小柄な彼の腕をへし折ってみるといい」
悪趣味なドクロのネックレスを手にする通を指差すヘルメスは、自信満々にそう話す。
「や、やめろよ!?」
通は自分の腕がへし折られるという物騒な話を聞いてか、青ざめた表情で首を振った。
もちろん、悠馬は通の腕をへし折って本気で試そうなんて考えていない。
しかしハッタリでも、ここまで堂々と言い切るヘルメスに感服した悠馬は、観念したように、店内の商品を物色し始めた。
この店の支払いは全部、ディセンバー通帳からの支払いだ。
ディセンバーの稼いだ金の時だけ金遣いが荒い悠馬は、詐欺の可能性のあるものはすべてディセンバーの金で支払っている。
きっとこの光景をディセンバーが見たら、怒りを通り越して何も考えられなくなることだろう。
こんな愚かな男に負けてしまったのかと。
「これは?」
悠馬は小棚に置いてあるエメラルドのような石の嵌め込まれたペンダント式ネックレスを指差す。
「それは体力を蓄える石だよ」
「体力?」
「そ。体力」
異能は体力を使って発動が可能になるわけだが、異能を使ったからといって、息切れや酸欠を起こすわけではない。
まぁ、簡単に言えば、魔力のようなものを、この世界では体力として分類しているのだ。
だから人々は、体力と言われて2つの意味を考える。
動いて消耗する体力か、それとも異能を発動させた際に消耗する体力か。
そして現在、悠馬が指を差しているこのエメラルドのような石を嵌め込んだネックレスは、異能の方の体力を蓄えるということなのだろう。
「ちょっと違うけど詳しく説明すると、ゲームで言う魔力ポーションみたいなものサ」
自身の過去に蓄えた体力を使うことにより、現在の自分の体力を回復させることができる。
そう言いたいヘルメスは、得意げに人差し指を突き立て、専門家のように話してみせる。
おそらく得意知識だったのだろう、オタクのような早口で説明をするヘルメスに、悠馬は頷く。
「君は買っておいたほうがいいと思うよ」
「ああ…」
ヘルメスは間髪入れずに、悠馬へと商品を勧める。
彼は悠馬を見ながらオレンジ色のエプロンのポケットに手を突っ込み、ニヤニヤと笑っている。
それが新しいカモが来たと思っているのか、それとも全く別の理由でニヤニヤしているのかはわからないが気持ちの悪いヤツだ。
相手が神様だなんて知らない悠馬は、心の中でヘルメスを気持ちの悪い奴呼ばわりしながらカゴの中に商品を入れた。
それにしても、静かな店だ。
女子の噂に疎そうな通ですらこの店の情報を知っているということはつまり、第1に通うほとんどの女子生徒はこの店の情報を知っているはずだ。
だと言うのにこの店は悠馬と通の2人以外誰1人としてお客さんがいないし、先客も、後から人が来ると言うこともなかった。
こじんまりとした店だし、売り上げが悪ければ潰れてしまうのではないだろうか?
噂にこそなっているものの客のいない店を見渡した悠馬は、恐る恐る口を開いた。
「この店、お客さん来るんですか?」
失礼なことを聞いているのは承知の上だが、コイツだっておそらく詐欺師だし、ぶっ込んだ質問くらい許してくれるだろう。
神を詐欺師だと心の中で侮辱している悠馬。
当然、目の前にいる男があのヘルメスだと知らないからこそこんな質問をしているわけだが、その質問を投げかけられたヘルメスは、怒ることも、身分を明かすこともなく口元を緩めた。
「んー、冷やかしに来るお客さんはたくさんいるかな〜」
「噂凄いですからね」
未来を見る薬とか、普通考えてあり得ないのだが、女子も男子もそういう浪漫に溢れた商品に食いつきが良いため、噂は瞬く間に広がる。
当然、噂が広まった初期の方はお客さんもたくさん来るはずだろう。
ガセネタだと頭で理解していても、その店が詐欺店や犯罪行為が常習的に行われているなどという噂が流れていなければ、面白がった高校生たちは店を見に来るはずだ。
「でもま、ウチもお客さんは選ぶから」
「選んでるんですか?」
「うん。この店にたどり着ける学生は結構少ないんだよ」
「…へぇ…」
どういうワケかは知らないが、彼の口ぶりから察するに、全員が全員、この店にたどり着けるわけではなさそうだ。
悠馬が通ってきた路地裏は一見普通の一本道、迷うことも、店を見落とすこともないであろう細い道だったわけだが、おそらくなんらかの異能でこの店へとたどり着ける学生を選別しているに違いない。
彼の異能については知らないが、なんらかの異能で客の選別をしていると結論づけた悠馬は、興味深そうに話に耳を傾ける。
「この店は、本当にここの商品が必要な人しか来れないんだよ」
「なのに冷やかしが多いんですか?」
「…まぁ、商品全般値段が高いし、彼らは元より買うつもりでここへ来てないから」
「なるほど…」
ここへ来る学生のほとんどは、今日の悠馬と通のように、友達を引き連れてお遊び気分で入店してくるはずだ。きっと元より、商品を買うつもりなどない。
そしてヘルメスも、そういう学生に今のような話はしない。
当然だが、ヘルメスが身分を明かさずにこれが君に必要になるから買ったほうがいいなどと言ったところで、大抵は押し売りの頭のいかれた奴と結論づけて店から去っていくことだろう。
それに値段も高いのなら尚更、みんなは商品を買わずに去っていく。
本当に必要なものを手に入れるチャンスを知らぬ間に不意にしている人々は、この世界にごまんといるはずだ。
ヘルメスはそういった人々に、知らぬ間にチャンスを与える側の人間。
偶然にも手にした商品は、もしかすると彼が販売していたものなのかもしれない。
…まぁ、何度も言うが悠馬は彼がヘルメスとは知らないため、興味本位で話を聞いているだけなのだが…
しかし、どちらに必要なものがあったのだろうか?
この店にたどり着くことができたと言うことはつまり、悠馬か通のどちらかに必要なものがあったということだ。
ここで彼にどっちに何が必要なのか聞くのもいいだろうが、それは野暮というか、人生の答えを聞いているようでつまらない。
どっちに何が必要なのかという喉元まで出かかった疑問を飲み込んだ悠馬は、ヘルメスから紫色の液体の入った瓶を投げつけられ、それを受け止めた。
「っ!」
「多分、君はこれを見てたほうがいいよ。今後の選択に関わる」
「?」
「さてと、そろそろ店仕舞いの時間なんだ。お会計に進んでもいいかな?」
「いいっすよ!」
悠馬との会話が終わり、ヘルメスはパンと手を叩く。
かなり早い店仕舞いだとツッコミたい気持ちもあるが、ここに長く居座る理由も見つからない悠馬は、即座に承諾した通と共にカウンターで会計を始める。
「はい、そのネックレスは2000円だよ」
「安いっすね」
「君に必要なものだからね」
通が手に持っていた、悪趣味なドクロのネックレス。
てっきり数万円くらいのぼったくり価格を提示してくるのかと思えば、案外普通の安物ネックレスとなんら変わらない値段を提示してきたヘルメスに、悠馬だけでなく通も驚いている。
「そのネックレス、首にかけるのが恥ずかしいならポケットに入れておくだけでもいいから。肌身離さず持っておくように」
「?わかりました」
通はヘルメスの言葉をイマイチ理解できていないようだが、すぐにお金を支払い、受け取ったネックレスを首に掛けた。
まぁ、コイツはちょっと厨二チックなものが好きなところがあるし、ドクロのネックレスだって恥ずかしがらずに使うことだろう。
「君のは120000円だよ」
「じゅう…」
「に…」
嬉しそうな通を横目に3つの商品の会計に進んだ悠馬は、衝撃的な金額を聞いて硬直する。
学生にとっての12万なんて、休日も友人と遊ばずにアルバイトをして、外食もせずに自炊して2.3ヶ月でようやく貯められる金額だ。
当然だが、お小遣いで毎月12万も振り込んでくれる家庭なんてないわけで、普通の学生ならば、今の発言でブチギレて帰っていてもおかしくない。
悠馬は衝撃的な金額を聞いた直後、呆れたような表情を浮かべ、ゲートを発動させて12万をトレーの上にほたり投げた。
「…これで満足か?」
12万円なんて普通の学生じゃ手出しできない金額だが、悠馬は違う。
普通ならばこんなわけのわからないものに12万円も支払う奴なんていないだろうが、興味があるのと、払えませんと言うのが癪だった悠馬は、きっちりと12万円を支払って、ヘルメスに背を向けた。
「これ、詐欺商品だったら店潰しに来るからな」
「毎度あり〜。肝に命じておくよ」
ヘルメスに脅しをかけた悠馬は、通と共に退店していく。
ヘルメスはそんな2人を眺めながら、緑色の瞳を天井へと向けた。
「零…か。長い間お店をやってると、珍しい客も来るものだね」




