雑貨店
放課後。
放課後といえば面倒な授業から解放され、自分の大好きな部活動に打ち込むか、はたまたなんでこんな部活に入ったんだろう?と自問しながら、憂鬱に部活へと向かうか。
大半の生徒はさまざまな気持ちを抱いて部活動に向かうのだろうが、ここ、日本支部異能島の学生は、6割近くが帰宅部を占めている。
その理由は、ここ日本支部異能島には部活動特待生というものが存在しない。
つまりスポーツができたところで学力と実技試験を通らなければ合格できないわけで、頭が良くてレベルが高い学生が、わざわざスポーツをする必要はないのだ。
ここはスポーツ選手を輩出する機関ではなくて、軍人やエリート社会人を輩出する場所だから、部活動に入る学生は少ないのである。
まぁ、だからといって部活動を非推奨しているわけではないため、山田のように小さい頃からスポーツをしていた学生は部活動に入部するのだが…
正直言って異能島の部活動は大半が弱小だ。
そして教室の後ろの角、窓際の席に座る黒髪の少年、暁悠馬も完全な帰宅部だ。
入学当初から生粋の帰宅部で、部活動紹介にすら顔を出さなかった人物。
彼のような帰宅部は、大抵放課後になるとなにもすることがなくて寮で1人寂しくゲームをするか、友達を呼んで遊ぶのか、若しくは放課後のお出かけをエンジョイするなどの選択肢がある。
「なぁー悠馬〜」
「悪いな、俺は忙しいんだ」
バッグの中に教科書を詰め終えた悠馬にかけられた声。
その声を聞いた瞬間、即座に忙しいと返答してその場を立ち去ろうとした悠馬は、腕をガシッと掴まれて、めんどくさそうに振り返った。
「なんだよ…通」
「お前今日暇だろ!」
「残念だが俺は毎日が忙しい」
「嘘つけ!お前いつも寮で暇してるってオリヴィアちゃんに聞いたぞ!」
「うぐっ…」
クソ!オリヴィアのヤツ、よりによって一番面倒な奴に余計なこと話したな!
通が何かしようと誘ってくる時は、大抵しょうもないことか、バレたら1発退学の危険行為だ。
そのことを知っている悠馬は、暇だと言ったらどうなってしまうのかを想像し、今にも逃げ出したい気持ちに囚われる。
最悪、八神も道連れにして3人仲良く退学になるしかない。
他人を自分と同じ退学コースに引きずり込もうと考える最低な悠馬は、黙り込んだまま通の方を向く。
「用件を言え。面白そうなら予定を空けてやる」
ここで暇だと言ったら終わり。
暇だと言えば通の巻き起こすであろう事件に強制参加させられると判断した悠馬は、恰も予定があるようなアピールをしながら口を開いた。
「やべぇモノが売ってる雑貨店があるんだってよ!一緒に…」
「薬物は1人でやってくれ。俺は薬なんて必要ない」
「ちげえよ!やべえって言ってもそっちのブツじゃねぇって!」
やべぇモノを販売する雑貨店と聞けば、脱法ハーブやその他の違法薬物なんかを想像してしまう。
それ以外にヤバいという表現が似合うモノを生憎想像できない悠馬は、目を細めながら机に寄り掛かった。
「なら何が売ってんだ?」
「最近女子たちの噂になっててよ、未来を見る薬とか売ってるらしいぜ」
「はぁ?未来を見るぅ?」
「そーそー!」
こういう噂が広がるのは、大抵入学して間もないタイミングで、女子たちが周囲と仲良くしたいがために根も葉もない噂を立てているのが大半だ。
こういう噂は、入学して1ヶ月ほどが経てば自然蒸発するはず。
それを今更、2年の1月に話題として持ってくるなんてコイツは本当に詐欺被害に遭うんじゃないだろうか?
通の話が信用できない悠馬は、彼の話す内容が今年の新1年生が入学当初にばら撒いたガセネタだと結論づけ、侮蔑の視線を向ける。
「現実見ろよ…通…」
普通に考えて、未来を見る薬なんてあるわけがないだろう。
そりゃあ、夢を見るのは勝手だが、それに巻き込まれて恥をかくこっちの気持ちにもなってもらいたい。
通の話を軽く遇らおうとする悠馬。
そんな彼を見て、通は唇を尖らせながら地団駄を踏んだ。
「他人になれる薬もあるんだぞ!!俺がお前になっても知らないからな!」
「!」
他人になる薬と聞いて、悠馬は1年の頃に巻き起こった不思議な事件を思い出す。
入学して間もない悠馬は、何故か不思議なことに、美月と入れ替わり、約1日学校生活を過ごす羽目になった。
悠馬の当初からの見解は、誰かの異能が偶然2人の間に発動して、約1日入れ替わったというモノ。
しかし入学して2年が経過しようとしているのに、入れ替わりなんて異能を持っている生徒とは会ったことがない。
少しの矛盾や疑問を抱きつつも、解決したからいいやで忘れようとしていた悠馬は、当時のことを思い出して食いついた。
「行ってみる価値はありそうだな」
「だろだろ!第1の駅前近くにあるらしいから、今から行こうぜ!」
「おう」
こうして急遽決まった、通と2人、ぶらり雑貨店旅。
いつになくまともというか、面白そうな話題を持ってきた通に続く悠馬は、楽しそうに見えた。
***
「そういや、連太郎のヤツはいつ戻ってくんだ?」
レンガ調の地面を踏みしめながら、通は後頭部に両手を当てて呟く。
連太郎はまだ、この島に再編する手続きが済んでいない。
何しろ連太郎は一度、退学をした扱いになっているのだ。枝垂桜が裏で根回しをして、自分の結婚で人生がめちゃくちゃになりそうだった彼らに負い目を感じた寺坂が手続きを行なっているらしいが、さすがに即日承諾とは行かず、戻ってくるのに時間を要するようだ。
もちろん、愛菜もだ。
愛菜は現在寮がないため、悠馬の寮にてセレスと2人で生活をしている。
「さぁ?どうだろうな?」
ちなみになぜ通が連太郎の件について知っているのかというと、鏡花が帰って来やすい環境を作り出していたからだ。
具体的に言うと、戻ってくる可能性もあることを示唆させていたらしい。
まぁ元々、連太郎は家庭の都合で退学を余儀なくされたという設定だったし、悪さをしての退学ではないためクラスメイトたちも納得してくれたと言うのが大きい。
通は友が戻ってくると知ってか、かなり嬉しそうに見える。
ほんと、コイツは変態でさえなければいいやつなんだけどな。
そんなありもしないことを考える悠馬は、放課後とあってか体操着姿でランニングをする女子生徒たちを眺める。
「おい、年下JKの乳見て興奮してんじゃねーよ!」
「してねぇよ!俺をなんだと思ってる!」
通が変なことを言ったせいで、おそらく陸上部だろう年下の後輩たちは、ドン引きした様子で走るペースを早めていく。
別にそういうつもりで彼女たちを見ていたわけじゃないのに、通が変なことを言ったせいで、目が合うとかなり気まずいというか、なんというか…
またしても通のせいで変な性癖を追加された悠馬は、前を歩く通の膝へと蹴りを入れる。
「いてっ!何すんだよ!」
「こっちのセリフだ!お前次変なこと言ったらその品性の欠片もない口縫い付けてやるからな?」
余計なことを言うのはこの口かと言いたげに通の顎を手で引っ張る悠馬。
通はギャーギャーと喚きながら、悠馬の手を払おうとしている。
「くそ…物騒だなお前…本当に友達かよ?」
「こっちのセリフだ…お前のせいで、俺が他校生にどう思われてるのか知ってんのか?」
通が道端や廊下、大通りなんかで下ネタを言うたびに悠馬も八神も風評被害を受けている。
巷ではイケメンだけど下ネタ大好きな品性のないエロガキとか言われているらしいし、何より道端で下ネタを言った記憶がないのに下ネタ大好きなどと思われているのが納得いかない。
それもこれも、全て通のせいだ。
そんな悠馬の気持ちなど知らない通は呑気なモノで、彼は横目で悠馬を見ながら、呆れたように両手を横にやる。
「お前、変態だもんな」
「変態じゃねえよ!どこにも変態要素ねえだろ!」
学校で変なことをしでかしたわけじゃないし、合宿や修学旅行で覗きを計画したわけでもない。
なんなら自分の性癖語りだってしたことがない悠馬は、通に変態だと言われるのがかなり心外な様子だ。
「ハッ、どうだか」
「このちびっこエロガキが…」
「んだとぉ!?」
通の挑発に乗ってしまった悠馬は、2人してギャーギャーと喚き、周りの部活動生にドン引きされているのに気づかない。
悠馬は知らないかもしれないが、悠馬が変なヤツだと思われる理由は、道端で突然怒鳴り始めるからという理由も少なからずある。
そしてお互いに喚き散らしている間に、駅前近くにまで辿り着き、通は人気のない路地裏の手前で足を止めた。
「こっちだぜ?」
「え?こっち?」
夕方だというのに、少し薄暗いというか、寂しい雰囲気を漂わせる路地裏。
並んでいる店が汚いというわけではないのだが、なんだか怪しげな雰囲気を醸し出す路地裏に微妙そうな表情の悠馬は、特に気にしたそぶりも見せずにズカズカと路地に入っていく通に続く。
「本当にこっちなのか?」
「ああ!任せとけ!」
通は悠馬に確認され、ドンと胸を叩く。
彼は頭は悪いものの、学力面や記憶面に関しては国立高校でも平均的なレベルに位置しているため、おそらく地図を見間違ったり、迷子になったりする可能性は低いと思うのだが、やはり心配だ。
頭は良いが頭は悪いという謎の脳内構造をしている通の後に続く悠馬は、周囲の様子を窺いながら、奥の景色を見た。
「へぇ…学校の近くにこんなところがあったんだな」
「おうよ!その手の通には人気らしいぜ、人も少なくて自分らのアジト的な感じで店を使えるからよ!」
「へぇ…なんかかっけえな…」
人の入りが少ない店を、自分たちのグループで毎日貸し切ってワイワイするのは、アジト感があってちょっぴりウキウキする。
特にその店の常連になって、お店の人と仲良くなれば「マスター、いつもの」なんてカッコつけて、映画でありそうなワンシーンを再現できそうだ。
厨二心が擽られるというか、毎日貸切状態のお店がアジトになることを考えた悠馬は、通の話に興味津々だ。
「俺らもこれから毎日通って、どっかの店アジトみたいにしねえか?」
「お、いいな!それ!」
通にしては珍しく良いことを言う。
明日は雨が降るんじゃないだろうか?
珍しく通と意見が一致した悠馬は、早くも目ぼしい人気のない飲食店を探しながら、鼻唄を歌い始める始末だ。
「こことか良いんじゃね?」
「いや、アジトがカレー屋はちょっと…」
通が指差すインド風のカレー屋さんを見て、悠馬は頬を痙攣らせる。
確かにアジトが欲しいとは言ったが、カレー屋さんは嫌だ。
アジトって言われたら、もっとこう、喫茶店メインなところを想像するわけで、アジトと言って連れてこられた店がカレー屋さんだったら、誰でもショックを受けるだろう。
カレー屋さんをアジトにしている人には大変申し訳ないが、悠馬はカレー屋さんをアジトにしたくないタイプの人間だった。
「良いじゃんカレー屋!カレー毎日食い放題だぞ?」
「なんで無料設定になってるんだよ…金払え金」
どこの世界線に毎日タダ飯を許してくれるお店があるんだ。
何故かカレーが無料で食べれる体で話を進める通にツッコミを入れた悠馬は、視界に映った怪しげなアロマグッズ店を見て、歩みを早める。
やはり、路地裏ということもあって怪しい店も入っているようだ。
昔ながらの看板のあるイタリア料理店を通過した悠馬は、そこに見えた真新しいお店の外観を見て、歩みを止めた。
緑色の屋根が特徴的で、黄色のコンクリートで出来上がっているこじんまりとした建物。
通も悠馬と同じく、明らかに新しい外観のお店を見ると立ち止まり、互いに顔を見合わせた。
「ほへぇ…ヘルメス…いかにもな名前だな!」
神の名前を騙っているのかは知らないが、路地裏にお店があるため、いかにも怪しいという雰囲気が漂う。
こんなやばそうな路地裏に、一体どんな女子が入ってくるのだろうか?
ここにくる女子がいるなら、一度顔を拝んでやりたいくらいだ。
自分の彼女である美月がここへ訪れたことを知らない悠馬は、そんなことを考えながら、通を見て頷く。
「とりあえず、入ってみるか?」
「お、おう…そうだな」
ここで立ち止まっていても、時間だけが過ぎていく。
おそらくここが噂の目的地なのだろうと結論づけた悠馬は、怪しげなお店、ヘルメスの扉をゆっくりと開いた。
あけましておめでとうございます!




