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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
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ぶっ壊せ

 一体何が起こっているのか、何がなんだか全くわからない。


 恋愛、学校生活、外の自由な日々。

 それら全てを投げ捨ててこの式に臨んでいた愛菜は、突如として天井から降り注いだ2人の人物に見覚えがあり、混乱している。


「悠馬先輩…」


 愛菜は小さな声で呟く。

 愛菜は悠馬のことが好きだ。初めは任務の暗殺対象でしかなかったが、話していくうちに優しく外の生活を教えてくれて、彼のおかげで普通というものを知りたくなった。


 普通の生活、普通の人間に憧れ、周りと同じように生きたいと感じるようになってしまった。


 自分を変えた最大の原因である悠馬が乱入したとあってか、愛菜は目尻に涙を溜め、口に手を当てる。


 今助けを求めたら、彼は自分のことを攫ってくれるだろうか?

 今告白すれば、まだ遅くないだろうか?


 そんな手遅れな疑問が脳内から溢れ出し、ぐしゃぐしゃになっていく。


「助けて…悠馬先輩…私、まだ異能島に居たい…」


 それが愛菜の願い。

 今にも消え入りそうで弱々しい彼女の声。


 これがワガママだということはわかっている。でも、愛菜にとっては人生で初めて、親の意向や自分の家のルールを曲げてまで手にしたいと思った幸せの形だ。


 それを聞き届けた悠馬は、ニッコリと笑みを浮かべると、深く頷いた。


「娘さん、俺が貰っていきますね」


 悠馬の声が、微かに聞こえる。

 愛菜は微かに聞こえた悠馬の貰う発言を聞いて、ドキッと心臓が高鳴るのを感じた。


 顔が熱い、心臓が飛び出そうだ。さっきまでの不安や絶望が嘘みたいだ。


 決められたレールの上しか歩けないと思っていた愛菜に降り注いだ、一筋の光。


 それは最初、消え入りそうなほど微かな光だったはずなのに、徐々に光を強め、愛菜の心を照らしてくれる。


「娘を貰う?…君が?誰から式場を教えてもらったかは、後でじっくり聞かせてもらうとしよう。鎖に繋いで、手足に釘を打ち付けてな」


「やれるもんならやってみろよ」


 御影の発言から察するに、彼は今、目の前に立っている暁悠馬という存在を大した脅威として認識していないようだ。余裕そうに、捕まえた後の話までする御影は、右の手首に左手を添え、交戦的な眼差しで悠馬を睨む。


「やれるさ。世間から持て囃されようが、所詮は高校生。私は愛菜のように失敗しない」


 彼の職務に対する怠慢な姿勢がよくわかる発言だ。所詮高校生という単語で片付けようとする御影に、悠馬は見下したように白い歯を見せた。


「だからいつまで経ってもトップになれねえんだよ」


「っ!」


 悠馬のナメた発言を聞いた御影はプツンと堪忍袋の緒が切れたのか、彼の周りには、無数の炎が浮かび上がる。


 御影は鬼のような形相を浮かべ、右手を大きく挙げると、炎を一斉に悠馬へと押しやった。


 速度的にはかなり早い。時速で言うと60キロほどだろうか?

 至近距離で炎を放たれた悠馬は、一度大きく息を吐くと、その息は一瞬にして白い吐息に変わり、御影の放った炎は呆気なく消滅していく。


「裏の人間全員の顔を見た以上、生かすことはできない」


「んなこと知るかよ…バレるの嫌なら俺に手を出すべきじゃなかったな」


 御影は桜庭のこと、いや、裏のことを詳しく知られるのが嫌だったようだが、そもそも悠馬が桜庭を知るキッカケを作ったのは御影たちだ。


 彼らが悠馬を殺すなんて任務を用意しなければ、悠馬は桜庭という存在など知らず、紅桜しか知らないまま一生を終えていたに違いない。彼が突然結婚なんて取り決めなければ、ここで裏の人間を全員知ることにもならなかっただろう。


 自らキッカケを作っておきながら、相手に責任転嫁をする御影にちょっとした理不尽さを感じながら、悠馬は左手を伸ばす。


「悪いが俺は学校サボってここに来てるんだ。この辺でお開きにさせてもらうぞ」


「やれ。音葉、弓弦」


 愛菜を掻っ攫えば、こちらの任務は完了。

 あとは連太郎が加奈を見つけ、そのまま逃げてくれれば万事解決ということで、そもそもここでどちらかが戦闘不能になるまで戦う必要はない。


 時間の無駄とも言える戦闘に、あっさりと引こうとした悠馬は、背後から迫ってきた2人に反応し、地面を大きく蹴って飛翔した。


 直後、悠馬の肩には小さな切り傷が入り、そこからは微かに血が流れる。


「音波か…」


 接近されてから気付いたため、どうやら攻撃を食らってしまったらしい。


 どちらの異能かはわからないが、透過などではなく、音波だろうと判断した悠馬は、音葉と呼ばれた茶髪の少女が、声を発さずに口を開いているのを見て確信する。


「なるほどな」


 音葉の異能は、音波を凝縮して飛ばすというものだ。

 つまり、口を動かすだけで相手に切り傷を与えたり、バッドで殴ったような衝撃を与えることができ、不可視の一撃を放てる。


 裏の人間によくある、証拠も何も残らない優れた異能だ。

 悠馬は一度目の不可視の音波カッターを受けたとあってか、飛翔したまま、右手の人差し指に、闇の異能を凝縮させる。


「加減はするけど病んでも知らないぞ」


「させない」


「…!へぇ…」


 悠馬が放とうとした闇の異能、インフェルノは、指先で凝縮された状態を何者かに射抜かれ、放たれることなく崩壊する。


 矢が飛んできた方向を振り向いた悠馬は、そこに立っていた弓弦と呼ばれた黒髪の少年を見て、ニッコリと笑って見せた。


「面白い異能だな」


 悠馬は自身の周りに風の異能を発動させていたため、悠馬を目掛けて異能を放った場合、それら全ては、風の影響であらぬ方向に飛んでいく…はずだった。


 しかし弓弦は悠馬の風の異能など意に介さず、おそらく狙っていたであろうインフェルノだけを見事に打ち抜いた。


 複雑にぶつかり合う風の合間を縫って矢を放つことも、風の動きを計算することも、ほぼ不可能な状況。


 そんな状況で狙いの的を見事に射抜けるのは、なんらかの異能が影響しているのだろう。


「姉さんは渡さない」


「愛菜の弟?じゃあ桜庭次期当主なわけだ」


 姉を渡さないと断言した弓弦を見下ろし、悠馬は呟く。

 弟の彼なら姉が望まない結婚を強いられていることくらいわかっていると思ったが、どうやら彼は、父親の道具として愛菜が紅桜家に嫁ぐことをなんとも思っていないようだ。


 単なる脳内お花畑野郎なのか、それとも何か算段があるのか。


 まぁ、どちらにしろ悠馬には関係のないことだ。


 もう一度弓を引き、矢を射ようとする弓弦に対し、悠馬は左手を伸ばして何かの異能を発動させる。


 悠馬が手を伸ばすと、一瞬だけ左手から煌く壁のようなものが生成されたように見えた。


 弓弦は弦から手を離すと、悠馬目掛けて矢を放った。


「っ!」


 矢は一直線に悠馬の元へと伸び、複雑な風の異能の軌道を無視して一直線に悠馬の眉間を狙って飛んでくる。


 弓弦の異能は、必中。

 相手に狙いを定めたら、風があろうが、逆向きに放とうが、狙った人物に確実に当たるという異能だ。


 つまり数百キロ離れた相手でも、狙いを定めさえすれば狙うことができる。


 しかしその異能には、大きな欠点がある。


 放たれた矢が悠馬へと直撃する瞬間、矢は何か透明な障壁に激突し、呆気なく砕け散った。


 そう。弓弦の異能は必中と言えど、物理的な干渉を無視することができない。


 つまり鋼鉄の中に閉じこもった相手に対し、外側から必中を発動させても、矢は鋼鉄に阻まれるのだ。


 悠馬はそれを利用して、自身の周りに透明な障壁を展開していた。


 これで突き抜けてくるようならもう少し考えなければならなかったが、どうやらそこまで強力な異能ではなかったようだ。


 何か得体の知れない異能の可能性もあると考えていた悠馬は、想定内の異能に安堵しながら黄金色の雷を体外へと放出する。


「っ!?」


「きゃっ!」


「くっ…」


 悠馬が一瞬にして放出した雷は、御影、音葉、弓弦を巻き込んだ直後に悠馬の体内へと急速に戻って行った。


「鳴神」


 以前とはまるで違う鳴神。

 セカイを手に入れて初めてフルパワーの鳴神を発動させた悠馬は、体内からバチバチと迸る雷を確認しながら、地面へと舞い降りる。


「まだ戦うつもりなら相手するけど。時間の無駄だと思うよ」


「そんなこと…」


「夢見させたら悪いからこれ以上の手加減はしないよ」


「ぐぅっ…!」


 悠馬の鳴神を見た瞬間、全身に鳥肌がたった。

 圧倒的な実力差、何もかもが悠馬に遠く及ばないと気づいた弓弦だったが、彼は悠馬の姿を見てもなお、一歩を踏み出し戦意を失わなかった。


 そんな彼に対し、悠馬は無慈悲な蹴りを放つ。


 もちろん、死なない程度には加減をしている。

 しかし意識を保てるような軽い蹴りでは「もしかして俺なら耐えれる」なんて変な希望を抱かせかねないから、一撃で心をへし折る。


 弓弦は悠馬の蹴りを受けると、呆気なく吹き飛び、式場の椅子を大破させながら端の壁へと転がっていった。


「キサマ…!」


「そうだよ。お前が最初から1人で戦えば息子は怪我せずに済んだんだよ」


「っ!」


 弓弦でも勝てるとでも思っていたのか、悠馬の力量を見誤りレベルの低い戦闘員を投入した御影が全面的に悪い。


 上手く戦局を見れていない、判断も鈍い彼は、いくら異能が強かろうが、なるべくしてナンバー2のままだったわけだ。


 異能が強いだけじゃ、焫爾には一生勝てない。


 息子に危害を加えられ激昂する御影の攻撃を軽くいなしながら、悠馬は冷ややかな視線を向ける。


「アンタ、最近任務すらしてないだろ。最後に任務をしたのは文化祭か?…いや、文化祭もルクスと聖魔が終わらせてるから、アンタはただ島を散歩しただけか」


 御影の攻撃を回避しながら呟く。

 悠馬は聖魔と焫爾が外で戦闘に入っているのを見ながら、あることを確信していた。文化祭の時は一度しか攻撃されなかったためわからなかったが、何度も攻撃されればわかることがある。


 御影はここ数ヶ月、いや、1年以上まともな任務をこなしていないはずだ。

 確かに長年の研鑽の末に昇華した動きや反応速度は素晴らしいものなのだが、それが少し鈍っているというか、反応速度に身体が追いついていないように見える。


 普通、反応速度に身体が追いつかないというのは数年ぶりに身体を動かしたり、かなり久々に運動するから起こる事態であって、毎日動いている人間は、反応速度に身体が追い付かないなんてことはない。


 つまり何が言いたいかというと、彼は任務、ならびにトレーニングを怠っている可能性が高い。


 彼が焫爾のように未だに現役バリバリだったらどうしようと冷や汗を流していたが、杞憂だったようだ。


「黙れ!」


「自分の代じゃ無理だからって諦めたんだろ」


「お前に何がわかる」


 接近してきた御影の右ストレートを回るようにして回避し、彼に足払いを入れる。


 悠馬が鳴神を発動しているということもあってか、悠馬の動きをギリギリ目で追えているものの身体が追いついていない御影は、呆気なく地べたへと伏せた。


「…やっぱり、アンタに愛菜は任せられねえな。俺が責任持って幸せにする」


 御影の過去に何があったのかなんてわからない。

 ただ、今拳を交え、彼の力量を見て理解してしまった。


 彼は何もかも諦めて、次の世代の愛菜や弓弦、音葉に全てを擦りつけようとしているのだと。


 そしてその道のりが、御影のせいでさらに険しくなっていくのだということを。


 近いうち、いや、御影がいる限り、桜庭家は序列を下げることしかないだろう。


 娘を自分の野望のための道具として使い、相手の力量すら測れないような未熟な男に、当主は務まらない。


 これまでは務まっていたのかも知れないが、彼の底を知ってしまった悠馬は、吠えながら起き上がった御影へと冷たい視線を向けた。


「若造が調子に乗るな!キサマに俺の気持ちなどわかるわけがないだろ!」


「知るかよ。お前1人の勝手な気持ちに付き合わされる子供の気持ちでも考えてろ」


 起き上がり、異能すら使わずに打ち出された拳を首を曲げて回避した悠馬は、右手を強く握りしめ、御影の腹部に拳を打ち込む。


「ぐぅっ…」


 悠馬が拳を打ち込むと、御影の身体は一瞬だけ浮かび上がり、その後重力に負けたようにして、地面へと崩れた。


「さて…と…」


 御影と弓弦は片付いた。

 残る音葉へと視線を向けた悠馬は、彼女が既に戦う気がないことを知り、愛菜へと視線を向けた。


「愛菜、攫いに来た」


「っ…はい。私もこうなることを、望んでいたんだと思います」


 2人の会話を遮ろうとする人物も、何かをしようとする人物も、もうこの場にはいない。


 もう、自分の思うように幸せになってもいいんだ。


 愛菜はようやく、自分の本心と向き合い始める。

 自制で縛り、裏の人間として、表では生きていくことなんてできないと最初から全てを諦めていた。


 でも、今の自分のやりたいことは、親のために好きでもない男の元へ嫁ぐことなんかじゃなくて、もっと学校生活を楽しみたい。願わくば、この愛する人の元で共に歩いていきたい。


 美しい水色の瞳から涙を零す彼女を見て、悠馬は階段を駆け上がる。


 雷児はその光景を眺めながら、フッと笑った。


「羨ましいな。愛菜も、連太郎も」


 愛菜は悠馬のことが好きで、悠馬も愛菜のことが好き。

 連太郎は加奈のことが好きで、加奈も連太郎のことが好き。


 2つの恋愛の行方を側から見送る羽目になった雷児は、横に立っていた加奈の背中を叩く。


「行って来な。加奈さん。今なら誰も動けない」

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