フィールドワーク
悠馬の手にしている地図には、宿舎の近くにある川の下流にマークがされてあった。
昨日のランニングと、今朝のランニングで使った舗装された道を歩く悠馬は、ミッションを見ながら、あることに気がついていた。
このミッションというのは、ランニングコースにあるものがほとんどのようだ。
おそらく、昨日と今日のランニングは、このフィールドワークを開催するための前準備も含めて行っていたのだろう。
1つの法則性に気づいた悠馬は、少し満足気だった。
しかし、懸念も1つある。
悠馬の地図に書かれているミッションはランニングコースを回るだけで解決できそうなものの、残りのメンバーのミッションは未知数ということだ。
もしかすると、山に登らないといけないかもしれないし、1から探さないといけないものもあるかもしれない。
そんな可能性も視野に入れながら、悠馬は小川の下流へとたどり着く。
チョロチョロと聞こえる、川の流れる音。それは心地よくも聞こえるが、ちょっと変なことを考えると、トイレで用を足している音のようにも、聞こえなくはない。
そんなアホみたいな思考を振り払った悠馬は、木々の奥から人の話す声が聞こえ、声のした方を向く。
悠馬はフィールドワークを楽しみにしていた。
変な生徒たちとグループを組まされるのは御免だが、他のクラスの生徒と交流を深めることのできるチャンスだし、仲良くなっておきたい。友達を増やせば、色んな異能を見ることも出来るだろうし、何より遊びに行く回数も増えるだろう。
そんな、子供っぽい望みが、悠馬の中にはあった。しかしそれは、瞬時に打ち砕かれることとなる。
「ったく、去年と集合場所違いすぎだろ」
「それな。マジしんどいんですけどー」
去年、という単語を聞いて、なんとなく嫌な予感がする悠馬。
木々を掻き分けて現れたのは、金髪ポニーテールの女子と、イカつい黒髪男だった。
悠馬と体格を比較してみても、同じ学年とは思えない。
身長は悠馬よりも高いし、体格もかなりいい。
わかりやすく言えば、ラグビー選手みたいな体格だ。
「あ?お前1年か?」
イカつい男の、野太い声。
悠馬は目の前に現れた2人の生徒を見て、その場に立ち尽くした。
もう少し落ち着いて状況整理を行っていたら、こんな気持ちにもならずに済んだろうに。
そう、Cクラスの担任教師は、1年だけの班だとは、一言も言っていなかった。
異能祭は全校でやる種目なわけで、内面強化は学年だけで済ましていい問題ではないのだ。
2年が足を引っ張った。1年が足を引っ張った。先輩が邪魔したなどなど。
原因はそれぞれだろうが、異能祭の影響で学年同士での抗争にもつれ込む可能性もある。
それに、学年という枠組みを超えて協力する機会だってあるだろう。
そういったときに、他学年とのコネクションというのはかなり役立つ。
それら全ての、全校生徒の軋轢をなくすイベントが、本日開催されるフィールドワークなのだろう。
「お前、レベルは?」
「は、8です」
イカつい男からの問いかけに、少し萎縮する悠馬。
犯罪者や凶器を持った相手にはビビらないくせに、こういうのは苦手なようだ。
なにしろ、高圧的な態度なだけであって、攻撃をされているわけじゃない。
やられたらやり返す悠馬だが、ただ怖いからといって攻撃をするわけにもいかないだろう。
加えて相手は先輩だ。同学年の生徒なら、軽いノリで返事をしても問題なかっただろうが、相手が年上ならそんな調子のいいことも出来ない。
嘘のレベルを告げた悠馬は、じっと自身の方を見るイカつい男と目が合い、ふいっと目を逸らした。
「俺ぁ2年の権堂だ。レベルは9。そしてお前に注意しとくが、3年にも2年にも、ひでえ奴はたくさんいる。合宿では毎年揉める奴らがいるからな。変なこと言わねえように注意しとけよ」
「お、俺は暁悠馬です。ありがとうございます」
見た目に反して、的確なアドバイスをくれる権堂。
言葉遣いはやや荒々しいものの、後輩を思って話しかけてきたようだ。
変に身構えていた悠馬は、権堂が意外と優しいことに気づき、ホッと胸をなでおろす。
「ちわーっす。私は東堂美幸でぇーす!キミが噂の暁くんかぁ〜、うんうん、女子たちにモテそうな顔してるもんね〜!」
続いて、権堂の横からひょっこりと顔を出した金髪ポニーテールの女子、美幸は、権堂と悠馬の自己紹介を聞いていたのか、悠馬の名前に反応して、珍しいものを見るような視線を向けてくる。
「気をつけなよ〜、先輩たち、結構嫉妬深いから顔がいいってだけでも目付けられるかも!」
「そうなんですか?」
美幸と権堂の話を聞いて、少し不安になってくる悠馬。
同学年の生徒たちも自己中生徒は多いし、プライドもかなり高いことから、上級生も似たり寄ったりの性格の生徒が多いのは薄々感づいてはいたものの、どうやらその通りだったようだ。
「うんうん。去年権堂のせいで異能祭は2位だったからねー。余計下級生いびりが激しくなってるの!」
「うっ…」
美幸に指を刺された権堂が、表情をひきつらせる。
まるで、これ以上は話して欲しくないと言いたげな表情で、美幸の方に首を振っていた。
「言っといたがいいんじゃない?どーせ、先輩来たらアンタいびられるわよ?」
「…そうだな」
美幸の意見を素直に聞き入れた権堂は、先輩としての威厳がなくなることを危惧しているのか、一度躊躇ったような表情を見せた後に、悠馬の方を向く。
「まずはすまん。下級生が悪く言われるのは、俺が異能祭のフィナーレで無様を晒してしまったからなんだ」
「そうなんですか?」
悠馬からしてみたら、あまり興味のある話ではないし、それを聞いたからと言って、権堂を見下す気も毛頭ない。
最初に頭を下げた権堂を見た悠馬は、昨年の異能祭の出来事を聞くこととなった。
「去年。俺は当時生徒会長だった先輩から、異能祭のフィナーレに出場しないかと誘われたんだ」
「!」
その話を聞いて、少し驚く悠馬。
碇谷やアダムの話を聞いた限りじゃ、異能祭のフィナーレは先輩が出る種目で、通常なら下級生が出場できない種目となっていたはずだ。
それなのに、権堂は生徒会長から大抜擢され、他の先輩たちを差し置いてまで、フィナーレに出場しないかと誘われたのだから、それは光栄なことだろう。
入学して間もないこの時期に、それだけの評価をされているというのは突出した才能を持っていたに違いない。
「誘われたら、当然出たいよな。なんてったって、ナンバーズの最強と名高い生徒たちが激突するんだ。男子のお前でも、憧れるだろ?」
「はい」
当然の話だ。
そんな大きなイベント、しかも強者と戦えることなんて、フィナーレでしか起こらない。
この島に入学した生徒は、大抵が野心家なわけで、フィナーレに出たいと密かに思っている生徒は、異能島の生徒の半分を超えるはずだ。
悠馬だって、あわよくば自分が出て、最悪でも、フィナーレだけはちゃんと見ようと思っているほどだ。
「するとまぁ、先輩からは反感を買うわけだ」
上級生を差し置いて、入学して間もない1年生が選ばれる。
それは上級生にとっては納得のいかないことだろうし、当然文句を言う生徒も多いはずだ。
「そこからはちょっとした嫌がらせを受けたりしてな。それでも、それなりに応援はしてくれていた」
少し嬉しそうに話をする権堂。まるで過去の栄冠のように、今ではもう手に入らないと言いたげな表情が、少し寂しくも思える。
「結局、俺はフィナーレに出場したんだが、結果は惨敗。フィナーレが始まる前までは第1が1位だったのに、俺が惨敗したせいで2位に転落したってわけだ」
「まぁー、あれは仕方なかったんだけどね?第6の双葉っつー先輩と、もう1人の女の子がすっごく強くてさー!」
自分のせいで惨敗したとだけしか話さない権堂を擁護するように、訂正をする美幸。
恐らく、権堂は自分が何と言っても言い訳にしか聞こえない、見苦しいだろうと思って話をまとめたのだろう。
「それで、1年が戦犯で負けたってなったら、先輩も怒るよな。元々自分たちが活躍する場を奪った奴が戦犯なんだから、尚更だ」
「そうだったんですね…」
先輩たちからしてみれば、急に現れた奴が自分たちの席を掻っさらい、無様を晒したとしか思えないのだろう。
口で言うのは簡単でも、実際にやってみるとかなり難しい。
スポーツと同じだ。テレビで見ている時は簡単に見えるから失敗をした時は散々文句を言うが、実際に文句を言っていた奴がプレイをすると、それ以下の成績になる。
先輩たちはきっと、自分たちのことを棚に上げて、調子に乗りそうな下級生を叩きたかっただけなのだ。
「そんなことがあってな、先輩たちは下級生をよく思っちゃいないし、反抗しそうな奴らは目を付けられてる」
去年の敗北を、1個上の先輩たちは未だに引きずっているのだろうか?
順当に行くと、実力的には今年も権堂がフィナーレに抜擢されるはずだ。当時2年生だった、今年の3年生を差し置いてフィナーレに出場したのだから、当然そうなる。
「今年で汚名返上ですね」
「いや、俺は出ない」
てっきり今年も権堂が出場することが決まっていると思っていた悠馬は、権堂の言葉を聞いて一度固まる。
「いや、でも実力的になら権堂先輩が…」
「暁くん、権堂はもう折れてるのよ」
権堂が出ないなら、今年はもっと悲惨な結果になるんじゃないか?と言いたげな悠馬に対して、美幸はこれ以上言わないであげてと言いたげに手を動かし、悠馬にアピールした。
権堂は昨年、神宮や他の生徒のように、自信に満ち溢れた生徒だった。
入学して間もないのにフィナーレに抜擢され、自分の実力を信じていた。自分の力ならこの異能島でもやっていける、全てがうまく行くと、そう思っていた。
しかし彼は、異能祭のフィナーレでつまづいてしまった。いや、気づいてしまったのだ。
レベル10との圧倒的な実力差に。
双葉とそのもう1人の女子に大敗して、権堂は自身がちっぽけな存在であったことに、その辺の生徒たちと何ら変わらない、路上の石ころのような存在だったのだと思った。
そんな心の折れた権堂の周りには、温かい声などなかった。
異能祭が終わると浴びせられた罵声の数々。上級生からされた嫌がらせの数々。
終いには、権堂とつるんでいた生徒たちまで嫌がらせを受け始め、いつしか権堂の周りに親しい友達はいなくなってしまった。
そして結果として、学年間では大きな軋轢が、そして見下すような風潮が出来上がった。
その全てを1人で背負っている権堂は、既に限界を迎え、自信などカケラも残っていない。
「とにかく、俺のせいで下級生が嫌われていることだけは理解してくれ。悪いのは全部俺だ」
「俺は気にしませんよ」
悲しげな表情をする権堂と美幸に微笑みかけた悠馬は、背後にあった大きな岩に座ると、空を見上げる。
どうやらこの異能島は、悠馬が思っていたよりも遥かに酷く、腐った場所らしい。
神宮やその他の生徒、そして権堂の話を聞いた悠馬は、呆れた表情を浮かべていた。
1学年は少しずつ、まとまりつつある。
Bクラスは殆どの生徒が南雲を慕ってはいるようだし、Cクラスは真里亞が完全に仕切っている。そしてAクラスも美月や夕夏が意見することによってまとまった動きを見せ始めていた。
しかし2年は、権堂の様子からするにギクシャクしているだろうし、3年はどうなのかは知らないが、聞くからに下級生を叩いて遊ぶのが好きなようだ。
ほんと、第7高校あたりに入学しておくのが無難だったのかもしれない。
常に上位でいる高校には、それなりの問題を抱えている。それを聞いてしまった悠馬は、もうしばらくすれば現れるであろう3年生のことを思い浮かべ、心が重くなる。
「おーおー、誰かと思えば、戦犯くんとビッチちゃん、そして噂の1年くんじゃん!」
重い空気が漂う中、それをかき消したのは、嫌味な声だった。
男にしてはほんの少し高く、聞いているだけでイラつくような声。
まるで顔がブサイクなのを補うために必死に髪の毛をセッティングしたような男と、その付き人のようなメガネの男子が、ニヤニヤと笑いながら小川の元へと現れた。
ビッチと言われた美幸は、眉間にしわを寄せ文句を言いたそうにしているが、これ以上の軋轢を生みたくないのか、何も口にはしない。
権堂も、落ち着いている様子だ。彼は見た目が怖いから怒っているようにも見えなくはないが、先程から表情が変わっていないため、通常運転だろう。
「あれ?6人じゃないんですか?」
怒りを抑えながら、先輩に声をかける美幸。
美幸が声をかけると、3年の先輩は一度フッと鼻で笑い、権堂へ向かって石を蹴飛ばした。
「あー、生徒会長だよ。色々と準備があって後から合流するって。わかったら付いて来い。んなだるいこと、長々とやってらんねえからな」
「そうだよ。君らみたいな底辺たちと一緒にされる僕らの身にもなってくれ」
品のない声でそう喋る2人は、下級生の3人を見ることもなく、小川の上流に向かって歩き始める。
こうして、悠馬のフィールドワークは幕を開けた。




