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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
419/474

略奪者

「新郎新婦、入場です!」


 スタッフの大きな声と共に、周囲からは拍手が巻き起こる。

 桜庭現当主、つまり愛菜の父親である桜庭御影は、両腕を組み、勝ち誇った表情で瞳を閉じた。


 桜庭はこれまで、紅桜に一度も勝つことが出来ず、ナンバー2という座に居座り続けてきた。


 しかしその歴史は今日この日を持って終わりを迎える。

 自身の娘に紅桜の血を混ぜ、新たな子供を産ませて桜庭家に引っ張って来る。


 そうすれば、ほぼ間違いなく紅桜家と桜庭家の血を交えた優秀な子供が生まれるはずだ。


 紅桜家を踏み越えて桜庭家がトップになる日は近い。


 自身の娘ですら、自らの家系をトップにするための道具だと考える桜庭御影は、既に勝ちを確信しているからなのか、焫爾など眼中にないようだ。


 直ぐ近くの席で拍手をしている焫爾は、連太郎の結婚を祝うでも無く、御影のように喜ぶでも無く、無表情のまま2人の入場を眺めていた。


「雷児くん」


「まだお面外さなくていいよ」


 それぞれの思惑が入り乱れる式場に、満を辞して入場する黒髪になった連太郎と、真っ白なウェディングドレスに身を包んだ愛菜。


 愛菜は喜んでいるというよりも、感情を失った傀儡のように、ただ連太郎に腕を組まれて歩いているように見える。


 しかしそれでも美しい。


「っ…綺麗…」


 愛菜の横にいるのが連太郎のため、本来加奈が愛菜に抱く感情と言えば嫉妬や憎悪のはずなのだが、彼女の儚げな表情も相まって、ウェディングドレスが煌めいて見える。


 加奈は自身と愛菜の間にある美貌の差を感じて、悔しそうに唇を噛む。


 自分はもしかしなくても、連太郎の横には相応しくないんじゃないだろうか?


 そんな敗北感すら感じてしまう。

 既に1人で敗北感を感じている加奈を横で見つめる雷児は、彼女の手を強く握り、口を開いた。


「大丈夫。連太郎の横に相応しいのは加奈さんだよ。あの馬鹿、後でぶん殴ってやりなよ」


「…!ありがとう…」


 絶望気味の加奈に優しい言葉をかけた雷児。

 加奈は雷児の言葉を聞いて、ハッと落ち着きを取り戻した。


 連太郎と愛菜がゆっくりと、着実に前へと進み、階段を登っていく。


 加奈はそれを眺めながら、お面を外した。


 直後、がしゃん!と大きな音が響き、式場の天井のガラスは砕け散った。



 ***



 時は少し遡り、連太郎と愛菜が入場する前。


 式場の上の影に潜んでいた悠馬は、足を組んだまま大きく深呼吸をしていた。


 いや、楽しみすぎるんだよ。本当に。

 他人の結婚式をぶっ壊すのが、こんなにドキドキワクワクするとは思わなかった。


 こんなことを周りに話せば、お前はクソ野郎だ主人公失格だなんだと言われるかも知れないが、そう思う人は是非やってみるといい。


 他人の結婚式に突然乱入して嫁も旦那も掻っ攫って行くなんてイベント、大抵の人は知らずに死んでいくのが残念でならない。


 ちなみに念のために言っておくが、式をぶっ壊すのは、互いが望まない結婚をしているときだけにしましょう。


「おい、聖魔」


 悠馬はドキドキワクワクしながら、身体をウズウズと動かし、聖魔を呼ぶ。


「準備は万端ですよ。ええ」


 悠馬が呼ぶと同時に現れた聖魔は、ウェイターの格好をしたまま、深々と頭を下げた。


 悠馬は雷児の影に聖魔を潜ませて、事前にこの式場に送り込んでいた。

 それは雷児が連絡を取れなくなってしまった時の保険と、そして聖魔からの打診があったからだ。


 聖魔は何故か愛菜に執着していて、どうしても先に行きたいとお願いしてきたのだ。


 やけに自信満々な聖魔を不安そうに見つめる悠馬は、大きなガラス張りの式場の中を見下ろすと、長い欠伸をする。


「…聖魔、そういえばお前、まだ試用期間だったよな」


「ええ。まだ私のことが信用できないのは当然のことだと理解しておりますので、じっくりと考えてみてください」


「今日で終わりな」


 聖魔は文化祭の日から約2ヶ月、試用期間として悠馬の身の回りの世話や、問題時のアシストを行ってきた。


 色々と考えていたのか、突然試用期間が今日で終わりだと告げられた聖魔は、まさかの発言に鳩が豆鉄砲食ったような表情で硬直する。


「…何故ですか?気に入りませんでしたか?確かにイギリス支部の強欲の一件は生捕りも可能でしたが…いや、でもあれは!」


「何か誤解してないか?」


 なぜかクビを通知されたサラリーマンのような反応をしているが、悠馬は別に、聖魔をクビにするわけじゃない。


 勝手に誤解をして発狂しそうなほど慌てている聖魔に対し、悠馬は落ち着いた表情で補足を入れた。


「今日、この一件で誰にも重傷を負わさずにこの場を制圧できたら、お前のことを信用する。今日からお前は、俺の仲間だ」


「なか…仲間…恐れ多い…いやしかし、なんと甘美な響きだろうか…」


 聖魔的に、悠馬との関係は完全な主従関係で良かった。

 自分は奴隷で、悠馬は主人。

 そんな関係でも別に構わないと思っていた聖魔に対し、悠馬は仲間という対等な関係を持ち出したのだ。


 当然、悠馬のことを気持ち悪いくらい好いている聖魔にとって、悠馬の提案は踊り出したいほど嬉しいものだろう。


 聖魔は頬を緩めながら、悠馬の仲間という発言を何度も復唱する。


「おい、聖魔。まだ決まったわけじゃないぞ。お前の今日の働き次第では、仲間にはならねえからな」


 早くも浮き足立つというか、いつもの聖魔ではなくなっているような気がする。


 まるで子供が憧れのサッカー選手からサインをもらったようにはしゃぐ聖魔に脅しの言葉を告げた悠馬は、ふと、加奈がお面を外したのを確認して白い歯を見せた。


「いくぞ。聖魔」


「お任せを」


 聖魔と悠馬は、加奈がお面を外したのを合図にして、式場の天井である大きなガラスを思いっきり踏み抜く。


 2人の男によって一点集中で踏みつけられたガラスは、ミシミシという音を立てながら、容易く砕け散った。



 ***



「な、なんだ急に…!」


 突如として砕け散った天井のガラスに、裏の人間たちは慌てふためく。


 そんな馬鹿な人間を横目に、新郎新婦が通ったレッドカーペットの上に着地した悠馬は、連太郎に向かって中指を立てる。


「よぉ連太郎、お祝いに来てやったぜ」


「…!お前…マジかよ…」


 連太郎は悠馬の悪意に満ちた笑顔を見て、初めて引き攣った笑顔を見せた。


「何者だ!」


「誰だお前は」


 悠馬が連太郎に挨拶を終えると、さすがは裏の人間、突然天井のガラスが割れて人が降ってきたというのに、パニックにならずに悠馬を囲む。


 しかし悠馬は、多数の裏の人間を前にしても、臆することなく不敵な笑みを浮かべた。


「悪いが俺はお前らみたいな雑魚桜を相手にしてる暇はないんだ」


「雑魚だと?ガキが舐めた口聞くなよ!」


 悠馬の挑発に、ギャーギャーと騒ぎ立てる裏の人間たち。

 その光景を、枝垂桜義和だけが笑いながら見物する。


 そして桜庭御影は、真っ先に連太郎と愛菜、2人と悠馬との間に割って入り、通せんぼ状態を作り上げる。


「聖魔!この雑魚たち頼む!」


「この程度、頼まれるまでもありませんよ」


 悠馬が声を荒げると、空中からもうひとつ、漆黒の影が降り立つ。


「な、なんだお前…」


 聖魔を見た裏の人間たちは、2連チャンで乱入してきた悠馬と聖魔に戸惑いを隠せないのか、戦闘態勢に入りながらも攻撃は仕掛けてこない。


 悠馬は攻撃を仕掛けてこないまま様子を窺っている裏の人間たちの間を突き抜けて、御影の元へと向かおうとする。


「このガキ…!」


「おっと。貴方の相手はこの私ですよ?主人に手を出すのは、配下を倒した後に決まっているでしょう」


 悠馬へと異能を放とうとした男の攻撃を弾き飛ばし、聖魔は挑発的な笑顔を浮かべる。


 そしてそれが、そのまま戦闘開始の合図になったのか、裏の人々は一斉に聖魔へと襲い掛かった。


「うおおおお!」


「…しかし、レベルもかなり落ちましたねぇ。まさかこれで裏が務まるとは」


 聖魔は飛んできたチェーンのようなものを身体を左に曲げて回避し、接近してきた男の右ストレートを片手で受け止める。


「やれやれ。これでは怪我をさせない方が難しい」


 聖魔と桜の名を持つ人々との間にあるレベル差というのは、最低でも50以上だろう。

 聖魔はそれら全ての弱者たちを、重傷を負わさずに無力化しなければならない。


 それはライオンに人間の赤子を任せるようなもので、一度加減を間違えれば、彼らの身体はデールや強欲のように四散してしまう。


 まぁ、それでも今の悠馬と戦うよりは、聖魔と戦った方が遥かにマシなのだが。


 悠馬はセカイの異能を使いこなせるようになってきたが、加減がうまくいかず、何回かに一回はデコピンで建物を破壊してしまうレベルだ。


 おそらくこの人数が一気に襲ってきたら、悠馬は1人か2人、殺してしまうことになる。


 聖魔はいつもと変わらない歩調で歩みを進める悠馬を横目に、入り乱れながら攻撃してくる桜の人間たちを相手する。


「異能を使え!」


「わかってる!」


 紅桜と桜庭家に気に入られるためにも、この結婚式を妨害した人間を袋叩きにするのが得策。


 今後今日のことをぶり返されて、「お前の家は協力的じゃなかったから」などという理由で不遇を受けたくない彼らは、強者にゴマをするため聖魔へと攻撃を仕掛ける。


「目には目を、歯には歯を。裏の人間ならば、多少の精神干渉くらい耐えてみせなさい」


 異能を使うと宣言されたとあってか、聖魔は右足を強く踏み出し、大規模なインフェルノを展開する。


 相手が異能を使ってくるならば、こちらも異能を使うに決まっている。


 聖魔がインフェルノを発動させるとすぐに、裏の人間たちは呆気なく気を失い、バタバタと倒れていく。


「私の記念すべき戦闘なんだ。…この昂りを、誰かにぶつけたいのだが…」


 自分の試用期間が終わり、悠馬と対等になれる記念すべき戦闘が、こんなに呆気なく終わっていいのだろうか?


 別に二家の結婚になど興味がないのか、遠くに避難している桜の人間たちを眺めながら、聖魔は小声で呟く。


 そして雷児と一瞬目が合う。

 雷児は聖魔と目が合った瞬間、首をブンブンと振って、聖魔との戦闘を拒否した。


「ふっ…」


 雷児になら、少しくらい加減のない異能を使えたかもしれない。

 そんな可能性を感じ、鼻で笑いながら瞳を閉じると、聖魔は首筋が冷たくなるような感覚を感じて、身を捩った。


「…フフ…フフフフフ…面白くなってきましたねぇ」


 聖魔は先ほどまで自分の首があった場所で、一体何が起きたのかを瞬時に理解する。


 そこに立っていたのは、筋肉質な男。

 見るだけでもわかる強者のオーラに、聖魔は嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「青年。これ以上の悪さはやめてもらおうか?」


「悪さ。ですか。このくらいまだ序の口でしょう」


 聖魔の目の前に立つのは、紅桜家現当主、紅桜焫爾。

 過去に悠馬が一方的な敗北を味わされた焫爾と相対する聖魔は、スウォルデンから貰った真っ黒なデバイスを手に持ち、剣先を焫爾へと向ける。


「少し、遊びましょう。最近運動不足でして。あの方と対等な関係になる前に、ウォーミングアップをしておきたい」


「甘く見るなよ」


 話しながら聖魔が瞬きをした、その瞬間。

 一瞬の瞬きの後に姿を消した焫爾は、次の瞬間聖魔の左顔面に右足の蹴りを入れる直前だった。


「っ!?」


 聖魔はギリギリのところで焫爾に反応し、デバイスの柄で蹴りを受け止める。


 しかし焫爾の蹴りは、聖魔が思っていた以上に強く、聖魔は蹴りの衝撃を受けきれずに地面へと転がった。


 ガシャン!という音とともに、聖魔は式場のガラスを突き破り、外の草原で寝そべる。


「ダメージを受けたのは、かれこれ300年ぶりでしょうか…」


 青い空を見上げながら、そう呟く。

 正直油断をしていたというか、ナメていた。


 まさかレベルがかけ離れていても、自身と互角に動ける人物がいるなんて考えても見なかった聖魔は、久々に滾っているのか、白い歯を見せながら空へと手を伸ばす。


「まさかあの日の少年が、こんなバケモノを連れて息子の式を壊しにくるとはな。…あの時殺しておくべきだったか?」


「ああ…なるほど。貴方が紅桜現当主でしたか」


 悠馬と初めて対面したあの日、何がなんでも殺しておくべきだったのかもしれない。


 そう話す焫爾に冷ややかな視線を向ける聖魔は、彼が紅桜現当主であることを知ってか、草原から起き上がり、デバイスを一度振る。


「貴方ごときじゃ勝てませんよ。あの方には」


「どうだろうな」


 聖魔と焫爾は睨み合いながら、戦闘態勢に入る。

 互いが互いを最大限に警戒し、殺気をぶつけ合う2人の間には、何人たりとも割って入ることができない、圧倒的なオーラが蔓延していた。


 一方その頃、式場内では。


 悠馬は神器もデバイスも手に持たず、静かになった式場内で桜庭現当主、御影を見つめる。


「誰だ、お前」


「えー、お久しぶりじゃないですか、桜庭御影さん」


 悠馬は敵対心マックスの御影に対し、礼儀正しく、深々と頭を下げながら口を開く。


「そして突然で申し訳ないのですが、娘さん、俺が貰っていきますね」

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