真里亞にお悩み相談
人生、何が起こるのかわからない。
明日突然、交通事故に遭って死ぬかもしれないし、銀行強盗に巻き込まれ、命の危機に晒されるかもしれない。もしかすると、宝くじが当選して億万長者になる可能性だってあるし、或いは、突然許婚を親が連れてくるかもしれない。
そんな可能性、大抵の人間は考えないだろうが、世界中を見てみると、今言ったような出来事は平気で起こっていて、日常茶飯事な出来事なのだ。
明日交通事故に遭う人は、今日をどんな風に生きているのだろうか?明日宝くじが当たる人は、何を考えているだろうか?
何が起こるかわからないから、人間は備えるために妄想しなければならない。
1人悶々と頭を抱え妄想する少年、暁悠馬は、脳の処理限界に達したのか、机に頭を打ち付ける。
「はぁ…なんだかなぁ…」
悠馬は昨日、ある人物からの連絡を貰い、連太郎と愛菜が今どのような状況にあるのかを知った。
彼らが結婚するという話で進んでいることも、それを止める人がいないことも。
当然だが、連太郎の気持ちはまだ加奈に向いているだろうし、昨日の早乙女の話を信じるならば、愛菜は悠馬に惚れている。
お互いが望まぬ結婚を強いられているのは事実なのだが、果たしてそれを止めるべきなのかどうなのかわからない。
だってそもそも、悠馬は子供だ。
いくら高校生といえど、人の結婚式をぶち壊すような馬鹿なことはしたくないし、ぶち壊した場合の責任が取れるわけでもない。
もしかすると愛菜の気持ちが連太郎に向いている可能性だってあるわけで、そんな中、恩着せがましく「助けに来た」なんて言えるはずもない。
しかし加奈の気持ちを考えると、連太郎を引きずってでも連れ帰りたい。
様々な人物の気持ちを考えると、脳内の思考が徐々に纏まらなくなってきて、ジレンマが襲ってくる。
そんな悠馬が悩む中、隣の席、つまりオリヴィアの周りに集まっていた女子生徒たちは、今日も元気に噂話を始めていた。
「聞いた?Cクラスの真里亞さん、またお見合い破談にしたらしいよ?」
「すごいよね〜、聞いた話だと、好きな人がいるからってハッキリと断ったらしいよ!」
「真実の愛って感じで、憧れる〜!」
真里亞がお見合いを破談にしたという話。
それは悠馬にとってかなりタイムリーな話で、よくよく考えてみると、真里亞も父親が造船会社のお偉いさんのようだから、そういう話が舞い込んでくるのは当然なのかもしれない。
悠馬が花蓮と許婚関係になったのは互いに好意があったため、何の迷いもなかったが、好きでもない人とお見合いをするのは、果たしてどんな気持ちなのだろうか?
「聞いてみるか…」
女子たちの話を聞いて、悠馬は自分1人じゃ結論を導き出さないことを悟る。
結局、女心は難しいし、こういうのは経験者に相談するしかない。
席を立った悠馬は、行き交うクラスメイトたちを無視してCクラスへと向かう。
Aクラスの教室前廊下に出ると、元気な声が聞こえてくる。
グレーの髪を大きく靡かせ、銀髪の少女を背後から抱き寄せる人物、湊を発見した悠馬は、彼女と目が合い、手をあげる。
「おはよー!暁」
「おはよう、湊、美月」
過去の清算をして、すっかりと変わってしまった彼女は、悠馬の元へと駆け寄ると挙げていた手を見てハイタッチを交わす。
「いぇーい」
「もう!湊!その気がないならあんまり悠馬とイチャイチャしないでよ…!」
「嫉妬してる美月かわいーから、ついついやっちゃうんだよねー」
「もう!」
どうやら美月は、湊と悠馬が仲睦まじく触れ合う光景を見て、嫉妬しているらしい。
ハイタッチしたまま動こうとしない湊の肩を叩いた美月は、頬をぷくぅっと膨らますと、フンとそっぽを向く。
そんな美月の一連の仕草が、ものすごく可愛くてもっとイタズラしたくなる。湊と顔を見合わせた悠馬は、彼女がにまぁっと笑っているのを見てから、歪んだ笑みを浮かべた。
「ねぇ、可愛くない?可愛いと思うでしょ?暁も」
「うん、めっちゃ可愛い。もっと嫉妬させたくなる」
「じゃあハグでもしてみる?」
「する?」
どうやら湊と悠馬の好みは似ているらしい。
美月が嫉妬する姿を可愛いと思っている2人は、彼女の表情を見たいがためになんでもする。
修学旅行の時に強引にキスはしているし、もう何も失うものはない湊は、ワザとらしく悠馬へと手を伸ばす。
「怒るよ!?」
「あはは!可愛いぃ」
「ごめんね、冗談だよ」
ムカッと唇を尖らせ、眉間にシワを寄せて振り返った美月に、湊が飛びつく。
もちろん、美月がそっぽを向いている間にハグなんてしていない。
ただ、口で不安にさせておいて、いかにもハグをしそうな雰囲気を醸し出していただけだ。
我慢の限界に来た美月へと抱きついた湊は、サラサラな彼女の銀髪を撫でながら、悠馬に親指を立てた。
これはグッジョブということだろう。
湊と悠馬の即興劇で見事に嫉妬してしまった美月は、まだ怒りが治らないのか、プンスカと怒りながら悠馬にアッカンベーをする。
「浮気男!もう知らないし好きな人できても協力しない!」
「ま、待ってよ!」
ズカズカと歩いて行く美月は、湊を強引に引きずり、教室の中へと入って行く。
いったい、華奢な彼女のどこに湊を引きずる力があるのだろうか?
ずりずりと引きずられる湊を見ながら、悠馬は首を傾げた。
そんな男から見たらリア充死ねカスと罵られそうな一連の光景を、優雅に佇み見物している人物がいた。
「朝から愉快ですね。暁くんは」
猫の戯れたような甘い声ではあるが、それでいて冷たさと距離感が感じられる声。
同学年で悠馬に敬語を使ってくる生徒は数が限られているため、悠馬はその声の主が誰であるのかを悟り、まるで少年が英雄の凱旋を見届けんとする表情で振り返った。
「真里亞!」
この時を待っていた!
いや、すっかり忘れてたけどさ。
湊と美月の一連の流れですっかりと本題を忘れていた悠馬は、真里亞自ら声をかけてくれたおかげで、目的を見失わずに済んだ。
まったく、真里亞サマサマだ。
なんだかんだでコイツと話すのは、夏休み以来かもしれない。
フフンと、自虐的な笑みを浮かべる真里亞を見て、悠馬は彼女へと駆け寄る。
その光景は、主人とパシリの主従関係のソレだ。
もちろん、主人は真里亞だ。
「何か私に御用でも?」
「ここでは話せないから、2人になれる場所に行こう」
「えっ?ちょっ…!」
真里亞の周りに待機していた取り巻き連中は、悠馬が次期異能王だということを知ってか、「やれやれ、仕方ねーな」的な視線を向けてくる。
彼らはおそらく、悠馬が真里亞を戦乙女にしたいと話しかけたのだと思っているが、残念なことにそんな過ちは起こらない。
生暖かい目で見てくる男子たちに寒気を感じた悠馬は、真里亞の手を掴むと、駆け足で階段へと向かった。
「え?今の三枝さんと暁くん?」
「まじぃ!?」
真里亞の手を引きながら階段を駆け下りていると、女子たちの話し声が聞こえて来たが全て無視だ。
今は周りの視線なんかよりも人生相談が先だし、なにより真里亞には碇谷という彼氏(?)がいるから悠馬との関係は疑われたとしてもすぐに自然消滅するはずだ。
階段を降りて昇降口までたどり着いた悠馬は、昼休みということもあってか少し人の目がある下駄箱前で、手を引いていた真里亞へと振り返った。
「はぁ…はぁ…いきなりなんなんですか…私、貴方みたいな脳筋じゃないんで体力少ないんですよ…」
「そりゃ悪かった。…東屋に行きたい」
「はぁ!?貴方、いきなりなにを…」
真里亞は東屋と聞いて、顔を真っ赤に染めた。
第1高校に設置されている東屋は、屋上に二箇所、東側校舎と西側校舎の外側に1か所ずつ設置されているが、基本的にそれを使うのはカップルばかりで、恋愛関係に至っていない異性同士は、東屋を敬遠しがちなのだ。
しかし悠馬はそんなこと知らないし、そもそも東屋に人がいるところを見たことがないから、都合のいい人気のない場所としてしか見ていない。
真里亞は東屋を恋人と行く場所と認識し、悠馬は東屋を、人気のない寂れた場所だと認識している。
互いに認識違いを起こしていることを気づいていない真里亞は、珍しくなよなよとしながら、内股になった。
「え?もしかして暁くん…貴女私に…」
「ああ。今はお前が重要なんだ。だから頼む」
お見合いや結婚系の相談ができる人なんて、この学校には真里亞しかいないはず。最も重要な鍵を握る真里亞に頭を下げた悠馬に対し、彼女は顔を真っ赤にして、ため息を吐いた。
「聞くだけ聞いてあげます」
「ありがとう」
真里亞、案外押しに弱かった。
***
「それで?私は焦らす男は嫌いですよ」
東屋に座った真里亞は、二階や三階から向けられる視線を鬱陶しく感じながら呟く。
冬ということもあって花は殆ど生えていないし、悲しげな東屋に座る悠馬は、躊躇ったように何度か視線を彷徨わせる。
それはぱっと見、告白のように見えるのかもしれない。
真里亞は生唾を飲み込み、悠馬の言葉を待った。
「…政略結婚ってどう思う?」
「…は?」
絶対に告られる展開だコレ。碇谷のこと気になってるけど、元々狙ってたのは悠馬だし、どうしよう?などと考えていた真里亞は、想定外の質問が飛んできて頬を引きつらせる。
しかし悠馬は、真里亞が頬を痙攣らせていることになど気づかず、ぺらぺらと話し始めた。
「ほら、お前って彼氏いるじゃん?もし仮にさ、親から他の男と結婚しろって言われたら、どうするよ?」
「……コホン。まず私に彼氏はいません。それと色々と言いたいことはありますが、貴方と私のよしみです。多めに見ましょう」
勘違いさせんな殺すぞ。遠回しにそう言いたい真里亞は、以前悠馬に高級ディナーを奢ってもらったためか激怒はせずに、すぐに気を取り直すように咳払いをする。
「恋人、好きな人がいるのに政略結婚。一見難しいですよね」
「ああ」
親の顔も立ててあげたいし、自分の恋愛も譲れない。
これまで親に色々優しくされて来た人間ならば、かなり迷うことだし、いっときの恋愛感情に任せるか、永遠の結婚を誓うか、答えが出ないはずだ。
真里亞が難しいと発言したこともあってか、悠馬は彼女に同調するように深く頷く。
「ですが私なら、政略結婚をしますよ」
「やっぱりか…」
やっぱり、親の顔は立てたいし、お付き合いはいっときの迷いだと割り切って結婚を選ぶのだろう。
彼女の発言に納得したような表情を浮かべる悠馬に対し、真里亞はまだ続きがあるのか、嗜虐的な笑みを浮かべていた。
「そしてぶち壊してもらいます」
「…は?誰に?」
「恋人です。そりゃそうでしょう。私のこと愛しているんなら、そのくらいの覚悟もって、一生責任取る気で奪いに来てくれないと。…それができないなら、所詮それまでの関係、縁が無かっただけです」
本当に好きなら、式をぶち壊せるはずだ。
そんな極端な話をする真里亞の表情からは、いつもの鬼畜めいたオーラが出ている。
要するに、式をぶち壊して自分を拐ってくれるような、王子様を期待しているのだ。
「それがどうかしたんですか?」
「あー…いや、完全に理解した」
理解していない。式をぶち壊すなんて極論を投げつけられた悠馬は、聞く人を間違ったのかもしれないと思いながら、愛菜のことを考える。
正直に話すと、愛菜のことは好きだ。可愛い後輩だし、たまに連絡をくれるし、最近の彼女はニコニコしていて、いつまでも見られるような可愛さだ。
しかし悠馬の中には、迷いがあった。
彼女は桜庭で、卒業と同時に裏に戻る必要がある。
だから一時の感情で相手を拐かすのはいけないと思っていたし、向こうもその気はないだろうからと、過度な接触は避けて来た。
だが、今はまるで状況が違う。
彼女は望まぬ結婚を強いられそうになっていて、自分のことが好き。
ならばやることは真里亞の言ったことでいいのではないだろうか?
極論が極解を生み、馬鹿げた結論を出した悠馬は、ニッコリと笑う。
「ありがとう真里亞。答え出たわ」
愛菜も望んでいない、連太郎も望んでいない、悠馬は愛菜とお近づきになりたくて、連太郎は加奈と付き合っていたい。
答えを導き出した悠馬は、親指を立てて真里亞にウィンクをすると、東屋から飛び出て三階を見上げた。
「おい、栗田!赤坂呼んでくれ!」
「は!?俺が?いいけどさー!」
窓際からこちらを伺う馬鹿な男なんて、ある程度名前がわかる。
栗田が窓から様子を伺っているだろうと判断していた悠馬は、案の定窓際にいた襟足の長い栗田に命令を出し、真里亞に手を振った。
「ほんと、ありがとな!」
悠馬はそう告げると、そそくさと東屋から退散し、その場には真里亞だけが残される。
「え?これだけ…?」
これだけのために、わざわざ東屋まで連れてきたの?
真里亞はなんだか乙女心を傷つけられたような気がして、胸からムシャクシャした感情が溢れてくる。
次回、真里亞逆襲編 (ありません)。
あっ、付き合ってなかったんですね…




