早乙女修斗の相談
夜。オレンジ色のライトに照らされる寮内で、悠馬はテーブル横にある椅子に腰掛け、ある人物と向かい合うようにして座っていた。
綺麗な木製のテーブルに、向かい合うようにして座る悠馬と残念系イケメン、早乙女をキッチンから眺めるセレスは、翠髪をゴムで結び、ポニーテールにしてから、紅茶の準備を進めていた。
「どうぞ。紅茶です」
2人が無言のまま座っている中、紅茶の準備ができたセレスは、微笑みながら2人の前に紅茶を置く。
悠馬の寮内ということもあってか、セレスは真っ白なTシャツに身を包み、思春期真っ盛りの男子生徒には刺激が強い。
自称テクニシャンの早乙女は、セレスの綺麗な手と、顔を見ただけでも意識を失いそうなほど緊張していた。
「ど、どうも…」
なんでこの人、こんな美女と一緒に暮らしてるんだろう?
異能王とか、戦乙女とか微塵の興味も持っていない早乙女は、セレスが元戦乙女隊長のあのセレスだとは気づきもしない。
メイドさんかな?クッソ羨ましい。
そんなことを考える早乙女は、今日ここへきた理由などすでに忘れ、悠馬の寮内を興味深そうに見回す。
「デカイっすね、暁先輩の寮」
セレスと一緒に暮らしているためなのか、普通の寮と比べて、悠馬の寮はかなり大きい。
早乙女は自身の寮を比較対象にしているのか、羨ましそうな表情を浮かべている。
「俺の寮は学校まで遠いからさ…人気がない分、大きいみたいだ。早乙女くんはどの辺の寮を選んだの?」
悠馬は初めて後輩の男子が来たからなのか、ティーカップを片手に、嬉しそうに話を始めた。
悠馬の周りは、基本的に頭のおかしい奴が多い。変態の通やモンジ、山田に栗田、そして花蓮狂の八神に花蓮ストーカーの覇王。
そんな彼らとしか繋がりのない哀れな悠馬は、早乙女をごく普通の、純正高校生として見ている。
実際早乙女は拗らせ童貞なわけだが、それは悠馬にとって、些細な問題らしい。
初めてまともに日本語を交わせる男子生徒と話したかもしれない。
そんな失礼なことすら考える悠馬は、目がキラキラと輝いている。
まるで聞きたいことがあったらなんでも聞いてくれ。と言い出しそうな表情だ。
「へぇ〜…俺は学校から近い集合寮借りてますね。やっぱ、出会いっていうか、気軽に遊べる場所が良かったんで」
拗らせ童貞早乙女の妄想。その1。
彼は入学当初、一軒家の寮ではなく、集合寮を何がなんでも選択すると決めていた。
その理由は、集合寮はアパートのような作りになっているため、基本的に周囲の寮への行き来がし易い。
隣の寮には僅か数秒で行けるし、連絡さえ取れればすぐに遊びに行ける、いわばパリピ空間なのである。
それに加え、集合寮は階層こそ分別されているが、男女の境界線というのが曖昧だ。
階段を下れば女子の寮に遊びに行けるし、逆に自身の寮に、お目当の女子も連れ込み易い。補導している警察官にだってバレないし、寮の敷地内を出歩いているのを見られたところで、ダメージが少ないのだ。
そんな理由で選ばれた集合寮。
早乙女は下心があって選んだとバレるのが恥ずかしいのか、リア充のような発言をしながらそっぽを向く。
「ていうか暁先輩、メイドさん雇ってるんですか?」
「え、メイド?」
男子なら一度くらい、憧れたことがあるだろう。
寮の話をしてエンジンも温まってきた早乙女は、おそらく誰もが通る、美人なメイドさんにお世話をされたいという願望を抱きながらセレスをチラ見した。
「あ、あの人っすよ…めちゃくちゃ可愛くてスタイル良いじゃないですか!」
あんなのと生活してて、よくこの人無表情でいられるよな!
目が合うとニコリと微笑んでくれたセレスを見て、早乙女は顔を真っ赤にする。
悠馬はそんな早乙女を眺め、ピュアだなーなどと思いながらティーカップを机の上に置いた。
「ローゼは俺の彼女だよ」
「まじっすか!?」
早乙女は身を乗り出して、悠馬を凝視する。
本当に羨ましい。いや、羨ましくない?
だってこの人、たくさん可愛い彼女がいるのに、学校外でもこんなに可愛い人を虜にしてるんだよ?
誰もが憧れるであろう美女たちとお付き合いをしている悠馬に、早乙女は師匠を見つけたように歓喜する。
「なんか忘れてるような…ま、いいか」
早乙女はますます話が脱線していることを忘れて、セレスの淹れた紅茶を口にする。
「…!美味しい」
「お、早乙女くん紅茶の味わかるの?」
「は、母が紅茶好きで…子供の頃からよく飲んでるんで…」
大企業の社長の息子、大金持ちの息子というわけではないが、早乙女は紅茶を嗜んでいる。
一般的な家庭に生まれた早乙女だが、それなりにいい舌を持ち合わせている彼は、どうやらセレスの淹れた紅茶の味がわかるようだ。
ちなみに舌バカの通や栗田は、葉っぱの味がするなどと訳のわからないことを言い始めたため、引っ叩いて出禁にしてやった。
「なるほど!」
「歴代で一番美味しいかもしれないっす、この紅茶…!ありがとうございます、お姉さん!」
「いえいえ、お口にあったのなら何よりです」
セレスは早乙女の褒め言葉を聞いて、笑顔を浮かべながら会釈をする。彼女はいつも笑顔だが、褒められて喜んでいるということはすぐにわかった。
「ところで早乙女くん、急に俺の寮を訪ねてきたの、なんか理由があったんじゃ…」
一向に進まない、早乙女との会話。
合宿の時に一緒の班になり、連絡先を交換していたものの、それ以外特に接触のなかった早乙女が、突如連絡をよこした理由が気になる。
ただ寄り道をした、遊びに来たという可能性が低いと判断している悠馬は、何事だ?と気にしているご様子だ。
「それが…なんか聞きたかったんですけど、ド忘れして…」
「そっか。思い出したらでいいよ。ゆっくりしていきなよ」
セレスの淹れた紅茶の味もわかる、通たちと違って頭がおかしくない早乙女に優しい悠馬は、なら早く帰れなどと言わずに、彼が思い出すまで、ここにいても良いと告げる。
悠馬は何かを思い出そうとする早乙女を見て、合宿での会話を思い出し、口を開いた。
「そういえば、合宿の時に告白云々って話してたけど、誰かに告白したりしたのか?それともドンと構えて…」
やはり、男同士と言えば誰を狙っているのかという会話だろう。
今日は朱理も居ないし、早乙女の心は傷つかないと判断した悠馬は、興味津々で問いかける。
「それが、ちょっと気になってた人がいたんですけど、暁先輩のことが好きらしくて…って…ぁぁぁあっ!それだぁー!」
すっかりと忘れていた内容を思い出した早乙女は、ガタンと椅子を立ち上がると、悠馬を指指して叫び声を上げる。
そんな早乙女を見る悠馬は、突然の彼の叫び声に目を白黒させながら仰け反った。
「え?なに?」
「…いや、実はですね…桜庭愛菜って、合宿のフィールドワークで一緒の班だった女子覚えてますか?ちょっと地味っぽい…」
「ああ…覚えてるけど…」
愛菜のことは、一応よく知っているつもりだ。
合宿の時殺されそうになったことや、ここ最近でも、修学旅行のお土産をあげたり文化祭の夜に寮に遊びに来たりと色々あったため、忘れろという方が無理がある。
「アイツ、学校自主退学しちゃって…色々思い詰めてたみたいだし、暁先輩のこと好きだったみたいだから…何か相談とか受けてないっすか?」
「え?愛菜って俺のこと好きだったのか?」
「あ、アイツ告ってないならオフレコでお願いします…俺が社会的に制裁受けるんで…」
「お、おう…」
愛菜は顔に出易いタイプだが、悠馬の前では表情一つ変えずに、合宿の時から距離感を保っていた。
ここ最近は若干積極的になっていたが、悠馬的にそれは普通の学校生活を満喫しているものだと思っていたため、彼女の気持ちになんて気づきもしなかった。
早乙女だって、愛菜本人から好きな人を聞かなければ、気づかなかったレベルだ。
今回は悠馬の落ち度云々ではなく、愛菜の隠し方と生い立ちが強く影響している。
「…聞いてないですかね?」
早乙女は友人が突然学校を辞めたことを、気にしているようだ。
だから愛菜の好きだった悠馬に、何か相談しているのではないかと思ってこの件についての話を持ちかけたのだろう。
悠馬は彼が愛菜とある程度の友好関係を築いていたが、桜庭家については知らないと判断し、姿勢を崩した。
「相談を受けたってわけじゃないけど…家庭の都合だってことは聞いた。それ以上はなにも…」
「…そうっすか…」
「色々思い詰めてたのか?」
「最後に会ったのは去年なんですけど…苦しそうに笑ってたんです…決められたレールの上云々って、突然わけのわからない話を始めて…」
早乙女は悠馬のことを頼れる先輩と思ってか、愛菜と最後に交わした言葉の内容を話す。
自身がレールが敷かれているだけ幸せなんじゃないかと感じたことや、それを聞いた後、愛菜が去ったことも。
「俺、女心に疎いみたいで…なんか、間違ってたんですかね」
早乙女は話し終えると、確認をするように尋ねた。
悠馬も言えた口ではないが、彼ら2人は、女心に疎いというか、鈍感型だ。
早乙女は女子の一挙一動で勘違いをするナルシスト鈍感型で、女子から相談を受けるのに向いていないタイプ。
悠馬は女子の一挙一動を深読みし、もしかしてこいつ俺のこと…と考えてもスルーを選択する堅実方鈍感タイプで、女子からの相談を受けるのには、あまり向いていない。
愛菜の家庭事情を知っているため、早乙女の発言が悪かったということはわかるが、じゃあなんと答えれば良かったのかわからず、悠馬は首を傾げた。
「あのー、お二人の会話に口を挟んでしまい申し訳ないのですが、女心はかなり繊細で面倒なので、何を言っても間違いだという可能性もありますよ?」
2人が悩んでいるのを見て、セレスは励まそうとしてくれる。
事実、セレスの言ったように、何と答えても怒る女子はいるし、繊細な女心を熟知している男なんているはずがない。
女同士ですらわからない領域に足を踏み入れるのは、間違いなのかもしれない。
早乙女はセレスの意見を聞いて、ふと思う。
アイツ、面倒な性格してたし何言ってもあのまま自主退学したんじゃね?と。
そう思えば、すんなりと納得が言った。
鈍感な早乙女は、案外薄情な結論を導き出した。
「やっぱ、何言ってもダメだったんですかね」
「ローゼの言うのも一理あるけど、俺は引き止めて欲しかったんじゃないかなって思うな」
「え?」
「…愛菜の家庭は複雑らしくてな。アイツが決めて自分の思い通りにできることは何もないんだ。だから、文字通り敷かれたレールの上をただ走るだけ。…アイツはそれをどう思うか、それはおかしいって答えて欲しかったんじゃないかな」
「……なるほど」
愛菜の人生は自分で決められることがほとんどない。
だから外野の早乙女に、敷かれたレールの上を走る人生をどう思うのか、客観的な意見を求めたわけだ。
そして早乙女的には、それが羨ましくて、良いことだと答えてしまった。
結果、愛菜はレールの上を走るしかないと考え、退学を選択。と言うわけだ。
早乙女は悠馬の話に納得したのか、椅子から立ち上がり、頭を下げる。
「暁先輩、お姉さん。ありがとうございました。おかげで少し、理解できた気がします」
「え?もういいの?」
もう少し何かを話すと思っていたが、早乙女は愛菜の話を終えると、すぐに帰りの支度を始める。
「はい。ちょっとアイツに連絡してみようと思います」
「…応援してる」
これが青春ってヤツなのかもしれない。
1人の友人のために熱くなる早乙女を見つめる悠馬は、彼女が桜庭家の住人だから無理だなどとは言わずに、そっと彼の背中を押してあげる。
足早に廊下へと向かった早乙女を見届けた悠馬は、スマホの画面が点滅していることに気づき、席を立った。
携帯端末ではなく、スマホに電話をかけてくる人物は、ほとんどいない。
いったい誰だろうか?
そんなことを考えながら、悠馬はスマホを手に取った。




