最高のデバイス
ソフィアの悲鳴を無視した聖魔は右拳を振り上げ、闇の異能を纏わせてからガラスケースをぶち破る。
ガラスケースの中に入っていた真っ黒なデバイスを手にした聖魔は、満足そうな表情で壁に仁王立ちした。
「ふぅ…」
「ふぅ…じゃないのよ!」
宝物庫内のケースをぶっ壊してデバイスを取り出した聖魔に、ソフィアの怒鳴り声が降り注ぐ。
そりゃあ、味方が宝物庫内からデバイスをパクったら、総帥のソフィアとしても怒鳴りたくなるだろう。
ガミガミと怒鳴るソフィアを横目に、聖魔は手にした真っ黒なデバイスを見下ろした。
「スウォルデン…なるほど。彼が国王に献上したデバイスですか。…しかしここで飾られて一生を終えるには、勿体ないデバイスだ」
黒の聖剣のように透き通った黒曜石のような色ではなく、純粋な黒。夜というよりも、闇を吸収したようなスウォルデンのデバイスは、宝石だなんだというよりも、黒い板に近い色をしている。
刃先は銀色に輝いているが、他は全て真っ黒。
国王に献上するには地味過ぎるというか、暗すぎるのではないか?と思えるデバイスを片手に、聖魔は含み気味な笑いを見せた。
「さて。最高のデバイスも手に入りましたし、私の実力を見せる舞台は整いました。…試用期間を終えるためにも、全力でお相手しましょう」
「クカカカカ!防戦一方だったお前がァ?」
光と闇を纏う聖魔に、強欲は余裕があるのか、相手を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
彼の絶対的な自信の根源は、ティナから力をもらったという、自分が特別だという誤解からなのだろう。
事実、彼が真っ当な実力者ならば既に聖魔の実力に気づいていてもおかしくはない。
手にした力をひけらかしたいだけにも見える強欲の行動は、外見通り、まだ世界の厳しさを知らない少年そのものだ。
しかしだからと言って、手加減をする必要はない。
挑発的な笑みを浮かべる強欲を見下ろす聖魔は、右手でデバイスを構えると、国家宝物庫の入り口を一度確認してから姿を消した。
「っ!?」
一瞬にして姿を消した聖魔を、強欲は探す。
ソフィアも聖魔の速度を見て、驚愕していた。
聖魔の初速は、チャンの鳴神やヴェントの風の速度を優に超え、文字通り姿すら見えなかった。
流石のチャンやヴェントでも残像は残るし、音も風もなく姿を消すなんて不可能だ。
「まだまだですねぇ。目で見えなければ、せめて防御くらいしないと」
周囲を見回す強欲の背後から、聖魔は声をかける。
しかしそのアドバイスは既に手遅れの合図で、聖魔が姿をあらわすと同時に、強欲の両腕は音もなく墜落した。
「ぐ…がぁぁぁぁあっ!腕が!俺の…!俺の腕が!」
「おやおや…物語能力者から大罪を授かろう者が、この程度で泣き喚くとは…ティナさんはよっぽど見る目がないのでしょうねぇ」
両肩から噴水のように飛び散る赤い血を見下ろし、聖魔は崩れ落ちた強欲を見下ろす。
「私が防戦一方?お前の目は節穴か?手加減してやったのに自ら私を本気にさせたんだ。この程度で終わると思うなよ…」
分不相応な敵を挑発するから、痛い目に合う。
背後から強欲を蹴飛ばした聖魔は、バランスを崩す彼の足へとデバイスを向ける。
「くそ…クソ…!俺はただ、デバイスが…もっと欲しいだけなのに…!」
「お前の意見は聞いていない。この世は理不尽なんだ。弱者は蹂躙されるしかない。誰かの命を、誰かの努力を踏みにじるならば、それと同時に自分も踏みにじられる覚悟をすべきでしたねぇ」
そう。この世界は理不尽だ。
力がなければ強者に蹂躙され、知恵がなければ知恵あるものにこき使われ、お金がなければ富あるものに奴隷のように扱われる。
しかしそれと同時に、強者は覚悟しなければならない。他人の何かを踏みにじるならば、自分自身も踏みにじられる覚悟を。
自分が強者だと思っていたら、次の日に自分よりも強い強者が来て、ボコボコにされるかもしれない。
自分が知恵あるものだと思っていたら、自分よりも知恵のある者が現れ、こき使われるかもしれない。
自分がお金持ちだと思っていたら、自分以上のお金持ちが現れ、奴隷のように扱われるかもしれない。
この世界は、強者になったらはいお終い。で完結してくれるほど優しくはない。
だから弛まぬ努力を続け、勉学に励み、富を分配して、弱者にも力を分け与えなければならないのだ。
その理を知らない強欲は、残念なことに蹂躙されるしかない。
誰かに認められるでもなく、誰かから奪うことしかできなかった彼の周りに付く人などいるはずもなく、聖魔はニヤリと笑みを浮かべる。
「さようなら。あの世で夜空さんによろしくお伝えください」
聖魔は右手に構えていたデバイスから、一気に闇と聖異能を放出させる。
眩い閃光と、真っ黒な闇が宝物庫内に吹き荒れ、ソフィアが思わず目を瞑ってしまうほど、大気が震える。
「見ていてください。悠馬さん。これがシャドウ・レイです…!」
白と黒の本流が混ざり合い、デバイスに凝縮された一撃は空気を割った。
それは次元の狭間という単語が相応しいのかもしれない。
ティナと死神、ルクスと悠馬が同時に激突したことにより開いた次元の狭間を、聖魔は1人で再現するほどの火力でシャドウ・レイを放つ。
ひび割れた次元の狭間は真っ暗で、強欲は明確な死と次元の狭間を前にして恐怖する。
「ぁぁぁぁあっ!」
しかしもう、何もかもが遅い。
今更デバイスを防御に使ったって、聖魔に攻撃を仕掛けたって、その全てが実行される前に聖魔のデバイスは強欲に届く。
聖魔から放たれたシャドウ・レイは、強欲にそれ以上の思考を与えることなく彼を侵食し、次の瞬間、強欲は跡形もなく消え去っていた。
「いかがでしたか?悠馬さん。これが私のシャドウ・レイです」
聖魔は強欲を消し飛ばすや否や、宝物庫の入り口へと振り向き、声をかける。
「悠馬!?」
ソフィアは悠馬がいると聞いてか、驚いたような表情で入り口に視線を向けた。
「あはは…ちょっとヤバかったら出しゃばろうかなって思ってたんだけど…そんな心配はなかったみたいだな…」
強欲は聖魔でも圧倒できるほどで、悠馬に出番は回ってこなかった。
今か今かと様子を伺っていた悠馬は、隠れていたのがバレていることと出る幕がなかったことが相まって、少し恥ずかしそうにしている。
「や、やぁ…聖魔くん」
「貴方は…お元気そうで何よりです。スウォルデンさん」
悠馬の横に立っていたスウォルデンは、緊張したような声で聖魔に話しかける。
スウォルデンの表情は、少し血の気がなくて倒れそうな気もするが、欠損部位と足は綺麗に治っているため、ほとんど問題ないと思われる。
「ええ…そのデバイス…」
「はい。一眼見た時にビビっと来まして。私はデバイスを持ち合わせていなかったので、ついつい使わせていただきました」
スウォルデンが国王陛下へと献上したはずのデバイス。
それを勝手に使用した聖魔は、深々と頭を下げながら、デバイスを鞘に収めた。
「最高のデバイスでしたよ」
「は、はは…そう言われると、やっぱりいつになっても嬉しいなぁ…」
聖魔の言葉を聞いて、スウォルデンは年甲斐になく、無邪気な笑みを浮かべた。
それを見て、悠馬もソフィアも、思わず綻ぶ。
誰だって、自分の努力が、自分の作品が褒められるのは嬉しい。
それはいつだって同じで、何年経とうが、新しいお客さんでも、昔からのお客さんでも褒めてくれれば、嬉しくなってしまうものだ。
まるでデバイスを作り始めて、一番最初の購入者に褒められたような初心を思い出したスウォルデンは、目尻に涙を溜めながら、笑い続けた。
「…ていうか、あーん、悠馬〜」
笑うスウォルデンを横目に、ソフィアはふと、自身が異能を発動しているにも関わらず楽になっていることに気づく。
そしてその事象の原因を発生させることのできる人物を瞬時に割り出したソフィアは、悠馬へと駆け寄ると、彼を自身の胸元へと押しつけた。
「むぐっ…!」
「悠馬、いつから?私の負担、私が気づかないように徐々に軽くしてくれてたんでしょ?あ〜♡優しいね、悠馬。カッコイイ!」
ソフィアに気づかれないよう、徐々に彼女の負担を軽減させていた悠馬。
それに気づいたソフィアに抱きしめられた悠馬は、彼女の豊満な胸に顔が挟まり、ジタバタと暴れているが興奮気味のソフィアは気づいていない。
「ん〜!ありがとう悠馬」
「ソフィアさん。主人に夢中になるのはいいことですが、窒息しかけていますので」
「あっ!」
苦笑いでソフィアを見つめるスウォルデンと、ソフィアに声をかけた聖魔。
ソフィアは自分が夢中になって、危うく彼氏を窒息死させるところだったと気づいて手を離す。
「はー…はー…」
殺されるかと思った!
いや、本当に、これまでにないほど窒息した気がする。
危うく死因が彼女の胸で圧迫されて窒息死なんて死んだ後も鼻で笑われるような伝説を作ってしまうところだった。
大きく息を切らす悠馬は、発動させていた異能を徐々に強めると、強欲が切断した宝物庫内の壁面がぴったりとくっつき、元の形になったところで異能の発動をやめた。
「一応、これで壁面は崩れないと思うけど…」
流石に中に散らばっているデバイスや、割れたガラスのショーケースなんかは自分たちでどうにかしていただきたい。
一番問題になりそうな建物の倒壊だけ防いだ悠馬は、背後からの足音に気づき振り返った。
「賑やかだね。…そして久しぶり。暁悠馬くん」
「お、お久しぶりです…」
悠馬は振り返ると立っていたイギリス支部現国王陛下のノーマンを発見し、そそくさとソフィアの背後に隠れようとする。
忘れてはいけない。ここがイギリス支部の国家宝物庫であることを。
普通こんなところに一般人が入っていたら、即射殺されてもおかしくない。
自分が場違いな空間にいることを自覚した悠馬は、かなり気まずそうだ。
「そんなに怯えなくても、君と私の仲じゃないか」
「そんな仲でしたっけ…」
お互いソフィアを狙っていた、勝者と敗者という繋がりしかないような気がする。
仲と呼ばれる仲が、恋のライバルしか思い浮かばなかった悠馬は、さらに気まずくなる。
「まぁ、冗談はさておき。暁悠馬くん。まぁ、君がここにいるのは彼女が気になったからだろう?別にいいさ。盗みをしようってなら話は変わるけど」
「ぬ、盗みなんて…欲しいのがあったら普通に買いますよ…」
盗もうなんて思っていないなら、別にいい。
そう告げたノーマンは、悠馬とソフィアと話すことはないのか、2人の横を通過して、デバイスが散らばっている空間へと足を踏み入れる。
「そして君…名前は?」
ノーマンは聖魔とある程度の距離を取って、興味深そうに尋ねる。
「聖魔です。貴方はイギリス支部の国王陛下のようですねぇ」
「その通り」
2人は互いに見合いながら、社交的な笑顔を浮かべる。
しかしソフィアと悠馬は、その笑顔と裏腹に、互いが戦闘態勢に入っていることに気付いた。
おそらく些細な言動一つで、争いが始まる。
そんなレベルで空気が冷え始めた宝物庫内で、悠馬は聖魔へと首を振った。
聖魔は悠馬の反応を見ると、いつものような落ち着いた表情へと戻る。
「それで?私に何か用でしたか?」
「まずはこれをありがとう」
「?」
ノーマンはデバイスの中に埋もれていた黄金に煌くマルスの神器を手にし、鞘の中に納める。
「君ならその気になれば神器を壊すこともできたはずだ。正直君が現れた瞬間、それを覚悟したが…君は他のデバイスも、綺麗な形で取り戻してくれた」
「まぁ、それが一流というものです。別に貴方に褒められるようなことではなく、私の流儀でもありますから」
「そうはいかない。君がいなければ、優秀な人材が死んでいたかもしれない。だからお礼がしたい」
聖魔がいなければ、アメリアは致命傷を受けていたし、ソフィアは冷静さを欠いたはずだ。
そうなった時点で、この場での戦闘の均衡は崩れていたし、少なくともノーマン、ソフィア、アメリアは死んでいた。
そう結論づけているノーマンは、宝物庫内を見渡しながら、ある提案を始める。
「この中から好きなものを1つ、君に贈ろう。もちろん、ちょっとした手順は踏まなくちゃいけないが…」
「な…!ノーマン!貴方…!」
「ソフィア。これは私の判断だ。それにここにあるのは、全て私のもの。私が良いと言ったら良い」
「あっそ」
国の宝が眠る宝物庫の中から、好きなものを1つ選んで良い。そんな馬鹿げた話を持ちかけたノーマンにソフィアは声を荒げたが、ノーマンはソフィアに有無を言わさず、聖魔へと向き直った。
聖魔は数秒硬直すると、なんの迷いもなく、手にしていたデバイスを見せる。
「ではこれを…」
「スウォルデンくん、いいかい?君が国に献上したデバイスが、彼の手に渡っても」
ノーマンの話した手順というのは、このことだろう。
デバイスを作った本人からの承諾を得て、デバイスを譲渡する。
それは最低限のマナーというか、作り主に対する礼儀だ。
勝手にデバイスをあげるのではなく、そのデバイスの制作者であるスウォルデンに声をかけたノーマンは、ニッコリと笑っている。
「君が使ってくれ。イギリス支部には、また作り直したものを献上するよ」
スウォルデンは若干頬を痙攣らせながら、自分のデバイスを要求した聖魔を見る。
こうして強欲は撃破され、聖魔は最高のデバイスを手に入れた。




