強欲
ドゴン!と外壁が崩れたような音が響き、ノーマンとアメリアは、顔を上げて警戒を始める。
2人が顔を上げるとすぐに、彼らの視界には、銀色に煌く無数の何かが映った。
「ソフィア!」
「わかってる!」
時速で言うと、200キロほどだろうか?
視認して追うのもギリギリの速度で、不規則に揺らめきながら接近してくるデバイスを前にして、ソフィアは異能を発動させる。
紫色の瞳でしっかりとデバイスを捉え、一本一本、確実に重力で地面に押し潰していく。
「外したのをお願い…!そのくらい温室で育った貴方でもできるでしょ!」
「そ、ソフィ…!」
いくらソフィアの異能が強力と言えど、周囲全体に重力を発生させると味方を巻き込んでしまうため、局所的に異能を使う必要がある。
ソフィアは十数本のデバイスを無力化することに成功したが、残りの捉え損ねた数本は、ノーマンに丸投げした。
この国の国王陛下に対して、どさくさに紛れて温室育ちなどと侮辱にも近い発言をしたソフィアに、アメリアは悲鳴のような声を上げる。
そんなやりとりを見ていたノーマンは、怒った様子もなく、フッと頬を緩めると、黄金に煌く神器を抜剣した。
「結界…マルス」
ノーマンが結界を発動させると同時に、空中に浮かんでいたデバイスたちは初めて彼を敵と認識したのか、ソフィアに向いていたデバイスが一斉にノーマンを襲う。
ノーマンは猛スピードで迫り来るデバイスをじっと見据え、焦ることもなく、まるで流れるように神器を一振りして対処して見せた。
ノーマンが薙ぎ払うようにして神器を払うと、浮遊していたデバイスは一瞬空中で硬直し、操作の効力を失ったのか、音を立てて地面に落下する。
「さすがに、誰のものかわからないデバイスを壊してしまうのは気が引けるからね」
飛んできたデバイスを粉砕した美月と違って、どうやらノーマンは、相手のデバイスを心配する余裕すらあるようだ。
ソフィアはそんな彼を見つめ、如何にも文句を言いたそうな視線を送る。
「スカしちゃって…」
ノーマンはソフィアの言う通り、温室育ちだ。
彼は使徒との戦闘経験も、実際経験もなく、フェスタの出場経験もない。
まぁ、ノーマンに実力があれば、彼が国王陛下兼総帥という他国よりも1段階上の立ち位置になる可能性もあったわけで、そういう観点から、彼は異能に関して満足に学ぶことができなかった。
だから彼の今の薙ぎ払いは、完全な独学だと思われる。
想像以上にノーマンが強いこと、そしてその強さの理由、8割以上が天才だからという一言で完結する彼の口から出た余裕そうな発言は、イキりにしか聞こえない。
アメリアは雰囲気最悪なソフィアを見つめながら、飛んできた一本のデバイスを、軽々しく踵落としで地面へと叩きつける。
「舐められたものね」
「デバイスだけで制圧できるって思ったのかしら?」
「だとしたら相手に知能はないだろう」
イギリス支部のトップ3。
軍人の隊長格を除けば最高峰の3人に対し、数十本のデバイスで相手をしようなどとは見通しが甘すぎる。
そんな彼らの、口々に罵る声を聞いてか聞かずか、国家宝物庫内からはコツコツと、いるはずのない4人目の足音が聞こえ始めた。
「クカ、クカカカカ!誰かと思えば総帥じゃないか!バーミンガム燃やされて慌てて出勤ですかぁ?いいご身分ですねぇ…!」
「はぁ?何このクソガキ…」
ソフィアを馬鹿にしたように挑発する男は、見るからに小柄で中学生ほどにしか見えない。
ピンクに近い明るい赤の髪色に、緑色の瞳、ギザギザの歯で挑発的な笑みを浮かべたその少年は、ノーマンの神器を見ると立ち止まった。
「その神器…欲しいなぁ」
「っ!?」
「ノーマン!何してるのよ貴方!自分の神器くらいしっかり握って…」
「いや、盗られた…」
「盗られたぁ?」
少年がノーマンの神器を欲した途端に、その言葉が現実になったかのように神器は少年の手元へと向かう。
ノーマンはしっかりと、神器を握っていたにもかかわらずだ。
当たり前かもしれないが、ノーマンは手に入れる力を緩めたわけでも、油断していたわけでもない。
何しろ神器がなくなれば、生身での戦闘が強制されるわけで、悠馬だって生身での戦闘は避けたいから、神器を使っているのだ。
神器は戦場での命と同義。簡単に手放すはずなんてないし、腕が斬り落とされたって、しっかりと握ったままのはずだ。
ならばなぜ、どうして?
ソフィアが訝しそうにノーマンを睨みつけると、国家宝物庫内のガラスケースの中に入っていたデバイスたちがカタカタと揺れ動き、少年はニヤリと笑みを浮かべた。
「全部欲しい…!全部俺のだっ!」
直後、ガラスケースに厳重に封入されていたデバイスたちはガラスを突き破り、少年の周囲に集まっていく。
「なるほど…それが貴方の異能…」
彼の言葉を聞いて、彼の発言で、アメリアはノーマンの神器が彼の元に渡った大方の理由を理解する。
ソフィアは少年と距離を置きながら、アメリアを見た。
「アメリア?」
「彼はおそらく、欲した物を自分の所有物にする異能を持っている」
「それが本当なら…面倒な異能ね」
アメリアの予測が正しいなら、彼はデバイスを自由に操ることができ、尚且つ自分の異能に合ったデバイスでなくても操作ができることになる。
どこまでデバイスの性能を引き出せるのかはわからないが、手数は圧倒的に相手の方が多いと考えた方がいいだろう。
「ノーマン!悪いけど私、貴方を庇って戦う余裕なんてないから!」
「大丈夫!自分の身は自分でなんとかする!」
「クカカカカ!やってみろよぉ!王サマと総帥だからって、ティナ様から貰った俺の異能が通じないとでも思ってんのかぁ!?」
「っ…あのババア…!」
新たなおもちゃを手に入れたようにはしゃぐ赤髪の少年は、ソフィアとノーマンに向けてデバイスを射出しながら、その異能を授けたであろう人物の名前を呟く。
「これが俺の力!俺の強欲の力だ!」
「強欲…?」
おそらく自身の異能名を口にした少年に、アメリアは意識を内側に向ける。
強欲なんて異能名を持った異能は、世界的にもまだ、届出なんて出されていないはずだ。
一体どんな異能なのか、見当もつかない。
「アメリア!」
「はっ…!」
アメリアが強欲の異能を分析するために、意識を内側に向けた瞬間。
その致命的な隙を見逃さなかった強欲は、アメリアに向けて猛スピードで数本のデバイスを射出し、ニヤリと笑みを浮かべた。
「まず1人ぃ…!」
ドゴッ!と、デバイスが逸れて地面に直撃したのか、アメリアが立っていた付近には土煙が上がり、彼女の姿はよく見えない。
しかし確実に射止めたと判断した強欲は、ニヤニヤと笑いながらノーマンとソフィアを交互に見た。
「あ…アメリアぁ!」
ソフィアは大きく目を見開き、アメリアが立っていた場所を凝視する。
彼女の異能は、お世辞にも戦闘向きな異能ではない。だから彼女はいつだって拳銃を持ち歩いているし、他の体術を極めて、異能と渡り合っていたのだ。
しかしいくら体術を極めたアメリアと言えど、あの速度で迫り来るデバイスを捌けるはずがない。
1番の親友、ずっとそばにいてくれると思っていたアメリアを失ったりソフィアは、膝をついて瞳には涙を溜める。
「やれやれ。なるべく干渉は避けた方がいいと思ったんですがねぇ…流石にこの状況を見過ごせば、悠馬さんに叱られるのは私ですから…」
「…誰だぁ?お前…」
土埃の中から聞こえる男性の声。美しく透き通るような声ではあるものの、まるで呆れたように、見下したように発せられた言葉に反応した強欲は、土埃の中にある二つの影を見る。
「せ…どうして貴方が…」
「ご機嫌よう、ソフィアさん。貴女をお守りするよう、悠馬さんから仰せつかっています」
「男…まァいい。雑魚が1匹増えたくらいで、俺の異能の前じゃ誤差の範囲!」
「傀儡風情が調子に乗るなよ」
聖魔はアメリアを抱き抱えながら、冷ややかな視線を強欲に向ける。
いくらティナの作った強欲持ちの異能力者といえど、混沌に作られた聖魔と比較すると、天と地ほどの差がある。
そもそも聖魔は生前ですら異能王に近い存在だったのだから、元のスペックですら負けていないのに、そんな雑魚を相手に遅れをとるはずがないだろう。
瞬時に壁側に移動した聖魔は、冷静な様子ながらも怒りの視線を強欲へと向け、アメリアを地面へと下ろした。
聖魔にとって、全てにおいて劣っている存在からの挑発は気に食わないのだろう。
「なんだァその目は!俺をそんな目で見るなァ!」
聖魔の侮蔑にも似た怒りの視線。そんな彼の視線が気に食わなかったのか、何かを思い出したのか、強欲はデバイスを空中で回転させながら、ピザカッターのようにして国家宝物庫内を破壊し始める。
「ノーマン!崩れるわ!」
「ああ!」
「おっと!ヤンチャが過ぎる傀儡だ。お仕置きをしなければ」
聖魔の乱入。
元から悠馬に指示を受けてこの場にいる聖魔は、撤退や援護なんかよりも、強欲との戦いを優先しているように見える。
倒壊し始めた真っ白な壁を走る聖魔は、闇の異能を纏うと、ソフィアに向かって声をかける。
「ソフィアさん。貴女の異能ならば、この建物の倒壊を阻止できるでしょう。外には人もいるようなので、被害は最小限にした方がいいかと」
「簡単に言ってくれるわね…!」
人間離れした脚力で、垂直な壁を走る聖魔を見ながら、ソフィアは重力の異能を発動させる。
「ノーマン、アメリア!長くは保たないから、2人は付近の人々を避難させて!」
「ああ」
「わかった!」
神器を失ったノーマンと、アメリアはここに居ても役には立たない。そう判断したソフィアは、2人を避難誘導へと向かわせ、いつの間にかデバイスを握っている聖魔を見上げた。
「聖魔のヤツ…」
並外れた芸当だ。
聖魔は強欲が放った質の良いデバイスを見極め、そのデバイスで彼の攻撃を防ぎ切っている。
並の動体視力でできる芸当じゃないし、突然やれと言われたって、できるはずがない。
しかも彼はまだ、余裕があるのか口元が緩んでいる。
ソフィアはそんな彼を確認しながら、斜めにずり落ち始めた国家宝物庫を、重力の異能で強引に押し留める。
「聖魔!早くして!私、潰すのは得意だけど支えるのは苦手なの!」
潰すのは何も考えずに重力を発生させればおしまいだが、支えるのには横から崩れるのと同じ分だけの力を加えなければならない。
当然、瞬間的に押しつぶすことのできる上からの重力よりも、崩さないために支える重力の方が燃費が悪いわけで、しかもソフィアが支えているのは六本木タワーほどの大きさを誇っている。
数秒待ち答えるのは余裕だが、終わりが見えない現状が嫌なソフィアは、聖魔を急かす。
「一撃で終わらせることもできますが…そうすれば彼の持っているデバイスも神器も、全て消し飛びますよ。…それでも良いならしましょうか?」
「うっ…それはちょっと…」
強欲の手にしているデバイスの中には、各支部の軍人のものや、企業が作った高額デバイスも混ざっている。
流石に全部ぶっ壊して全額保証します。なんてできないソフィアは、しどろもどろな返事でそっぽを向く。
ここにあるデバイスだけでも数百億円にはなるだろうから、それをぶっ壊されただけでイギリス支部の財政が悪化してしまう。
それを把握しているからこそ、聖魔もデバイスを粉砕することなく、無力化している。
「ですがこれでは、何日も掛かってしまう」
聖魔は刃こぼれしそうになった良質なデバイスから手を離すと、続いて放たれたデバイスの柄を掴み、再び構える。
強欲はこの状況から察するに、デバイスを動かすことしか脳がないようだ。
そのことから鑑みるに、デバイスを全て散らすことさえ出来ればこちらのもの、もしくは本体を一撃で仕留めれる隙さえ作れば、この状況は打開できる。
「っと…おや?これは悠馬さんのデバイスでは…」
聖魔はふと、自分の手にしているデバイスがスウォルデンの魔剣モデルだと気づき、深いため息を吐いた。
「流石に主人のデバイスを勝手に使うわけにはいきませんし…っとと、あれは…」
聖魔は悠馬のデバイスを使うのを躊躇い、ちょうど反対の壁際にあったガラスケースを見て、にっこりと笑みを浮かべる。
「そうだ。アレがいい」
「ちょ、ちょっとぉ!?聖魔、貴方なにを…!」
聖魔が壁面を勢いよく蹴飛ばすと、宝物庫内には鈍い衝撃が響き、彼の蹴った壁面はひび割れ、ポロポロと崩れ落ちる。
ソフィアは聖魔がなにを発見して動き始めたのか、その視線の先に何があったのかな気づき、悲鳴にも似た叫び声を上げた。




