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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
405/474

燃ゆる炎

 イギリス支部、バーミンガムへ向かう鉄道。


 少し前時代的な列車に乗り込んでいる黒髪の少年、暁悠馬は、ソフィア側だけではなく、スウォルデン側にも妙な胸騒ぎを感じていた。


 ソフィア側は聖魔を送っているからひとまず安心できるが、スウォルデン側は、自分で向かうしかない。


 表情こそ崩さないものの焦りを感じている悠馬は、肘を突いて、窓の外を見る。


 悠馬のセカイという異能は、全てにおいて万能というわけではない。


 いや、実際は万能なのだが、使用者の問題で万能になりきれていないのだ。


 その理由として挙げられるのが一つ。

 悠馬はセカイを手にして全ての異能を使えるようになったわけだが、当然、自分の知らない異能は使えない。


 つまり、自分がイメージし得る異能はなんでも使えるのだが、悠馬が想像すらできていない異能は発動させれないのだ。


 だから十分、相手の後手に回る可能性はある。


 だから悠馬は、気を抜けない。

 実力的に敗北はまずあり得ないが、完璧じゃない以上、警戒を怠ることはできない。


 そんな悠馬を不安そうに見つめるセレスは、ふと、列車の前の方に乗車していた客たちが、騒がしくなっていることに気がつく。


「どうかしたのかしら?」


「さぁ…?」


 彼らが騒ぎ立てているのを見ていると、窓ガラスから突如、真っ赤なオレンジ色のような景色が現れる。


 それを見た瞬間、悠馬たちは驚愕した。


「全部燃えてる…」


 イギリス支部、バーミンガム。デバイス産業で賑わうその都市は、真っ赤な炎に包まれ、煙を上げていた。


 悠馬たちが火災を確認すると同時に、列車も緊急停車した。

 バーミンガムへ向かっていた列車なのだから、目的地が火事になっていれば、緊急停車するほかないだろう。


 次第に慌ただしくなる車内。列車内にはアナウンスが流れ、まだ駅には着いていないものの、列車の外には避難民のような人たちが見え、列車はその存在に気づいてか、扉を開いた。


「悠馬さま!」


「ああ、わかってる。ごめん、俺は降りる」


「私もついていきます」


「ていうか、全員降りるに決まってるでしょ」


 恋人が統括するイギリス支部での大火災は見過ごせない。

 尋常じゃないほど燃え上がるバーミンガムを前にして、悠馬が列車から降りると、悠馬に続いて彼女たちが全員降りてくる。


「じゃあ、夕夏とローゼは怪我人の治療を頼む。出来る限り、重症の人から優先して治してくれ。オリヴィアは氷の異能を使って、炎を鎮圧してほしい。花蓮ちゃんとルクス、朱理は、周囲に警戒して、怪しいヤツがいたら拘束しつつ、夕夏とセレスの護衛を頼む」


「ええ」「ああ」「わかった」「わかりました」


「私は…?」


「美月は俺と一緒に来てくれ」


 戦力比を鑑みるに、夕夏と花蓮と朱理が一緒に行動すれば異能王が相手でもない限り問題なく、ルクスとセレスも然り、オリヴィア単体でも、冠位は互角で渡り合えるし、特に心配することはないだろう。


 指示を出して走り始めた悠馬は、美月を抱き抱えながら鳴神を纏う。


 黄金色の雷が悠馬の周りを迸り、徐々に体内へと収束して行く。


 それと同時に加速した悠馬は、バーミンガムの燃え盛る建物を踏み台にして、目的地へと向かう。


「わ…!」


「悪い、少し飛ばすぞ」


「大丈夫!」


 お姫様抱っこ状態の美月は、悠馬が通ったであろう背後の建物を見て、その背後の建物たちが鎮火していることに気づく。


「火を消しただけだ。またすぐに燃えるから気休め程度にしかならない」


 美月がどこを見ているのかわかっているのか、悠馬は答える。


 流石に鳴神のスピードで走りながら、0.1秒にも満たない時間しか足をつけていない建物を氷漬けにして鎮火するのは不可能だ。


 だからせめて、気休め程度の時間稼ぎだけはする。


 いくらセカイと言えど、不可能な芸当はある。


 それは悠馬が神格を得て神の領域に至らないと不可能な事象であって、今の悠馬ではできない事象だ。


「それでも十分でしょ」


 美月は申し訳なさそうな悠馬を見て、そう答える。


 悠馬は十分、うまくやっている方だ。


 自分の目的を優先するならば、目的外のものはすべて切り捨てるのが普通で、どちらも手にするなんて発想は夢物語で傲慢で、不可能なことだ。


 2つを同時に取れない現状での悠馬のやり方は、最善だ。


「人がいるな…降りるよ」


「うん」


 火災の煙の中に人を見つけた悠馬は、走るスピードを遅め、建物の下へと飛び降りる。


 急降下する感覚を堪える美月は、悠馬の肩を強く握りしめて、地面へ到達すると同時に、力を抜く。


「ニブルヘイム」


 着地すると同時に、周囲広範囲を氷漬けにする。

 美月が目を開くと、悠馬が降り立った空間から100メートルほどの空間一帯は、一面青い氷で包まれていた。


「大丈夫ですか。怪我はないですか?」


「え、ええ…ありがとうございます。逃げ遅れてしまって…」


 見るからに足の悪そうな老婆と一緒に歩いている若者は、助かったと安堵しながら、悠馬へとお礼を言う。


「しばらくここにいてください。周囲はまだ火の海だから、助けが来るまで、ここで安静にしていてください」


 下手に動くよりも、ここで助けを待った方が炎に襲われずに済む。


 より確実な選択を取る悠馬は、直後、目で追えるギリギリのスピードで飛んできた銀色の閃光に気づいた。


 ガキン!と金属を弾いたような音が響き、美月は息を吐く。


「このくらいなら、私でも気づけるから」


 美月は悠馬目掛けて飛んできた謎のデバイスを、闇の異能で粉々にへし折っていた。


「ありがとう、美月」


「余計なお世話だとは思ったけど、一応、ね?」


「ううん。助かるよ」


 悠馬の認識では、美月はまだレベル9で自分が守ってあげなきゃという認識だったが、彼女はもう、レベル10。守られているばかりではないと凛々しい表情の美月を見た悠馬は、頬を緩めながら返事をする。


「では、急ぐので」


「ありがとうございます…!」


 ここに長く留まる意味はない。

 先ほどのデバイスの攻撃からしても、相手は美月や老人、若者など狙わずに悠馬を狙ってきたあたり、周りの人は眼中にないようだ。


 ならばここに長く留まる方が返って彼らを危険に晒してしまうし、悠馬とて2人を助けるために来たわけじゃない。


 目的地を目指す悠馬は、再び美月を抱き抱えると、軽々と建物の上へと跳躍した。



 ***



 鉄の焼けたような匂いと、明らかに有害そうな煙の匂いが鼻を突き抜け、顔をしかめる。


 悠馬の腕の中にいる美月は、右手で鼻と口を覆うようにして煙を避けている。


 真っ黒な煙が周囲に立ち込め、先ほどと比べても遥かに火の火力が上がっていることから、ここが被害の中心地ということでいいのだろう。


 燃え盛る炎の中、目的地付近へとたどり着いた悠馬は、すでに火がついた工房を発見してから美月を降ろした。


 地面は赤煉瓦で出来ているため燃えていないが、バーミンガムの工房は建物の所々に木材を使っているため、非常に燃えやすい。


 鉄を打つための石炭なんかも工房の中にあるから、尚更だ。


「酷い…」


 真っ赤に燃え上がるスウォルデン工房を目にした美月は、小さな声で呟いた。


「俺は中を確認してくるから、美月はここで待っててくれ。すぐに戻る」


 美月を抱えて建物の中に入れば、スウォルデンが重症だった際、抱えて出ることができない。


 それに美月と2人で入った結果、建物が全壊するなんてことが起こったら大惨事だし、それならば美月を外で待機させておいた方がいい。


 美月も2人で入るメリットよりもリスクの方が高いことを理解しているのか、文句は言わずに、ただ頷いてくれた。


「気をつけてね」


「ああ」


 スウォルデン工房の燃ゆる扉を蹴破り、中へと入る。


 中はすでに至る所で火の手が上がっていて、木製のフローリングが火の海になるのは、時間の問題だろう。


 スウォルデン工房は最悪なことに、入口からカウンターまで、全てが木製だ。


 だから火事が起こった際は、時間次第で確実に全焼する。

 悠馬はカウンターにスウォルデンがいないのを確認すると、工房の奥に入ろうとして、立ち止まった。


「っ…」


 悠馬が立ち止まった場所、カウンターと工房を繋ぐ床には、血痕があった。


 それも最近のもののようで、少なくとも昨日怪我をしたというわけではなく、触れればまだ水気を残しているであろう血液だ。


 悠馬は火の手が侵食して行く中、炎でチリチリと焼かれながら歩みを進めた。


 薄暗い工房内。元々、昨日も薄暗かったが、今日は炎が上がっているにもかかわらず、昨日以上に薄暗く見えた。


「スウォルデンさん、居ますか?居たら返事をしてください」


 煙の立ち込める工房内で声を上げる悠馬は、歩みを止めることなく、周囲を見回す。


 その直後だった。


「ぅっ…」


 どこからともなく聞こえてきた呻き声に反応した悠馬は、微かに声がした方へと向かう。


「っ!」


 そしてそこに居た人物を見て、絶句した。


 うつ伏せになって倒れている金髪の男性は、両足が曲がらない方向に曲がり、右手は遠く離れた場所に転がっている。


 その光景を見て、悠馬は怒りを露わにした。


 倒れているのは、間違いなくスウォルデンだ。

 デバイスを作るのをあれだけ楽しんでいた、命をかけていた彼の大切な右腕は無残にも斬り落とされ、両足はへし折れまともに歩けるような状態じゃない。


 アーティストや制作で最も重要になるのは、腕だ。

 そんなこと誰だって分かるし、腕が無くなってしまえば、これまで通りの作品を作れるわけがないし、それを知ってるからこそ、人々は制作者の腕を大切に扱おうとする。


 怪我をさせないように、また最高の作品を作ってもらうために。


 でもどうやら、ここにきた人物は違ったらしい。


 人の人生をなんとも思っていなくて、世界一と名高いスウォルデンのデバイスを作る腕ですら斬り落としている。


「…スウォルデンさん…」


「…ごめんね…君のデバイス、盗まれてしまった…」


「今はそんなことどうでもいいでしょう」


 スウォルデンの口から出た第一声が、謝罪の言葉とは思わなかった。


 普通、これだけデバイスを愛し、命を捧げている人物なら、自分の腕が失くなった時点で泣き叫んで、気が狂ってもおかしくない。


 だって、自分の夢を失うんだ。しかもそれは、諦めるという形ではなく、二度と触れないという形で。


 それなのに彼は、一番最初にデバイスを買ってくれた人に、盗まれたことへの謝罪をした。


 こんなことができる人は、そういない。

 悠馬だって、同じことができるのかと聞かれれば、不可能だと答えるだろう。


 自分の苦しみ、悲しみを差し置いて、押し殺して他人に謝罪ができる人なんて、そうはいないのだから。


 誰だって、夢を失った瞬間に謝罪なんてできず、虚無感や絶望が襲ってくるはずだ。


「ここを…出ましょう」


「あぁ…本当に、何から何まですまないね…」


「少し痛むかもしれませんが、我慢してくださいね」


 悠馬は足が痛むであろうスウォルデンのことを確認しながら、彼を抱き抱える。


 ゆっくり慎重に、火の手の上がる工房内でスウォルデンを抱えた悠馬は、真っ黒な瞳の奥で、出口だけを見据える。


「動きますね」


 彼の傷が痛まないように、慎重に歩みを進める。


 走った方が炎の被害はないかとも考えたが、さすがに両足を骨折し、片腕を失っている人を抱えたまま走ることはできなかった。


 先ほど蹴破った扉の前へとたどり着いた悠馬は、不安そうに遠目から中の様子を伺おうとする美月と目が合い、顔をしかめた。


 美月も悠馬が抱えている人物の凄惨な姿を見て、顔をしかめる。


「悠馬…」


「俺が来たときには、もうこの状態だった」


 美月の言いたいことはわかっているつもりだ。

 彼女が何かを言いかけた際に返答した悠馬は、周囲を凍らせながら空を見上げた。


 空は真っ黒な黒煙が上がり、まるでこの世のものとは思えないほど、汚く澱んで見えた。

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