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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
401/474

デバイスを求めて

 翌朝。

 目が醒めると、くしゃくしゃになったベッドの上には誰もおらず、自分1人だけだということに気づく。


「…ソフィ?」


 様々な匂いが混ざる室内で脳を回転させ始めた悠馬は、カーテン越しに差し込む太陽光に目を細め、ベッド横のチェストに置いてあった手紙に気づく。


「……少し身体がだるいな…」


 昨日は張り切りすぎたせいか、眠ったというのに完全に疲れが取れていない。


 手紙へと手を伸ばすように身体を動かした悠馬は、疲労を嘆きながら、二つ折りの手紙を開いた。


 手紙はソフィアからのものだった。



 悠馬へ


 ごめんなさい。今日もお仕事があるから、総帥邸に行きます。

 昨晩は私のわがままに付き合ってくれてありがとう。今日はゆっくりと休んで、イギリス支部の観光を楽しんでね。



 ごく短い文章ではあるが、彼女が向かった先はわかった。


 昨日あれだけ忙しかった総帥の仕事が、突然今日は暇!というはずはなく、ソフィアは悠馬を起こさないよう、ひっそりと仕事に向かったのだ。


「起こしてくれても良かったのに…」


 ソフィアの気遣いも嬉しいが、彼女をいってらっしゃいの一言で送ってみたかった。


 ベッドから降りた悠馬は、手紙を丁寧に二つ折りに戻すと、その手紙をゲートを開いて中へと送る。


 もちろん、捨てたわけじゃない。忘れて帰らないように、自身の寮に置いたのだ。


 初めてもらった彼女からの手紙に、どこか幸せな気持ちを感じながら、悠馬は影へと視線を落とす。


「聖魔、今日はデバイスを買いに行こう」


「承知しました。…が」


「が?」


 いつものように影から現れた聖魔は、執事のように深々と礼をすると、何かを進言しようとする。


「恋人はどうなさるおつもりで?」


「連れて行くよ。花蓮ちゃんとオリヴィア、ローゼは神器を持ってるけど、夕夏と美月と朱理は、戦闘向きのデバイスも持ってないからさ」


「なるほど。彼女たちも、デバイスには慣れておいた方がいいですからねぇ」


 現戦乙女を見てもわかるが、戦乙女は全員、デバイスの操作に長けていた。

 まるで踊っているような剣技に、流れるような一連の動作。


 流石に彼女たちにあそこまでの技術を要求するつもりはないが、戦乙女になる以上、デバイスくらい持っておいた方がいいだろう。


 幸いイギリス支部は日本支部と違ってデバイスが格安で販売されているし、有名なデバイスも多い。


 もし仮にここで欲しいものが見つからなかったとしても、まだまだ時間はあるし、目星を付けるためにも、空いた時間は有効活用すべきだ。


「そういうこと。それじゃあ、花蓮ちゃんたちを呼んでくるよ」


 今日の行き先が決まった悠馬は、彼女たちが眠っているはずの別室へと向かう。



 ***



「相変わらず寒いわね…」


 オレンジと赤土色のタイルを踏みながら、花蓮は両腕を擦る。

 イギリス支部の11月は、そこそこ寒い。

 去年フェスタに行った際に、そのことは知っていたのだが、やはり久しぶりに来てみると、より一層、寒くなったような気がしてしまう。


 ここはイギリス支部、バーミンガム。

 バーミンガムではデバイスの展示や販売が盛んらしく、この街の一角には、スウォルデン工房まで建っている。


 デバイス選びとしては最適な、おそらくこれを超えるデバイス市場はないであろうバーミンガムへと足を運んだ悠馬たちは、道端でデバイスを販売している人々を横目に進む。


「悠馬、この辺りのデバイスは見ないの?」


 銀髪を靡かせながら、美月が尋ねる。

 ここら一帯は、道端でも大量のデバイスが取引されていて、一見選り取り見取りで迷ってしまいそうに感じる。


 しかし悠馬は、そんなデバイスに目もくれず、歩みを進めているのだ。


「保証書が見えないから」


 美月の質問に、悠馬が答える。

 その答えを聞いた美月は、ハッと驚いたように口に手を当てた。


 道端で販売されているデバイスは、万人に見てもらうためなのか全てが剥き出しで、ケースに入っているものが1つもない。


 普通、きちんとした企業が作ったデバイスならば、そこそこ高そうなケースに入れられ、ケースの底に保証書があるはずなのだ。


 悠馬の指摘を聞いてから周囲を確認してみると、確かに胡散臭いというか、怪しく見えてくる。


 ケースをひとつも見せていないあたり、この中には数本偽物が紛れている可能性もあるし、すぐに壊れたって保証書がないから修理にも出せない。


「怪しー…」


 ジーっとデバイスを見つめる美月は、日本語でそんなことを呟きながら悠馬に歩調を合わせる。


「ちなみに、悠馬さまはどこに向かっているのですか?」


 並んで歩く美月と悠馬の背後から、セレスが問いかける。


「スウォルデン工房」


「えっ…」


「わ、私買えないよ!悠馬くん!数千万円なんて…」


 悠馬が向かう先は、スウォルデン工房。

 聖魔のデバイスや、レベル10である彼女たちのデバイスを求めるなら、スウォルデンが最適解だ。


 しかしながら、悠馬の解とは違い、彼女たちは慌て始める。


 それもそのはず、悠馬たちはただの高校生だ。

 いくら親がお金持ちだろうが、元総帥だろうが、流石に娘がポンと数千万の買い物をして来たらブチギレられるし、そもそも現在進行形でそんな金を持ち合わせていない。


 そんな彼女たちを見かねてか、セレスは落ち着いた様子で口を開く。


「大丈夫ですよ。戦乙女のデバイスは全額免除ですので、美月さまや夕夏さまが直接支払うお金は1円もありません」


「そ、そうなの!?」


「経費で落ちます」


 これも戦乙女だけの特権だ。


(知らなかった…)


 自分のお金で払えばいいやなどと思っていた悠馬は、異能王になってから全てが経費になるのだと知り、いよいよお金を使う機会がなくなってきたことに気づく。


「どっかに募金しようかな…」


「着きました」


 悠馬が頭の中で考え事をしていると、セレスの言葉が思考を遮り顔を上げる。


 セレスが指の指す方へと目をやると、そこにはこじんまりとした一軒家が建っていた。


「…え?これ?」


 悠馬は首を傾げる。

 スウォルデン工房は世界的にも有名だから、新東京の高層ビル群や、セントラルタワーのような、大型高層ビルを想像していた。


 しかし悠馬の目の前に建っているのは、寮ほどの大きさの建物一つ。


 セレスが間違えるなんて考えたことなかったが、もしかすると場所を間違えてるんじゃないかという可能性も視野に入れる。


「はい。スウォルデンさまは…少し気難しい方で…以前戦乙女がデバイス作成をお願いしたときは、全面拒否されました」


 アメリアが聞いていたらザマァ見ろバーカ!と言っているかもしれない。


 この世界の王である側近の戦乙女のデバイス作成要求すら跳ね除けた変わり者が、果たして高校生の要求に応じてくれるだろうか?


 外観と話だけで変わり者だと悟った悠馬は、そんな不安を抱きながら扉に手をかけた。


 悠馬が手をかけると、カランカランと、どこにでもある安いベルのような音が響き、室内からは鉄の焼けたような匂いが漂ってくる。


 店内に人影はない。

 周囲を見回す悠馬は、デバイスをひとつも置いていない室内を不思議そうに確認し、口を開いた。


「すみません…」


「売るものは無いぞー、早く帰れー」


 静かな室内の中で、悠馬の第一声へのカウンターのような発言が聞こえてくる。


 気の抜けたような、やる気のなさそうな声の主は、姿を見せることもなく、どこか遠くから返事をしているようだ。


 何も無い室内。

 カウンターのようなものこそあるものの、それ以外はどこかの受付を彷彿とさせるもので、室内に確認できるのは、テーブル、椅子、プランターにカウンターのみ。


 椅子だってお客さん用ではなく古びた椅子だし、そもそも1席しか置いてないし、このお店が、対面式で販売していないということはすぐにわかった。


 悠馬が振り返ると、セレスは唇を尖らせながら首を傾げた。


 どうやら、以前もこのようにして突き返されたようだ。


「デバイス欲しいんですけど作ってくれませんかー?」


「嫌でーす」


「……」


 顔も出さずに即答してくる辺り、声の主はそもそも悠馬になんの興味も抱いておらず、心底早く帰って欲しいと思っているのだろう。


 若干表情を痙攣らせた悠馬は、せめて顔だけは拝んでやろうと、その場から動き出す。


「せめて顔くらい見せてくださいよ」


「今忙しいんですー」


 カウンターの奥から聞こえてくる声に、手を伸ばして暖簾を払い除けた悠馬は、古びた工房を発見する。


 かなり使い古されたというか、ボロいというか…

 スウォルデンのデバイスは数十年先まで予約で埋まっていると聞くし、デバイスは数千万から取引されているため豪華な工房を使っているのだろうと思ったが、どうやら建物と同じく、工房も初期のままのようだ。


 おそらく売れる前からここで仕事をし続けているであろう人物に、少しだけ関心する。


 お金を儲けたら人は簡単に変わってしまうし、慣れ親しんだ空間、道具だって、簡単に捨ててしまう人が多い。


 初心を忘れて、何もかも捨て去って新しいものを手にするのだ。


 その点、金を儲けてもその場に居座り続ける彼の姿には好感を持てた。

 金儲けのためではなく、好きでデバイスを作り続けていることがわかったから。


「魔剣モデル」


「その話は聞きたく無いなー。本当に帰ってください」


 奥にうっすらと見える影は、悠馬の魔剣という単語に一瞬だけ反応する。


 どうやらスウォルデンは、魔剣に対していい思い出がないようだ。


 そりゃそうだ。

 自分が好きで作ったデバイスは、転売を目的として売り捌かれ、至るところを転々としてきた。


 自分の作品がたらい回しにされるのは、どの芸術家だって気に食わないはずだ。


「メンテお願いしてもいいですか?」


「っ!」


 悠馬がそう告げると同時に、奥の影は椅子をガタンと蹴飛ばし立ち上がる。


 そのまま数秒ドタドタという音が聞こえ、工房からは薄汚れた男が飛び出てきた。


 髪色は金髪で、髪は短いがボサボサ。髭は少し伸びていて、小汚いという言葉が相応しい。


 スウォルデンは青色の瞳で悠馬をじっと見つめると、片手に持っていた自身の傑作、魔剣モデルを発見し目を輝かせた。


「ソレが使えるのか!?」


「ええ。良いデバイスですね」


 魔剣モデルは、デバイスの中でもトップクラスの性能を誇っている。


 グレーとシルバーのシンプルなデザインだが、造形美は見事で、切れ味や異能伝達速度は神器並み。


 これが偶然作られた代物ではないと考える悠馬は、彼の作ったデバイスなら間違い無いと踏んでいる。


「目立った傷はないけど…刃先が少し傷ついてるな…実戦で何度か使ったんだ?」


「ええ。貴方の作った聖剣モデルと…」


「そりゃあ凄い!」


 自分の作った聖剣モデルと魔剣モデルが、知らぬ間に激突したと知らされたスウォルデンは、悠馬など既に眼中にないのか、デバイスにだけ熱い視線を注ぎ続ける。


「君の異能は?なんの異能使うの?どこの国の人!?」


 どうやら悠馬が眼中にないわけではないらしい。

 デバイスを一通り見つめ終えたスウォルデンは、自身の作ったデバイスの保有者である悠馬に興味を持ち始める。


 魔剣モデルは元々、持ち手が極めて限られてしまうため、たらい回しにされてしまったデバイス。


 そしてそのデバイスの持ち手がようやく現れたのだから、彼としては歓迎したいのだろう。


 悠馬の背後に控える彼女たちそっちのけで話すスウォルデンは、好きなことになると周りが見えなくなるタイプのようだ。


「えっと、異能は基本的に雷と闇、聖をデバイスに通す予定ですね。日本支部出身です」


 スウォルデンの鼻息を肌で感じ、悠馬は一歩後退りながら答える。


「ほぉー!なるほどね、少し改良したほうがいいかもしれない!1日で仕上げるよ!絶対に!それまで待てるかな!?」


「あ…あの…」


 勢いのすごいスウォルデンに押され気味の悠馬は、自身のデバイスのメンテナンスよりも重要な話をしようと、会話の流れを切ろうとする。


「お願い!絶対納得のいくデバイスにするから!1日だけ待ってくれよ〜!」


 悠馬が1日も待てないとでも言うと思っているのか、微妙な相槌を聞いたスウォルデンは半泣きでしがみ付いてくる。


「いや、ちょっと!話聞いてくださいよ!」


 スウォルデンは自身の好きな話が始まると周りが見えなくなるタイプであり、それに続いて、どうやら彼は、人の話を聞かないらしい。


 自分の話を切り出せなくなってしまった悠馬は、しがみ付いてくる小汚い男、スウォルデンを引き剥がしながら叫び声を上げた。

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