総帥は忙しい
「んーっ!よく寝た!」
外国語のアナウンスが流れる空港の中、花蓮は大きく伸びをしながら呟く。
右手を天高くに突き出し、伸びをする彼女は胸が強調されていて、正直かなり魅力的だ。
真っ白な大理石の床にトランクを転がす悠馬は、伸びをしていた花蓮をまじまじと見つめながら歩みを進めていた。
ここはイギリス支部のとある空港。
平日だというのに人で賑わう空港の中は、異能島のイベント時のように人が多く、一度はぐれたら再会は叶わないと考えた方がいいかも知れない。
「聖魔」
「ご安心を。きちんと把握できてます」
周囲の人混みを注意しながら小さく呟いた悠馬は、どこからともなく聞こえた聖魔の声を聞いてから片目を閉じた。
聖魔は現在、悠馬の闇の中にいる。ルクスがメトロ戦で見せた、闇の中を移動するというヤツだ。
聖魔は日本国籍なのは確かだが、すでに死亡していてパスポートなんて持っていないし、外見からしても明らかに異質なため何かと目に付く。
そんなこんなで様々な問題を考慮した結果、不特定多数と接触する機会、つまり空港内では悠馬の影に隠れるのが最適解だと判断された。
それに聖魔は、何も悠馬の闇に潜んで怠けているわけではない。
悠馬が声をかけたのだって、彼女たちの位置を聖魔に把握させるためだ。
聖魔がきちんと彼女たちの位置を補足できていると知った悠馬は、安心した表情で歩みを進める。
「悠馬、アレは」
「おお…!」
オリヴィアに声をかけられ、彼女が指差している特大のポスターを目にする。
オリヴィアが指を差している特大ポスターには、悠馬も見覚えのある人物が映っていた。
「フレディじゃん!」
1年時のフェスタ、2年時の留学でお世話になったフレディは現在高校3年生。
季節は11月ということもあってか、すでに総帥見習いとしての進路が決まっているフレディは、早くも次期総帥候補、しかもソフィアの後釜として周知されているようだ。
「悠馬も1年半くらい後には、ああなってるのかな?」
「死ぬほど恥ずかしいからやめてほしい…」
フレディのポスターを見て嬉しそうにしていた悠馬は、美月の発言を聞いてから恥ずかしそうに俯く。
人間、自分の友人や知人がポスターになっていれば鼻高々だが、自分がポスターになると死ぬほど恥ずかしいというか、見たくない。
明らかに目立っているフレディの特大ポスターのように自分がなることを想像した悠馬は、わりと本気で嫌そうだ。
「あはは、悠馬くんそういうの好きじゃないもんね」
「うん」
夕夏の言葉に、悠馬は同調する。
悠馬はもともと、目立つのが好きなタイプじゃない。何しろ悠馬は元聖人で、自分が世界の中心なんて思うタイプではなく、夕夏のようなタイプだったし、闇堕ちしてからはさらに自信を失くしてきた。
そんな彼に今さら性格の変化など起きるはずがなく、彼は集合写真ですら、中央の中央には居たくないタイプなのだ。
「でも悠馬さんの写真、異能島内で高値で取引されていますよ?」
「え"っ」
「あ、私も見たことあるわ。悠馬単品の写真だったら五千円くらいで取引されていたわね」
「ああ。私はその写真を待ってるぞ」
「ちょっと!?オリヴィアさぁん?なんで買ってるんですかね?」
悠馬の知らなかった事実。まさか自分の写真が裏で取引されているなどと知らなかった悠馬は、ギョッとした表情で写真を購入したであろうオリヴィアの方を向く。
「てかなんでみんな知ってんのさ?」
悠馬が振り返ると、夕夏はバレバレの表情でそっぽを向いて口笛を吹こうとしているし、美月も咄嗟にそっぽを向いた。
話を持ち出した朱理はもちろんのこと、このことを知っていた花蓮と購入したオリヴィアに、悠馬は驚きを隠せない。
何しろ異能島の学校に通う彼女は全員、悠馬の写真が裏で取引されることを知っていたのだ。
ちなみに補足だが、彼女たちは全員、悠馬の写真を裏で購入している。
それを知られたくない夕夏と美月は、誤魔化すのに必死だ。
「ゆ、悠馬くんがネットに疎いだけなんじゃないかな?」
「わ、私もそうだと思うな…」
「えぇ…慣れてきたと思ったのに…」
入学当初から機械系に疎かった悠馬は、ようやく慣れてきたと思った矢先に夕夏と美月から酷評を受け、ションボリとする。
実際の悠馬は、以前と違ってネットにも強くなってきているのだが、2人は秘密裏に写真を購入したことがバレたくないがために嘘をつく。
「どんな写真が売られてるんだよ?」
「悠馬の生着替えよ」
「はっ!?」
誰に需要があるんだよソレ!!
花蓮の返事を聞いて、悠馬は全身から血の気が去っていくのを感じる。
女子の生着替え写真は正直需要があると思う。何しろ年頃の高校生なんて野生の猿みたいにサカっているし、付き合い始めて間もないのに妊娠させてしまって「結婚します」なんて人生楽観視してるバカもいるくらいだ。
そんな彼らなら、きっと女子の生着替え写真を欲望の捌け口にしていてもおかしくない。
しかし男の生着替えはどうだろうか?
某有名アイドルグループのメンバーならいざ知らず、悠馬はスカウトすらされたことのないごく普通の高校生だ。
確かに容姿は整っているしカッコいいと言われ続けるためイケメンなのかもしれないという自覚はあるのだが、自分の生着替え写真が取引されてるなんて思いもしなかった。
「え?俺の寮に隠しカメラとか設置されてんの…?」
悠馬は今にも泣き出しそうな表情で訊ねる。
「違うわよ。体育終わりの体操着(上)を脱いでる写真」
「…需要なくね」
『いや、あるから』
「…もしかして…」
体操着脱ぎかけの自分の写真とか需要ないし、むしろ罰金払えとクレームをつけられるレベルだと思っていたが、どうやら違うらしい。
悠馬はそう判断すると同時に、需要ないと発言した自分に対して食い気味に返ってきた言葉に違和感を覚える。
「…もしかしてみんな持ってるの?」
『……』
悠馬の疑問に対し、返ってきたのは長い沈黙。それは悠馬の疑問を肯定しているのだと確信させるものだった。
この現状を理解できていないセレスはキョトンと首を傾げているが、ルクスとセレス以外の彼女は、やましいことでもあるのか悠馬と顔を合わせようともしない。
「うん、消そうか?」
『嫌』
「あー消してよぉ!恥ずかしいー!お願いしますぅ!頼むよ花蓮ちゃん!」
「嫌よ!こっちだって金払って買ったんだから!」
「俺が五千円払うから消してくれよ!」
「なんでよ!彼氏の写真くらい誰でも持ってるでしょ!ねぇ?」
『ねー?』
花蓮の言葉に、周りが同調する。
残念なことに、この場において悠馬の味方はいない。
自分の写真になど需要がないと考える悠馬とは反対に、彼女たちは悠馬の写真に需要を見出しているのだから、当然だ。
多勢に無勢状態の悠馬は、自分が何を言おうと彼女たちが画像を消してくれないと悟り、意識を内側へと向けた。
「聖魔…」
「フフフ…貴方の周りは愉快ですねぇ」
「いや、愉快なのか?コレ…」
辱めを受けてるの間違いじゃね?
聖魔は愉快だと評したが、悠馬にとっては拷問に近い辱めだ。
穴があったら入りたい気分の悠馬は、とぼとぼと歩きながら目的地へと向かう。
***
場所変わり、こじんまりとした喫茶店。
黒に近い茶色の木目調の床が特徴的で、椅子は黒を基調としたアンティークな作り。
店の中の人の数はそれなりだが、お客さんは全員落ち着きを持って優雅に紅茶を飲んでいるため、騒がしくはない。
これがおそらく、国の文化というか民度なのだろう。
日本人は身内同士で固まると辺り構わず騒ぎ散らして迷惑になったりするが、イギリス支部は比較的穏やかに見える。
人はそれなりにいるが静かな店内へと足を踏み入れたセレスは、慣れた様子で席へと向かう。
「ローゼ、この店来たことあるの?」
「はい。イギリス支部へ訪れたときに何度か…総帥邸にも近いので」
戦乙女の隊長だった頃に、戦乙女だけの昼休憩をここでしたことがある。
懐かしい記憶を思い出すセレスは、どこか遠くを見つめながら微笑む。
「さてと、悠馬さま。ソフィアさまが来るまでもうしばらく時間があると思いますので、先に注文を決めちゃいましょう」
「うん、そうだね」
時刻は11時半。ソフィアの昼休憩は12時だからあと30分待ちがあることに気づいた悠馬は、セレスの言った通り先に自分たちの注文を始める。
流石に来店しているのに30分間注文もなしに居座るのは気が引けるし、ちょうど喉も渇いてきたからグッドタイミングだ。
大きな8人がけの席に通されたセレスは、悠馬の向かいに座りながらメニューを手渡す。
「ローゼってほんと、才色兼備だよな」
「え?私がですか?」
「うん!わかるよ、私も才色兼備だーとか言われるけど、セレスさんは圧倒的だよね」
悠馬の発言に、夕夏が乗っかる。
元々才色兼備の完璧人間ポジションだった夕夏だが、セレスの方が自分より才色兼備だと判断したようだ。
「そ、そうでしょうか?」
「そうですね。スペックと性格、地位で判断するなら、この世界に貴女ほどの女性はいないと思いますよ?」
元戦乙女隊長、一国のお姫様、全カ国語翻訳可能で読み書きも可能。誰であろうが平等に接する彼女を超える人物なんて、いないと断言できる。
ついでに言うなら家事全般もできるわけで、正直言って悠馬も「この人を自分の彼女にしていいんだろうか?」とふと考えてしまうほどだ。
そんなオーバースペックなセレスを見つめる朱理は、謙虚なセレスを見てため息を吐く。
最後に、乳もデカい。
ソフィアがH、オリヴィアがIと大きく豊満な胸を持っているわけだが、セレスはそれらを優に上回るKカップ。頭の通りキングサイズな彼女の胸だが、その胸はかなりハリが良く、形も良いため女性なら誰もが羨むはずだ。
「ボクも、キミと顔を交換してみたいよ…そしたらきっと楽しめただろうに…」
「いや、ルクスはその顔で十分でしょ…」
セレスの顔を羨ましがるルクスに、花蓮がツッコミを入れる。
結論だけ言うが、ここにいるメンバーは非常に可愛いし、誰もが羨む外見を手にしていると言っても過言ではない。
「ハハ…」
そんな高レベルな彼女たちの謙虚な話を聞きながら、悠馬は渇いた笑い声を漏らす。
「ところで…注文はどうするんだ?」
「そ、そうでした、注文をしましょう!」
随分と脱線してしまったが、なによりも優先すべきは注文だ。
お店の店員さんが注文はまだかまだかとこちらの様子を伺っていることに気づいたセレスは、慌ててメニューを開いた。
***
注文していた商品がテーブルの上に出揃い、優雅な茶会が始まる。
まぁ、茶会と言っても日本支部の喫茶店でお茶をしているのとなんら大差ないが、場の雰囲気というやつだ。
いつもと違う空間にいるということもあってか、なんだかお茶会のような雰囲気で紅茶を飲む悠馬は、カランカランと、ベルのような音が響き、ゆっくりと開いた扉の方を振り返る。
「ソ…!?」
振り返った先、つまり扉の前に立っているのは、紛うことなく悠馬の恋人であるソフィアだ。
セラフ化を使用しているのか金髪ではあるが、その淑やかな髪質と紫色の瞳はソフィア特有の美しさで、豊満な胸もいつも通り。
しかし違うところが一つあった。
悠馬はそれに気づき、驚いたのだ。
それはソフィアの目元。
彼女の目の下は、黒ずんだ隈ができていた。
疲労困憊という単語が相応しいほど目元は窶れていて、今すぐ抱きしめて仕事を休もうと囁きたくなる。
総帥としての仕事なんかよりも、ソフィアのことを心配する悠馬は、彼女のもとへと歩み寄ろうとするが椅子を立ち上がる寸前で思いとどまる。
「ソフィアさま、こちらです!」
悠馬が思い止まると同時に、室内に凛とした美しい声が響く。
悠馬の真正面で手を挙げていた翠髪の女性、セレスは、赤眼でソフィアを見つめながら、ピンと手を伸ばしていた。
「セレ…っ!?あ〜、悠馬ぁ〜」
疲れた様子でセレスに返事をしようとしたソフィア。
しかし彼女の視線はセレスの手前、つまり悠馬のところで停止すると、彼女は目にも止まらぬスピードで悠馬へと飛びついた。
「ソフィ…くすぐったい…」
「ん〜っ、好き…どうしてここにいるの?え?全員お揃いじゃない、…ルクスも」
隈までは消えていないが、さっきまで疲れていたのはどこに行ったと尋ねたくなるほど元気なソフィア。
頬すりをされる悠馬は、それがくすぐったいのか、ソフィアを引き離しながら口を開いた。
「みんなでソフィに会いに来たんだよ」
「えっ、みんな好き…!」
悠馬の発言を聞いたソフィアは、目尻に涙を溜めながら告白をする。
本当に、ソフィアはちょっとバカっぽくて愛らしい。
会いに来ただけで惚れてしまうソフィアに苦笑いの悠馬は、彼女たちを見回しながら背もたれに背を預けた。




