文化祭は終わらない5
「ありがとうございました」
「美哉坂さーん、また買いに来るから」
「美哉坂さんのためならいくらでも貢ぐよ!」
「あはは…」
第1高校、2年Aクラスの出店で接客をしていた夕夏は、そんな言葉を聞いて苦笑いを浮かべる。
今は文化祭2日目の昼過ぎで、大半の出店のメンバーが昼休憩を貰っている頃だ。
ちなみに2年Aクラスの今年の出し物は、たこ焼き。
まぁ、去年のドーナツと同じく無難なもので纏まったのではないだろうか?
「人気だな。夕夏は」
「そうかな…?」
昨日は美沙と八神が昼休憩の店番をしていたのに対し、今日の店番は夕夏とオリヴィア。
夕夏の背後でたこ焼きを焼いていたオリヴィアは、ひと段落したのか振り返ってから夕夏に声をかけた。
「ああ。キミが接客のおかげで、売り上げが右肩上がりじゃないか」
「あはは…ごめんね?忙しくしちゃって…」
「いや、構わない。私も料理のコツくらい掴みたいからな」
夕夏が接客になったことにより、男子たちは見栄を張って昼飯はたこ焼きだから!と3.4パックずつ買うようになってしまった。
中にはクラスの出店のお土産として大量購入していく輩もいたし、夕夏パワーは偉大だ。
他校生からも偏見の目で見られず、常に異能島のトップであり続ける夕夏というのは、男女問わずに絶大な人気を誇っているのだ。
対するオリヴィアは、昨日の聖魔の料理に対抗心を燃やしていた。
料理をすること自体八神に振る舞った謎のスープが初めてだったのだが、それではダメだと思い、まずはたこ焼きから作ることにした。
自分が天性の料理スキルを持っているなどと知らないオリヴィアは、何も知らずに直向きな努力を続けている。
「それにしても、人多いね。去年はこんなに多くなかったのに…」
「去年は一般客が来なかったのだろう?私は去年を知らないからわからないが…」
「うん、これは特例だからね〜、んーっ!今日はぐっすり眠れそう!」
去年は学生だけの文化祭で人の量には上限があったが、今年の文化祭は一般客もいるため上限がわからない。
既に結構な数を捌いたのか、珍しく疲れの色を見せる夕夏は、両手を上に伸びをした。
「おーい、美哉坂さん、オリヴィアさぁん!俺らが代わるぜ!昼休憩行って来なよ、なぁモンジ!」
「うげっ!栗田!俺を手伝わせようとすんなよ!俺はアルバイト的なの嫌いなんだよ!」
そんな2人の元に現れたのは、襟足の長い男子栗田と、エロ本をぶちまけたモンジだった。
栗田は夕夏たちと休憩を代わってあげるつもりで来たようだが、どうやらモンジは無理やり連れて来られたしく、美女の前だというのにいつもと違い拒絶しまくっている。
「おい!テメェモンジ!接客で女子にキモがられたからって萎えんなよ!」
「そういうこと言うなよ!俺でも傷つくんだぞ!」
実はモンジ、アルバイト的なのが嫌いなわけではなく、接客中のある出来事が嫌でこの仕事から逃れようとしていた。
その理由は今栗田が発言した通り、午前の接客中のお釣り返しの際に、女子の手を触ろうとして気持ち悪がられた。完全な自業自得だ。
可愛い女の子とお近づきになりたいと言う気持ちが先行した結果、逆に距離を置かれると言う悲惨な結末だ。
誰だって、見ず知らずの男に意図的に手を触られそうになると、それがイケメンでもない限り拒絶するだろう。
栗田が馬鹿にしたように冷やかすと、モンジは両足をジタバタと地面に叩きつけながら憤慨する。
「美哉坂さん、オリヴィアさん、コイツは俺が絞めとくから、2人は休んできていいよ!」
言うことを聞かないモンジ。
ワガママを言い続けるモンジに痺れを切らした栗田は、彼に有無を言わさないように首を締めると、笑顔で夕夏とオリヴィアを屋台から見送る。
「あ、ありがとう栗田くん。程々にね?」
「ありがたく休ませてもらうぞ」
「はーい!」
少し引き攣っている夕夏とオリヴィアは、栗田の言葉に甘えて休憩へと向かう。
彼女たちの後ろ姿を見ていた栗田は、両手をモンジの首から離すと、いかにも悪そうな笑顔を見せた。
「計画通り…おいモンジ、ここにあるたこ焼き俺が全部買うわ」
「はぁ?無理やり連れてきたかと思うとなんだよお前!お前はアレなのか!?無類のたこ焼き好きなのか!?」
「はぁ?んなわけねえだろ!どこの野郎が作ったのか知らねえたこ焼きはいらねえんだよ!」
たこ焼き好きだと誤解された栗田は、モンジの尻を蹴りながら逆ギレする。
尻に伝わってきた鈍い衝撃でエビ反りになったモンジは、情けない声を上げながら尻を押さえた。
「ならなんだよ!」
「俺はなぁ!去年の文化祭で後悔してたんだ」
「なにをだよ…」
「バッカヤロウ!美哉坂さんのドーナツを買わなかったことにだよ!」
「まさかテメェ…」
感の鋭いモンジなら、栗田が何をするために店番を変わったのかもう理解しただろう。
そう、栗田は夕夏とオリヴィアという美人が作ったたこ焼きを独り占めする気なのだ。
栗田を鋭く睨んだモンジの表情は、正義ヅラした善人の表情ではなく、俺にも少し分けろという意の表情に違いない。
「15000円。ここにある30パックは俺が全部買う。ははは!これで俺は毎日毎日美哉坂さんとオリヴィアさんにアーンされる妄想をしながらたこ焼きを食える!」
「く、クソ!お前天才か…!」
馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、彼らも通並みのバカなのかもしれない。
さすがは変態四天王と呼ばれるだけあって、その発想力は未だに健在だ。
彼らが将来的に犯罪者になるのではないかという不安もあるが、彼ら自身今が楽しいようだし、もう放置でいいだろう。
「ははは!これで擬似新婚生活だ!」
オリヴィアが作ったたこ焼きで新婚の妄想をできるなら、世の中の飲食店で出された料理を食べても実質新婚生活だ。
妄想力豊かな彼らは止まることを知らず、声も屋台の外に丸聞こえなため、周囲からは距離を置かれている。
「てなわけで、会計しろ、モンジ」
「ハッ、俺はそんなに安くねえぞ?」
「たこ焼き1パックでどうだ?」
「毎度あり!」
安すぎる男、モンジ。
「これで俺もオリヴィアさんと新婚だぁ…」
たこ焼き一つでここまで妄想できるのだから、まったく男っていう生き物はつくづく幸せな生き物だと思う。
有り金を溶かして自分たちの出し物であるたこ焼きを購入した彼らは、まだ知らない。
このたこ焼きを焼いたのは確かにオリヴィアだが、材料を切ったり混ぜたりしたのは、あの通だということを。
***
「ハッハッハッ!今年も第7が優勝して暁の野郎をギャフンと言わせてやる!」
「そうだそうだ!」
屋台の中から、そんな声が聞こえてくる。
男子たちの中心にいる黒髪の少年、松山覇王は、右拳を高々と挙げ、周囲の状況などお構いなしで叫び声を上げていた。
第7異能高等学校、2年生たちだ。
「またやってる…」
「叫ぶ暇あったら働いてよ…ねぇ花蓮」
「いいわよ。アイツらが料理始めたら食中毒でクレームきそうだし。いるだけ邪魔よ」
「うわー、相変わらずドギツイね、花蓮ちゃん」
そんな間抜けな男子たちに冷ややかな視線を向ける女子たちは、屋台の鉄板で何かを作っているドギツイ花蓮の一言を聞いて、苦笑いを浮かべた。
まぁ、事実花蓮の言うことも一理ある。
料理ど素人の男子が手伝うと言ったところで足手まといだし、やる気のない人を強制させたところでクオリティが下がるだけ。
ならばこちらに干渉してこないだけ、まだマシと考えるべきだろう。
バカな男になど脇目も振らない花蓮は、食べ物に髪が入らないよう長髪をポニーテールにし、バンダナまで巻いて料理をしている。
「花蓮、なんか気合入ってない?」
男子たちにはいつも通りな花蓮だが、いつもの花蓮ならば、男子たちには冷ややかな視線を向けているはずだ。
だと言うのに今日の花蓮は、男子たちを見ることなく、料理に集中していた。
「たい焼き好きなの?」
「違うわよ」
「じゃ、なに?」
花蓮のクラスの出し物はたい焼き。
無難でオーソドックスだが、学生の文化祭では滅多に見かけない屋台で、去年のライブまでとは言わないが、そこそこの繁盛を見せている。
不思議そうに問いかけるクラスメイトの声を聞いた花蓮は、一瞬屋台の外をチラッと確認して、再びたい焼きへと視線を戻す。
「特に理由なんてないわよ」
「え〜?」
何かを待ち望んでいるように見える花蓮だが、彼女自身が答えてくれないため、どうして気合が入っているのかわからない。
クラスの女子たちが考えるような仕草を取る中で、屋台の外には2つの影が見えていた。
「こんにちは、花蓮ちゃん」
「花咲さんおっす!」
「悠馬!と桶狭間くん!」
黒髪レッドパープルの少年と、黒髪小柄な少年。
特に悠馬の方を見て嬉しそうな声を上げた花蓮は、焼きたてのたい焼きをそそくさとパックに詰めながら甘い声を漏らした。
「あ、な〜る」
女子たちも、この状況を見た後に花蓮の気合の理由がわからないほどバカではない。
悠馬と花蓮に生暖かい視線を向ける女子たちは、背後から花蓮に近づき、彼女の身体の至る所に触れる。
「ねぇ〜異能王、うちらの売り上げ貢献してよ〜」
「彼女の屋台くらい贔屓してくれるよねー」
「ちょっと!アンタら悠馬に変なお願いしないでよ!やめなさい!」
今年はフェスタが無くなったと言えど、異能島は基本、対抗心剥き出しでバチバチとやり合うところ。
喧嘩なんかで決着をつける生徒はあまり多くないが、こう言うイベントごとでは、意味もなく1位を目指す生徒は少なくない。
特に去年から急浮上している第7高校からしてみると、2年連続文化祭優勝というのは悲願のようなもの。
彼女の屋台なんだからたくさん買えと言う旨の発言をする花蓮の友人たちに、悠馬は怒る花蓮を見て微笑んだ。
「じゃあ、花蓮ちゃんが焼いたの全部買おうかな」
『えっ』
財布からお札を取り出そうとする悠馬の話に、女子たちは硬直する。
当然だ。
悠馬は次期異能王になることが確定したと言えどまだ一介の学生で、財力なんて他の学生となんら変わらない…と言うのが、一般的な見解。
実際悠馬は様々な問題に巻き込まれ、その都度報酬を得てきたわけだが、それを知らない女子たちからすると、悠馬の今の発言は、自分のお小遣い全部使う気なんじゃ?と不安になる発言だった。
それになにより、花蓮の作ったたい焼きは、50個近くある。
一つ300円のたい焼き50個=15000円なのだから、バイトをしていない高校生がポンと出せるような金額ではない。
悠馬の和やかな笑みを見ながら、罪悪感に苛まれ出した女子生徒たちは、申し訳なさそうな表情で花蓮を見た。
「はぁ…こうなるからやめて欲しかったのよ…」
「?」
「50個ね。15000円よ?」
「はい」
「え、花蓮…マジごめん…」
彼女に15000円ぴったり支払う悠馬を見て、自分たちの悪ノリのせいで別れたらどうしよう?などと言う不安が押し寄せる。
ほとんど面識のない悠馬には謝りづらいから、とりあえず花蓮に謝罪をした女子たちは、返事なくたい焼きを詰め始めた花蓮を見て、お通夜のようなテンションだ。
「おうおう!誰かと思えば暁じゃねえか!花蓮の料理姿でも見にきたのか?冷やかしなら帰っちまえよ!」
「そうだそうだ!」
「久しぶりだな松山。元気そうで良かった」
屋台の裏側ではっちゃけていた男子たち(特に覇王)は悠馬の存在に気づき、第7のアイドルと1年以上お付き合いをしている悠馬を罵り始める。
そんな覇王に対し、以前よりも遥かに余裕のある悠馬は、眩い笑顔で覇王へと挨拶をした。
「くっ…眩し…!」
「なんだアイツ!あんなにキラキラしてたか!?」
過去の清算を終え、答えを得た悠馬は今、闇堕ちと言うよりも聖人に近い。
悠馬本来のスペックを前にした男子たちは、まるで太陽光に焼かれているように目を覆い、その場ですっ転びながら叫び声を上げている。
「ちょっと!男子たちお客様に向かって失礼なこと言わないで!」
「そうよ!アンタら役に立たないなら売り上げくらい貢献しなさいよ!」
罪悪感と購入数により悠馬側についてしまった女子たちは、ギャーギャーと騒ぎ立てながらクラスの男子を注意する。
「ぷ…あはは…!なにやってるのよ!」
そんなクラスメイトたちを見て思わず笑みをこぼした花蓮は、悠馬へと詰め終えたたい焼きを手渡した。
「ん。クラスのみんなと分けなさいよ」
「うん、ありがとう、花蓮ちゃん。今日も寮で待ってる」
「会いに行くわ」
騒がしい第7高校のグラウンド。クラスメイトに会話を聞かれることなく話し終えた花蓮は、悠馬の背中を見送りながら、大きく息を吐く。
「さて、もう一踏ん張り!」




