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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
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文化祭は終わらない4

 文化祭、2日目。

 2日目ともなれば人は徐々に減り始め…なんて思うかも知れないが、世の中そんなに甘くない。


 2日目で人が少なくなるのはオープンしたてのお店や駅だけだ。彼らは初日や初物ということで見物したり買い物をしたりするわけだが、2日目になると寄り道すらしてくれない薄情な奴らだ。


 まぁ、そんなこと関係ないのだが。


 行き交う大人たち、学生、カップルを眺める悠馬は、横を歩く小柄な男子生徒を見てため息を吐く。


「なぁ悠馬〜、昨日なぁ?店に子豚が買い物しに来たんだよ!」


「子豚ぁ?」


 突然わけのわからない話を始めたこの男は、入学当初から悠馬と関わりのある桶狭間通だ。

 おそらく人類史上最も癖のある人間で、この世界の天才たちですら、彼の扱いには頭を抱えるはずだ。


 そんな通と仲のいい悠馬は、大人しく彼の話に耳を傾けた。


「そうそう、手足はすっげぇ短くてよ!こんなに丸い奴だったんだけど、俺らの屋台の出来栄えが悪いだなんだとケチつけてきてよぉ!八神が追い払ったんだけど、めっちゃ腹立ったんだ!」


「なんだよそいつ…腹立つなぁ…」


 珍しく通と同意見の悠馬。

 なにしろこれは学生が主催の文化祭であり、建築系の学校でもない一般の学生たちが作る屋台なんて、たかが知れている。


 当然2年Aクラスの屋台の出来栄えだってお世辞にも上手とは言えないものだし、どこの屋台も似たり寄ったりのはず。


 それにケチをつけてくるのだから、腹が立つのは仕方のないことだ。


 学生のイベントなんだから、大人が屋台の出来栄えが悪いなどと口出しする権利はない。口出しをしていいのは、買ったものが不味かったり不良品だったりした時だけだ。


「見つけたらしばこうぜ!」


「おう、そうしよう」


 そんな物騒な意見に乗った悠馬だが、彼はまだ知らない。

 昨日聖魔が一撃で消滅させたデールこそが、通の言っているしばきたい相手であることを。


「それとなぁ、悠馬」


「なんだよ?」


「第6高校メイド喫茶やってるらしいんだけど、一緒に…」


「嫌だ」


「なんでだよ!!!」


 通が全てを言い切る前に、間髪入れずに拒否した悠馬は、憤慨する彼から少し距離を置き、並んでいる屋台へと視線を移す。


「なんでって…俺彼女いるし…」


 彼女がいないならまだしも、複数人の彼女がいるのにメイド喫茶に行くのは気が引ける。

 きっと悠馬の彼女たちなら文句を言いながらもお許しを出してくれるだろうが、なんだか嫌な思いをさせそうだし、ここは断るのが無難だ。


「んだよー、ったく…俺様の未来の嫁はどうでもいいって言うのか!?」


「いや、なんで未来の嫁が第6のメイド喫茶にいるんだよ…」


 飛躍した妄想にドン引きする悠馬は、早くも自分の発言の影響で妄想モードに入っている通を冷たく見つめる。


 コイツは正真正銘のバカだ。

 国立高校に入学しているし、その中でも成績的に中位にいるわけだが、正直コイツよりも成績が悪い奴は一体何をしているのかわからない。


 呆けている通にそんな評価をした悠馬は、成績最下位の八神のことなど気にせず思ったことを心の中で呟く。


「メイドって萌えるよな、もえもえきゅん!」


「やめろ!道端でそんな気色悪いことするな!お前と友達辞めるぞ!」


「なんでだよぉ!俺ら友達だろ?なぁ!」


 両手でハートを作りながら片足を上げて奇妙なポーズを取った通に、悠馬は思わず距離を置く。


 キツい。正直まじでキツい。


「え、なにあれ?」


「暁ってやばい奴と仲いいよな」


「実はアイツもやばいんじゃね?」


 周りからの視線がキツすぎる!

 通やモンジがすぐに奇怪な行動に走るため、悠馬は他校生からの評判は決して良くない。


 中には悠馬を美化して正当な評価をしてくれる人もいるのだが、通やモンジと一緒にいる際の悠馬を見た他校生たちは、悠馬も同類と認識して、みんな揃って頭のおかしな奴を見る視線を向けてくるのだ。


 今だってそうだ。

 悠馬が絶対にやらないような行動なのに、横にいた通が変なポーズをとったせいで、悠馬もあんなことをすると勘違いされている。


「死にてえ…時間巻き戻してぇよ…」


 友達を辞めると言われて飛びついている通のことなど視界にも映らず、悠馬は周りからの異物を見るような視線に肩身が狭くなっていく。


「なぁ、チョコバナナ奢るからさぁ…」


「もういらねえよ!俺はそこまで安い男じゃねえんだ!とにかくメイド喫茶は却下!」


 去年はチョコバナナで買収された悠馬だが、もうその手は通じない。

 チョコバナナ一本のためだけに彼女たちを失望させたくない悠馬は、通が何を言おうと、メイド喫茶に行くことはなかった。



 ***



「スッゲー美人」


「お前連絡先聞いてこいよ」


「いや、無理だろ」


 行き交う男子生徒たちは、その人物たちに釘付けになる。

 騒めきが多い大通りを歩く翠髪の女性、セレスティーネ・セレスローゼは、潮風に靡く長髪を右手で払い、横を歩く人物を見た。


 彼女の服装は、いつもの白や優しい色を基調としたものではなく、お姫様には相応しくない黒でロックなロングシャツと、革のジャケット。目元には茶色のサングラスがかかっているため、おそらく元戦乙女隊長であるセレスだとは、誰も思わないだろう。


「ソフィアさま、悠馬さまの寮で待たれていても良かったのですよ?」


 そんな彼女の横を歩くイギリス支部総帥、ソフィアは、金髪ではなく紫髪で、完全オフモードだ。


 服装は黒のニットにスキニーパンツという、ボディラインが極めて強調されているものだ。


 彼女はオフだが髪色が違うため、サングラスもかけずに歩いている。


「いいえ。昨日は色々あって文化祭をあまり見学できなかったから…ちょうどいいの」


 セレスは大した用事じゃないため自分1人でも事足りると思っているが、ソフィアはセレスとは全く違う目的で外へと出ている。


「私、文化祭ハブられてたのよ…」


「あっ…」


 徐々に沈んでいくソフィアの表情を見て、セレスは思った。これ、長くなるやつだと。


「アレは忘れもしない、高2の文化祭…!」


 当時のソフィアは、魔女差別の渦中の存在で、セラフ化で髪の色を変えるという術を持っていなかった。


 そんなソフィア(当時16歳)にとっては、学校は憂鬱なものだった。なんせ学校に行けば魔女だなんだと騒がれるし、教師陣もソフィアの髪色を異物を見るような視線で見つめ、その騒ぎを止めようとはしない。


 ソフィアはあまり学校へ行かなかった。

 まぁ、当然だろう。迫害される立場の人間なら、最初は踏ん張っても日に日に嫌気が差してくる。


 迫害される側の人間は、法律が変わるか世界が変わるまで、逃げ隠れ苦しむしかないのだ。まったく、同じ人類なのに嫌になる。


 そしてソフィアも例外ではなく、不登校を選択したわけだ。


 しかし文化祭ともなれば違う。クラスが一丸となって準備する出し物で、自分だけサボるというわけにもいかないし、何より文化祭や運動会というイベントは、注目の的になって、嫌われ者から一気に人気者になれるかもしれないのだ。


 そんな一発逆転とも言える大イベント、文化祭。


 文化祭当日、ソフィアの居場所はなかった。

 もちろん、文化祭当日だけクラスメイト面して現場に行ったわけじゃない。


 準備だって9割出席して、男子生徒たちがやるような力仕事や汚れる仕事を任せられ、それを全部やってから文化祭当日に臨んだ。


 しかし文化祭当日、クラスの出店に訪れたソフィアに放たれた第一声は、「あ、当日来るとは思わなかったw ていうか、紫髪の店員とかみんな嫌だろうし、寮にいなよ」という発言だった。


「絶対に許さない…あの女…いつか再会したら、内乱罪で刑務所にぶち込んであげようかしら…?」


「あの、ソフィアさま?殺気がダダ漏れですよ!?」


 文化祭という環境で病みモードに入ったソフィアが紫色の瞳をくるくると回していると、セレスが慌てて止めに入る。


 流石にこれ以上はまずい。

 さっきまでソフィアとセレスにお近づきになろうとしていた男子たちは不穏な空気を察して遠目を歩いているし、これ以上ソフィアを放置したなら、殺気だけで周りの学生たちの精神を狂わせかねない。


 セレスの言葉を聞いてハッとしたソフィアは、さすがは総帥、すぐに殺気を消していつも通りに戻る。


「ごめんなさい、過去を思い出してついつい感情的になってしまった」


「いいえ、私も境遇は違いますが、ソフィアさまの気持ちはわかりますから」


 セレスは共感できることがあったのか、和やかに笑いながらそう返事した。


「そうなの?」


「はい。私は一応姫という扱いだったので…何もさせてもらえなかったんですよね」


「なるほど…」


 準備期間だけ散々こき使われたソフィアに対し、お姫様のセレスは、怪我をさせたらマズいからという理由で、準備も何もさせてもらえず、最終的に客寄せパンダのような状態になっていた。


 人と接したい、協力して何かを成し遂げたかったセレスにとって、それはとても悲しいものだっただろう。


「危ないからしなくていい」「お姫様が庶民のやることわかるの?」「私たちだけでするからそこで見てて」


 セレスの思い出の中にある学生生活は、どこか自分だけ浮いていて、近くには親しい人間など誰もいない教室だ。


 思い出とも言えない苦い学生生活を過ごした2人は、互いに顔を合わせると、ふふっと笑い合った。


「私たちって、案外似てるのかしら?」


「ハブられていた、という点では同じかもしれませんね」


 自虐的なソフィアに同調するように、セレスも苦笑いで答える。


 お互いに苦い高校生活を過ごした2人は、案外気が合うのかもしれない。


「そういえばソフィアさま」


「ん?何かしら?」


「昨日は悠馬さまと一夜を過ごされたんですよね?」


「え?ええ…まぁ…」


 大通りを歩きながら、セレスは思い出したように話す。

 彼女の表情はいつもの品行方正なものではなく、少しだけ頬を赤らめ、恥じらいのある表情にも見えた。


「あの…しました?」


「……した…」


「ど、どどどどうでした!?」


「え!?これ道端で話す内容かしら!?」


 これ普通寮内とか2人きりの空間で話す内容だろ!

 学生の行き交う大通りで悠馬との夜の感想を聞かれたソフィアは、混乱したように目をくるくると回しながら身振り手振りで主張する。


「その…悠馬が手慣れてたから…腰抜かされた…」


「で、ですよね…私も初めては痛いと聞いていたのですが…あんなに大きいのに、痛くなかったんですよね…」


 何がとまでは言わないが、聞く人が聞いたらアウトな話をする2人。


 道端の男子たちは、互いに頬を赤らめる2人を見て、興味深そうな表情で通り過ぎていく。


「まぁ、悠馬は女遊びしてるってよりも元のスペックだと思うのだけれど…朱理もそう言ってたし」


「朱理さまが?」


「ええ。悠馬との初めては見ている世界が変わったって言ってた」


「確かに…言われてみれば変わりましたね」


 人は新たな欲求を満たすことで、見ている世界が変わる。

 例えば愛だったり、金だったり、友情だったり。

 あってもなくても少なくても問題ないものも多いが、その些細なものですら、人間の見ている世界を変えることは可能なのだ。


 朱理は感じたことのない快楽により、見る世界が変わったらしい(本人談)。


 ソフィアは初体験を既にしていると話すセレスを見て、不安そうに口を開いた。


「それより、セレスティーネ…貴女こんなことして大丈夫なのかしら?」


「何がでしょう?」


「国よ。貴女お姫様でしょう。結婚前に処女も捧げてはならない国のお姫様が、こんなことをして大丈夫なのかって聞いてるのよ」


「あー…もうどうでも良くなってしまいました」


「ぷ…あははは!」


 コツンと頭を叩き、自ら呆れたような笑みを浮かべたセレスを見ていると、思わず笑いが込み上げてしまう。


 まったく、恋というものは偉大だ。

 恋というのは時に人を、国を、世界を動かし、本来ではあり得なかった方向に物語は進んでいく。


「まさか貴女からそんな言葉が出るなんてね」


 エスカの横に控えていたセレスをよく覚えているソフィアは、以前では考えられない、楽観的な彼女を見ながら口に手を当てて笑う。


「はい。私、悠馬さまと出会って、変わってしまったんですよ」


 きっと、セレスの両親が今の彼女を見たら、娘が変な男に引っかかったと嘆くのだろうが、これは決して間違いではない。


 自分の選んだ人と、自分の惚れた人と結ばれるのが結婚であり、何かの利益のためにするのは、結婚とは程遠い、ただの契約だ。


 だから今は、このままで…


 いつかは終わりが来る恋愛なのだとしても、今は悠馬のそばにいたい。


 そう願うセレスは、眩しく照りつける太陽を見上げ、頬を緩めた。

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