食◯の聖魔
夜。
文化祭初日も終わり、色々な問題はあったもののなんとか切り抜けた悠馬は、ベッドに寝っ転がってキッチンを見る。
悠馬の視線の先にあるキッチンは、いつもと違って人が多い。
その理由は夕夏や花蓮、美月の他に、料理のできるセレスやソフィアが増えたからで、それに加えて今日は聖魔もいる。
聖魔はソフィアの試用期間という単語で火がついたのか、料理がしたいと自ら志願したのだ。
戦乙女隊長として、料理人顔負けレベルの料理が可能なセレスと、天才的な才能を持つソフィアの厳しいチェックを受けながら料理をする聖魔には、ちょっとこう同情してしまう。
そこそこ料理ができるだけではこの寮で生きていけないことを知っている悠馬は、出鼻を挫かれるであろう聖魔のことを密かに心配している。
そんな悠馬の心配など知らない花蓮は、手を拭きながらキッチンから出てきた。
「悠馬、あの人何者?」
「ラスボス…的な?」
何者と聞かれても、正直なんと答えればいいのかわからない。
混沌よりは弱いが異能王よりレベルは高いし、とりあえずそれらしい表現をした悠馬に対し、花蓮はキョトンとした様子で首を傾げた。
「はぁ?何それ」
「それより、聖魔がどうかしたの?」
「あんなに手際よく料理する人見たことないんだけど…っていうか、私のポジションなくない?」
花蓮がそう嘆くと同時に、美月と夕夏もキッチンから出てくる。
彼女の言う通り、悠馬の彼女の中には料理ができる人があまりにも多すぎる。
悠馬の好きな料理を作ることに特化した花蓮に、なんでも作れる夕夏、基本的な料理は作れる美月に、料理はある程度作れるソフィア。そして料理人顔負けのセレス。
明らかに素人が踏み込めるような空間じゃないし、花蓮が言っていることは悠馬にも理解ができた。
「花蓮ちゃんの手料理食べたいし、ローテーション…がベストだよな…」
別に強制するわけじゃないが、料理ができる彼女たちの作ったものは食べたいし、こんなに彼女がいるのに1人を選んで料理の負担をさせるのも気が引ける。
ポジションがないと嘆く花蓮への救済策を思い浮かべた悠馬は、手際よく包丁を扱う聖魔を見た。
「聖魔さま、料理経験は?」
「そこそこ、と申しておきましょう。ですがご安心を。私は天才なので」
「そう言う男って、だいたいヘマするのよね」
手際が良く調子に乗る聖魔に、ソフィアの辛辣な言葉が突き刺さる。
包丁を慣れた手つきで扱い食材を仕込む聖魔の姿は、プロの料理人そのものだ。
ソフィアもセレスもそのことはわかっているものの、聖魔を調子に乗らせないため、あえて何も言わない。
「安心してください、私は男と言うには機能が欠けていますので」
「…へぇ。まぁ、数百年も生きてればどこかに不具合は起きるわ」
聖魔の男性機能が欠けていると言う単語で、ソフィアはどの男性機能が欠けているのかをすぐに悟る。
まぁ、外見は男性な以上、どこの男性機能が欠けているのかは見ずともわかる。
おそらく聖魔は、ち○ち○が無い。
ソフィアはその件については深入りせず、至って自然な動作で調理の過程を眺める。
「フフ、下準備完了です」
聖魔は見事に筋切りの終わった分厚い肉を9枚目にすると、その上に塩、胡椒を適量かけていく。
「オーソドックスなもので申し訳ないですが、育ち盛りの学生といえばやはり、これでしょう」
おそらく一切れ三百グラムはある肉の下準備、下味をつけ終えた聖魔は、肉を片手で掴むと、脂を敷いて熱されたフライパンへと入れ込んだ。
「ステーキは誰にだってできるわ。貴方の時代はそうじゃなかったのかもしれないけれど、焼けばできる料理なんてプラスにはならないわよ?」
最悪焼き加減と下処理さえきちんとしていればどうとでもなってしまうステーキ。肉によっては筋切りが必要ないものもあるし、焼き加減はある程度料理を作っていればわかるようになる。
こんな料理では試せないと言いたげな辛口のソフィアに対し、聖魔は何も言うことなくウィンクをして見せた。
「文句は食べた後にお待ちしております」
「ずいぶんと自信があるようね?私は厳しいわよ?」
「はい!私も平等に判断しますからね!」
じゅぅっと鉄板で熱される肉を見ずに話す聖魔。
彼はソフィアやセレスの方を向いて会話をしているのだが、ソフィアはその聖魔の行動に驚きを隠せなかった。
聖魔はステーキを見ていない。会話中に目を逸らすのが無礼だなんだと考えているのかもしれないが、問題はそこじゃない。
彼は熱されるステーキを見ずに、程よい焼き加減で裏返して見せているのだ。しかもステーキ用の醤油まで適量を見ずに投入している。
肉の下処理もさることながら、その料理センスは圧巻のものだ。辛口な評価をするつもりのソフィアですら、調理工程で彼に文句を言うことはできなかった。
「ソフィアさま…」
「ええ…コイツはとんだ化け物ね…料理人って言われた方が納得できるわ」
既に評価を中程まで終えているソフィアは、文句なしの彼の調理を見て顔を顰める。
「焼き上がりました。すみませんが、1枚ずつ焼き上げているので温かいうちにお召し上がりください」
聖魔はソフィアとセレスの言葉など気にも留めず、吹き抜けのキッチンから悠馬たちへと声をかけた。
「どうしましょう?やはりここは私が毒味を…」
「いや、さすがに彼女に毒味をさせる彼氏はいないだろ…」
聖魔の作った料理に対して人聞きの悪いことを言う朱理。
確かに彼女の言う通り、得体の知れない人間が作った料理を食す際は毒味が必要なのかもしれない。
しかし流石にこの世の中で彼女に毒味をさせる馬鹿な彼氏はいないだろうし、現在の悠馬は劇薬を飲んだって死にはしない。
毒味をすると言う朱理を防いだ悠馬は、自分が一番最初に食べて評価するつもりで歩き始めた。
「じゃあボクが食べてみよう」
『あっ…』
セレスがキッチンからダイニングへと運んできたステーキ第1投を、元からダイニングに座っていたルクスがペロリと一口口にする。
慣れた手つきでフォークを口に運んだルクスは、数秒無言になったのち、悠馬へと親指を立てた。
「毒は入ってないよ。そう言う類の変なものも」
「当然です!誰が王に向かって劇薬を食べさせましょう?!そんな愚か者がいるなら、この私聖魔が徹底的に…」
「はいはい、早く焼きなさい。減点するわよ…」
「フフ、ソフィアさん、ドギツイですねぇ。ですがそこが王の嫁に相応しい」
「よ、嫁?!あ〜、私悠馬のお嫁さんになるぅ」
ソフィアは相変わらずだ。
悠馬とお似合いという趣旨の発言をした聖魔に対し、先ほどまでキツく当たっていたソフィアは突然緩々な表情になる。
頬をピンク色に染め、総帥モードではなく恋人モードへと切り替わったソフィアには、聖魔の作った料理の採点は厳しいかもしれない。
「悠馬、おいで!」
「そっち料理中でしょソフィ。ソフィがこっちに来てよ」
「今行く!」
悠馬をキッチンに呼んで可愛がろうとしたソフィアだが、料理もできないのにキッチンに行って聖魔の気を逸らすのは申し訳ない。
キッチンに行くことを拒否し、かわりにソフィアに来てと発言した悠馬は、スタスタと駆け寄ってきた彼女を見てから瞳を閉じた。
はい可愛い。可愛すぎる!
こんな可愛い彼女がいることに感謝しながら生きていく必要があると思う!
紫髪を大きく揺らす彼女を見た瞬間、悠馬の中ではそんな感情がこみ上げてきて、今すぐ飛び付きたいという欲求と、みんなの前だから我慢しなければという自制心がせめぎ合う。
「我慢してるのかしら?我慢しなくていいのよ?悠馬。私は貴方の恋人なんだから」
「ソフィ〜」
悠馬はちょろい。
他人にちょろいだ馬鹿だなんだという悠馬だが、悠馬もちょろくて馬鹿なのだ。
学力的には異能島の中でも五本の指に入るほどの秀才なのだが、ご存知の通り彼女のこととなると犯罪などの線引きも曖昧になるし、何より彼女に甘える時の悠馬は小学生くらいの子供にしか見えない。
まぁ、悠馬は中学入学と同時に両親を失っているため、どこかに甘えたいという感情があるのだろう。
きっと通や連太郎がこの甘えた見たら、ドン引きして明日の学校からは話しかけられないこと間違いなしだ。
ベッドに寝転んだ悠馬へと抱きつくソフィア。
ソフィアが飛び込んだことにより一度大きく沈み込んだベッドは、緩やかな反発を見せながら身体を程よく揺らす。
「ずるいぞ!ソフィア!私だって…!」
「ちょ!オリヴィア!私と悠馬の愛の巣に割り込まないで!」
「あら、楽しそうですね。私も参加していいでしょうか?」
「なら私も入るわね」
「私も!」
「じゃ、じゃあ私も…」
ソフィアに続き、オリヴィア、朱理、花蓮、美月、夕夏がベッドの上に乗ってくる。
元々シングルベッドということもあってか、ギシギシと奇妙な音を立てるベッドは、先ほどソフィアが乗った時のような低反発を見せず、徐々に沈んでいく。
「え、みんな、ちょっと!」
まさかこんな状態になるだなんて予測もしていなかった悠馬は、押し合いへし合いになる彼女たちに挟まれ、全身に柔らかな感触を感じる。
「や、柔らか…」
女の子って、柔らかい!
よく見えないため断言はできないが、おっぱいに当たっているというわけではないと思う。
しかし女の子の身体というのは不思議で、ゴツゴツとした男の身体とは違い、しっとりとした滑らかな肌触り、そして確かな柔らかさがあるのだ。
「ひゃ…!?悠馬、くすぐったい!」
「あ、これ美月のお腹?ほれほれ〜」
「ちょ、ほんとにやめて!?あははは!ギブ!ギブアップ!」
「フフ、セレスティーネさん。貴女もあちらへ行ってもいいのですよ?本日の料理は私にお任せください」
リビングから聞こえてくる美月の笑い声。
そんな彼女たちを横目に聖魔の料理を観察していたセレスに対し、聖魔は優しくそう告げた。
「いいんですか?」
「構いませんよ。調理の過程で異物を入れていないのは、もうわかったでしょう?というかそもそも、この寮に劇薬なんて存在しないのだから、施しようがありません」
「そ、そうですね…!では、お願いします」
そう、最初からこの寮に毒薬なんて存在していない。
聖と闇の異能しか使えない聖魔が毒を生成するなんてことはまず不可能であって、彼の手持ちには毒なんてなかった。
それに当然、悠馬の寮にだってそんな危険はないわけで、彼女たちはただ、警戒しすぎていただけだ。
「悠馬さま!私もお供します!」
呑気にステーキを食べるルクスは彼女たちの奇行を見世物を見るような眼差しで眺め、そんな視線に気づいていないセレスは大きく跳躍してベッドへと飛び乗ろうとする。
大きな2つの丘が大きく揺れ、翠の髪は後ろに大きく靡き、赤眼が悠馬と目を合わせる。
薄茶色で英文字のプリントアウトされたシャツを着ているセレスの胸は発達しすぎていて、今にもシャツがはちきれんばかりに張っている。
悠馬がそんな彼女を受け入れようと力を抜いたとき、悲劇は起こった。
それはセレスが飛び乗るのとほぼ同タイミング。
元々シングルベッドだったベッドはメキッという奇妙な音を立てて、悠馬は腰の中程のベッドの天板がくの字に曲がったことにより軽い衝撃を受けた。
「え…あれ…?」
そう、シングルベッドは1人用。
異能島には肥満体型の学生なんていないし、重い学生でも100キロ程度。
しかし今悠馬のベッドに乗っている人数は、総勢8人。
1人40キロと見積もっても320キロの体重はかかっているわけで、最高級でもなんでもない普通のベッドは、衝撃に耐えきれずへし折れるわけだ。
調子に乗っていた彼女たちは体に加わった衝撃で徐々に冷静さを取り戻し、悠馬は腰に感じる違和感で、徐々に血の気がさっていく。
「あ…俺…腰の骨折れたかも…」
悠馬の震えたような声が、室内に響いた。




