2つの計画
悠馬がソフィアとセレスに聖魔を紹介している頃、彼らのいる階層より一つ上の階層、つまり二階には、夕夏と花蓮、そしてルクスが座っていた。
「どうかしたのかい?」
オレンジ色のライトが暖かく照らす室内で、ルクスは2人を見つめながら尋ねる。
ルクスからは敵意や殺意は感じられず、彼女たちに危害を加えるような動作は一切見せない。
そんなルクスに応じるようにして、一切の警戒心なく向かいに座る夕夏と花蓮は、互いに見つめ合ったのちに深く頷き、話を切り出した。
「ルクスさんは今、楽しいですか?」
「藪から棒だね…まぁ普通だよ」
花蓮も夕夏も、ルクスのことについてはある程度の情報を手にしている。ルクスは悠馬と戦ったことがある上に、オリヴィア、セレス、ソフィアとも関わりがあるため2人が耳にしていてもなんらおかしくはない。
だから2人は、ルクスが闇堕ちであることも、国外追放されていることも知っていた。
「それはつまり楽しくないってことよね」
楽しいかと聞かれて普通だと答えるのは、照れ隠しか本気で楽しくないと思っているかの2択だ。前者は正直じゃない性格の人間に多いわけだが、ルクスは前者には当てはまらないため間違いなく後者。
周りには気遣われないように普通だと答えたようだが、花蓮と夕夏は、その言葉の真意を理解する。
ルクスは花蓮に自分の気持ちを言い当てられ、何も言い返すことができなかった。
「楽しいこと、したくないですか?」
「キミらね…悠馬クンの恋人なら、ボクがどんな大罪人なのか知ってるんじゃないのかい?」
夕夏の一歩踏み込んだ発言に、ルクスは額に手を当てた。
ルクスは大罪人。どんな事情があれ国家に反逆したのは紛れもない事実で、ザッツバーム総帥を幽閉したのも言い逃れできない。そもそもそれについて弁明も言い訳するつもりもないルクスは、床を見下ろしながら深いため息を吐いた。
「ええ。…薄っすらと知ってるわ。貴女が何を目指して戦ったのかも。だから理解できないのよ」
俯くルクスを見下ろす花蓮は、すらっとした細い右腕を伸ばし、ルクスの胸ぐらを掴む。
「誇りなさいよ」
「なにを…」
ルクスは反射的に花蓮の腕を掴み、反撃をしようとする。
しかし花蓮がそれ以上なにもしてこなかったことにより、ルクスと花蓮は胸ぐらと腕を掴みあったまま拮抗する。
「周りが何と言おうが、何を言われようが、アンタはロシア支部を救ったのよ。普通の国家反逆罪なら、国外追放なんてされずに即死刑よ」
「ルクスさん、ここに来てからずっと上の空だったから…もしかして自殺するのかなって…思ってて…」
花蓮が何で急に掴みかかったのか、なぜそんな話をするのか補足を入れた夕夏。
夕夏は人一倍相手の行動や感情を読むことに優れている。
それは悠馬以上のもので、洞察力だけでいうなら、おそらく夕夏に敵うものはいないだろう。
だから夕夏は、彼女の戦闘を見ずとも、表情や仕草だけで何をしたいのかを悟ることができた。
「ハハ…だから光…か」
焫爾の言う光という意味がわかった気がした。
彼女は何も言わずとも察してくれる。彼女は助けを求めずとも、手を差し伸べてくれる。
それはルクスが失ったものであり、ずっと欲しかったもの。
「ザッツバーム総帥はアンタにチャンスをあげたかったんじゃないの?」
「チャンス…?」
ルクスは花蓮の発言に、キョトンとした表情を浮かべる。
「そうよ。アンタはこれまでロシア支部の為に生きてきた。アンタ、これまでの人生で自分がやりたいことしたことあるわけ?」
「ボクの…やりたいこと…」
普通の人間なら、そう聞かれた時にすぐに答えが出るはずだ。
スポーツ、運動、ゲーム、料理…人によってやりたいことは様々だが、やりたいことを一度もしなかった人間なんて存在しないはずだ。
もし仮にいるとするなら、それは親が厳格で全てを許されなかったのか、あるいはルクスのように、やりたいことが許される環境ではなかったのか、だ。
ルクスは答えられなかった。
自分のやりたいことと言われても、何がやりたかったのか、何をしたかったのかがわからなかったから。
「ボクは…ロシア支部を…」
「それは受け売りよね?オクトーバーの。違う?」
「っ…なにも…わからない…」
これまで、オクトーバーの言葉だけを頼りに生きてきた。
ロシア支部を救う光に、世界を救うための光になって欲しい。彼の言葉しかいらないと思って生きてきた。
だから突然その目的が失われた今、ルクスは自分がなにをしたかったのか、何がやりたかったのかわからなくなってしまった。
「なにも…わからないんだ…突然自分の役目に終わりが来て…居場所もなくて…何もかも失った…ボクは…何をすればいいのかな?」
「失ったんじゃないよ。ルクスさん、手に入れたの」
崩れ落ちたルクスの胸ぐらから手を離し、夕夏は優しく声をかける。
「手に入れた?ボクが?何を?」
「自由、です」
優しく頬に触れてくれた夕夏の表情を見て、ルクスの真っ黒な瞳からはキラキラと輝く涙が溢れる。
ザッツバームがルクスに与えたかったモノ。
それは罰でもなければ、罪でもない。
彼はただ、ロシア支部の為に一生を捧げたルクスに、自由を手にして欲しかったのだ。
もうロシア支部のことなんて考えなくていいように国外追放という形で縁を切り、彼女に無駄な心配をさせないよう、罪という形で追い払った。
少し文句を言ってやりたいやり方ではあるが、それでもザッツバームなりの、ルクスへの感謝とお礼というヤツだ。
「ザッツバームクンは…ボクに…自由をくれたのかい?」
「ちょっとは自分で考えなさいよ…自国救った人間を王道じゃないからって国外追放する人間がどこにいるのよ…」
警察だって潜入調査をするし、その過程で相手側に寝返っているのだから、ルクスの理論で言うと潜入調査をしている輩は全員犯罪者だ。
「でも、ボクはやりたいことなんて…」
「それを今から見つければいいじゃない。アンタ今何歳な訳?」
「20…」
「ならまだ時間はたくさんあるじゃない。今からでも遅くないでしょ。アンタのやりたいことを見つけるのは」
「…というわけで…」
ルクスがザッツバームの真意を知ったところで、夕夏と花蓮は彼女に背を向け、バッグをガサゴソと漁る。
「じゃじゃーん!」
彼女たちはバッグから何かを漁り終えると、各々カードのようなものと鍵のようなものを手にし、ルクスへと見せた。
「この島の滞在許可証と…」
「私の寮の鍵よ」
「え…」
ニシシと笑う2人を見て、ルクスは呆気にとられたように動きが止まる。
「一緒に貴女のやりたいことを見つけましょ?ルクスさん」
「で、でもボクはソフィアクンの…」
「大丈夫よ。ソフィアはそんな小さなこと気にする女じゃないし、オッケー出してくれるわ」
「でも日本支部は…」
「大丈夫だよ、ルクスさん!この島は花蓮ちゃんがルールだから!」
否定的なルクスに対し、夕夏と花蓮はグイグイとアピールをする。
そう、この島は花蓮がルールだ。理事は曖昧な条件をつけたせいで花蓮の言いなりだし、花蓮が出す条件もハードなモノではなく現実的なモノばかりのため拒否のしようがない。
今頃理事メンバーは死神も欠けているためヒィヒィ言っていることだろうが、それを知らない2人は自信満々だ。
「じゃあ…お邪魔してもいいかな…キミの寮に…」
「よし、それじゃあ始めるわよ!ルクスさんのやりたいこと計画!」
「お、おー…?」
意外とノリがわかるルクスだった。
***
「ひっ…」
桜庭愛菜は焦っていた。
いや、焦ると言っても家の事情ではないし、腕が痛むなんて理由ではないのだが…
青ざめた表情で見下すようにして立っている朱理を見上げた愛菜は、見たこともないような冷ややかな眼差しの彼女に怯えていた。
(これが人気者?笑わせないでよ、こんなオーラの人、裏にだっていないし!)
第1の1年生から大人気の朱理が見せる本来の姿。
完全美化された朱理のことしか知らない愛菜は、目の前に立つ少女が噂と全く違うのだと知り、身体を震わせる。
「あは。そんなに怯えないでくださいよ。私、怖いって言われたことはないんですから」
朱理はいつもの作り笑いを浮かべながら、床に座り込んでいる愛菜の股へと足を入れる。
「あ"っ…」
「人のカレシをストーキングするなんていい度胸ですよね。桜庭さん。あは♪知らないとでも思いましたか?」
嗜虐的な表情の朱理から目を逸らした愛菜は、助けを求めるようにオリヴィアと美月へと視線を送るが、彼女たちは今の状況を悪いと思っていないのか、仲裁に入ることもなく愛菜を見下ろす。
「アレは修学旅行から帰ってきてからでしょうか?いえ、もっと前から詮索はしてましたよね?」
朱理は鋭い。
好意に鈍感な悠馬はその好意の視線に気づくことなくスルーしてしまうが、朱理は好意に対して敏感だ。
悠馬が敵意に敏感なように、朱理は好意に敏感なのだ。
「理由を聞かせてくれませんか?」
「で…」
『で?』
愛菜が怯えたように白状するのを、食い入るようにして見つめる3人。
愛菜は恥ずかしそうに人差し指を突っつき合いながら、観念したように口を開いた。
「出来心だったんです…」
「あ…」
美月は小さな声を漏らす。
好きな人が気になりすぎて後を追ってみたり、真似をしたりして見るのはよくある(ない)話だ。
愛菜はその中でもトップクラスに歪んでいて、だからこそストーカーをしたのだと美月は理解した。
「わ、私ちょっと家庭が特殊で…よく張り込みすることがあったので…悠馬先輩のことが気になり始めてからついつい無意識で…すみませんでした」
「あ…ああ…はい。少し時間をもらってもよろしいでしょうか?」
愛菜の予想の斜め上をいく発言に圧倒された朱理は、彼女が返事をする前に振り返りオリヴィアと美月に耳を寄せる。
「何やら私の想像していた人とは違ったようです」
「私は違う意味でヤバいと思うが…」
朱理やオリヴィアは悠馬がストーカーされていると聞いて、ヤンデレ系女子に帰り道ナイフでめった刺しされるようなことを考えていたが、愛菜はそのような類ではない。
しかし日常的にストーカーをしているとも取れる発言を聞いた3人は、ヤンデレよりもヤバい人間に目を付けられたのだと勘違いをする。
実際は愛菜が桜庭家の人間だから張り込みをしていたわけだが、それを知らない朱理たちからしてみると愛菜はストーカー癖のあるヤバい女だ。
しかもストーカーを家庭のせいにするあたり、相当なのだろう。
彼女の家庭事情を知らない朱理は、ヤバい人物に接触してしまったのではないかと生唾を飲み込む。
「わ、私が話してみるよ」
ストーカーに少し共感できたのか、圧倒された朱理に代わって美月が一歩前に出る。
「桜庭さんは悠馬のことが好きなの?」
「え…そりゃ…好きです…お近づきになりたいです」
「なんで直接話しかけないの?」
「わ、私が悠馬先輩の横に並ぶなんて恐れ多くて…釣り合いませんし…」
「ストーカーする割に謙虚なんだ…」
大抵のストーカーは、好きな人にふられて納得がいかずに追いかけたりとか、好きな人に気付いてもらいたくてストーカーしたりするわけだが、愛菜は単に、悠馬に直接話しかけることが出来ないから後を追って観察しているというわけだ。
暗殺者のわりに案外内気な愛菜は、恥ずかしそうに頬を赤く染める。
「朱理、オリヴィア」
「なんだ?」
「なんでしょう?」
「アリじゃない?」
『っ…!』
美月の発言に、2人はピクリと反応する。
朱理もオリヴィアも、元々愛菜を尋問する為にここに来たわけではない。
ただ純粋に、今後のことを考えて、悠馬に好意を寄せている人物が気になったから接触したのだ。
何しろ悠馬にはあと2人戦乙女が必要なのだ。
猶予はあと1年あるにしろ、優秀な人材は確保しておきたい。
「ですが美月さん、彼女のレベルは…」
「書面上は9です。その方が都合がいいので…ですが実際のレベルは10です…」
「あらら…」
朱理は愛菜の発言を聞いてから、彼女が何者であるのか薄々理解した。
書面上は、なんて言葉を使う人間はそういない。
何しろ現代は異能力至上主義なのだから、レベルを低く言いふらすメリットが何一つとしてないのだ。
だからみんなレベルが上がった際はすぐにその上のレベルを名乗り始めるし、騒ぎ立てるわけだ。
それをしない存在、というのはつまり、レベルを上げるとなんらかの支障が出てくる者たちということだ。
連太郎のようにレベル9の枠に留まり続けたり、裏は仕事をやっていく際、警戒されないためにも書面上の正式なレベルすら低く記されると聞く。
そして先ほどの愛菜の張り込み発言。
これが思わぬ収穫だと知った朱理は、ニッコリと作り笑いを浮かべると一歩前へと踏み出た。
「そうですね。アリです」
「あの、さっきから何を…」
てっきりストーカーを叱られるとばかり思っていた愛菜は、勝手に進んでいく話が理解できずにおどおどと尋ねる。
そんな愛菜に対して朱理は作り笑いそのままに、彼女の頭を撫でた。
「大丈夫、怖くありませんよ」
「めちゃくちゃ怖いんですけど…」
こうして2つの計画は始まった。




