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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
389/474

ごめんなさい

「すみませんでした」


「ごめんなさい」


「あ、いえ!?皆さま!?何故そんなに改まってるんですか!?」


 オレンジ色の電球が室内を優しく照らし、その中で紫色の髪の女性が謝罪をすると同時に、それに続いてみんなが頭を下げる。


 状況がうまく飲み込めない翠髪の女性、セレスは、驚いたように身振り手振りで彼女たちの顔を上げさせようとした。


 ここは悠馬の寮内だ。


 正座をしているセレスの背後でソファに座っていた悠馬は、彼女の頭をぽすんと叩く。


「ゆ、悠馬さま…!」


 飼い犬が飼い主を見るように救いを求めるセレスににっこりと微笑んだ悠馬は、彼女に助け舟を出すこともなく、横に座る夕夏へとよりかかった。


「セレスティーネ、今日の一件は有耶無耶になんてしたくないの。元戦乙女の貴女ならわかるでしょう?」


「で、ですがソフィアさま!アレは相手方の異能の仕業であって、皆さまのせいでは…!」


「それはそうだけど、貴女に対して少なからず嫉妬の感情があったのは事実だから」


 ソフィアは悠馬と久々の再会だったわけだが、最近付き合い始めたセレスが悠馬の側を歩いていて、ちょっとした不満も感じていたのかもしれない。


「そうだ。私も未熟だった。すまない」


「も、もう良いです!そもそも私怒ってもないですし!」


「じゃあ仲直りのキスして終わろう」


『えっ』


 このままではラチが開かない押し問答のような状況になると思ったのか、悠馬は彼女たちを見かねて提案をする。外国と言えば、仲直りの握手よりも仲直りのキスの方が主流…な気がする。


「わかりました。悠馬さんが言うなら」


 女子同士でのキス。

 そんな経験未だしたことがないであろう彼女たちが驚愕しているのに対し、朱理は悠馬の提案をすんなりと受け入れ、セレスにキスをした。


 しかもそれは唇と唇を合わせるマジなキスで、挨拶がわりの頬にキス…なんてものとは次元が違った。


「えっ…あっ…///」


 セレスは不意に朱理に唇や奪われ、顔を赤面させた。


「セレスティーネ…目を瞑ってくれるかしら」


「あ、はい…!」


 そこからソフィア、花蓮、オリヴィアの順でキスが終わり、最後の美月はかなり緊張した様子でセレスとの仲直りのキスを終えた。


 悠馬はその光景を眺めながら、微妙そうな表情を浮かべていた。


 正直可愛かったし興奮したよ?けど。けどさ?普通仲直りのキスって言ったら頬じゃん?なんで普通にキスしちゃったの?


 自分の想定とは異なるキスのし合いになんとも言えない表情の悠馬は、目をくるくると回す可愛らしいセレスの頭を撫でて、口を開いた。


「この件はこれでお終い!でいいかな?」


「ええ。ありがとう」


「緊張した…」


「女同士でキスというのも、案外悪くないのだな…」


 どうやら彼女たちは平常運転に戻ったようだ。

 オリヴィアが変な性癖に目覚めたのは無視するとして、これでこれからの関係に軋轢が生まれることはないはずだ。


「ところで悠馬。ルクスの件なんだけど…」


 謝罪会がひと段落し、ソフィアは恐る恐る悠馬へと声をかける。


 ちなみにだが、嫉妬の件と暴食の件は、事が大きくなる前に紅桜家を筆頭とした裏が処理に回ってくれたおかげで、大きな話題にはなっていない。


 悠馬たちも、取り調べを受けることなく開放されている。


「ああ…ルクスは一応、今は2階に置いてるけど…」


「あの子、何をやるにも無気力でね。手伝ったり言うことは聞いてくれるんだけど、どうにも上の空で気になるのよ」


 ソフィアは悠馬の耳元で、周囲には聞かれないように囁く。

 そんなソフィアの話に耳を傾けた悠馬は、思い当たる節あがったのか、深く頷いてからソフィアの頭を撫でた。


「うん、気付いてるよ。ちょっと考えてみるよ」


 悠馬はルクスが死にたがっているのを知っている。

 ソフィアは気力のないルクスを気にかけている。お互いルクスを心配しているソフィアと悠馬は、考えるような仕草をとって難しい顔をする。


 そんな悠馬とソフィアを見た夕夏と花蓮は、顔を見合わせると何か思い立ったのか、互いに頷いて立ち上がった。


「悠馬、私ルクスさんのとこ行ってくるから」


「私も行ってくるね?」


「あ、うん…いってらっしゃい」


 突然の2人の申し出に呆気にとられる悠馬は、いつものような「危険だから2人だけじゃ行かせられない!」なんて発言が出来なかった。


「ていうか悠馬、悠馬って本当に過保護だよね…」


「そうかな?普通だと思うけど」


 思い出したように悠馬に声をかけた銀髪の少女、美月は、冷やかしているというよりも少し引き気味の表情で苦笑していた。


「いや…普通彼女が負った傷は全部自分が負うなんて異能使わないと思う…」


「確かに…」


 美月が言っているのは、セレスがデールに喰われそうになった際に発動した身代わりのことだ。

 知らない間に悠馬に守られていたことを知った彼女たちは、喜んでいるというよりもどちらかというと引いているように見える。


「え?だってほら、みんなが怪我したら嫌だし…それに今回だって、俺の異能がなければセレスが大怪我だったわけだし」


 結果的に悠馬の行動は正しかった。

 彼女たちになんの断りもなく異能を使っていたのは謝らなければならないのかもしれないが、悠馬は自分の行動を間違っているとは思っていない。


「あのね悠馬。悠馬が想うくらい、私たちも悠馬のこと心配してるんだよ?」


 自身の行いの正当性を主張する悠馬に対し、美月は無言のまま悠馬へと歩み寄ると、彼の両頬に両手で触れながら小さな声で囁いた。


 それは怒っているというよりも、本気で心配しているような、今にも消え入りそうな小さな声で震えていた。


 その言葉を聞いて、悠馬も彼女が何が言いたいのかを理解した。


「ごめん…」


「怪我して欲しくないって思うのは、お互い様だからさ…あんまり無茶しないでよ」


「うん…」


 今回は結果論で言えば悠馬が正しかったわけだし、この選択自体、美月も正しかったのだと理解している。


 しかし正しさと気持ちというのは、必ずしも同じわけじゃない。


 悠馬がやったことは正しかったが、その分美月も不安になった。好きな人が傷を負う姿を見て、それが正しかったのだとしても、理解できるものじゃない。人は時に、正しさよりも感情が勝る時がある。美月は今まさに、その状態なのだろう。


「気をつけるよ」


 美月に頬を触られながら気を抜いた悠馬は、視界に映った自身の影を見て、目を細める。


 リビングの灯によって浮き出ている悠馬の影は、悠馬本体とは裏腹に、奇妙に指先を動かして何かをアピールしていた。


「悠馬さん、桜庭さんは帰してもいいんですか?」


「あ…忘れてた」


 悠馬が意識を自分の影に向けていると、朱理から声がかかる。

 色々と後回しにし過ぎていてすっかりと忘れていたが、嫉妬の一件で遭遇した愛菜は、夕夏の寮にて待たされているはずだ。


 愛菜が紅桜家に並ぶ桜庭家の人間だと夕夏は知らないため、おそらくアフターケアを兼ねて呼び止めているのだろう。


 寮に放置されているであろう愛菜を気遣う朱理は、悠馬の返事を聞く前に脱衣所の扉を開き去っていった。


「私も行こう」


「ああ…頼んだ」


「それじゃ、私も」


 朱理に続き、オリヴィア、美月も寮を後にする。

 取り残された悠馬は、残っているソフィアとセレスを確認した後に、影を見て指先を動かした。


「ローゼ、ソフィ、こいつを見て欲しい」


 悠馬が呟いた直後、悠馬の影は渦巻き、中から黒髪黒目の男が現れる。


「っ!?」


 セレスもソフィアも、彼のオーラを見るや否や飛び退き、戦闘態勢に移行した。


 この寮内の雰囲気が一気に侵食されたように重くなり、心臓の鼓動は徐々に早くなる。


 紫髪だったソフィアは反射的にセラフ化を発動させ金髪に変わり、セレスは神器を手にすると、剣先を男へと向けた。


「フ…フフフ…そんなに驚かないでください。私は味方ですよ」


 戦闘態勢の2人とは打って変わって無防備な男、聖魔は、両手を上げて戦意がないアピールをすると、悠馬へと振り返った。


「改めて自己紹介を。私は聖魔。夜空さん…つまり混沌により造られた、300余年前の敗北者でございます」


 悠馬には自己紹介をしていたが、聞き流されていた可能性も踏まえて再び自己紹介を始めた聖魔。


 彼は今度はしっかり、自分が混沌によって造られたと明言し、300年前から生きていることを説明する。


「ちなみにレベルは66で、得意な異能は聖と闇。名前は私の異能である聖と闇で聖魔と呼ばれるようになりました。自己紹介はこのくらいですかねぇ」


「悠馬。コイツをどうする気かしら?」


 自己紹介をバッチリ決めて満足そうな聖魔とは真逆に、より一層警戒心を強めているソフィア。

 彼女は悠馬が聖魔を紹介したから攻撃は仕掛けていないが、この場に悠馬がいなければ、確実に戦闘に陥っていたはずだ。


 ソフィアの警戒しきった表情を見た悠馬は、彼女が聖魔に対して不信感を抱いているのだと知る。


「おや、やはり警戒されますよねぇ。ですがご安心を。貴女はイギリス支部総帥、ソフィア・クラウディアさんですねぇ。もしよろしければ、貴女の邪魔だと思う支部を滅ぼし、忠誠を誓っても構いません」


 悠馬の時と同じく、恋人であるソフィアにも取り入ろうとする聖魔。

 聖魔はソフィアが邪魔だと思う国を滅ぼして忠誠を誓うなどと物騒な発言をして、ソフィアはそれを聞くとドン引きした様子で仰け反った。


「失礼だけど、貴方頭おかしいんじゃ…」


 案外ポンコツなソフィアに頭がおかしいと言われるのだから、よっぽどだろう。

 まぁ、実際頭のおかしいことを言っているのは事実だ。聖魔の言っていることはおかしい。


 しかし聖魔はソフィアの発言に懲りもせず、続いて戦乙女モードのセレスの前で片膝をつく。


「貴女はセレスティーネ皇国の姫、セレスティーネ・セレスローゼ様ですねぇ。貴女ほど聡明な方であれば、私の気持ちを汲んでくれると信じております。私が悠馬さんに抱くこの思い、貴女なら…!」


「あ…いえ…すみません…普通にわからないです…ほんと申し訳ございません…」


 セレスはわけのわからないことを呟く聖魔を虫ケラを眺めるような眼差しで突き放した。


 いや、本当に、こうなるとは思ってたけど案の定だったわ。


 一度話した限り聖魔の性格は通のように一癖も二癖もある性格だったから、彼女たちに紹介してもこうなることはわかりきっていた。


 だから一番賢く理解が早そうな2人に紹介をしたわけだが、2人でこうなるということはつまり、花蓮や夕夏たちはこれ以上の拒絶反応を見せることだろう。


「目的は?私はこれでも総帥よ?貴方が敵様に造られたのはわかったけれど。それではいそうですか。と言うとでも思ってるのかしら?」


 そう、問題はこれからだ。

 聖魔が混沌に造られたと言うことはわかった。しかしそれは決していいことではなく、自分が罪人だと名乗ったようなもので、当然総帥であるソフィアはそれを看過できない。


 それが人間の性だ。

 犯罪者に育てられた子供に罪はないと言うが、実際犯罪者に育てられた子供と話すのは少し身構えてしまう人が大半だし、もしかすると…とありもしない可能性を考えて警戒する人だっている。


 それは聖魔も然り。混沌に造られたと説明すれば、当然犯罪者だと言う認識になってしまう。


「私はティナ・ムーンフォールンの作った傀儡とは違い、自立思考ができます。つまり夜空さん…混沌を裏切ることだって可能で、私が悠馬さんの側に着くのは、セカイの持ち主が面白そうだから…と、私自身が死ねる可能性が高くなるからです」


 聖魔は嘘つくことなく、自分の考えをスラスラと喋った。

 第一の目的は、悠馬というセカイの持ち主とともに世界を見るのが面白そうだから。

 第二の目的は、自分が将来的に死ねる可能性が上がるから。


 聖魔は300年近く生きてきたわけで、大半のことはもう面白いと感じないだろうし、生に飽き飽きしていると考えていいだろう。


 そんな彼にとって死というのは恐怖と言うよりも喜びという感情が相応しく、混沌の力によって死ねない聖魔は、生半可な異能で死ぬことが許されていない。


 だからいつでも殺してくれそうな悠馬のそばがいい。


「ちなみにローゼを助けてくれたのもコイツだよ。正直俺1人だともっとギリギリになってたと思う」


 悠馬としては、聖魔がいてもいなくてもどっちでもいい。

 ただ、心の中では聖魔ほどの実力者は自分の駒として持っておきたいというのが本音だろう。


 誰だって、この世界を変えれるような存在が仲間に加わりたいと言っていて、配下に置きたくないとは考えないだろう。


 本来であれば引く手数多な存在が無料で手に入るのだから、誰だって欲しいに決まってる。


「それなら…試用期間なんてどうかしら?」


 悠馬が聖魔の擁護を始めたことにより、ソフィアは数秒考えた後にベストな提案をする。


「なるほど!」


 試用期間を設けることにより、聖魔が使えないならはいさよなら、使えるなら強力な味方として側に置くことができる。


「ふ…フフ…いいでしょう。ですがあまり私を見縊らないことですねぇ…私は何に置いても一流なのですから」


「ならば見せてもらおうかしら?貴方の実力を」


 ソフィアの試用期間という単語にピクリと反応した聖魔は、自分が試されているとでも思ったのか、自信満々に額に手を当て強者アピールをする。


「大丈夫か…?コレ…」


 なんか強力な味方なのかもしれない、なんて思って連れてきてしまったが、もしかすると我が家にポンコツが増えたのかもしれない。


 自信満々の聖魔に一抹の不安を抱いた悠馬は、なんとなくこの場に打ち解けてしまった聖魔を見て呆れたようなため息を吐いた。

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