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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
386/474

嫉妬VS漆黒&紅桜

 一方、悠馬がヴェントと小競り合いを起こしている頃。


「クソ、身体が動かねえ…!」


「どうにかしろよ!」


「こっちのセリフよ!常日頃から木偶のくせにこんな時も使えないの?」


「は?んだと!」


 ソフィアやオリヴィアが揉め始めたように、こちらでも口喧嘩が発生しているものの、手を出すものはいない。


 いや、手を出せるものはいなかった。


 物語能力により完全停止されているわけでもないのに彼らは、身体を思うように動かせず、唯一動く口と眼球動作のみで喧嘩をしている現状だ。


 そんな全員が身動きを取れないであろう空間を、堂々と歩く人物の姿があった。


 身長は190センチほどと極めて高く、髪の毛の色は黒。

 彼は堂々と歩いているというのに、足音ひとつ聞こえず、周囲の人間もまた、彼に気付きすらしない。


 彼は紅桜焫爾。連太郎の父親であり、紅桜家現当主である、この国の裏の最強の存在である。


 彼は黒い瞳で周囲で騒ぐ人間を見つめながら、小さなため息を吐いた。


「この程度、造作もない」


 夕夏や悠馬は物語能力やセカイのお陰で感情が暴走せず、セレスは自身の異能、治癒により精神干渉を受けなかったわけだが、焫爾にはおそらく、感情がある。


 しかし周囲が嫉妬という感情を暴走させてしまう空間ですら、焫爾は落ち着いた様子で歩みを進めていた。


 彼は精神干渉を無効化できるほど強固な精神力を手にしていた。


 焫爾が歩いていると、不意に上空から漆黒の影が襲いかかる。


 振り向かない焫爾は、その人物が振り下ろした漆黒の剣を身動きとらずに黒い何かで受け止めた。


「ほう…?」


 ギリギリと音を立て、焫爾を両断せんとする黒の聖剣。

 力を強めるルクスは、拮抗する黒い何かを見て興味深そうな声をあげた。


 その間も、焫爾は振り返ることがなかった。


「嫉妬…ではないな。その剣、ロシア支部の国宝のはず…つまりお前が漆黒か」


 振り返ることなくルクスのことを分析した焫爾は、立ち止まったままカウンターを仕掛けるわけでもなく、異能を解除するわけでもなく返事をする。


 ルクスは堂々と仁王立ちする彼を見て、少し驚いた表情を浮かべながら剣を下げた。


「…なるほど。すまないね。あれだけ堂々と歩いているのに周囲が気づいていないものだから、ボクはてっきり、キミが嫉妬なのかと勘違いしてしまったよ」


 剣を収め、今更遅いかもしれないが敵意のないアピールをする。彼女から焦りなどといった感情は感じないが、焫爾のことだけは確かに警戒しているのが伝わってくる。


「漆黒がなぜ此処に…と聞きたいところだが、まぁその辺りを議論し合うつもりはない。どうせ寺坂の連絡ミスだ」


 総帥であるソフィアが、お忍びと言えど他国に来る時に申請を出していないはずがない。

 当然だがソフィアは寺坂へと事前に連絡を寄越しているし、ルクスのことも然り。


 緊急で招集された裏の人間は知らないだろうが、ルクスは確かに、この日本支部への入国権利を手にしている正規の入国者だ。


「それで?お前も嫉妬を探しているのか?」


「まぁ…暇つぶしというのかな?」


 振り返った焫爾の眼差しに、ルクスの瞳の奥が揺らいだような気がした。


 自分が他国で勝手に異能を使っていることに後ろめたさを感じるのか、それとも嫉妬を探す真の目的を悟られたと感じたのか。


 真相は定かではないが、焫爾の全てを見透かすような眼差しにルクスは目を背けた。


「どちらでもいいか。戦力はあるに越したことはない。それも自我のある冠位ともなれば、な」


 感情がほとんどないルクスには嫉妬という異能は効かない。

 微かに効いているのかもしれないが、ルクスには嫉妬という感情がわからないため、この異能は無意味なのだ。


 力強い助っ人を手にした焫爾は、不意に自身の影を一直線に伸ばし、マンションの上にある影を捕らえた。


 焫爾の異能は、影。

 自身の影を自由自在に操れる他、視界に映る影を自在に操ることができ、影を応用して他人を捕縛することも、身動きを取れなくすることも可能。


 自分の手を使わずに、他人の影で人を殺すことも、犯罪を犯すこともできるとてつもなく強い異能だ。


 その気になれば、人の身体に影をねじ込み、内側から嬲り殺すことだって可能だろう。


「そこかい」


「ああ」


 焫爾が何かを補足したことにより、ルクスは振り向きざまに黒の聖剣を抜剣し、突き出すようにして黒の聖剣を伸ばす。


 それと同時に黒の聖剣の剣先から放出された闇は、光線銃のように空に紫色の直線を描きながら、焫爾の影の先を貫いた。


「まさか…紅桜だけじゃなくて漆黒までお出ましとはねぇ…この裏切り者」


「おや?どこかで見たような顔だね。どこで見たのか忘れてしまったけど」


「クソ女が…」


 ルクスの異能を喰らったであろう女は、右肩にポッカリと空いた穴を押さえながら罵る。


 ルクスは彼女の顔に見覚えがあった。

 それはロシア支部でティナが乗り込んできた際に、後ろに控えていた側近の女だ。


 おそらくティナがやられるとは思っていなかった為、悪羅が乱入した際にどさくさに紛れて逃げたのだろう。彼女のように、側近の中の数名は、あの戦場からうまく逃げ出せている可能性が高い。


「まぁいい…我々の目的は時期に達成する」


「どうかな…」


 ルクスと嫉妬の距離は直線で100メートル近く離れている。しかも相手はマンションの上なのだから、まともに相手をするなら、階段を登っている際に逃走を許すことになるだろう。


 目的が順調に進んでいるとも取れる言葉を発した嫉妬に対し、ルクスは瞬きをすると同時に、闇の中へと沈んだ。


「どこに…」


「ここだよ」


「っ!?」


 ドポッと何かが沈むような音が聞こえ、嫉妬は反射的に振り返る。


 彼女の振り返った先には、光のない瞳で、死人のような白い腕を振り上げているルクスの姿があった。


「私を守れ!」


「…なるほど。小物にはお似合いの卑怯な異能だね」


 嫉妬が大声を上げるとすぐに、目が上天している状態の一般人たちが襲いかかってくる。


 ルクスは彼らを見るとすぐに、振り上げた聖剣を停止させ、ビルの屋上の端へと飛び退いた。


 これが死人ならば容赦なく斬り伏せる場面ではあるが、おそらく彼らは、嫉妬の異能により一時的に自我が崩壊した、言うなれば操り人形のようなものだ。


 彼らにまだ生命活動があると気づいたルクスは、嫉妬の背後に見えた黒く長い糸のようなものを見て剣を収めた。


「ティナクンも卑怯者だったから、やはり手下も卑怯者なんだね。さすが史上最悪の愚行王の配下だ」


「キサマ!ティナ様を侮辱するか!」


「人を操って戦わせ、自分は高見の見物かい?笑わせないでくれよ…」


 ティナもそうだったが、悪というのはどうしてこう、卑劣な行為に手を染めるのだろうか?


 一般人を盾にしてルクスを牽制する嫉妬も然り、ピンチに陥り隊長たちを操ったティナも然り。

 卑怯者だと揶揄された嫉妬は、自分だけでなくティナまで侮辱されたのが不満だったのか、憤慨したように大きく一歩踏み出した。


「やれるかい?紅桜クン」


「お陰様で、一般人は全員無力化できた」


「うううう!」


「あぁぁぁあっ!」


 嫉妬の背後に見えた黒い影から焫爾が現れ、その直後、嫉妬の配下にあった一般人たちは、声しか発せない木偶と化す。


「やるじゃない紅桜…国家の犬風情が…」


「その犬に負けるお前は寄生先を失った蛆虫だと思うが?」


 国家の言いなりの紅桜と、ティナという寄生先を失い彷徨う嫉妬。


 焫爾は彼女の煽りに対し怒りを見せることもなく、淡々と冷やかしの言葉を返した。


「終わりだな。嫉妬」


「これで終わるとでも?」


「終わるよ。だってキミ、ボクより弱いし」


 確かに精神干渉の異能は極めて強いし、脅威だと言ってもいい。しかし残念なことに、精神干渉が効かないルクスとの相性はもの凄く悪いだろう。


 なにしろ嫉妬は、嫉妬以外の異能を持っていない。つまり自ら相手に攻撃を加えるのはほぼ不可能なのだ。


 この戦いは、ルクスと嫉妬が顔を合わせた時点で決着していた。


 彼女は冠位にまでも嫉妬の精神干渉を与えることができるが、それだけなのだ。精神干渉が破られた今、嫉妬はただの無能力者。


 自分より弱いと断言したルクスは、収めていた黒の聖剣を腰の鞘から引き抜き、嫉妬へ向けると瞳を閉じる。


「二度と生き返らないようにしてあげよう」


 ルクスの黒の聖剣には闇の本流が集まり、無数の星を散りばめたような煌めきと、夜空のような闇が剣を覆う。


 その剣を見た瞬間、嫉妬は彼女が何を放とうとしているのかを悟った。


「極夜か…!」


 嫉妬で暴走させた一般人は焫爾により無力化され、マンションの屋上に動ける人間はルクス、焫爾、嫉妬しかいない。


 今から嫉妬の異能を使ったって、ルクスの極夜を回避することはできないだろう。


 勝敗が決着した。

 焫爾はそう判断すると同時に反対側の建物を見て、大きく目を見開いた。


「漆黒!放て!」


「っ!?極…」


「させぬぞ!」


 焫爾の声を聞いて目を開いたルクスは、咄嗟に極夜を放とうと剣を突き出そうとする。


 しかしその直前でルクスの腕は抑えられ、極夜は嫉妬とは別方向へと放たれた。


 ルクスは何故?どうして?という疑問よりも早く、闇の中に沈み自身の安全を確保する。


 屋上の床を闇を使って影のように動き、焫爾に背中を預ける。


「どういうことだい?ボクもキミも、彼らに気付くのが遅れた」


「…おそらく、そういう異能なのだろう。しかし姿を現したということは、もう大丈夫だ」


 姿を消された状態で攻撃されていれば致命傷だったかもしれないが、彼らは嫉妬を助けるために焦って姿を露わにした。


 それだけで大丈夫と判断した焫爾は、金髪や明るい髪色の男たちを見て、眉間にしわを寄せた。


「日本支部…の連中ではないようだな」


 顔立ち的にアジア系の人物たちではあるが、彫りの深さが違う。それに身なりからしてみても、日本人よりも遥かに儲けていそうな有名デバイスを携え、闘気に満ちている。


「…さぁな?どう思う?」


 焫爾に尋ねられた男の1人は、小馬鹿にしたような眼差しを向けながら歪んだ笑みを浮かべる。


 彼はつい先ほどまで、早乙女と揉めていたデール皇太子の横に控えていた護衛だった。


「嫉妬様…あとは逃げるのみです。対象を確保しました」


「対象…?」


 デールの護衛の言葉にピクリと反応を見せたルクスは、悠馬やティナが狙っていた夕夏のことを思い返す。


 少なくともあの2人は、こんな雑魚敵に捕まるようなヘマはしない。夕夏と数時間の付き合いではあるものの、ルクスの瞳に夕夏は圧倒的強者として映っていた。


 洞察力や統率力、全てにおいて群を抜いている。

 総合的なスペックで言うなら、ルクスやオリヴィアにすら勝るかもしれない存在だ。


 そんな彼女と、彼女を優に上回る悠馬が捕まるわけがない。


 ならば考えられる可能性は、嫉妬たちが狙っていた対象が全く別の誰かだと言うことだ。


 様々な可能性を考えるルクスと、対象という単語に反応を見せる焫爾。


「まぁ、お前らを捕まえれば問題ない」


 後手に回ったところで、主犯格を捕まえれば残りは頭を失った蟻のようなものだ。


 ここにいる嫉妬が主犯格なのは間違いないため、焫爾は影を全身から放出して彼らへと攻撃を仕掛けた。


「まともにやりあっては勝てない。やるぞ」


「はっ!」


 嫉妬の背後に控える護衛たちのリーダー格がそう話すと同時に、下っ端たちは一斉に首元に注射器を射ち込む。


「っ!まさか…」


 なんの躊躇いもなく射ち込まれた注射を見ていたルクスは、焫爾の影の間を縫うようにして闇の異能を発動させた。


「紅桜クン!コイツらは使徒になる気だ!その前に蹴りをつけるよ」


「なるほど捨て駒か…ならば手加減する必要はないな」


 使徒になるということはつまり、人としての生を捨てるということだ。そこまでして守りたいもの、隠したいものがある人間は並大抵の尋問で口を破らないし、そんな人間に時間をかけていれば本命を取り逃がす。


 注射器を射ち込んだデールの護衛たちは、徐々に肉体を破裂させるようにして拡大させ、異形の生物へと変貌していく。


「遅いな」


 一直線に影を伸ばした焫爾は、使徒へとなりかけているピンク色の肌色の生物の脳天を貫く。


 アイスピックのように尖った影の先は、容易く使徒の頭を貫き、焫爾が突き出した右手を開くと同時に、内側から破裂した。


 焫爾はアイスピックの形状にした影を相手の脳天に撃ち込んだ後に、内側から影を膨張させたのだ。


 起爆したように破裂した肉片は周囲に飛び散り、見るからに無残な光景が広がる。


「酷いね、紅桜クン」


「君には言われたくないな。漆黒」


 焫爾が潰した使徒とは逆方向には、おそらく闇の異能で生成されたであろう剣が数百本突き刺さっている使徒が見える。


 脳から破壊した焫爾とは反対に、ルクスは黒髭危機一髪のように、表面が見えなくなるほど闇の剣を突き刺しているのだ。


「それで?まだやるかい?」


 残りの使徒を片手間に捻り潰しながら、ルクスは尋ねる。

 光の見えない瞳で迫りくるルクスは見る人が見れば戦意を喪失するものだ。


 しかし嫉妬は戦意を喪失することもなく、勝ち誇ったような歪んだ笑みを浮かべた。


「…ならば私も囮となろうかねぇ…」


 ルクスが歩み寄る中、服の袖から注射器を取り出した嫉妬。

 彼女は言葉を呟くと同時に、躊躇いなく首元に注射器を射ち込んだ。

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