邂逅
「日本支部は相変わらず近未来よね」
「異能島だけですよ。本土は保守派ばかりで後退国です」
「あはは…」
イギリス支部の昔ながらの街並みと違い、日本支部の異能島、特にセントラルタワー付近は近未来な高層マンションが並んでいる。
普段踏み入れることのできない日本支部異能島へと訪れているソフィアは、興味津々で窓の外を眺めていた。
「ルクスさんって何人?」
「ボクはロシア人と日本人のクウォーターだよ。フルネームはルクス・アーデライト・夜空」
「っ!」
バスの中、横に座る花蓮とルクスの会話が聞こえた悠馬は反応を見せる。
今日は久々にソフィアと会えるし、第一優先はソフィアにすべきだと彼女たちから言われていたが、悠馬はルクスのフルネームを聞いてそれどころじゃなくなる。
悠馬は夜空という単語に聞き覚えがあった。
いや、夜空って名前の人くらいたくさんいるだろうし、それにいちいち反応していてはキリがないのだが…
悠馬が反応した最大の理由は、混沌の名が夜空だったからだ。混沌は純日本人のような雰囲気だったし、可能性的には十分にあり得る。
ルクスの血縁関係者の中に混沌と繋がりのあった人物がいたのではないかと考えた悠馬は、額に手を当ててため息を吐いた。
「ここでハイ終わり、とはならないか…」
悠馬としては、ティナの一件で全てが解決したつもりだったのだが、世の中そんなに甘くない。
当然だがティナの真似事をする犯罪者だっているだろうし、残党だって動き始める。
ルクスのフルネームという余計な情報を知ってしまった悠馬がぼやくと、ソフィアは終わりにはならないという悠馬の単語を聞いて振り返った。
「悠馬。知っているのなら早いけれど。あのお方の残党が残っているらしいの」
「…めんどくさい…」
まさかエンジョイする日にそんな情報を告げられると思っていなかった悠馬は、げんなりとした表情で顔をしかめる。
誰だって楽しい時間に嫌な話をされると困るだろう。悠馬は今、それと同じ状態にある。
「でもまぁ…異能を慣らすにはちょうど良いのかな…」
行き交う車をバスの中から眺め、呟く。
悠馬は現在、異能の使用を制限している状態だ。
別に誰かから注意を受けて制限したわけではないが、悠馬の異能がセカイという特殊な異能に変容した以上、下手に使うことは許されない。
何しろルクスの極夜を容易く相殺できるのに加え、人類史上最強であった混沌すらも叩き潰して見せたのだ。そんな悠馬がいつも通りに異能を放てば、地球が滅ぶ可能性すらある。
オリヴィアと話し合った結果、今は異能よりも精神面と筋力面を鍛えるべきだということになり、悠馬は現在異能の特訓を中止している。
しかし相手が犯罪者となると別だ。
久々に攻撃系の異能を使えることに気づいた悠馬は、前に座るソフィアの肩を揉みながら微笑む。
「今日は俺が守るから。ソフィは何も考えなくて良いよ。国際問題になったら嫌だし」
「そ、そう!ありがとう…キャッ」
日本支部の異能島に残党がいるのかはわからないし、ソフィアの滞在期間中に現れるのかなんてわからないが、彼女にくらい良い格好を見せたい。
それにソフィアはイギリス支部の総帥な訳で、セラフ化を使わずここに来ていることや異能を使ったことがバレたら色々と面倒だから、ここは彼氏として彼女を守るべきだ。
頬を赤く染め自身の手で顔を覆ったソフィアは、悠馬の甘い言葉に悶絶しながら横にいる朱理へと肩を寄せた。
「あは。良い雰囲気で安心しました」
***
「なぁ、桜庭くるの遅くねえか?」
「そうだな、アイツ真面目だし時間前にはくるのにな!」
第1異能高等学校、1年Aクラスの屋台の男子生徒たちは口々に話す。
時刻は12時を過ぎ、昼休憩と交代を兼ねる時間帯になっても現れない愛菜に不安を抱くのは当然のことだ。
彼女は授業はサボらないし成績的にも真面目だし、文化祭の準備は一度も休むことなく快く受け入れてくれた。
悠馬と出会ってから普通に変わりつつある彼女は、自分がクラスメイトと協力することにやり甲斐を感じていたはずだった。
クラスメイトたちも愛菜のことを信用しているため、不安そうな表情だ。
「なぁに、心配いらねえよ!」
「さ、早乙女くん!」
「でも!」
そんな彼らの不安を一蹴するように、黒髪の少年早乙女修斗は、両手を大きく広げてアピールをする。
「アイツはああ見えてそこらの男より強いんだよ!見た目は華奢でも中身はゴリラだから!」
合宿での出来事を1人だけ覚えている早乙女は、彼女の強さを知っている。
レベル9の異能力者で武術の心得まであるのだから、事件に巻き込まれはしていないはずだ。
不安そうなクラスメイトたちを宥める早乙女は、右手に大きな衝撃が走ってムッとした表情を浮かべる。
「ケッ、庶民如きが調子に乗るなよ?」
「はぁ?なんですかぁ?チャーシューさぁん?」
早乙女にぶつかってきたのは、金髪にダルマ体型の外国人。
あからさまに、というか、意図的にぶつかってきた彼は、早乙女の反応を見てからさらに不機嫌になった。
「僕はデールだぞ!」
「あ?デーブ?デブ!ぶはははは!太っちょ!道幅あるんだから遠く歩けよ!当たり判定ガバガバだな!」
ぶつかられた早乙女はデールの態度が気に食わなかったのか、いつにも増して挑発的だ。
確かに早乙女の言う通り、第1の校内は道幅があるし早乙女が手を広げたって余裕で通ることが可能だ。
それに何も手をあげた瞬間ではなく間があったことから鑑みるに彼がワザとぶつかった可能性の方が高い。
相手が他国の皇太子などと知らない早乙女は、横にいたスーツを着た男に拳銃を向けられ、白い歯を見せた。
「玩具でもそんなもん取り出しちゃいけないでしょ」
早乙女は無造作に手を伸ばし、拳銃を掴む。
早乙女の中で、この拳銃は脅しのためのただのエアガンだった。
徐々に周りの生徒は早乙女と揉めている相手がキズギス共和国のデール皇太子だと気づき顔面蒼白になっているが、それに気付いていない早乙女は異能を発動させる。
早乙女が異能を発動させると同時に、拳銃は錆や劣化という形で腐食を始めた。
「っ!」
カチッと引き金を引こうとした護衛だったが、早乙女が異能を発動させているためもう遅い。
錆びた鉄の塊になってしまった拳銃は、早乙女がはたき落とすと同時に鉄の音を立てて地面へと墜落した。
「当たる相手を間違えないようにね、デーブくん!俺はこの島で1番強いんだ。痛い目見たくないならこの辺りにしといた方がいい。周りを見てみろ。わかるだろ?」
デールの肩を叩いた早乙女は、決めゼリフと言わんばかりに周囲を確認させる。
2人の周りには、デールに絡んでしまった早乙女に驚き、顔面蒼白の学生たちが溢れていた。
「チッ…」
デールはそれを見て、早乙女が恐れられているのだと誤解する。虎の威を借る狐とは、まさにこのことだ。
自分が恐れられていることなど気づいていないデールは、早乙女が拳銃にも恐れをなさなかったこと、そして強気な態度を見て強者だと悟り、肩を払いながら遠くへと消えて行く。
「さ、早乙女くぅん…」
「マジパネェ!」
「いや、このくらい朝飯前だろ」
自分が敵に回した人物のことを知らない早乙女は、クラスメイトたちにカッコ良い姿を見せれたと鼻高々だ。
早乙女からしてみると、今のは始まりの街で出てくる雑魚敵を倒して、みんなに英雄だと褒められているようなもの。
こんなに褒められると思っていなかった早乙女は、鼻を擦りながらクラスメイトたちの話を聞く。
「まさかガチモンの拳銃にもビビらないとはな!」
「さすが最強!」
「相手皇太子なのにな!」
「あるぇ?」
クラスメイトたちの話を聞いて、初めて相手が雑魚的などではなくラスボスだと気付いた早乙女。
早乙女が血相を変えて振り返った先には、すでにデール皇太子はいなかった。
(良かった…助かった…)
極度の虚言癖と強気な態度が相まって事態を静かに収束させることのできた早乙女は、この日の出来事の影響でさらに持ち上げられることとなる。
***
時は遡り、数分前。
第1の制服に身を包んだ桜庭愛菜は、ある気配を感知して表情を変えていた。
彼女の表情は、いつもクラスメイトと接するような優しいものではなく、暗殺や裏の処理をしている時と同じモノ。
先ほどまで悠馬をストーカーしていたはずの彼女だったが、そのストーキングを途中でやめ、殺気立った表情で異能を発動させた。
「…私の目は掻い潜れない。誰?」
「ふふふ…ふふふふ…低レベルな割に、良い目を持っていますねぇ…」
「っ!」
路地裏に響く声。
幾重にも反響しているようで正確な位置すら特定させてくれない声の主人に、愛菜はより一層警戒心を強めて自身の身体に毒を纏わせる。
「良いでしょう。ようやく解放されたこの身。いつまでも姿を消して1人で過ごすのは面白味がないですからねぇ」
大通りを行き交う人々の声が聞こえる中、愛菜は背後から頬に触れられ、血の気の去った表情で前へと転がった。
(後ろを取られたっ…!)
この国の裏で生きてきたはずの愛菜の後ろを取った人物。
愛菜は冷や汗を流しながら、その人物の顔を見た。
「はじめまして。お嬢さん。そんなに驚かないでください。なにも、貴女を殺そうなんて考えてはいませんから」
真っ暗な髪に、白目のない真っ黒な眼球。身長は190センチほどと極めて高く、スーツ越しの肉体は程よく筋肉が付いている。不気味すぎる男と相対する愛菜は、悠馬とはまた違う絶対的な強者に身体を震わせた。
「あ、貴方…何者…?」
「何者?はて?なんと答えるべきでしょうか?人、と言うにはあまりに半端ですし、悪魔、と言うには些か良心的すぎる。…貴女はなんだと思いますか?」
「…何って…妖怪って言われた方が」
「では妖怪で」
「ふ、ふざけないで!」
愛菜の質問を適当に返す自称妖怪。
気圧されながらも彼の危険性を直感的に察知する愛菜は、毒ガスを漂わせながら睨み付ける。
底が見えないオーラ。
闇堕ちなどという単語では済ませることのできない滲み出ている漆黒のオーラに名前をつけるなら、純粋な黒。漆黒よりも黒い純黒。
「ふざけてはいません。名前がないんですよ。私には。でも、貴女から名前をいただいた。少し不満のある名前ではありますが、これからは妖怪、と名乗らせていただきます」
「何を…何故私に視線を向けたの?」
愛菜は自称妖怪に対し質問をぶつける。
愛菜が彼のオーラに気づいたのは、眼差しを向けられたからだ。
それさえなければ、愛菜も道行く人たちのように、何にも気づかず歩いていたはず。
妖怪と呼ばれた男は、フフフと奇妙に笑って見せると、額に手を当てて項垂れた。
「力ある者を探していまして…貴女が目で追っていたあの人物こそ、セカイの持ち主だと判断しました」
「セカイ?理由になってない」
悠馬を目で追っていた話をしているのだろうが、愛菜へと視線を向けた理由にはなっていない。
どうして自分を見ていたのか、姿を消していたのか説明をしていないため、より一層視線は厳しくなる。
「失礼なことを申し上げますが。貴女が3割の物語能力から作られた傀儡ではないのかと勘違いしていました」
「…?」
「貴女は知らなくて良い話です。ですが敵意を向けてしまったのは事実。貴女が怒る理由もわかりますし、正直この私の敵意を察知できた貴女は称賛に値します…なので」
彼が手を叩くと同時に、彼は跡形もなく姿を消した。
そこにいたという痕跡も、オーラも全てをなくして。
「貴女を近いうちに助けるとしましょう」
僅か数十秒の邂逅。
ようやく息を吸い込むことができた愛菜は、路地の壁に寄り掛かり、目を瞑った。
「貴方は一体…」




