迎えに行こう
「たこ焼きいかがですかー!」
「こっちはイカ焼きありまーす!」
「俺にジャンケンで買ったらチョコバナナもう一本!まぁ無理だろうけどさ!」
ワイワイガヤガヤと、寮の中にも元気な声が響いてくる。
自身の寮の中、足をリズミカルにバタバタしながらベッドにうつ伏せになっている悠馬は、腕で上体を起こしつつ、すぐ側で横になっているセレスに微笑んだ。
「ローゼ、今日は文化祭だよ」
「はい!頑張ってきてくださいね、悠馬さま!」
本日は文化祭。外ではもう文化祭が始まっているというのに未だに室内にいる悠馬は、セレスの励ましを聞いて頬を緩める。
「ローゼがいるだけでモチベーションが違う…」
朝から元気を出させてくれる彼女はいなかった。
だってみんな朝から学校だし、わざわざ悠馬の寮に顔を出しに来ることなんてなかったから。
しかし今は違う。
夕夏や朱理が悠馬の寮に顔を出さずとも、朝起きれば横にはセレスがいて、悠馬はいつもセレスに褒められて生活をしている。
人間、褒められると成長すると聞くがまさにその通りなのかもしれない。
モチベーションも上がるし、もっと褒められようと頑張るし、気配りできるようになるし、いいこと尽くめだ。
みんな褒められながら生活した方がいいと思う。
浮かれ気味の悠馬は、セレスへと手を伸ばすと、仰向けになっている彼女へと覆い被さる。
「な、なんでしょう…?」
「実は今日、俺は文化祭のお手伝いはありません」
「え?え?ですが昨日は…」
「サプライズです!ローゼやみんなとデートするために、うちのイケメンクラス委員が頑張ってくれました!」
はしゃいだようにサプライズと告げた悠馬は、何かを言おうとしたセレスの唇を人差し指で塞ぐ。
「大丈夫、迷惑はかけてないよ」
学年で、いや、クラスで作る文化祭。そんな行事の中でクラスメイトの1人が抜けるのは、正直言ってありえない。
何しろみんなで作った上に、やりたくない人だっているのだから自分勝手にサボるのはどうかしている。
悠馬はまだ知らない。八神が何故、悠馬を休みにしてくれたのか。
実際八神は美沙と一緒に出し物がしたかったから、それとない理由をつけてライバルになり得る悠馬を追い払ったのだが、それを知らない悠馬は呑気なものだ。
陽キャラな美沙は文化祭の2日ともクラスの出し物を手伝うと明言してくれ、八神は2日目の出し物しか手伝わないということで決まっていた。
しかし美沙と少しでも長い時間そばにいたかった八神は、悠馬を休みにさせて初日も手伝いをすることにしたのだ。
悠馬は彼女とデートができて、八神は好きな人の側にいられる。まさにwin-winの関係だ。
「おはよー、悠馬くん。セレスさんに迷惑かけちゃダメだよ?」
「おはようございます。悠馬さん」
「おはよう、夕夏、朱理」
「昨晩もしてないんですね」
「あ、朱理さま!?さすがにしませんよ!?」
部屋の匂いをくんくんと嗅ぎ分けた朱理は、悠馬とセレスの2人に昨晩も何もなかったことを悟りつまらなさそうだ。
そんな朱理を見て夕夏は「あはは…」と苦笑いを浮かべると、悠馬の元へと一直線に歩み寄った。
「さてと。悠馬くん、今日はソフィアさんも来るから気合入れてね!」
「ああ!」
張り切ったように両拳を顔の横に挙げる夕夏。彼女の言う通り、今日はソフィアも訪れることとなっていた。
まずはその理由を話すとしよう。
あのお方の一件、つまりティナ・ムーンフォールンの無人島襲撃により日本支部は異能祭を自粛しなければならなくなり、フェスタはティナとの決戦後の影響で中止を余儀なくされた。
当然だが、異能祭へ訪れるはずだった一般客やフェスタに訪れる予定だった各国のお偉方は、払い戻しという形でこのイベントを白紙にされたのだ。
しかしまぁ、それだけだとあまりに可哀想だ。
そう考えた寺坂や各支部の総帥は、文化祭に定員を設けて一般公開するようにしたのだ。
もちろん異能祭に訪れるはずだった一般客全員を島の中に入れることは不可能だが、それでも半分以上の一般客を入れることはできる。
経済的にもベストな上に、反感も半減するのだからこの手段を選ばない手はない。
そんな理由で、今日は一般客やお偉方も異能島へと来るわけだ。その中の1人に、ソフィアがいる。
かなり久しぶりの再会となる悠馬は、心を踊らせながら寝巻きを脱ぎ始めた。
「お手伝い致しますよ、悠馬さま」
「だ、大丈夫だよ…」
お着替えを手伝おうと申し出てくれたセレスにやんわりと断りを入れる。
さすがに最低限のことは自分でしないと怠け者になってしまうし、肝心な時に動けなくなる可能性すらある。
セレスという何でもしてくれる完璧な同棲者ができたにも関わらずいつもどおりの生活をする悠馬は、おそらくダメ人間にはならないだろう。
「悠馬。随分と着替えが遅いじゃないか」
「あ、おはようオリヴィア」
「おはよう」
まだ寝間着姿だった悠馬に呆れながら入ってきたのは、金髪蒼眼のオリヴィアだ。
彼女は悠馬から貰っているであろう合鍵を右手で握り締めながら、縦ロールの掛かった金髪を揺らす。
「あら、オリヴィア。今日は勝負下着ですね」
「な…!やめないかっ!」
いつの間にかオリヴィアの横に立っていた朱理は、彼女の青いロングスカートをめくり、口元を手で押さえながら小馬鹿にして見せる。
オリヴィアは驚いたように肩を震わせながら、スカートを元に戻して憤慨した。
朱理とオリヴィアは仲がいい。
どういう要因で仲良くなったのかはわからないが、いつも朱理におちょくられ、オリヴィアは顔を真っ赤にして朱理を追いかけている。
仲が悪いとも取れる行動ではあるものの、それを仲が良いと判断している悠馬は、ガミガミと怒鳴っているオリヴィアを見てクスリと微笑んだ。
「悠馬くん?」
「あ、いや…みんな可愛いなって」
悠馬が微笑んだことにより、同時に視線を向けた朱理とオリヴィア。
彼女たちは悠馬に可愛いと言われ、頬を赤く染めると互いにそっぽを向いて距離を取った。
悠馬に何かを言われると言い合いを中断するのも可愛らしい。
「みんな揃ってるわね。…早くない?」
「だって私と花蓮さん以外近所だし…」
「ああ…なるほど…」
朱理とオリヴィアの小競り合いが終わり、第7高校の制服に身を包んだ花蓮と、私服姿の美月が現れる。
「あれ、花蓮ちゃん制服?」
「ええ、少し教室にも顔を出そうと思ってるし…それに私服を盗撮されるのは嫌だから」
「なるほど…」
それはアイドルだからこその悩みだった。
花蓮は有名なアイドルだし、ドラマに出るほどの知名度を誇っている。
入学してから1年半以上が経過した今でも彼女が外を歩いていれば○○で花咲花蓮が歩いていた!と話題になるくらいだし、彼女は一貫してレアリティを保っていた。
普通異能島という閉鎖された空間で生活していれば、最初こそキャーキャー言われるものの時間が経てば見向きもされなくなる。しかし花蓮はそうなっていない。
当然私服姿で外を歩けば盗撮されてSNS行きだし、どこで買った服なのか特定されたりもする。
不特定多数が来る今日、勝手に衣服やその類を詮索されたくなかった花蓮は、こうして制服でデートすることを決めた次第だ。
悠馬としても、花蓮の制服姿は嬉しいものだった。
何しろ悠馬と花蓮は、私服デートは数を重ねているものの、制服デートは一度もしていない。
「あ、悠馬くん嬉しそう」
「なによ?私の制服姿が好みなわけ?」
「あはは…悠馬制服フェチ?」
「ち、違う!多分…」
彼女たちにおちょくられながら、悠馬は顔を赤く染めた。
6人の彼女が揃った今、あとは港までソフィアを迎えに行くだけだ。
話しながらも準備を進めていた悠馬は、着替えるために脱衣所へ向かったセレスを見届けながら椅子に座った。
***
「うわ、暁じゃん」
「すげぇ…なんか雰囲気あるよな、さすが次の異能王…」
行き交う人々の視線を奪うのは、可愛い彼女たちではなく悠馬だった。
男子からも女子からも視線を向けられる悠馬は、私服姿で表情一つ変えずに通行人の声をスルーしていた。
「あは。大人気ですね。悠馬さん」
「みたいだな…」
以前までなら男子の視線は朱理や彼女たちの方へと向き、残った男の限られた視線は、悠馬への嫉妬の眼差しになっていたわけだが、今は全てが悠馬への羨望に変わっていた。
その原因は間違い無く、悠馬が異能王になることが確定したからだろう。
日本支部の中で最も強く、そして肩書きのある高校生なんて悠馬以外にいない。
小さい頃に誰もが憧れた異能王の座。それを身近な、同じ島で過ごす学生が手にしたのだから嬉しい気持ちの方が大きいのだろう。
悠馬と同じ島で過ごしたと言うだけでも、将来「お父さんは今の異能王と同じ島に通っていたんだ」と自慢もできる。
朱理に告げられ周りの視線を意識してしまった悠馬は、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「セレスティーネ。どうかしたのか?」
「あ、いえ…視線を感じたような気がして…」
最後尾を歩くセレスは、背後から視線を感じたような気がして振り返る。しかし背後には行き交う人々の姿しか見えず、横を歩いていたオリヴィアは不思議そうに首を傾げた。
「異能島ではよくあることだ。敵意ではないのだろう?」
「ええ…私に向けられていると言うよりも、悠馬さまへ…といった感じだと思われます」
「悠馬は人気なんだ」
「当たり前ですよ!こんなにカッコいいんですから!」
遠くでは黒髪の女子生徒が、セレスが振り返ると同時に建物の影に隠れていた。
そんなこと気付きもしないオリヴィアと、気を取り直したセレス。セレスは悠馬が人気だと言われて火が付いたのか、キラキラと目を輝かせながら悠馬の良さについて語り始める。
オリヴィアは呆れたような表情で相槌を打った。
彼女は才色兼備の完全生物だが、悠馬の話となると周りが見えなくなる。同じ人を好きになっているからある程度共感は出来るものの、周りが見えなくなりながら話すセレスの姿は、息子を自慢する馬鹿親のようなものだ。
多分、というかほぼ間違いなく、悠馬を知らない人がこの話を聞けば悠馬のことを嫌いになるだろう。
それほどセレスの熱弁は詳細すぎて若干気持ち悪かった。
「あはは…セレスさん語ってるね…」
「悠馬くん良いところ多いしね」
「当たり前よ。何しろ私たちの彼氏よ?」
自分が評価されるよりも悠馬が評価されるのが嬉しいご様子の花蓮は、何やら鼻高々だ。
そんな彼女を見てクスッと笑った美月は、前を歩く悠馬を見つめてフッと微笑んだ。
「ちょっと恥ずかしそう」
「だねー」
彼女とデートをすることはよくあるのだが、いつもの悠馬が向けられる視線は嫉妬や殺意の視線ばかりだ。
あんなに可愛い彼女を連れて歩きやがって、ちょっと顔がいいからって…と、大抵の男子たちは悠馬に恨みがあるような視線を向けてきた。
それがある日を境に突然羨望の眼差し一色になるのだから、慣れていない悠馬からすると逃げ出したいほど恥ずかしい瞬間なのかもしれない。
しかも今回は背後で自分の自慢をする彼女たちまでいるのだ。
悠馬は逃げ出したい気持ちを堪えながら、緊張した趣で港へと向かう。




