愛し合いましょう
セレスティーネ皇国の慣習。それは婚前に純潔を捨ててはならないこと。それを破った者は、純潔を奪った者と必ず結婚しなければならない。
現代社会でそんな非常識な!と思うかもしれないが、セレスティーネ皇国で力のある異能力者が生まれない原因の一端がこれだ。
結婚できる年齢になってからしか身体を交わらせることができない上に、純潔を失えば奪った相手と結婚。
当然だが男だって女だって相手を慎重に選ぶし、そういう理由もあって、彼女の国では未婚者も多い。
そしてもう一つ。
もし仮に純潔を奪った者と離婚した場合、最後にした日から1年間、再婚も行為も禁止される。
つまりセレスがエスカとしていた場合、1年間の禁欲の後に新たな嫁ぎ先へと向かわなければならないわけだ。
そして彼女の再婚が2週間後ということはつまり、エスカと最後にしたのは約1年前。もう時間は残っていない。
てっきりエスカとセレスがしていると思っている悠馬は、彼女のタオルを慣れた手つきで外し、胸に触れる。
「悠馬さまっ!それ以上は怒ります」
諦めようとしているのに、諦め切れると思っていたのに、好きな人に身体に触れられる。
セレスは口では強気な発言をしているが、身体では全く抵抗していない。
「…慣習を破ってください。貴女が破れば、あと1年の間に俺が必ずなんとかします」
彼女がここで慣習を破った場合、結婚は最低でも1年後の今日まで先延ばしということになる。
その時には悠馬は卒業間近だし、その間に秘密裏にセレスの父にだって会いに行けるし、いろいろと準備も可能になる。今日彼女と「さよなら」にならないためには、この方法しかない。
最低最悪な手ではあるが、これが悠馬とセレスが結ばれる唯一の方法。
セレスは悠馬の言っている慣習を破るの意味を悟り、ため息を吐いた。
「失望しました。貴方がまさかそんな人だったとは思いませんでした」
「…俺も驚いてます。でもセレスさんには他人と結婚して欲しくないんです」
「……初めてはベッドの上がいいです」
「!」
視線は冷たいながらも、セレスは悠馬の提案を受け入れる。
手を払い除けることもなく、むしろ悠馬の手を握り胸で固定させているセレスは、真っ赤な瞳で彼を見据え、脱力したように肩の力を抜いた。
***
「私で良かったんでしょうか?」
初々しく、というか、もうすでに終わった後なのにセレスは緊張していた。
ホテルに備え付けられたバスローブを身に纏い、シミの出来たベッドの上で赤面している。
「セレスさんがいいんですよ。俺は」
「ローゼとお呼びください。悠馬さま。あと、敬語はナシですよ」
「ん…ローゼがいいんだ。貴女が側にいてくれたら、俺は安心できるから」
お楽しみが終わり大賢者タイムの悠馬は、彼女の身体へと手を伸ばし、貪るようにして胸に顔を埋める。
「というか、俺の方こそ聞きたいんだけど…」
「なんでしょうか?」
「本番した後に聞くことでもないんだけどさ…ローゼが処女だって知らなかったんだけど…これ色々と大丈夫?」
さっきは勢いというか、欲望のままに動いていたが、賢者タイムになると罪悪感と不安が出てくる。
まず第一に、セレスが未経験だったことが問題だ。
悠馬はてっきりエスカと楽しんでいると思っていたが未経験だし、それから察するに純潔を奪ったのは悠馬。
つまり悠馬はセレスと必ず結婚しなければならないわけだ。最後にした行為から1年間、再婚してはならないという慣習を破ろうとしたはずなのに、ちゃっかり純血を奪ってしまったのだ。
正直結婚は問題ない。だって元より悠馬は結婚するつもりでこの行為に及んだのだから。
だが次が問題だ。
それはセレスの婚約を無に還したこと。本来であれば、真正面から敵対するのではなく、外堀から埋めていく予定だった。婚約は無理ですと言うのではなく、婚約を先延ばしにして、色々と手を回さなければならなかった。
悠馬の考えでは、慣習を破らせ自分が権力者と手を組む、もしくは自分が権力者になってセレスの父に会いに行くつもりだったが、それがダメになった。
悠馬がセレスの処女を奪った影響で、セレスは慣習上悠馬以外と婚約ができないわけだ。当然、再婚までの期間先延ばしではなく、そもそも結婚できないとなれば、セレスにアプローチしていた人物は激怒するだろう。
これは大問題だし、国が動く一大事かもしれない。
一介の高校生がお姫様の純潔を奪ったなんて世間にバレたら誹謗中傷の嵐に違いない。
普通に考えたらわかるだろう。今の状況は、お忍びで来賓していた他国のお姫様をラブホテルに連れ込み、行為に及んでいるのだ。しかも初めてを。
いくらセレスや悠馬が互いに合意の上で及んだと公言したところで、それらの叫びは間違いなく日本支部とセレスティーネ皇国に握り潰され、悠馬はセレスを襲った犯罪者として世間に名前を晒されることだろう。
セレスが処女じゃなければここまでのことにはならなかっただろうが、ここに来て大きな問題に直面する。
そうなった場合、多分というか確実に異能王になれない。
「私の国は私がなんとかしますが…デール皇太子さまと、ヴェントさまが何と言うか…」
「え?ローゼ2人から求婚されてたの?」
「お恥ずかしながら…」
「俺で良かったの?」
まさかセレスに婚約者の選択肢が残されていたなんて知らなかった悠馬は、焦りの表情で顔を上げる。
セレスが自分を選んでくれたのは嬉しいが、本当にそれで良かったのかわからなくなってきた。
「そ、そのですね…先ほど何度も囁き合いましたが、私嘘でもその場の雰囲気でもなく、数ヶ月前から悠馬さまに好意を抱いていました。貴方のことを…お慕いしていたんです」
行為中は好きですや、愛してますを連呼していたが、それは雰囲気の話であって本音なのかはわからない。だって行為中気持ちよければ、女なんて簡単に好き好き言う生き物だ。男もだけど。
頬を赤らめ、目を逸らしながら照れ臭そうに話すセレスに、悠馬は彼女の頬を撫でる。
「嬉しい…ローゼにそう思われてたなんて…」
「こんなにカッコいい異性…誰だって見逃しませんよ」
ソフィアが惚れる理由もわかる。
同じ人を好きになったからこそ共感できるセレスは、赤眼に涙を溜めながら悠馬を胸へと押し込んだ。
「ろ、ローゼ!?」
「今は愛し合いましょう…もう一度、ローゼとお呼びください、悠馬さま」
「…愛してるよ…ローゼ」
弾力のあるKカップの胸にすっぽりとハマっている悠馬は、空いている右手で胸を堪能しながら愛を囁く。
セレスは悠馬の甘い声を聞いて身体を震わせると、甘い吐息を吐きながら目を瞑った。
「…私、ここに残ります」
「え?」
「何と言われようが、戻って来いと言われても、私は戻りません。悠馬さまと暮らします」
一見冗談のように聞こえるが、彼女が冗談で言っているわけじゃないのを悠馬は悟る。彼女の眼差しは、至って真剣なものだったから。
笑みを浮かべるでもなく、自然に出たようなセレスの言葉は、彼女本来の願いと言ってもいいのかもしれない。
「俺は構わないけど…ローゼは大丈夫なの?」
「はいっ!…私は今まで我慢をして生きてきました。自分が我慢すれば他人が幸福になるなら、それで構わないって…でも。今日慣習を破って…自分の欲望のままに動いて…見ている世界が変わりました」
真面目な人ほど変わりやすい。
中学時代はあんなに勉強一筋だった人物も高校に入ればヤンキーになっていたり、いつもクラス委員をしていたような人も、楽な道を知って他力本願になる。
別にそれは悪いことじゃない。
これまで努力してきたんだ。その分彼らが報われないなら、その努力に意味なんてありはしない。それをわかっていない奴が多すぎる。
だからセレスの言っていることもわかる。
しかし問題なのは、悠馬がセレスの価値観をぶっ壊してしまったということだ。
自分色に、自分好みにセレスを変えてしまった悠馬は、タガの外れた彼女を見て眉を潜める。
「悠馬さまのおかげですよ?…これまでの生き方、後悔はしていませんが苦しかったんです」
「…なら、良かった」
無茶をしているわけじゃない。
悠馬に気を使い作り笑いを浮かべるでもない彼女は、慈愛に満ちた表情で息を吐く。
「あー!お可愛いですよ悠馬さま!」
「ふぐっ!ローゼ!く、苦しい!」
自分のせいで…そんなことを考える悠馬の表情を見たセレスは、自分のために悩んでくれる悠馬がよっぽど好きだったのか大きな谷間に悠馬の顔面を埋める。
悠馬はジタバタと足掻いているが、そんなことは気にせず嬉しそうに目を瞑ったセレスは、両足を絡めて悠馬の身動きを取れなくする。
「悠馬さま。一生お仕えしますよ。貴方の戦乙女として、貴方の花嫁として」
セレスはそう呟くが、悠馬は暴れることもなく、ピクリとも動かず完全に停止していた。
ふと我にかえったセレスは、自分がこれまでにないほど腕に力を入れて悠馬の顔面を抑えていることに気づく。
「はっ!悠馬さま!?悠馬さまー!?」
セレスはみるみるうちに青ざめた表情に変わり、意識を失っている悠馬の名前を呼び続けた。
悠馬は泡を吹いて窒息していた。
***
「雨、上がりましたね」
「そうだな」
悠馬とセレスが色々としているうちに、すっかりと雨は上がっていた。
幸いなことにラブホテルには乾燥機があったため、服を乾かすのにはたいした時間がかからなかった。
…まぁ、色々と楽しんでいたせいで時間は随分と遅くなっているのだが。
やけに嬉しそうなセレスはベッタリと悠馬の腕に絡みつき、悠馬は特に気にした素振りもなく、新東京の街を歩く。
「はぁ…こうして歩いていると、あの出来事がすべて嘘だったかのように思います」
「ああ…アレね…」
あの出来事、と言われた悠馬はそれが何であるのかすぐに悟り片目を瞑る。
セレスの言うあの出来事、と言うのは、あのお方の騒動のことだ。
あの日、本来ならば世界は終わりを迎えるはずだった。
それは悪羅と悠馬しか知らない結末のため、セレスは知る由もないはずだが、その結末を知っている悠馬からしてみると、まだ実感が湧かない。
あのお伽話に出てくる混沌を撃破したのだって、メトロでルクスと殺し合って死にかけたことだって、今ではもう夢のような記憶だし、嘘だと言われた方が納得がいく。
9割近く沈んでいる夕日を眺めながら、セレスはお腹をさすった。
「すっごく温かい…」
「…ちょっとスケベじゃないですかね?ローゼさん」
「もう!雰囲気をぶち壊さないでください!怒りますよっ!」
お腹をさすりながら温かいなんて言われたら、勘違いしてしまうじゃないかっ!!
自分の思っている温かいの意味と、セレスの言う温かいの意味が違うことに気づかなかった悠馬は、憤慨するセレスを見て肩を落とす。
「そもそも、ちゃんと避妊はしましたよね?!」
「しました。ハイ!ちゃんと避けました!」
道行く人々は、2人の品のない会話を聞いてギョッとした表情で距離をとる。
美男美女カップル、世界でも優秀な2人が道端でこんな会話をしていたら、見た目と言葉のギャップで誰も近寄りたがらないだろう。
ただ、悠馬もセレスも、今日の朝からあることにずっと気付いていなかった。
…そう。2人の背後には、様子を伺う影が1日中付き纏っていることに。
セレスと悠馬を人影から観察するその人物は、イチャつく2人を見て歯軋りをしながらその場を後にする。
「悠馬先輩…!」
夜道にはお気をつけください…




