勝負下着ですか?
どうしてこうなったんだろうか?
びしょびしょに濡れている悠馬は自問する。
ポタポタと布製の絨毯に落ちる水滴と、髪を滴る冷たい水。
冷えすぎて感覚のなくなった手をそのままに部屋へと入った悠馬は、顔を真っ赤にしているセレスへと振り返った。
「あの!そういうつもりじゃないからね!?セレス」
紫色にやらしく光る室内。
悠馬は大きなミスを犯していた。
少しだけ甘いような香りが漂い、天井にはミラーボールのようなものまで設置されているこの室内。
当然だが、ミラーボールが設置されている紫色のライトのホテルなんてそうそうあるはずがなく、これは世間で言うラブホと言うやつだ。
しかし悠馬の弁明も聞いていただきたい。
「本当に、異能島にはラブホなんてないんだよ!?」
赤面の顔を顰めているセレスに必死に弁明する。
髪の毛から滴る水など無視して両手でアピールをする悠馬の言っていることは事実だ。
日本支部異能島…いや、各支部の異能島にはラブホテルなんて存在しない。
その理由は単純に表向きの不純異性交遊を推奨していないからだ。
限られた娯楽施設しかない異能島に如何わしいホテルができれば、問題を起こす学生は少なからずいるだろうし、教師陣としても見過ごせない。
学生の教育の一環である異能島内で悪影響が出てはならないため、そういった大人向けの施設は異能島にないのだ。
だから悠馬は、異能島と同じ要領でホテルを目指したわけだ。…結果として、ラブホテルにセレスを連れ込んでいるわけだが…
「いえ…その、わかってますよ?はい。大丈夫ですっ!私は年増ですし、悠馬さまの眼中にないことくらい理解してますので!」
セレスは自分からそう言って、ちょっとだけ不機嫌になったように感じた。
彼女はまだ二十代な上に悠馬との年齢差だって一桁代なのだから、年増というわけじゃない。しかしセレスは年齢差を気にしていたのか、弁明をする悠馬を突っぱねた。
「年増でもセレスさんなら食えるけどな…」
この見た目で40代だと言われても、結婚しようと言われれば結婚する。
年齢なんて些細なことだし、唯一問題があるとするなら寿命のことくらいだ。それ以外のことをなんの問題とも思っていない悠馬は、年齢差など気にしない派の人間だった。
だって夕夏のお母さんが離婚してたらアプローチするし。
心の中でそう付け加えた悠馬は、キョトンとした様子のセレスを見る。
「?何かおっしゃいましたか?」
「い、いやなんでも!セレス風呂入ってきなよ!寒いだろう?」
たった数分の出来事だったが、悠馬とセレスは床にシミができるほど雨に打たれていた。
ビチャビチャと水を垂らす悠馬は、震える手を隠しながら優しく微笑んだ。
このままホテルが違ったと言って出ることはできるが、外の気温は十度未満だ。
当然まだ雨も降っているし、入ってしまった以上ホテルを有効活用するしかない。
何もそういった行為をするために利用する人が全員じゃないことを知っていた悠馬は、気を取り直してここで雨宿りをする気でいた。
「ですがそれは悠馬さまも同じでは?」
「俺は大丈夫だよ。それともう一部屋借りてくるね。流石にこれは…へくしっ!」
大きな部屋、ベットやソファもあるため悠馬の寮のリビング並みの広さもあるが、濡れた彼女を見ていると唆るものがある。
間違いを起こさないためにも最低限の距離感を保っておきたい悠馬は、紳士的な対応で室内を後にしようとした。
しかしその寸前でくしゃみが室内に響く。
大丈夫と言いながらくしゃみをしてしまった悠馬は、顔を真っ赤に染める。
「あの…もしよろしければですが…一緒にシャワーを浴びませんか?」
「ふぁっ!?」
セレスは濡れた髪を手で後ろに払いながら衝撃的な提案をした。
「あ!いえ!別にやましい意図はないんですよ!?ただ、悠馬さまもこのままでは体調を崩されそうですし…」
あくまでもこれはお互いの体調を気遣ってのこと。
お互いに少なからず期待はしているものの、その気持ちに気づいていない2人は生唾を飲み込み、室内には沈黙がはしる。
数秒の沈黙。
セレスにとっては数十分にも感じるその沈黙の後、口を開いたのは悠馬だった。
「セレスがいいなら…2人で入ろう」
「はい」
悠馬は脱衣所の扉を開いたセレスに続き、その中へと入場した。
「う〜、下着までぐしょぐしょになってますね…日本の雨って、あんなに激しいのですか?」
「うーん、今日のはかなり珍しいと思うな…」
なんの躊躇いもなく、チラチラと悠馬の様子を伺いながらトレンチコートを脱いだセレス。
ズチャっという音を立てて落ちたトレンチコートを見る限り、相当な水分を吸収していたのだろう。
トレンチコートを脱いだセレスを見た悠馬は、彼女の真っ白なシャツにくっきりと浮かび上がっている下着を見て慌てて目を逸らした。
「運が無いですね…」
「そうだね…」
こっちとしてはかなり運がいいんですけどね。
セレスと風呂に入れる+下着を拝めている悠馬は、興奮気味に鏡を見る。
ガラス張りのシャワー室を反射するように移している大きな鏡。
セレスの方を直接見ずとも、鏡からセレスの生着替えは伺えた。
薄いピンク色の主張の少ない下着は、セレスの性格そのものを映しているようで、主張がないながらも確かに美しく、そして魅了する力を持っている。
悠馬は全神経を目に集中させ、下着を外すセレスを見た。
セレスが背中に手を伸ばすと、雨の重みと重力に負けたブラジャーが外れる。
「k…」
セカイの力のおかげでブラのタグを見逃さなかった悠馬は、暴力的なまでのその胸の大きさを知り、思わずサイズを口にする。
「悠馬さま?先ほどから手が進んでいませんが…その…」
悠馬がセレスのブラのタグを見ていると、彼女は既に胸と大事なところを手で隠し、タオルを持っていた。
チクショウ!サイズが気になりすぎて見ることが出来なかった!!
セレスの身体をこっそり見ることが出来なかった悠馬は、心の中で舌打ちしながら顔は笑顔を浮かべる。
「ご、ごめん…セレスの身体がすごく綺麗で…」
「み、見ていたんですか!?」
「あ、大丈夫!見たのは今だけ!大事なところは見えてない!」
見たかったけど!!!
全部見られたと誤解しているセレスに弁明する悠馬は、心の中で自身の欲求を口にする。
叶うことなら今すぐ押し倒してタオルを剥ぎ取りたいくらいだ。
上着を脱いだ悠馬は、セレスの服の横に上着を置き、タオルを手にしてズボンを脱ぐ。
悠馬と同じく、セレスもその光景を観察していた。
「ぁぁ…タオル邪魔です…」
「?」
セレスが小さな声で何かを呟いた気がして、悠馬は彼女の方を見る。
しかし彼女は悠馬が顔を上げると同時に視線を逸らし、何事もなかったかのように振る舞う。
「…」
悠馬は自身の下半身が落ち着いていることに安堵しながらタオルを巻いた。
「では、入りましょうか?」
タオル一枚になったセレスと悠馬。
こういうのは付き合ってからすることなのだろうが、お互い両思いだし、片方は二十歳を過ぎているし許していただきたい。
「はぁい、入りますぅ」
セレスに風呂場の扉を開かれた悠馬は、まるで初めて風俗に行ったピュアな童貞のように吸い込まれていく。
きっとこういう奴が夜のお店の鴨になるのだろう。
セレスの二十歳だからこそ許されるハリのあるエレガントなボディを横目で見る悠馬。
セレスは胸にチクチクと刺さる視線を感じながらも、意中の相手から向けられる視線に喜びを感じていた。流石の悠馬でも、目の前にいる綺麗なお姉さんが布一枚だったら意識してしまう。
バタンと扉を閉じ、風呂場の中に2人きりになる。
こういうシチュエーションをこれまで彼女たちと何度か経験した悠馬は、シャワーを手にして振り返った。
「くらえセレス!」
「きゃっ!?」
振り向いた直後にシャワーの温水をセレスへとぶっかけた悠馬。セレスはまさか温水を掛けられるとは思っていなかったのか、小さな悲鳴を上げてびくりと身体を震わせた。
人間、不意打ちをくらえば誰だって同じ反応になる。
「な、なにを…!」
「ほらっ!」
「おやめください、悠馬さま!」
温室育ちのお姫様じゃあ、こんな体験今までしたことがないだろう。
そもそも異性と共にお風呂に入った経験なんてないだろうし、王族の彼女は友人とお風呂にはいるということもなかった。
唯一あるとするなら戦乙女の時に全員で風呂に入ったことくらいだが、品行方正な戦乙女ではこんな楽しみ方はできない。
一般人の遊びというか、本来なら川や海でする水の掛け合い。
品行方正な彼女を少しだけ困らせてみたかった悠馬は、セレスに何度もシャワーを掛けながら微笑んだ。
「ゆ、悠馬さまがその気なら私だって…!」
浴槽の横に置いてある桶を手にしたセレスは、湯けむり漂う室内で浴槽のお湯を掬い上げ、悠馬の顔面へとぶっかける。
「げほっげほっ…」
これが案外楽しい。
今まで人にお湯をぶっかけるなんてしたことがなかったセレスは、楽しみを知ったためか、タガが外れたのか攻撃の手を緩めない。
「あはは…!」
「うふふ」
徐々にヒートアップしてきた2人は、息を切らしながら壁に背中を預ける。
「休戦です」
「ん。いやぁ、結構楽しいな…」
風呂に入る前は緊張でガチガチだったし、身も心も凍るほど寒かったためこんなに心地よくなるとは思っても見なかった。
「シャワー、先に使ってもよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ」
シャワーを譲った悠馬は、すでに警戒などしていないセレスの背後へと回ると、生唾を飲み込み彼女の背後から手を伸ばした。
「もう…悠馬さま?私の身体に触れるのは大目に見ますが、そういうことを誰彼構わずやれば信用を失いますよ?」
「誰にでもやるわけないじゃないですか」
「え…?」
「貴女だからやってるんです。セレスティーネさん」
シャワーを浴びていたセレスは、耳元で囁く悠馬の声に身体をゾクっと震わせ、振り返ろうとする。
「それはどういう…」
「…貴女を俺だけの戦乙女に…俺の恋人にしたいです。必ず幸せにします。俺を選んで良かったって思えるように頑張ります。だから…俺の側にいてください」
「っ!?」
セレスは大きく目を見開くと、唇を噛み、手のひらに爪が突き刺さるほど拳を強く握った。
今すぐ立場も何もかも捨てて、彼の提案を承諾したい。それがセレスの願望だ。しかしそれを出来ない理由がある。
いくら悠馬が異能王になると言えど、それは1年後の話。
その間にセレスティーネ皇国がどうなるのかはわからないし、悠馬だって何か不都合があれば異能王にはならないかもしれない。
それにエスカの時のように捨てられる可能性すらある。
1年間も宙ぶらりんの状態になる上に、国際法により保護され、本当に異能王になるかも調べられない男を親に紹介するのは、壊滅的な難易度だ。
「申し訳ございません」
「…ですよね」
「悠馬さまの提案。正直かなり魅力的ですよ。私も貴方のような人に仕えたかった。貴方のモノになりたかった」
相思相愛とわかったところで、すでに遅い。
セレスには残された選択肢、取れる選択が限られていた。
「それなら…俺の」
「2週間後に婚約が控えているんです」
俺の彼女になってほしい。悠馬がそう言おうとしたところで、セレスは言葉を切り出した。
悠馬はその話を聞いてから大きく目を見開くと、彼女の身体から手を離し、一歩後ずさった。
「え…?」
「申し訳ございません。黙っていて。…実は今日は私に許された、最後の旅行だったんです」
「え?だってまだエスカと…」
「…私の国はまだ安定していません」
エスカと別れてたったの2週間とちょっとで他の男のものになる。そんなことを考えていなかった悠馬は、焦ったような表情で彼女の話を聞く。
セレスティーネ皇国は、お世辞にも地位があるとは言えない。アメリカ支部に睨まれればひとたまりもない小さな国だし、何なら日本支部に睨まれても終わるかもしれない。
その程度の弱小国家ができることといえば、他国に媚びる下っ端奴隷のような外交か、もしくは政略結婚で他国と協力するかのみ。
当然、エスカに捨てられれば、新たな権力者の元へと嫁ぐしかないのだ。
それを知った悠馬は、絶望の色を濃くしてから彼女の顔を見つめる。
「…!」
セレスの暗い表情を見た悠馬は、彼女がこの婚約を望んでいないことを悟り、セレスティーネ皇国独自の慣習を思い出した。
彼女の国には、他の国と違ったある重要な慣習がある。
独特な慣習だからこそ記憶の片隅に残していた悠馬は、その慣習に全てを賭けることにした。
「……セレスさん。ごめんなさい」
「へ?」
悠馬はセレスが他人のモノになると知って尚、諦める気はなかった。
「俺は貴女を諦めたくない」
彼女の表情を見ていたらわかる。
彼女はこの結婚で幸せにはなれない。惚れた相手には幸せになってほしいし、当然彼女がそれを望んで喜んでいるなら悠馬だって手を引く。
でも、彼女はそれを望んでいないように見えた。
決意に満ちた趣で彼女を見つめる悠馬は、タオルを捨ててセレスの手を引いた。
結婚するのか、俺以外のヤツと




