才色兼備
「はぁ…緊張するな」
11月中旬。文化祭が数日後に控えた今日の天気は晴れ後曇。少し肌寒くは感じるものの、天候に恵まれ体感温度はいつもよりも暖かい。
そんな中、白のTシャツに黒のパーカーを羽織る黒髪の少年、暁悠馬は、青色のピアスを耳につけ新東京の街並みを眺めていた。
いつもよりオシャレというか、今日は本気のようだ。
花蓮との初デートを彷彿とさせるその格好は、少なくとも友達と遊ぶための格好や、軽い気持ちで出掛けるときの格好ではない。
「ねえ、あの人カッコよくない?」
「デートの待ち合わせかな?」
「いいなー」
異能島では悠馬を見慣れた生徒も多いため、女子たちからの黄色い声はあまり聞かなくなったが、本土は違う。
初めて見る悠馬の容姿に悩殺された女子たちは、悠馬本人にも聞こえるほどの声の大きさで話しながら通り過ぎて行く。
悠馬はそんな女子たちの声を聞いて、恥ずかしそうに頬をかいた。
別に気分は悪くならないが、こうも褒められると少し恥ずかしいというか、なんというか…
こういう場所で注目されることに慣れていない悠馬は、今にも逃げ出したい気持ちに襲われながらその場に踏みとどまる。
「今日は頑張るんだ」
幸いなことに、今の通りすがりの女子たちの声を聞いて服装はバッチリだということがわかった。
通行人のお陰で自信が付いた悠馬が何故本土に居るのか。
その理由は本日セレスとデートを行なうからだ。
もちろん向こうは単なるお礼のつもりなのかもしれないが、悠馬は今日の関係をお礼で終わらせるつもりはない。
自分が異能王になることが確定した今、セレスを戦乙女として迎え入れたい悠馬は、真剣な趣で空を見上げた。
緊張している悠馬は、ビルの角から顔を覗かせるある人物の姿に気づきもしない。
「お待たせしました。悠馬さま」
「かわ…」
かわいい!!!
ビルの窓で自分の髪型を確認する悠馬の元へと現れた女性。
ブラウンカラーのチェックのキャップを被り、翠髪をある程度隠している女性と目があった悠馬は、思考停止に陥ったように硬直した。
美しい。美しすぎる。
いや、元から美しい人だとは思っていたのだが、さすがに人の嫁に色目は使えなかったからここまで美しいとは思わなかった。
エスカのモノではなくなったセレスに魅力を感じる悠馬は、帽子を深く被り、そして真っ白なトレンチコートと真っ黒なショートブーツの彼女を観察する。
花蓮や夕夏という日本支部でも有数の美女に見慣れている悠馬ですら息を呑むほどの美貌。
赤眼で悠馬を覗き込むセレスは、彼が動かなくなってしまったため右手を目の前で振って見せる。
「あの?悠馬さま?」
「あっ///その、セレスさん…お久しぶりです」
これが大人の色気というやつか!
世界屈指の美女を前にする悠馬は、恋愛経験のない男子中学生のように頬を赤らめて俯く。
「お久しぶりです。先日…と言っても随分前になりましたが、あの時はどうもありがとうございました」
「い、いえ…当然のことというか…その…セレスさんが無事で良かったです」
「セレス、です」
成り行きでセレスを助けただけなのにすっかりとそのことを忘れている悠馬は、ムッとした表情で顔を近づけてきたセレスに、一歩後ずさる。
悠馬が一歩前に踏み出せば、彼女の唇は簡単に奪えることだろう。
甘い香りを漂わせながら、悠馬と数センチの距離まで詰め寄るセレスは、悠馬の顔をじっと見つめ、そしてウィンクをして見せた。
「私は今日、お忍びでここにいます。今日はセレスです」
「せ、セレス…」
今のセレスは無職だ。
当然のことだが彼女にはもう戦乙女隊長としての権限は何一つ残っていないし、現在の彼女に残っているのはセレスティーネ皇国のお姫様だということ。
セレスはそのお姫様であることを無かった設定でこのデートに臨んでいるようだ。
トレンチコートをくるっと翻した彼女は、満足そうに微笑んだ。
「今日は対等な関係…いえ、悠馬さまへのお礼がメインなのですから、気を使わないでください」
「で、でもそれは流石に…」
さん付けは勢いでやめてしまったが、敬語を辞めるのは流石に不味いと思う。
一国のお姫様に向かってそんな不遜な態度は取れないし、何よりセレスが許しても他の人が見たらどう思われるかわからない。
流石にそれは受け入れられないと言いたそうな悠馬は、寂しそうな表情を浮かべたセレスを見て言葉を詰まらせる。
「…今日だけは、忘れさせてくれませんか?立場も、何もかも」
それはもしかすると、悠馬に気を使わせないための演技だったのかもしれない。
しかし悠馬はセレスのその表情を見て、彼女のお願いを受け入れるべきだと判断した。
「うん。わかったよセレス。今日は全部忘れて2人で楽しもうね?」
「っ!はいっ!」
悠馬の返事を聞いて嬉しそうに微笑むセレス。
真っ白で日焼けのない顔で微笑んだ彼女を見て、悠馬は胸をときめかせる。
「行きましょうか?」
「は…うん」
思わず敬語を使いそうになりながら深く頷く。
セレスから差し出された左手を見た悠馬は、その手が何を意味するのか理解できずに彼女の顔を見る。
「もう…今日は私がお礼をする。つまりエスコートするんですよ?」
「あっ…!」
頬をぷくーっと膨らませたセレス。彼女の話を聞いて、差し出された手が何であるのかを知った悠馬は、小刻みに震える右手を差し出し彼女の手を握った。
11月だからか、彼女の手は少しだけひんやりとしていた。
セレスに手を引かれる悠馬は、耳を赤くしながら早足に横に並ぶ。
「セレス…」
「はい?」
「いや、やっぱなんでもない!」
柔和な表情のセレスを見ているとついつい、いきなり本題に入りそうになる。
悠馬が今日セレスに言うべき言葉は、「俺の恋人、そして将来的には戦乙女になってほしい」ということだ。当然だが、この告白が失敗すればほぼ間違いなくデートは打ち切りで即解散。出落ちになることを知っている悠馬は、ギリギリのところで踏み止まる。
悠馬の葛藤など知らないセレスは、キョトンとした表情で数秒固まり、そして可愛らしく微笑んだ。
「そうですか。なんでも聞いてくださいね。私のことならなんでもお教えしますよ」
「え?いいん…いいの?」
「はい。これはお礼ですから。…その…エッチなのは考えますけど…」
ダメじゃなくて考えてくれるんだ…
頬を赤らめるセレスを見て、悠馬は彼女の胸へと視線を落とす。
ソフィアやオリヴィアと比べても格の違う大きすぎる胸だ。オリヴィアはIカップあるが、それよりもひと回り…いや、ふた回りほど大きいだろう。
お願いしたら、胸の大きさも教えてくれるのだろうか?邪なことを考える悠馬は、少し興奮しているようだ。
「じゃ、じゃあ質問なんだけどさ」
「なんでしょう?」
「セレスって何カ国語喋れるの?」
いきなりぶっ込んだ質問はできないし、仕事話もしてはならない。当たり障りのない質問を高速で考えた悠馬は、クソどうでもいい質問をぶつけてみる。
「今世界で使用されている言語は全てが見聞き可能です。補足するなら書くこともできますよ?」
「て、天才…」
天才という一言で括るのは失礼だとわかっているが、思わずそんな言葉が出てしまう。
きっと物凄い勉強をして、今の次元に到達したのだろう。
悠馬も国立高校でトップを争うほどの学力を保持しているわけだが、そんな彼からして見ても、セレスは次元が違いすぎた。
「ち、ちなみに資格とかは?いくつくらい持ってるの?」
「全てですね」
「全て?」
「はい、文字通り全てです」
「わお…素晴らしいですね」
自分で質問したことだが、全く理解が及ばない悠馬は下手くそなコメンテーターのような反応を見せる。
「資格は何持ってるの?」と聞かれて、「全部持ってますよ」なんていつか言ってみたいな…
空を見上げた悠馬は、格の違いすぎる異性を前にして、自分が如何にちっぽけかを知る。
「悠馬さまは如何してますか?」
「如何って?」
「ほら、私が…その、クビになった際に同時発表された次期異能王…あれが悠馬さまであることはご存知ですか?」
「あ、あー!」
「準備とか始められてますか?」
セレスの補足を聞いて如何の意味を理解した悠馬は、視線を彷徨わせながら顔を痙攣らせる。
「い、いやー…それが全く…」
実は今、その準備で貴女へ告白しようとしてるんですけどね。なんて言えない悠馬は、バレバレな態度で話を有耶無耶にする。
「うふふ、緊張しますよね。大丈夫ですよ、肩の力を抜いてください。誰だって最初は初めてです。慌てずとも、悠馬さまなら大丈夫です」
「せ、セレスさぁん…」
甘い言葉をかけてくるセレスに、悠馬の恋愛メーターはぐんぐん上昇していく。
セレスの凄いところは、悠馬に惚れていながらも、意図的に甘い言葉をかけているわけではないというところだ。
つまり彼女は、誰にだってこの優しい対応をしてくれる。控えめに言って女神さまだ。
「さて。話している間に目的地に到着しました」
「?」
話しながら手を引かれていた悠馬は、目的地に到着したと言われて周囲を見る。
中学校の間は東京で過ごした悠馬よりも、ほぼ東京に訪れたことのないセレスの方が土地勘や情報を持っていることは内緒だ。
「映画…館?」
「はい!デートといえばやはり映画館です!」
ちゃっかりこれをデートだと言い切ったセレス。
悠馬はセレスの失言に全く気づかず(自分もデートの気で来ているから)ビルに備え付けられている大きなモニターを見上げる。
「で、でもセレス、日本の映画なんて…無茶しなくてもいいんだよ?」
外国出身のセレスが、興味のかけらもない日本映画なんて無理して見なくていい。
彼女が無茶をして、悠馬を楽しませるためだけに自分は楽しくないことをしているのではないかと判断した悠馬は、遠慮気味にセレスを伺う。
「いえ。私、実は日本の映画を見るのが夢でして…」
「なにそれ可愛い…」
日本映画なんてタイムリーな人使っておけば人が集まるだろ理論で駄作も多いため、きちんとリサーチして行かなければお通夜の状態になってしまう。
しかしセレスの夢を聞けば、そんな考えは吹き飛んでしまう。すこし恥ずかしそうに頬をピンクに染めたセレスを見て、悠馬は頬を緩める。
どうしてこの人はこんなに可愛いんだろうか?
年齢的には少し離れているが、それすら些細なことのように思えてしまう。
というかソフィアも年上だから、もう年齢なんてどうでもいいと思うけど。
「私、ドロドロとした恋愛映画が好きなんですよね」
悠馬がセレスにデレデレとしていると、外見とは全く違うセレスの観たい映画の内容が聞こえてくる。
「え"っ」
セレスの外見と性格だけで予想するならば、彼女は感動モノの動物映画なんかを好むのかと思っていたが、どうやら違ったようだ。
日本のドロドロした恋愛映画なんて、海外のに比べると胃もたれするくらいドロドロしているし、人によっては最高に気分を害する作品だ。
驚きを隠せない悠馬は、表情にこそ出さないものの思わず小さな声を漏らしてしまう。
「お、俺も好きですよ!ドロドロしたやつ!」
そんな映画観たことないが、とりあえず合わせてみる。
気になっている人と会話を続けるための定石だ。自分の好きじゃない話でも、興味を持っているように見せて話を真剣に聞く。
つまらなさそうに話を聞く異性なんかよりも、演技でも興味津々で聞いてくれる異性の方が好感は持てるだろう。
「悠馬さま、敬語になっていますよ」
「あ、ごめん…!」
慌てて合わせたためか、それとも反射的になのか。
敬語で話していることに気付いていなかった悠馬は、セレスに指摘されてから初めて気づく。
「いえ。少しずつ慣れてくださいね。私個人としては、悠馬さまにタメ口で話してもらえる方が嬉しいので」
「わ、わかった!」
理由はわからないが、タメ口の方が喜んでもらえるなら敬語なんて使いたくない。
単純な思考の悠馬は、セレスの内に秘めた感情には気づかず、彼女に手を引かれながら映画館の中へと入った。




