超会議
「というわけで、悠馬くんには残り3人の恋人(戦乙女)を見つけてもらわなければなりません。何か画期的な探し方はありますか?」
「はぁ…3人ですか。身体の相性で決めればいいじゃないですか。疲れを癒すのはいつだって女の身体ですよ?」
「朱理、それはダメ!絶対ダメ!」
「あら…残念です」
暗い部屋の中、相談をする影が3つ。
ここは夕夏の寮の中だ。
悠馬の寮では現在、悠馬とオリヴィア、そして花蓮が寝泊まりをしていて、夕夏の寮では美月と夕夏、そして朱理が寝泊りをすることになっている。
悠馬は6人でも寝れるから一緒がいいと申し出てくれたのだが、3人はこうして、悠馬の戦乙女について話したかった為それを却下してからこの場にいる。
「やっぱり、各学年で優秀な人を見つけ出して悠馬に紹介していった方が…」
「なんかお見合いみたいだね」
「ですね…」
『どうしよう…』
あまりにも難しすぎる戦乙女の選出。
学生という身分上出来る事に制限がある彼女たちは、必死に知恵を出し合っている。
「でも、悠馬が言ってたあの人って…」
「無理だと思います」
「無理だよ、うん」
悠馬が戦乙女にしたいと言っていたある人物。
その話になった途端消極的になった夕夏と朱理は、その人物が嫌いというよりも、手が届かないと言いたげな表情だ。
「やっぱりそうだよね…」
「そりゃああの人が戦乙女になってくれたらすっごい心強いけどさ…」
「身分が違いますし」
『うーん…』
3人は手詰まりなのか、考え込むような仕草を取りながら俯いた。
***
「悠馬ぁ…」
戯れるような甘い声が室内に響き、上質な布感触の柔らかなものに触れる。
入浴後ということもあってか、石鹸の香りのする柔らかな身体を抱き寄せた悠馬は、瞳を閉じて脱力した。
「君らは相変わらず仲がいいな…」
「オリヴィアも来なよ」
ベッドの上でイチャつく2人をダイニングから見守るオリヴィアは、悠馬の誘いを聞いてそっぽを向く。
「我慢できなくなるから遠慮しておこう」
「ああ…」
オリヴィアは変態だ。
彼女の変態度合いを例えるなら、通に藤咲を足したようなもの。
つまり清楚そうで寡黙だがど変態というわけだ。
何が我慢できなくなるのかを悟った悠馬は、さすがにこの状況でしたくはないのか、彼女の言葉を聞いてから大人しく身を引く。
「それに少し、根回しをしておかなければな」
「何かするつもりなの?」
オリヴィアの話に花蓮が反応する。
オリヴィアが戦神だということは、もうすでに暴露してある。
無論それは悠馬の彼女たちの中でだけの為なんら問題はないのだが、真剣なオリヴィアの表情を見ていると何か起こったのか不安になってしまう。
「いや…悠馬の戦乙女の件だ」
「あー」
「知り合いなのか?」
「正確には身近に彼女の知り合いがいる」
「なるほど…」
どうやらオリヴィアの身近に、悠馬が戦乙女にしたい人物の知り合いがいるようだ。
夕夏や朱理、美月は可能性が無いと諦めモードなのに、オリヴィアは可能性が有ると踏んでいるらしい。
「悠馬、私が中途半端な奴嫌いなのわかってるわよね?」
「うん」
花蓮ちゃんはやるなら徹底的に派だ。
全力でやって中途半端な結果ならば花蓮も怒らないものの、全力でやらずに、どこかで諦めて中途半端だった場合彼女は激怒する。
それは恋愛に関してもだ。
「ちゃんとアプローチしてみる。…あんまりしたことないからわかんないけど…」
自分からアピールはするつもりだ。
花蓮の言うような、億劫になって話もできず終いなんていう付き合いたての中学生みたいにはなるつもりはないし、そもそも今回に関して言えば、割と本気で悠馬が側に置きたい異性だ。
「ん。悠馬なら多分大丈夫だと思うわ。…ただ、相手に好きな人がいたらわからないけど…」
「うぐ…」
花蓮の最後の一言を聞いて、悠馬は詰まる。
確かにそれが一番の不安要素だ。
悠馬がどれだけアプローチをしようが、相手に好きな人がいれば簡単に靡くわけがない。
相手が異性である以上、そのことを視野に入れなければならない悠馬は、急に自信を無くしたのか、肩を竦めて見せた。
「なに?自信ないの?」
「そりゃあ…自信ないでしょ…お姫様だよ?」
「ふふ…なによ、前総帥の娘とは付き合えるのに?」
「だって元戦乙女隊長だよ!?」
そう。悠馬が狙う人物。
それは元戦乙女隊長であり、セレスティーネ皇国のお姫様であるセレスティーネ・セレスローゼだ。
才色兼備である彼女を初めて見たとき、異能王のモノになっていなければな…と思ってしまった。フェスタの時初めて出会ってから、頼もしいと思えたし、あのお方の一件でだって、見惚れるほど美しかったのを覚えている。
そんな彼女をエスカが手放したのだ。
セレスの立場上今後どうなるのかはわからないが、彼女を狙ってみるのもいいかもしれない。
携帯端末を確認する悠馬。
悠馬の覗く画面には、セレスからのメッセージが届いていた。
悠馬さま。既にご存知かもしれませんが、少し時間ができました。随分と遅くなってしまいましたが、先日のお礼がしたいのでどこかでお会いできませんか?
そう記されている。
またとない機会、またとないチャンス。
このチャンスをモノにしたい悠馬は、頬を緩めながら携帯端末の電源を落とす。
「戦乙女になってくれると嬉しいな」
***
「へくし」
「ローゼ。風邪か?」
「いえ…」
「まったく。異能王に捨てられるわ体調管理はできないわ…お前は一体何ができるんだ?」
赤いカーペットの敷かれた小さな宮殿のような空間で、翠髪の女性、セレスは叱責される。
白髪白髭で王冠を被る老人は、怒っているというよりも焦っているように見えた。
「ローゼ。どこの国の男でもいい。大きな戦力を保持する国のトップと再婚しろ」
「な…」
エスカから戦乙女の隊長クビ宣告を受けてから僅か1日の出来事。
帰国したお姫様に待ち受けていた国王の言葉はあまりに無慈悲で、セレスは声を詰まらせた。
彼女とてこの発言には納得したくないが、納得しなければならない理由があった。
セレスティーネ皇国は、エスカのお陰で現在ようやく復興が9割近く完了し、国が内側から滅ぶ可能性はなくなった。
しかしそれ以外にもこの国には問題がある。
「我が国の戦力は無いに等しい。慣例がある以上、戦力は望めない…お前がエスカ様に嫌われなければこのままで良かったのに…」
国王は小さな声でぼやく。この国には戦力がないのだ。アメリカ支部が冠位を2人持ち、軍は世界トップクラスの水準なのに対し、セレスティーネ皇国の戦力は異能島の学生程度。
アメリカ支部の異能島の学生が侵略してきたとしても人数で負けて制圧される程度の戦力しかない。
だからこそ、セレスティーネ皇国は賢い生き方をしたのだ。
エスカという後ろ盾を得て、他国から植民地のような扱いを受けないように、国民を守れるように。…たった1人の犠牲で。
セレスもそれを知っているからこそ、エスカと結ばれることを拒まなかった。
今回だってそうだ。自分が他国の権力者と結婚すれば、その力を借りてこの国は安泰。もし仮に戦争に巻き込まれたとしても助けてもらえるだろうし、何より国が発展する。
「お前の貰い手になりたいという輩は、幸いいる」
「待って…ください」
セレスは勝手に進んでいく話を聞いて、無意識にその話を中断させていた。
彼女の脳裏には、初めて恋をした人物の姿が浮かんでいた。
彼と結ばれたらどんなに幸せなことか。エスカからクビ宣告を受けた時、真っ先に浮かんだ思考は、このまま逃げ出して彼と結ばれたいというモノだった。
それが叶わないのはセレスだってわかっている。…でも。ただ…
「お父様は…私の幸せは考えてくれないのですか?」
自分の幸せはないの?
ずっと疑問だった。だけど、苦しむ国民の姿を見て、自分が頑張らなきゃと思って我慢してきた。
でも今は違う。我慢なんてできない。したくない。
エスカに嫁いだ時と決定的に違うこと。それはセレスにも好きな人が出来たということだ。
反抗するように、キッと目を細めたセレスは、立ち上がると同時に一歩前に踏み出す。
「私は…!」
「ローゼ!我が儘が言える歳はもう過ぎた!お前は大人しく私の指示に従え!誰がお前のようなバツイチの女を欲しがる!?元はと言えばお前がエスカ様に嫌われたからこうなった!自業自得だ!その自業自得に国を巻き込んで満足か!?この国の民を苦しめたいのか?」
「っ…」
セレスは言い返すことができなかった。
そう。セレスは反抗するタイミングを間違えたのだ。
エスカに嫁ぐという意見が出たときに、反論せずに承諾したセレスの姿は、自ら進んで嫁ぎたいと思っているように見えていたはずだ。
つまりセレスは望んでエスカに婿入りして、そして失敗したように映っている。
エスカの時から拒んでいれば状況は変わっていたかもしれないが、残念な事に信用も信頼も失ってしまったセレスの話になど、聞く耳すら持ってくれない。
自分から進んで婿入りして嫌われて、何が私の幸せだ。
そこで上手くできなかったくせに、何度もチャンスがあると思うな。
そういう無言の圧を受けたセレスは、数年前の自分の選択が間違っていたことを悟った。
今更エスカに嫁いだのが渋々だったと暴露したところで、逆恨みだ何だと言われて否定されるだろうし、なによりこの国の民を見捨ててまで自分1人だけ幸せになるのは気がひける。
…それに…
「悠馬さまも、バツイチの女なんて嫌ですよね…」
一介の高校生が、世界中継で失恋した女と結婚したがるわけもない。
そう自分に言い聞かせたセレスは、諦めたように跪いた。
「……お相手は?」
「キズギス共和国のデール皇太子だ」
「…失礼ですが、その方に関していい噂はお聞きしません」
「我が儘を言うな。あそこが現状、財力と戦力が潜在的に最も高く、そして何よりもあの男は女好きで知られている」
セレスが最も早く既成事実を作り、結婚に持ち運べる絶好のエサというわけだ。
「幸い、以前からデール皇太子はお前とお見合いをしたいと手紙を送ってきていた」
デール皇太子がどんな人間かわからないだろうから説明しておくと、彼は清純さを除いた通と覇王の性格を混ぜた後に、自己中を混ぜたような輩だ。
自分のためなら他人なんて簡単に踏みにじるし、他人の嫁でも自分が気に入れば強引に奪い去っていく。
ちなみに体型は暮戸よりも肥満で、ハゲかかった金髪、ダルマのような胴体に短い手足、身長は140センチほどの家畜だ。
セレスはそのことを知っているため、怯えたような表情で床を見つめる。
「待てよ。面白い話聞かせてもらったなー」
「誰だ!?」
2人きりで話していたはずの小宮殿。
その中に響き渡る声に反応した国王は、大きな窓ガラスの縁に寝っ転がっている白髪の男を見る。
「ヴェント…さま?」
セレスはその男のことを知っていた。
オーストラリア支部冠位・覚者の風帝のヴェント。
気分屋で世界会合にすら顔を出さない彼は、エスカから賜った王冠を人差し指でクルクルと回し、立ち上がる。
「セレスローゼ。オレちんはずっとお前のことを狙ってたんだよん?」
「へ?」
「あの時…初めてエスカに紹介されたときにお前を欲しいと思った。でも生憎、その時お前はエスカのモノだったからな」
セレスに一目惚れしたが、彼女はヴェントの上司であるエスカの将来の嫁。
大人しく手を引き、そして諦めようとしていたヴェントにとって、これはまたとない大チャンス。
「世界中継を見て、飛んで迎えにきたってわけよ」
「冠位…だと?」
セレスの口にした名前を聞いて、国王は驚いたように一歩後ずさる。
「生憎とオレは財力がないが…戦力だったら1人でロシア支部分くらいにはなるぜ?」
アメリカ支部は冠位が2人いるから厳しいだろうが、それでも冠位の戦力は一人で国家の戦力を凌ぐ。
これはかなり魅力的な提案のはずだ。
「オレのモノになれ。セレスローゼ。オレと幸せな家庭を築こう」
優柔不断なデール皇太子か、それとも冠位・覚者のヴェントか。セレスは無言のまま口を噛んだ。
ヴェントはキレた時と真面目な時は普通の口調になります。




