王位と乙女3
時刻は18時を過ぎ、帰宅部や用のない学生は寮に帰り着く頃。文化祭の準備が終わった悠馬は、自身の寮内をテクテクと歩き、テーブルの前の椅子に座っている女性を見る。
金髪に縦ロールのかかった長髪の彼女、オリヴィアは、高価そうなティーカップを片手に優雅に紅茶を飲んでいる。
その姿はどこかのお嬢様を連想させる美しさで、並大抵の男ならばその姿を見て見惚れてしまうことだろう。
オリヴィアを眺めていた悠馬は、口元を歪めながらため息を吐く。
「なぁオリヴィア、なんで黙ってた?」
悠馬は尋問するように、甘々な質問ではなく厳しめの口調で訊ねる。
それは今日の昼頃の一件、悠馬が次の異能王に選定されたという話だ。
冠位であり覚者であるオリヴィアが、この情報を知らされていないわけがない。
おそらく事前にアリスから情報を貰っていたであろうオリヴィアは、悠馬の尋問口調に臆することなく、ティーカップをテーブルの上に置く。
「サプライズだ」
「そんなサプライズいりません!」
ドヤ顔でサプライズだと告げたオリヴィアに即答する。
いや、悠馬だって少しは嬉しい。だって異能王になれることが決まったんだ。
これから先問題を起こさず卒業をできれば、自分の夢が叶う直前まで来ているんだ。
そんな状況が嬉しくないはずもなく、悠馬の表情は少し緩んでいる。
「というかそもそも、君がケイオスダイヤモンドを受け取った時点でこれは確定事項となっていた」
「これか?」
悠馬は寺坂から渡されたケイオスダイヤモンドを手に取り、オリヴィアへと見せつける。
「ああ。それだ」
「ひとまずおめでとう。これで君は夢が叶ったわけだ」
悠馬のケイオスダイヤモンドを眺めながら、オリヴィアは続け様に祝福の言葉を贈った。
彼女の表情はいつになく穏やかで、そして嬉しそうで、悠馬はそんなオリヴィアを見て思わず手を伸ばす。
「オリヴィアは可愛いなぁ…ありがとう。これでお前を安心して養える」
頭が良いからと言っても就職は決まらない。
世の中の厳しさ、そしてこのハーレムが続くかどうかわからないことを知っていた悠馬は、肩の荷が降りたのか、気の抜けた様子でオリヴィアを撫でる。
「や、やめないか…子供みたいに扱うな…!」
「はぁ可愛い…」
ムッとした表情を浮かべるオリヴィアのほっぺたをぷにぷにと抓りながら額にキスをする。
ボッと一気に顔を真っ赤にしたオリヴィアは、どうやら不意打ちには慣れていないようだ。
「愛してるよ、オリヴィア」
「はーい、いい加減こっちにも気付いてくれるかしら?悠馬」
「うぁ…」
ダイニングの椅子で繰り広げられそうになった熱いキス。
玄関に続く廊下からずっとその様子を伺っていた茶髪の少女は、ついに痺れを切らして声をかける。
「か、花蓮…!」
「全くもう…2人とも夢中で私に気付かないんだもん。そんなに溜まってるわけ?」
「いや!そういうのじゃないから!」
「そ、そそそそそうだぞ!」
花蓮の話を聞いて否定する悠馬と、それに続こうとするオリヴィア。
悠馬は普通に否定できたが、オリヴィアは図星だったらしい。動揺を隠し切れていないオリヴィアは、大量に冷や汗を流しながら清楚そうな雰囲気を漂わせている。
「とりあえずおかえり、花蓮ちゃん」
「ただいま、悠馬とオリヴィア」
「おかえり」
別にここが花蓮の寮と言うわけじゃないが、悠馬の寮は最早花蓮の寮のようなものだ。
よく寝泊りだってするし、暇さえあれば遊びに来るしで、正直同居していると言っても過言ではないような空間。
慣れた口調で迎え入れた悠馬は、ちょこんとベッドに座った花蓮に微笑む。
「花蓮ちゃん、実は…」
「ええ。実は私、結構前から知ってたの」
「え"」
花蓮ちゃんに異能王に選ばれたことを報告しようとした悠馬。
そんな悠馬とは裏腹に、いつも通りの花蓮はふふんと笑いながら足を組んだ。
「私、オリヴィアに教えてもらってたわよ」
「な…!オリヴィア!花蓮ちゃん教えてるんなら俺にも教えろよ!」
「それだとサプライズの意味がないじゃないか」
「だからこんなサプライズは嬉しくない!」
アメリカ人はみんなサプライズが好きなのか!?
サプライズサプライズ言うオリヴィアに国民性の違いなのかと尋ねたくなる悠馬は、まさか自分1人だけ知らないで過ごしてきたのかという不安に襲われる。
別に恥でもなんでもないが、自分1人何も知らずに過ごしていたと思うとなんか恥ずかしい気持ちになる。
「はいはい、悠馬、こっちに来なさい」
言い出したら意外と面倒な悠馬の扱いに慣れている花蓮は、制服のスカートで隠れた太ももを手で叩いて悠馬を呼ぶ。
ちょっぴり不機嫌そうだった悠馬は、花蓮の行動を見てからすぐに大人しくなった。
花蓮が太ももを叩くと言うことはつまり、膝枕ということだ。好きな人に膝枕してもらえるなら、自分が異能王になることなど些細なことだ。
異能王になるよりも好きな人の膝枕を重視している悠馬は、吸い込まれるようにしてベッドに飛び込み、花蓮の太ももに顔を埋める。
「甘い匂いと花蓮ちゃんの匂い…」
「ちょ…!今日は色々あったから嗅ぐな!」
「いてっ…!」
彼女の汗の匂いと、服から香る柔軟剤の香り。
悠馬と同じく文化祭の準備をして汗をかいているであろう彼女は、太ももの匂いを嗅がれて顔を赤面させる。
勢いよく頭を引っ叩かれた悠馬は、後頭部を抑えながら花蓮の太ももの柔らかな感触を楽しむ。
「ぺろぺろしたい」
「やめなさいよ?汚いわね」
「ごめんなさい…」
ちょっとした願望を口にしたら辛辣な言葉が返ってきたため、悠馬はしょんぼりとした様子で謝罪する。
オリヴィアはそんな悠馬を見て、呆れたように鼻で笑う。
「ていうか悠馬、アンタ戦乙女とか大丈夫なの?」
「ん?大丈夫でしょ」
楽観的、というか、悠馬は異能王の仕事は知っているものの、ある重要なことを知らなかった。
「え?アンタ9人も女いるの?」
「え?なんの話?」
悠馬は知らなかった。
異能王は最大で9人と関係を持てることも、そしてある重要な失態を。
「あのねぇ…悠馬、アンタ今学生よね?」
「うん」
「卒業してすぐに異能王になるわけよね」
「うん」
「国際的にプロテクトされてるアンタが、どうやって戦乙女探すのよ」
「あっ…」
エスカや先代の異能王たちの中に、高校を卒業してすぐに異能王になった者などいなかったため盲点だったが、現在18歳未満の学生は、国際法により異能や素性を秘匿にされているため外部との接触が難しい。
それは異能王になる悠馬とて例外ではなく、悠馬は戦乙女の募集を公ではできないのだ。
「今6人だろ?」
花蓮に夕夏、美月、朱理、オリヴィア、ソフィア。
現在6人とお付き合いをしている悠馬だが、それでもまだまだ戦乙女の人数には足りていない。
「公募ができないんだから、残りの1年で自力で探すのよ?めぼしい人いるわけ?」
「いや…」
指摘を受けてから初めて知った悠馬は、残念なことに狙っている女なんていない。
そもそも現状で彼女たちを溺愛しまくっている悠馬が他の女に目移りするわけもなく、戦乙女の選定は困難を極めた。
高校生という身分上、エスカのように公募で才ある人間を周りに揃えることは出来ないし、かと言って適当に選ぶのは避けたい。
「どうするのよ」
「ま、待ってよ花蓮ちゃん。急かさないでよ。戦乙女って何も戴冠式の時に揃ってなくてもいいんだろ?」
「悠馬。戴冠式の時には必ず揃っていなければならない」
「なんでさ!」
「…予定日に人数を集められないような王を見たら民はどう思う?」
話に割って入ってきたオリヴィアの発言に、悠馬は黙り込む。
確かに彼女の言う通りだ。戴冠式当日に人数を揃えられない異能王なんて、それだけでも恥晒しだし、各国からナメられること間違いなし。人が集まらないということは、それだけ信用されていないということになるからだ。
戴冠と同時に、悠馬は各国からバカにされたような視線を向けられるわけだ。
「だから言ってるのよ。私は悠馬がバカにされたりナメられたりするのが嫌なの!」
「はい!頑張って探します!」
「そうよ!まったく…異能王になりたいとか言うくせに戦乙女探しはいい加減なんだから…」
悠馬の夢を知っていた花蓮は、最初からあと3人の恋人ができることを覚悟していたのだろう。不機嫌そうな花蓮は、フンと鼻を鳴らしそっぽを向く。
「誰がいいかな〜花蓮ちゃん」
「知らないわよ!」
「ウッ…花蓮ちゃんを4人に分離させて花蓮ちゃん4人を戦乙女にする…」
花蓮が戦乙女探しまでは手伝わないと知った悠馬は、彼女に向かって分離の異能を発動させようとする。
花蓮が4人になれば人数は9人になるし、ちょうどいい(?)。狂気の結論に至った悠馬は、花蓮へと手を伸ばした。
「ちょっと!気持ち悪いこと考えないでよ!え?私1人で十分でしょ!」
「いや!花蓮ちゃんは何人いたっていいんだ!だって花蓮ちゃん可愛いし愛おしいし尊いし!」
「オリヴィアぁ〜!助けて!悠馬が壊れた!」
「悠馬。落ち着け。何も今すぐ決めろと言っているわけじゃないんだ」
悠馬の右手を掴み、風の異能で身動きを取れなくしている花蓮に便乗して、オリヴィアは立ち上がると説明をする。
オリヴィアの言っていることは、確かに理解できる。馬鹿なのにな。
珍しく正論を言うオリヴィアを見て一度落ち着いた悠馬は、花蓮に風の異能を解除されてベッドにストンと落下する。
「あと3人……」
「あら悠馬さん。花蓮さんとお楽しみ中でしたか?」
「朱理…」
「ちが…!悠馬も否定しなさいよ!」
脱衣所の扉から現れた朱理は、クスッと笑いながら悠馬と花蓮を交互に見る。
悠馬は風の異能で服がはだけているし、花蓮は悠馬に掴まれそうになって服が乱れている。
そんな2人を側から見ると、ベッドの上にいることも相まってお楽しみ中に見えるだろう。
「お邪魔しまーす、悠馬くん」
「お邪魔します」
朱理の背後からひょっこりと顔を出す夕夏と美月。亜麻色の髪と銀髪を靡かせる2人は、悠馬と花蓮の格好を見て、思わず吹き出した。
「ぷ…はは!珍しいね!悠馬くんと花蓮ちゃん何か揉めたの?」
「2人も揉めることあるんだ」
「こ、これは…!」
笑われるのが恥ずかしいのか、顔を赤くしながら弁明を始める花蓮。
そんな彼女を見守る悠馬は、横から向けられる視線を感じて振り返った。
「オリヴィア?」
「悠馬。ゆっくりと、君のペースで考えればいいんだぞ」
「ああ。うん。ありがとう」
オリヴィアの言葉を聞いて、焦りはなくなった。
いつも通り、落ち着いた調子に戻った悠馬は、一度震えた携帯端末に気づき、手を伸ばす。
真っ黒な携帯端末の画面には、ある人物からの通知が映っていた。
「あ、そうだ」
花蓮の弁明を聞きながら、みんなが笑い合っている最中。
何か気づいたのか、それとも思いついたのか。携帯端末の画面に記された名前を見た悠馬は、目を輝かせながら笑みを浮かべた。
「この人を俺の戦乙女にしたい!」
『え?』
悠馬の突然の発言に、彼女たちは静まり返る。
振り向いた先に座っていた悠馬はいつになく笑顔で、美月はその笑顔を見てからあることに気づく。
「あ、これヤバいヤツだ」
悠馬の裏の一面、協力者としての部分も知っている美月は、これから近いうちに一悶着あることを悟ってため息を吐いた。
悠馬は笑顔のまま携帯端末の画面を彼女たちに見せた。
「いいかな?」




