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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
370/474

叶うなら

 修学旅行2日目の夜。

 月夜に照らされるテラスに佇む悠馬は、薄着の湊を見て頬を火照らせる。


 正直言ってかなり可愛い。

 湊は可愛い系というよりも美人系だが、スタイルはいいし顔もいいし、性格を除けば美月たちに引けを取らない人気のはずだ。


 湊は悠馬に好奇の視線を向けられながらも、特に気にした素振りも見せずに海を見ていた。


「湊さん」


「なに?」


「先ずは今日ここに来てくれて…ありがとう」


「美月のお願いだから…アンタの為じゃない」


「うん、それでもありがとう」


 まるで告白の定型分のように切り出した悠馬は、何もなかった空間から神器を取り出し、背後に隠す。


「湊さん。扇さんに会いたい?」


「っ!?なにを…」


「2択だよ。会いたいか、会いたくないか」


 神器を隠しながら質問をする悠馬は、それをイェスかノーの2択に絞り、湊は戸惑いを隠せないのか周囲をキョロキョロと確認しながら悠馬へと詰め寄った。


「会いたい」


「仮に扇さんが湊さんを恨んでいても?」


「…それでも私は…扇に会いたい」


「わかった」


 月が煌めく夜。

 詰め寄って来た湊の袖を引いた悠馬は、バランスを崩した彼女と口づけを交わす。


 湊は大きく目を見開くと同時に、身体を震わせる。


 直後、悠馬は隠していた神器で自身の心臓を突き刺した。



 ***



「痛い…死ぬほど痛い…いや、死んだんだけどさ…」


 一度訪れたことのある荒れた大地に寝転ぶ悠馬は、紫色の夜空を見ながら心臓部分を抑える。


 いくら怪我をしようが、ダメージを負おうが、人間は痛みに慣れることはない。…多分。


 自殺などしたことのなかった悠馬は、横で手を繋ぎ倒れている湊を見下ろし身体を揺する。


「湊さん」


 彼女には申し訳ないことをしてしまった。


 悠馬の発動させたリンクの最大の問題点は、異能を発動させるために口づけを交わさないといけないということ。


 本来であれば承諾を得てからするものなのだろうが、湊は男嫌いだし、ここまで来て踏み留まられるのも面倒だったため、その辺の説明はせずにいきなりキスをした。


 一抹の不安を抱えながら肩を揺する悠馬は、一度目を瞑る力が強くなった湊を見て、起きる前兆だと判断し手を離す。


「はっ…!放し…」


「おはよう」


 口づけをされているままだと思ったのか、湊が強引に振り払おうとした右手は空を切る。


 これだけでももうわかるが、湊は割と本気で悠馬とキスがしたくなかったようだ。


 少しの精神的ダメージを受けながら頬を赤くする湊を見る悠馬は、笑うこともなく対岸を指さした。


「…ここ…どこ?」


 悠馬に指差された対岸を見た湊は不思議そうに、不安そうにそう呟き立ち上がる。


 スカートについているであろう砂を払いながら、対岸を見る。


「あの世。地獄と天国の境ってヤツ?」


「は?」


「湊さんとキスした後、俺自殺したから」


「え、は?」


 湊は淡々と話しを進める悠馬の言葉を理解できていないようだ。


 それもそのはず、現に悠馬の言っていることは割と真面目に意味がわからない。


 悠馬の現在の異能を知らない湊からしてみると尚更だろう。


「色々と話すの面倒だから割愛するけど…これが今の俺の異能。キスをすることにより他人とリンクできる。俺が自殺をすれば、あの世に湊さんを連れていけるってわけ」


「え…ちょっと待ってよ。アンタそんなことして生き返れるの?」


「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう」


 自分が扇と会いたいなどと口走ったせいで親友の彼氏を殺してしまったと思っている湊に、悠馬は気の抜けた返事をする。


「俺はそこいらの人間と違って車に撥ねられようが首が斬り落とされようが死なないからさ」


「それはそれでキモい…」


「うぐ…!と、とにかく!早く済ませよう!俺もこんな異能の使い方するのは初めてだし…!多分俺の体の再生は始まってるから…!」


 なるべく深く突き刺したし神器は引き抜いていないから再生には時間がかかるだろうが、それでもタイムリミットはある。


 ここで帰ってもできるような無駄な会話に時間を割いていられないと判断した悠馬は、荒れた大地から立ち上がり対岸を見つめた。


 相変わらず、この荒れた大地とは全く違う楽園のような光景が眼前には広がっている。


「キレイ…」


「ちなみにあっちに行くともう戻れないから」


「え?」


「天に召されるよ」


「怖いこと言わないでよ…」


 初見時の悠馬と同じく、対岸の景色を見て本能的に歩き始めた湊を止めた悠馬は、軽く脅しを混ぜながらボートを蹴る。


 あの世とこの世を分別している三途の川は、驚くべきほどの透明度だ。


 以前と変わらず星のように輝く石を眺める悠馬は、対岸に現れた人物を見て軽く微笑んだ。


「みなと…?」


「お…う…」


 星々に煌めく銀色の髪に、赤色の瞳。瞳の色と身長以外は美月に限りなく近い湊の親友、扇は、この場所に現れた想定外の人物に戸惑いを隠せないようだ。


「待ってて!今そっちに…」


「来ないで!」


 悠馬が蹴飛ばし流れ始めたボートを掴もうとした湊に、扇は顔を俯けながら叫んだ。


 それとほぼ同タイミングで、悠馬も川へ入ろうとした湊の手を掴み首を振る。


「湊さん。落ち着いて」


「…扇…ごめんね…」


 悠馬に落ち着けと言われ、今の状況を思い出した湊。

 深々と頭を下げた湊は、悠馬の前だというのに、何も隠さずに涙を溢した。


「なにが…」


「私が…あの時後押ししなければ…扇は…」


 それは湊の告白。いや、もしかすると謝罪という言葉がふさわしいのかもしれない。


 ずっと抑え込んできた、心の中に溜め込んできた言葉を口にした湊の声はとても震えていて、聞き取るのすら難しい。


 しかし湊の気持ちはきちんと伝わっているようだ。

 扇は湊の言葉を聞いて、何度か口を開いては閉じ…を続け、身振り手振りで何かを伝えようとしては諦める。


「全部…私のせい…」


「何を言って…」


「私があの時扇を後押ししてなければ…!様子がおかしくなったときに問い詰めてれば!貴女は自殺してなかった!」


 おかしいと思った瞬間はあった。

 でもそれを扇が拒絶したから、湊は深く踏み入らなかった。


 あの時強引にでも聞き出しておけば…あの時嫌われる覚悟で何かアクションを起こしていたら、結末が変わっていたかもしれない。


 そんなありもしない妄想にすがる湊は、干からびた大地に涙を降らす。


「湊!聞いて!私は…私は!」


 謝罪しかしない湊。

 そんな彼女の謝罪など聞きたくないのか、扇は瞳に涙を溜めながら叫び声を上げた。


「…」


 確かに美月に似ている。

 泣きそうになる表情や仕草までもが美月にかなり似ている。


 この世にはドッペルゲンガーがいると聞いたことがあるが、もしかすると扇と美月がそうなのかもしれない。


 無言のまま2人を見つめる悠馬は、美月によく似た扇の言葉を待つ。


「私は湊を苦しめたくて自殺したんじゃない!」


 逃げたかった。楽になりたかった。自分が楽をするために自殺をした。


 それが扇の抱えていた感情だった。その過程において拓実を恨んだことはあっても、湊のことは恨んじゃいない。


 しかしそれは過ぎた話だ。

 死人に口無しと言うがまさにその通り。扇が自殺したことにより、湊は自分を責めた。


 扇が意図せずとも、結果的に親友を苦しめることとなったのだ。そしてこれは最悪なことに、扇が死んでいるため解決のしようがない。


 湊は悠馬がいなければ、未来永劫業を背負って生きていく羽目になっていたのだ。


 友が苦しんでいると知って、自分が何も伝えずに逃げ出した影響でボロボロになっている姿を見た扇は、綺麗な川の中に足を入れる。


「……扇さん…」


 悠馬はそれを止めずに見守った。

 扇の体は、以前悠馬が手を突っ込んだ時のように溶け出すこともなく、実体を持ったままのように見えたから。


「私は…ごめん…私にもプライドみたいなのがあって…あの時湊に全部打ち明けるのが凄く怖かった…」


 自分の言いたくないことを告げるのは、いくら親友が相手だとしても抵抗感がある。


 この世界に生きている人間で隠し事をしていない人間なんていないし、不都合や恐怖心が有れば、人は誰だって自分を偽る。


 扇も親友の湊に事実を打ち明けるのが怖くて、自分一人で背負った。

 そして結果として、彼女は自殺という選択肢を選んでしまった。


「…扇さん。水差して悪いけどさ…湊さんは…君の第一発見者なんだ」


「っ…」


 教室で首吊り自殺という選択をした扇。

 それは少なからず拓実への見せしめのつもり、苦しめてやろうという気持ちの現れだったのかも知れないが、それも愚策だった。


 何しろ第一発見者は湊で、拓実が来る前に教室は立ち入り禁止になっている。


 死んでいたからわからないであろう話をした悠馬は、声を詰まらせた扇を見守る。


「ごめん…ごめん…湊…私のせいで…私のせいで湊が…!」


「謝って欲しいんじゃない…!私は扇に謝りたくて…!約束いっぱいしたのに…親友なのに…!」


 湊は声を震わせ、嗚咽を漏らしながら叫ぶ。

 これが湊の溜め込んできた全ての感情なのだろう。


 きっと彼女は、扇が自分のことを恨んでいないという事実だけは知れたはずだ。

 悠馬の過去の精算と同じく、湊も過去の精算をしている最中。


 互いの感情を吐露し合う2人を横目に、悠馬は右手で顔を覆った。


「もう少しでいい…再生を遅らせろ…」


 こうして2人が話している間も、悠馬の身体は刻一刻と再生しつつある。


 2人が何十時間話せば気が済むのかはわからないが、この空間は持ってあと数分と言ったところだろう。


 目覚めが近いのか、それとも再生が完了しつつあるのか抵抗する悠馬は、眉間にしわを寄せて2人に背を向ける。


「湊…友達はちゃんと作ってる?」


「友達は…少ないけどいる」


「カレシは?バスケは?」


「カレシはいない。バスケも辞めた」


「…そっか。たくさん苦しめちゃったね」


「ううん…いいの。こうしてまた…扇と会えたから…苦しんだ甲斐があった」


 他愛のない会話を繰り広げる湊の表情はいつもより穏やかで、張り詰めたような雰囲気や威圧的なオーラはすでに消え去っていた。


 互いに謝罪をしたい気持ちは狂うほどあるだろうが、謝罪合戦が始まるのが目に見えているため、もう謝罪することも頭を下げることもない。


 無邪気に笑う湊を見ていた扇は、徐々に光り輝くオーラに包まれ始めた湊を見て、手を振った。


「カレシ!作ったら報告してよ!お墓の前でいいからさ!絶対見てやるんだから!」


「待って!暁!まだ話したいことが…」


「…ごめん…それでも一旦現実に戻らないと…」


 再生が完了したのにこの場にいるということはつまり、生を放棄するということだ。


 このまま長居を続ければ、湊は絶命する可能性が高い。零のリンクの説明では、悠馬自身は死なないだろうが、湊とのリンクが切れれば、湊は死ぬと伝えられていた。

 別れを悟った扇に対し、子供のようなワガママを告げた湊は、歯をギリっと食い縛り時の流れの残酷さを知る。


「扇。いつか必ず…自慢できる彼氏ができたら…貴女の墓に行くから…!その時はもう一度…親友として話そうよ?」


 眩い光に包まれ、扇の姿はすでに見えなくなっていた。


 それでも微かに、少女の声で返事が聞こえたような気がした。


「…ごめん…湊さん。あんまり時間稼げなくて…」


 空を見上げる。

 目を開いた先に広がる綺麗な星が煌めく黒色の空を眺めながら呟いた悠馬は、横で起き上がる湊を見て目を閉じる。


「ううん…って…え…うわ…どうしてその出血で生きてんの?」


「あー…確かに言われてみると凄いね…」


 湊は悠馬の血塗れの衣服を見てドン引きしていた。

 致死量だろうレベルの出血と、そして真っ赤に染まった衣服。


 これが明日の朝残っていれば、きっと殺人事件が起きたと騒ぎになるはずだ。


「…それと。謝る必要ないし…私のワガママに無茶して付き合ってくれて…むしろ感謝しかない」


「はは…少しは気持ち…晴れたか?」


「まだ気持ちの整理はつかないよ。…ただ…あの子にもう一度会えて…少し肩の荷は降りた」


 彼女はそう言って、悠馬に対して屈託のない笑顔を向けた。

 それは湊が異性に対して初めて見せる無防備な笑顔で、悠馬はそれを見て不覚にもドキッとしてしまった。


「それと…これはお礼。…お返し?」


 悠馬の上に馬乗りになった湊は、覆いかぶさるようにして悠馬の頬にキスをする。


「な…!」


「はは…!暁ってそんな顔するんだ」


 男嫌いだったはずの湊にキスをされた悠馬は、キスをされた頬に触れながら口をぽかんと開ける。


「え?湊さん…もしかして俺のこと…」


 好きなの?


 これまでの経験上鈍感だなんだと言われることが多いため先に確認をする悠馬。


 そんな悠馬を見た湊は、馬鹿にしたように舌を出し、ウィンクをしてみせる。


「それは絶対にあり得ないから」


「ですよね〜…」

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