後生の頼み
「らしくねェ…」
手に持っていた温かいコーヒーを一気に飲み干した南雲は、そのカップを5メートルほど離れた屑籠の中に投げ捨て独り言を呟く。
南雲は他人にアドバイスをするような人間でもなければ、周りの人間が悩んで苦しんでいたところで知らぬ存ぜぬでスルーする人間だ。一見面倒見がいいように見えるが、一定以上の距離感を維持している。
そんな彼は自身が湊に何故あんな話をしたのか、何故あんなに冷たい発言をしてしまったのか理解できずにいた。
いや、本当はわかっている。
自分の気持ちを少しだけ理解しつつある南雲は、気分悪そうに空を見上げる。
「なにやってんだ?オレは」
「おい南雲…さっきは調子に…」
独り言を呟く南雲に、紫髪の男が近づいてくる。
機嫌悪そうに近づいてきたその男は、つい先ほど南雲が追い払った拓実という人物だった。
彼は南雲に恨みでもあるのか、両手をポケットに突っ込み威嚇するようにして近づいてくる。
南雲は無表情のまま、空いている右拳を彼の顔面へと打ち込んだ。
バキッ、という鈍い音と同時に、白い歯が宙を舞う。
歯が舞うと同時に、空中には赤色の噴水が飛び散った。
「ぅぅぁぁぁあ!」
カランカランと音を立てて地面に落下した一本の歯と、口と鼻を抑えながらのたうち回る拓実。
彼を見下ろした南雲は、大量出血している鼻を踏み付け、何事もなかったかのように歩き始めた。
「オイ…噛み付く相手間違えてんじゃねェぞゴミクズ」
***
場所変わり平和な店内。
日本のお店と違い、オレンジ色のライトが特徴的な店内では、真剣な表情でお土産を選ぶ黒髪の少年の姿があった。
「悠馬、これとかどう?」
背後から悠馬へと声をかけた美月の手には、白がメインの半袖Tシャツにハワイらしいマスコットや背景の入ったものが見える。
「うーん、愛菜そういうの着るのかな…?」
「女の子なら可愛いの着るでしょ…」
悠馬と美月は現在、2人の戻ってこない時間を使って愛菜へのお土産を探していた。
美月の手にしているシャツは、正直に言うと絶妙にダサく絶妙に可愛い。夕夏や朱理、花蓮が着たら可愛いと思うだろうし、大して可愛くもない人が着たら似合わなさそうなシャツ。
「いや、愛菜は普通ではない…から…」
確かに夕夏へのお土産!となったらこのシャツを買って着せたいと思ったかもしれないが、付き合ってもいない女子にシャツを送るのは如何なものか…いや、それ以前に愛菜は裏の人間なのだから、こんなシャツを渡されたら嫌そうな表情をするに決まっている。
愛菜のことを知っているだけにシャツは選べないと判断した悠馬は、近くにあったキーホルダーに視線を落とす。
「ダメだよ?」
「え?なんで?通学鞄に付けたりとかさ…?」
呆れたように、食い気味に悠馬が手に取ろうとしたキーホルダーを止めた美月は、一度額に手を当て溜め息を吐く。
「女子ね、案外そう言うの好きじゃないから…高校生よ?」
そりゃあキーホルダーでも可愛いと思うのもあるが、だいたい欲しいと思うのはブランド物やそこそこ高いヤツだし、相手の好みも知らないのに押し付けるのは良くない。
謎のキーホルダーを手にする悠馬を一蹴した美月は、顎に手を当てて考えるような仕草をとる。
「うーん…悠馬って、壊滅的にセンスない?」
「失礼な!これでもセンスはある方だ!好意抱いてませんってプレゼントを選ぶのが難しいんだよ…!」
好きな人に贈るお土産なら値段なんて何も考えずに済むが、今回お土産を贈るのはただの先輩後輩の関係にある女子生徒だ。
そんな彼女に好意ありありのお土産は渡せないし、「こっちは気がないですよ」とアピールできるお土産なんてほとんどない。
愛菜に意識したお土産を贈ってバカにされたくない悠馬は、かなり迷走している。
実際愛菜は悠馬に惚れているわけだし、好意がありそうなお土産を贈ったところで何も言われないと思うのだが、悠馬はそれを知らないためかなり迷ってる。
「え?なんで好意抱いてませんアピールいるの?」
「ちょっと豪華なの買ったらバカにされそうだから」
「なにそれ…いや、ていうかさ…」
その後輩女子、悠馬のこと好きだと思うんだけどな?
口に出して言えないが、美月は心の中で呟く。
普通女子って、相手をバカにするためにお土産を要求したり、わざわざメールでお土産が欲しいなんて連絡はしない。しかも今回は異性に向けてだ。
悠馬がどう言う認識なのかはわからないが、少なくとも相手は悠馬のことを意識しているだろうし、お土産をまだかまだかと待っているはずだ。
女子としての認識、自分ならばそうだろうと判断する美月は、悩んでいる悠馬を見て再び深い溜め息を吐く。
「いいじゃん。勘違いされても」
「えぇ…」
「その後輩、多分悠馬のこと好きだと思うけど」
「それは絶対にナイ」
普通の後輩だったのならその可能性も考えていただろうが、悠馬は初対面で殺されそうになっている。
相手が桜庭ということもあり恋愛に発展する可能性は絶対にないと踏んでいる悠馬は、いつにも増して否定的だ。
「え…でも悠馬って鈍感だし」
「いや、愛菜とは鈍感とかそういう以前の問題だからさ…」
陳列された商品を眺めながら呟く。
悠馬の出した結論。それは愛菜が自分に惚れることは絶対にあり得ないということだ。
美月もいつもより強気な悠馬を見て、引っかかってはいるものの大人しく口を噤む。
「この時計とかは?」
「お洒落だけど…日本でも売ってそうじゃない?」
美月から女子としての意見が欲しいのか、木製の時計を見せる悠馬。
少し値段はするものの、きちんとした木で出来ているため喜ばれると思ったが美月の言うことも一理ある。
木製の時計ならば日本でも買えるし、わざわざここで買う必要性は感じられない。
「これは?」
「え、なにそれお化け?」
「ば…!失礼なこと言うなよ美月…!製作者に謝りなさい」
「…ごめんなさい…」
色の白い人形をお化け呼ばわりした美月に謝罪をさせる悠馬。日本語であるため美月が何を言っているのか聞かれてはないだろうが、それでも周囲を警戒する悠馬はふとあることを考える。
「……時間…」
「どうかした?」
「あ…いや…俺の異能で既に死んだ人を呼ぶことってできるのかな…」
悪羅は時間遡行をした。巻き戻すことは出来なかったのかもしれないが、彼は確かに未来から過去にやって来たのだ。
ならば逆もできるんじゃないだろうか?
過去に亡くなった人間を、幽霊という状態でもいいから今の時間軸へと持ってくる。
「え?何が言いたいの?」
美月は悠馬の考えることが理解できていないのか、彼氏の訳の分からない発言に引き気味だ。
「…湊さんの親友を…俺の異能で湊さんと引き合わせれるかもしれない」
セカイはこの世界の中で最も優れた異能だ。確定した未来を変えることだって可能だろうし、その気になれば過去だって変えられる。
神格すら得ることのできる悠馬の異能ならば、理論上湊の親友を幽霊として呼ぶことだってできるはずだ。
「そんなことするよりも、私は湊の親友を生き返らせた方が…」
「…無理だ。多分誰かに皺寄せが来る」
「皺寄せ?」
「例えばだけど、その人が死なない代わりに湊さんが死ぬ。とか」
美月の言いたいことはわかる。
湊の親友である扇を生き返らせることが出来たらこの話は万事解決であって、もう過去のことなんて考えなくて良くなる。
しかしながら悠馬にはある不安があった。
悠馬が悪羅となった世界では、美月の代わりに桜が入学していた。花蓮は死んでいた。
それはつまり、悪羅が過去に干渉したことによって、この結末が変わったということになる。
だから悠馬が今過去に干渉すれば、なんらかの皺寄せが発生して不特定多数の人間が不利益を被る可能性がある。
そのことを知っている悠馬は、美月の懇願するような視線から目を背ける。
「…それに、これには問題もある」
「問題?」
「もし仮に…相手が湊さんを恨んでいたら」
「あっ…」
仮に幽霊として扇を呼び出せたとしても、湊が恨まれていたら、彼女に返ってくるのは慰めの言葉などではなく暴言ばかりだろう。
立ち直るために過去と向き合っている湊にとって、扇から心無い言葉をかけられるのは致命傷になると言ってもいい。
失敗すれば彼女はもう二度と立ち直れなくなるだろう。
悠馬の言葉を聞いてから黙り込んだ美月は、失敗したときのデメリットがあまりにも大きすぎることに気付かされる。
人生、大きな転機を迎えるにはリスクを伴う。
「……まぁ、俺にそんな力があるのかも聞いてみないとわからないしな」
「そっか…そうだよね」
「よし、これをプレゼントにしようと思う」
「え?いつ決めたの?」
「これが無難だろうと目星は付けてたよ」
脱線しかけた会話を戻し、悠馬はクッキーの入った箱を手にする。
旅行前から考えていたお土産で、現地で他にいいものがあればそれにしようと思っていたがもうこれしかない。
下手に迷走するよりも無難なヤツを選んだ悠馬は、会計へと向かいながら意識を内側へとやった。
***
「おい零。いるか?」
真っ暗な空間。久々の精神世界へと訪れた悠馬は、そこにいるであろう存在の名を呼び、数秒待つ。
「なに?」
悠馬が名を呼ぶと直ぐに現れた白髪の神は、にっこりと笑みを浮かべてその場に降り立つ。
「死んだ人と生きてる人間を再会させることってできるか?」
「セカイで、ってことだよね?」
悠馬は深く頷く。
確定ではないが、おそらく死んだ人と再会させることは可能だろう。
確認をとって来た零を見つめる悠馬は、両手を後ろに組み歩き始める彼を見守る。
「できるよ。ただ難易度も高い」
「難易度?セカイなら造作なくできるんじゃ…」
「過去と現在を繋ぐんだ。言葉で言うのは簡単だけど、果たしてそれが人間に出来ると思う?」
零は悠馬を確かめるように話をする。その通りだ。
言葉で過去と現在を繋ぐと言うのは簡単だが、実際に過去と現在を繋ぐことができる人間なんていない。
零の言うことに納得した悠馬は、顔をしかめながら拳を握った。
「人間じゃなくなればできるか?」
「はは、神にでもなってみる?」
悠馬の鋭い質問に目を細めた零は、嬉しそうに手を顔に当てて笑う。
悠馬はセカイを手にしてからずっと神格を得る機会を持っている。文字通り、神様になれる状況にいるのだ。
しかし悠馬は神になるという選択はしなかった。
悠馬の願いは、人として彼女たちと一生を過ごし、人として死ぬこと。
間違っても神になるなんて決断をして未来永劫生き永らえるなんてこと考えてないし、混沌やティナのような思想も持ち合わせていない。
彼女の親友のために神になるのか、それともならずに見て見ぬ振りをするか。
どちらにせよ悠馬には後悔の残る選択肢だろう。
「でも残念、神にはならなくて良いよ」
「なら人間にできるのかよ」
悠馬の覚悟を無駄にするような一言を放った零。
そんな彼を見て落胆した悠馬は、不機嫌そうに椅子を生成し腰掛ける。
「可能だよ。でもわかるよね?一度死んだ君なら」
「俺が一回死なないといけないのか?」
「いや、君は死ななくて良いよ。ただ、会いたい人は死なないとネ」
「な…!」
悪戯っぽく笑う零に悠馬は絶句した。
零の話を要約するに、湊と扇を再会させるためには、湊を殺す必要があるというわけだ。
悠馬がメトロ戦のルクスに殺されたように、死の淵に辿り着くことにより再会できるはずの人物。
とてもじゃないが現実的じゃない。
「無理だ。湊さんは俺みたいな異能を持ってない」
「何の為のセカイ?君が生き返らせれば良いじゃないか」
「…お前って時々狂気に満ちてるよな…嫌だよ。もし殺したら責任取れないし」
死にかけの人を戻すのは可能性に賭けるのと同じため責任云々は忘れられるが、自分で殺して自分で生き返らせるなんて傲慢にも程があるし、第一蘇生できなかった時がヤバイ。
冷静に考えて現実的じゃない、机上の空論だと判断した悠馬は、呆れたように頭を抱えた。
「リンクは?」
「リンク?」
「君が仮死状態になる直前に感覚共有を使ってあの世に湊さんを連れ込む。どう?」
「俺はどうなるんだよ?」
「シヴァの恩恵でも生き返るしセカイを持ってるんだよ?死なないって」
悠馬が死ぬ直前にリンクをすることにより、湊も臨死体験できるというわけだ。
「それに今君の中には俺がいる。君が戻れなくなったとしても、俺が引きずり戻すことができる」
「…なるほどな。零。後生の頼みだ。そのリンクとやらをしてみたい」




