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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
368/474

ふたつの過去

 美月は背を向ける刈り上げ男の背中を引っ叩く。


「あ?」


 銀髪を揺らしながら紫色の瞳を真っ黒に変えた美月は、振り返った刈り上げ男を見てから、数秒たじろいだ。


「お前、美月じゃん」


「…随分と久しぶりね。渉くん」


「え?何?お前ら知り合い?」


 美月はパニックになることも、焦った表情になることもなく、冷静に淡々と声を出した。


 その声はやけに冷たく、落ち着いたものだ。


 しかし美月の心臓の鼓動は極めて速くなっていた。


 美月と渉と呼ばれた刈り上げ男が向かい合う中、紫髪の男は変なテンションで2人を交互に指差す。


「知り合いっつか。俺が虐めてた女」


「え?お前、こんな美人虐めてたわけ?」


「お前がレイプした奴にそっくりだろ?」


「はは、確かに!」


 レイプした奴、というのは間違いなく湊の親友の扇のことなのだろう。


 面白おかしく笑う紫髪の男は、塞ぎ込んでいる湊を他所に美月へと近づく。


「なに?湊の友達?なぁ湊、お前扇とこの娘重ねてんのか?」


「…誰?貴方」


「俺?俺は拓実。よろしく」


「おいおい、待てよ」


 渉と湊そっちのけで話す美月と拓実。

 美月が大した反応を見せなかったのが不服そうな渉は、額に青筋を浮かべながら美月の腕を掴もうとした。


「おい、前みたいに挨拶しろよ。おはようございますだろうが」


「嫌よ。なんで私が底辺に挨拶しなくちゃいけないの?」


「あ"?」


 以前の美月…いや、合宿前の美月だったのなら、過去のトラウマを思い出して地べたに這いつくばっていたかもしれない。


 しかし今は違う。

 合宿の時、朱理の荒療治で過去を切り捨てた美月は、自身を貶めた張本人を前にしても臆することはなかった。


 彼、渉は中学時代に美月に振られたクラスの人気者で、それを腹いせに美月を3年間虐めた主犯でもある。


「テメェ、いつからそんな調子に乗った態度とるようになったんだよ?」


「んー…桜を殺した後…くらいかな」


「な…!」


 美月は真っ黒な瞳で、和やかに殺人を犯したと告げた。

 その発言を聞いた渉は、さすがに虐めの主犯格といえど人殺しは考えなかったのだろう、驚いたように一歩後ずさる。


 美月と同じ地域に住んでいた彼なら知っているはずだ。

 彼女たちいじめっ子が、入学試験後に突如として行方不明になっていることを。


 そして彼女たちに恨みを持っている人間といえば、1人しかいない。


 目の前にいる美月が本気で人殺しをしたのだと誤解する渉は、冷や汗を流しながら引き攣った笑顔を見せた。


「なぁおい…あの後俺がどうなったか知ってるか?」


「知らないし興味ないかな。本土の学校なんてどこも低レベルでしょ」


 日本支部の高校は、異能島がメインとなってしまっているため、本土は軒並みレベルが低い。


 まぁ、異能島を見て貰えばわかりやすいだろうが、日本の学生は異能島入学を目標にするわけであって、それに落ちた敗北者、もしくは最初から異能島への入学の可能性すら与えられなかった弱者が本土の学校に入学するわけだ。


 いくつかの例外はあるだろうが、根幹の部分はこの理論で片付いてしまう。


「桜たちが行方不明になってからよぉ…教師の奴らはみんな揃って虐めの話を警察にしたよ」


「ふ…あはは…私の知らない間に随分面白いことになったんだ」


「俺は高校の合格も取り消しになって、前科持ちや人格破綻者が通う高校に強制転入。いやぁ、まじで辛かったよ。お前のせいなのにな」


「私のせい?バカ言わないでよ逆恨み童貞」


 自分がしでかした過去の、それ相応の報いが返ってきただけじゃないか。


 これまで腹いせで美月を虐めてきた彼は、桜たちが行方不明になったことにより、要らぬ詮索をされいじめが明るみに出た。


 結果として彼は、拓実のようにクラスメイトを自殺に追いやった前科持ちたちが入学する学校へとぶち込まれたというわけだ。


「この…!」


 美月に煽られ続け堪忍袋の緒が切れたのか、渉は美月の顔面へと拳を打ち込もうとする。


 ばちん!という鈍い音が店内に響き、渉は満足そうな表情で目を開けた。


「お前…なに人の彼女に手あげてんだよ?」


「っ!?」


「クク…なるほどな。この制服は少年院上がりの馬鹿共の着る奴じゃねえか。愉快だなぁオイ、修学旅行でも遊び足りねえのか?」


「な、南雲…」


 渉の前に現れた黒髪の男子、悠馬と、湊と拓実の間に割って入った赤髪の南雲。


 拓実は南雲のことを知っているのか、ひと目見るだけで彼の名前を言い当て、一歩後ずさった。


 その表情にはつい先ほどまで湊を馬鹿にしていた余裕など一切見えず、彼の表情の中で見え隠れしているのは、恐怖と焦りのみ。


 南雲は有名人だ。

 大阪で一番強いと言われていた南雲は、近くの県の人間なら知っている人物で、レベルだってかなり高い。


 入学試験ですら彼のことを知っている学生がいたのだから、前科持ちが通う学校では顔を知られていてもおかしくないだろう。


「あ?なんだオイ、初対面でいきなり呼び捨てかよ?お前、名前は?」


 鋭い目つきで拓実へと顔を近づけた南雲は、焦って飛び退く彼を見て、さらに詰め寄る。


「す、すみません…南雲()()


「わかりゃあ良いんだよ。クク。オレは今腹の虫の居所が悪いんだよ。半殺しにされたくなけりゃ言葉は選べよ。な?チャラ髪」


「は、はい…」


 湊の前では調子に乗っていた彼も、南雲の前では蛇に睨まれたカエル同然だ。


 南雲の脅しに屈した彼は、コクコクと頷きながら借りてきた猫のように大人しくなる。


「で?お前はどうなんだよ?」


 南雲と拓実の会話がひと段落したのを見ながら、悠馬は渉の拳を一回転させる。


「ぐっ…」


 腕を回転させられたことにより力が込めれなくなった渉は、引き攣った表情で腕を元に戻そうと足掻く。


「動くな。へし折るぞ」


「テメェ誰だよ!これは俺と美月の問題なんだよ!」


「はぁ?美月は俺の彼女だ。俺の許可なく触れようとしてんじゃねえよ」


 渉の腕を振り払った悠馬は、肩で大きく息をしながら威嚇を見せる彼を冷たく睨む。


「彼氏?ああ…そういうことかよ…お前彼氏ができて調子に乗ってんだろ?傷物が」


「傷?何の話?」


「腹の傷だよ…どうせ隠して付き合ってんだろ?知ってるか?コイツ中学時代は虐められてたんだぜ?」


 渉は声を大にしながら美月の過去を暴露する。


 南雲は特に驚いた様子もなく、美月も落ち着いた様子でその言葉を受け止めた。


「それで満足?」


「…」


「ごめんね渉くん。何期待してたのかは知らないけど、私のお腹には傷なんてないし、虐められてたことはもう話してるから」


 美月は見下したような笑みを浮かべながら、腹部を軽く見せた。


 そこには過去イジメで受けた大きな傷痕など跡形もなく消え去っていて、見れるのはただ真っ白な綺麗な肌のみ。


 悠馬が何を言うわけでもなく、自分の言葉で過去を乗り切った美月は、ニッコリと笑みを浮かべながら渉の顔面に平手打ちをした。


「殺されたくないなら二度と関わらないで。次会うと殺しちゃうかも」


「……行こうぜ」


 渉は拓実を連れて、逃げるようにして去っていく。

 それは実に見窄らしく、みっともなく見えた。


「クク、おい湊。オマエどうして何も…」


 難を逃れてすぐ。

 塞ぎ込んでいる湊へと声をかけた南雲は、直後に彼女に抱きつかれバランスを崩す。


「オイ、放せ」


「ごめん…ごめん…でも今だけは…ちょっとだけこうさせて…」


「……」


 湊の過去が、そう簡単に立ち直れるものじゃないことは南雲だって知っている。

 だからこそ彼女に協力し男嫌いの克服に尽力しているわけで、そんな過去を背負ってなければ恋人のフリなんてしていない。


 声を震わせる湊を見て、南雲はそれ以上何もいうことなく、彼女を優しく抱き抱える。


「好きにしろ。好きなだけ泣けゃいいだろ」



 ***



「湊…大丈夫かな…」


「大丈夫だろ…南雲も付き添ってるし」


「いや、そうじゃなくて精神面」


「それは…」


 アラモアナショッピングセンターの椅子に腰掛け、悠馬と美月は話す。


 湊はあの後、トイレに行くと言ってから南雲を引き連れてどこかへ行ってしまった。


 まぁ、涙を流しながらデートなんてできないし、女の子には色々あるのだろう。

 空いた時間で2人きりになってしまった悠馬と美月は、互いに顔を見合わせると微笑みあった。


「美月、お前強くなったな。てっきり震えて何もできないのかと」


「悠馬こそ。俺の彼女に許可なく触れるなって、カッコいいこと言ってくれるじゃん」


「あ…いや!馬鹿にしてるだろ!あの時は真面目だったんだからな!」


 今思えば歯の浮くような恥ずかしい発言だが、悠馬はあの瞬間、真剣に思ったことを口にしたまでだ。


 別にカッコつけようとか、好感度をあげようと思って発したわけじゃない悠馬は、自身の言葉を思い返して頬を赤らめる。


「いや、馬鹿にしてるとかじゃなくて…割と本気でドキッとした…」


 美月だって、過去を乗り越えたと言えど怖いものは怖い。

 立ち向かう勇気はあるが、異能なしの男と女では圧倒的に力に差があるし、悠馬が止めに入らずあのまま事態が悪化していれば、美月は間違いなく手をあげられていただろう。


 悠馬の横にちょこんと座る美月は、そっと手を伸ばして彼のゴツゴツとした掌に触れる。


 彼女の頬はほんの少しピンク色に染まり、何らかの感情を意識しているように見えた。


 悠馬も美月の横顔を見て、それを察知したようだ。

 いくらハワイが暖かいと言えど、局所的に身体の一部が赤くなることなんてないし、美月の頬がピンク色になったのは間違いなく悠馬を意識してのことだ。


 自分が意識されていると悟った悠馬は、満更でもなさそうに彼女の手を握り返した。


「美月…」


「なぁに?」


「今のお前…いつにも増してすごく色っぽい…」


 艶やかに光るピンク色の唇と、少し冷たいながらも綺麗な紫の瞳。きめ細かなさらさらでもっちりとした白色の肌を見る悠馬は、空いている右手で美月の銀色の髪を優しく触り、頬に触れる。


「あはは…昨日より?」


「昨日は色っぽかったけど、エロさの方が…」


「はは、なにそれ」


 昨日は可愛い色っぽいというよりも、エロいという感情が大きかった。

 1年以上もお預け状態だった悠馬は飢えた獣のような状態だったし、焦りも相まって正常な判断などできていなかったはずだ。


 どストレートな物言いを怒らず聞き流した美月は、青空を見上げながら悠馬に肩を預ける。



 ***



「ごめん…こんなつもりじゃ…なかったの…」


「別に言い訳なんざどうでもいいんだよ」


 少し落ち着いたのか人気のない道で座る湊は、南雲から温かいコーヒーを受け取りながら話す。


 弱い部分を見せる湊に対し、南雲はいつも通り冷たくあしらって見せる。


「コーヒー…要らない…」


「……」


 カップの中から漂う湯気の匂いを嗅いだ湊は、南雲から受け取った飲み物をすぐに返却する。


 湊はコーヒーが嫌いだ。

 美月と付き合っている悠馬なら知り得た情報だが、それを知らなかった南雲は右頬を痙攣らせながら彼女のコーヒーを奪い取る。


「少しは落ち着いたか?オイ」


「……わかんない」


「あ?」


「全部わかんなくなった…」


 自分も親友を見殺しにした加害者側だと言われ、親友の恋愛を後押しした自分にも非があることを思い出した。


 まだまだ精神的に中途半端な高校生。中学時代で悲惨な過去を背負うこととなった湊の精神面は、他の高校生よりもはるかに発達が遅れていた。


「忘れろとは言わねえ。でもオマエの今の姿をその親友が見たらどう思うだろうな?」


「っ…」


「情けねえと思うだろうな」


「でも!情けなくても私は…!」


「んなこと結局全部結果論なんだよ」


 何かを言おうとした湊の言葉を遮った南雲は、冷ややかな視線で事実を突き付けた。


 結局全部結果論で、人が死んだも生きたも、その瞬間が過ぎれば変えられはしない。

 今更くよくよ悩んだって死んだ人は生き返らないし、謝罪をしたって死人から言葉が返ってくるわけでもない。


 あの時ああしていれば?そんなありもしない妄想に縋ってどうする?それは現実を突き付けられて逃げ出した愚かな人間の死際にする行為だ。


 南雲の冷たい言葉を聞いて顔を上げた湊は、充血した瞳で彼を見つめる。


「過去と向き合ってるオマエは正しい。…だけどな。オマエの覚悟はハンパすぎる。暁は過去と向き合い復讐を誓った。八神は過去と向き合い前へ進むと決めた。オマエは?過去と向き合っただけか?それで終いか?」


 確かに湊は過去に向き合っている。しかしそれだけだ。向き合って何度も謝罪をしてそこから進もうとして…を何度も繰り返すループに陥っている。


 彼女は進むべき道を見つけられていない。


「じゃあ…私はどうすれば…」


「知るかよ。自分で探せ」


 南雲はそう告げると、興味を失ったようにその場から去って行った。

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