そういう運命
「なぁ南雲」
「なんだ?」
日本支部のバスとは違い、窓もなく剥き出しのバスに座る南雲と悠馬。
容易くバスの外へと手を伸ばせることを察するに、日本人だったら「安全性が〜」とか言って、絶対に街中を走れないものだと思う。
いや、今はそんなの関係ないんだが。
言い方が悪いかもしれないが、骨組みのようなバスに乗っている悠馬は、微妙そうな表情で南雲を見る。
南雲も微妙そうな表情で、悠馬の方を向いていた。
「…どうしてこうなったんだ?」
「オレが知りてェよ」
悠馬の疑問に不服そうな返事をした南雲は、前の座席に座り和気藹々と話す湊と美月を見る。
「オレには用事が…」
「暇だったんだろ?俺を1人にするなよ?」
悠馬と南雲は現在、朝食のバイキングの際の湊の提案を受けて、半強制的にダブルデートに駆り出されていた。
まぁ、悠馬は美月とのデートは満更ではないようだが、それでも1人で湊と美月の相手をする度胸はない。
暇なのに用があると言って逃げ出そうとする南雲の肩を掴んだ悠馬は、瞳の奥を真っ黒に染めながら微笑んだ。
「相変わらず不気味な野郎だな。オマエは」
「いや、お前の方が不気味だからな!」
悠馬に肩を掴まれ、逃げられない状態に陥った南雲は嫌味を呟く。
そんな嫌味に気づいていない悠馬は、前に座っている美月へと手を伸ばし、頬に触れた。
「ひゃっ!?なに?」
「どこいくか決めてるのか?」
悠馬と南雲は、行き先を知らない。
驚きの声を上げた美月に質問をした悠馬は、ちょうど見えてきた大型施設へと視線を向けた。
「アラモアナショッピングセンター」
「え、アレ?」
「そう、アレ」
悠馬の疑問に答えた美月は、彼の指差す施設を見てから深く頷いた。
異能島のショッピングモールよりも大きい気がする。いや、絶対に大きい。
「すげぇ…」
あまり商業施設に行ったことのない悠馬は、バスの中から見える商業施設を眺めながら小さな声を漏らした。
***
「で?」
「なんだよ南雲。文句あんのか?」
「あるに決まってるだろうが。オマエはねえのか?」
大きな荷物を持って立ち尽くす、2つの木偶。失礼、2人の男子。
不服そうな声を上げた赤髪の男子は、大量の荷物を横にあった座席に置き、テンションの変わらない悠馬を見た。
彼らは現在、デートというよりも荷物持ちをメインにさせられている。
美月は後輩や先輩女子からも人気があるし可愛がられているから、たくさんのお土産を買わないといけないのだろう。
そんなことを考えながら、悠馬は不機嫌な南雲の足を蹴る。
「ないな。お前、湊さんの彼氏なんだろ。もうちょっと楽しそうな顔しろよ」
「なんでオレが機嫌取らなきゃいけねえんだ」
「彼氏だからだろ!」
彼女のパシリをしろとまでは言わないが、付き合いはじめたら相手を気遣ってあげたり、嬉しそうにするのが普通だろう。
湊のことなんて知らないから好きにしろと言いたげな南雲に、悠馬は疑問を覚える。
「…お前ら、本当に付き合ってんのか?」
悠馬は南雲の性格を知っている。
彼は面倒見が良い性格で、彼女ができたとすれば「なんでオレが…」とか言いながらも付き添ってくれるタイプだと思って良いだろう。しかし南雲は嫌がっている。
そもそも湊だって男嫌いなはずだ。
親友を救ってくれた悠馬に対してすらあの態度なのに、果たして2人が付き合うだろうか?
なんらかのモヤモヤを感じる悠馬は、驚いたような表情の南雲を見た。
「オマエ…そんなに人の行動が読めるのになんで鈍感なんて言われてんだ?」
「鈍感で悪かったな!」
悠馬が鈍感な理由は自分が闇堕ちで自信を持てていないということと、「アイツもしかして俺に惚れてるんじゃ…」という勘違いが死ぬほど恥ずかしいからだ。
それと付き合いはじめてから極端に日が浅い。
1年と半年近く付き合っている悠馬だが、彼は中学時代は写真の端にいるような暗い人物だったし、それから1年半でナルシストに変われと言う方が無理がある。
最近他人の好意に関してもわかるようになってきた悠馬だが、それでまだ人並み以下だ。
南雲に鈍感だと言われ憤慨する悠馬は、歯を食いしばりながら声を荒げた。
「オレと湊はフリだけだ。本気で付き合っちゃいねえ。アイツが本気でオレに惚れるとでも思うか?」
「お前以外もねぇよ…」
予想的中と喜ぶシーンなのかわからない悠馬は、微妙そうな表情で呟く。
これで飛行機の中とここでの温度差も理解できた。
あの時の南雲は誰とも修学旅行を回りたくなかったから、都合のいい隠蓑として湊と付き合っていることを公表しただけ。
彼は元々、この旅行中に湊とデートに行く気などなかったのだ。
「そういうこった。オレぁアイツに惚れてねえし、アイツもオレに惚れてねえ。だからオレは帰る」
「待て待て待て待て!逃げるな!この童貞!」
「あ?」
話をしたから満足だろ?と言いたげに、荷物を置いて立ち去ろうとする南雲。
そんな彼を馬鹿にしながら止めた悠馬は、怒ったような表情の南雲を見て右頬を痙攣らせる。
どうやら南雲は、「逃げるな」若しくは「童貞」という単語でキレるらしい。
「テメェ、いつからオレの上になった気でいやがる?ここで潰し合うか?オイ」
「おいおい、冗談言ってるとこの場で氷の彫刻にするぞ?南雲」
悠馬は上か下かなんて気にするタイプではないが、このタイミングで南雲を図に乗らせるのは得策ではない。
南雲を帰らせるわけにいかない悠馬は、強気な態度で冷気を吐き出した。
「クク…テメェも異能頼りかよ。神宮と何らかわんねえな」
「その神宮に異能使って1のダメージも与えられなかったやつがよく言うぜ」
「上等だ」
ダブルデートという名目上、ここで南雲を失うわけにはいかない。だって荷物持ちいないし。
自分以外の荷物持ちがいなくなるのは絶対に嫌な悠馬は、彼が放った右拳を回避しながら回し蹴りを入れた。
「クク…ちょっとはやるじゃねぇか」
「異能でも殴り合いでも…負ける気はねえぞ」
ひょんなことから始まった殴り合い。
ここが日本支部じゃないことを忘れて暴力を振るう彼らは、周りから様子を伺う外国人のことなど無視して争いを続ける。
一方、南雲と悠馬が殴り合いをしている頃。
湊と美月は、和気藹々とお土産を選んでいた。
「美月、これとかどう?」
「えー、ちょっと怖くない?」
「言われてみれば…」
謎の木彫りの人形を見せてきた湊に微妙な反応をした美月は、両手に荷物を抱えながら店の外を気にする。
「暁と南雲が気になるの?」
「え、まぁ…」
「良いじゃん。南雲は興味ないから外にいるって言ってたし、暁だって南雲が外にいるなら俺もいるって言ってたわけだしさ」
何も荷物持ちをしろと命令したわけじゃない。
2人の望んだことついでに荷物持ちをお願いしていた湊は、優しく美月の背中を叩いた。
「けどこれじゃあ、ダブルデートでは…」
「あ"っ"…呼んでくるね…」
女2人で勝手に買い物をして、男2人は外で荷物持ち。
こんなデートは存在しない。いや、お嬢様と執事ならあり得るとは思うが。
美月に指摘を受けた湊は、これがダブルデートじゃないことを初めて知ったのか、慌てて店から出ようとした。
「あれー?誰かと思えば湊じゃん」
湊が店を出ようとする直前。
店内に響いた流暢な日本語は、とても外国人が話したとは思えるものでなく、年齢的にもかなり近しい人物からかけられたものだった。
湊はその声に聞き覚えがあったのか、目を大きく見開き、身体が動かなくなった。
まるで金縛りにあったような感覚だ。心臓がバクバクと押し出す血流を早くさせ、震えが止まらなくなる。
恐る恐る声のする方を向いた湊の表情は、一瞬にして窶れてしまっていた。
「久しぶりぃ、元気してたぁ?」
「アンタ…アンタねぇ!」
湊が振り向いた先には、紫色に髪を染めた日本人が立っていた。
派手なネックレスをつけ、指には大きな指輪が何個も付いている、ヤンキーに憧れた高校生のような格好。
制服を着崩し、第一ボタンを開けている彼は、湊が振り向くと大きく手を振った。
湊はそれを見るや駆け出して、その男の胸ぐらを掴もうとした。
ここはハワイ島。
鏡花の忠告通り、問題行動を起こせばアメリカ支部の法律で罰せられる上に、おそらく異能島からの退学も確定。
しかし湊の脳内には、そんな恐怖や自制心なんかよりも、怒りが先行していた。
「おっと、危ねえな」
「っ!」
店員も驚く中、紫髪の男を掴もうとした湊の手は寸前で止まり、変わりに湊の腕は、見知らぬ男に掴まれていた。
「アンタ誰!離しなさいよ!」
紫髪の男よりも少し身長の高い、黒髪を刈り上げた男。
彼は湊の叫び声を聞くと、舌舐めずりをしながら物色するように彼女を見つめた。
「湊ぉ、中学以来だな」
紫髪の男は、そう呟きながら、馬鹿にしたような笑顔を浮かべた。
彼の黒色の瞳が湊の瞳を捉えると、彼女は歯軋りをしながら涙を溢す。
「死ねゴミ屑」
「はは、まだ扇のこと根に持ってんのか?アイツが勝手に自殺しただけじゃん」
紫髪の男は、刈り上げ男に捕まり身動きを取れない湊を良いことに、挑発したような発言をする。
彼ら…いや、紫髪の彼は、湊のよく知っている人物だった。
なぜ彼女がこんなに取り乱しているのかを考えれば、容易に想像がつくだろう。
彼こそが、湊の親友を自殺へと追いやった男。
「扇が自殺したせいで俺は最悪だったよ。学校は前科持ちの奴らが集まる高校になっちまったしよ」
悪びれもせず、謝罪もせずに面白い可笑しく話す。
彼は湊の親友に対して申し訳ないという気持ちも、湊に対して申し訳ないという気持ちも、何一つ持ち合わせていなかった。
ただ彼が抱いている感情は、「なんで俺が捕まらないといけないんだ」という、自己中心的な考えだけ。
中学で前科を持つ人間なんて、大抵が破綻していて救いようがない。
何しろ学生の時点で犯罪者になるということは、人格形成の段階で失敗しているということだからだ。
世間にはまともな学生生活を送っていても、社会の在り方で人格が狂っていく人間はいる。
それは社会と周りの環境が悪かったとも言えるだろう。
しかし彼らの場合は、救いがない。
なんてったって、彼らは義務教育の段階で犯罪を起こした失敗例なのだから。
確かに、学生で犯罪を犯した人間の中には真っ当に構成する人間もいる。
でも、稀にこういう輩もいる。罪の認識をしない、どうしようもない奴らが。
「湊、その服国立高校だよな?扇と一緒に通おうって言ってたのに、かわいそうだなぁ。友達見捨てて1人で通ってんのか?」
「っ…!黙れ!あんたのせいでしょう!アンタが扇をレイプしたから…!」
「いや、だからそれは誤解だって。アイツが俺の家で寝たから連れと一緒に使い回しただけなんだよ。途中で目が覚めて死ぬほど泣いてたけどな」
「!!」
彼は湊と話すのがよっぽど楽しいのか、自分のしでかした犯罪行為を事細かに話す。
それは湊の知りたくなかった、胸を引き裂かれるような苦しみの内容ばかり。
「アンタみたいなのが居るから…」
こういう奴が居るから、真っ当に生きる人間が正しく評価されずにすり潰され、それに付け入る輩が増殖する。
負の感情が募り続ける湊は、聞きたくなかった話を無理やり聞かされ、俯き加減に呟く。
「は?お前も同類だろ?」
「なにを…」
「だってお前、気づかなかったじゃん?その時点で俺らと同類だろ。お前も扇を見殺しにしたんだよ。犯罪者」
瞬間、湊の脳裏には中学時代の記憶がフラッシュバックした。
いつも元気だった親友の扇が、日に日に元気のなくなっていく姿。その姿に異変を感じながら、悩みがあるなら相談してとしか言えなかった自分。
「ぁ…」
見殺しにした。犯罪者。
それは湊の心の奥底に少なからずある、罪の意識を増長させる言葉だった。
立ち直りかけだった湊は、その言葉を聞くと同時にその場に蹲み込んだ。
聞きたくない。何も見たくない、話したくない。
トラウマを想起、並びに絶望する彼女は、必死に耳を塞いで自分の世界に入ろうとする。
湊の心にある、大きな綻び。
軽く縫われた程度で、引っ張ればいつでも開きそうだったその綻びは、目の前の紫髪の男によって引き裂かれ、湊の心は再びバラバラになる。
「湊…?」
そんな中、異変を感じたのか駆け寄ってくる銀髪の少女。
美月は塞ぎ込む湊を見つけるとすぐに、背を向けて湊の腕を掴んでいる黒髪の男の背中を引っ叩いた。
「手、離してよ」




