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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
363/474

2人きりの夜

 美月が浮気?ナイナイ、絶対にナイ。


(なんて思っていた時期が俺にもあったよ?

 いや、わりとマジで今でも信じられない)


 ホテルの部屋から出て、消灯された真っ暗な廊下を歩く悠馬は、顔を真っ青にしていた。


 まぁ、誰だって彼女が異性と2人きりで仲睦まじく歩いていたと言う話を聞けば、驚くだろう。


 悠馬はゾンビ映画に出てくるゾンビのように、廊下を彷徨う。


「いや…美月に限って…美月だったら二股よりも先に別れるはず…ぐぁぁぁあっ!」


 どちらにせよ地獄だ。

 別れを切り出されていてもショックだし、二股をされていてもショック。


 たったの2択、誤解や気のせいという選択肢がない愚かな悠馬の脳内は、暗いことばかり考えて落ち込んでいく。


「…あ」


 気づけば廊下をかなり進んでいたようで、我へと返った悠馬は廊下がロビーのような形になっていて、右側にエレベーターがあることに気づく。


 それは男子と女子の部屋を分別する、大きな印のようなものだ。


 このロビーを抜ければ女子部屋の前の廊下を歩くことになり、戻れば男子部屋の廊下。


 偶然教師と鉢合わせたとしても、今ならばまだ何も疑われずに済むし、注意をされることもないだろう。


 しかし今の悠馬には、撤退の2文字はなかった。


 どうしても気になる。彼女が本当に二股をしているのか、心変わりしているのか。


 連太郎に身体の相性などという話をされていた悠馬は、何の迷いもなく一歩を踏み出した。


 きっとこの先で教師にバレたら、タダじゃ済まないだろう。

 何しろ女子部屋の前をうろちょろするのだ。厳重注意されるだろうし、後ろ指を刺されて生きていくことになるかもしれない。


 でも!それでも気になるよなぁ!?


 だって最愛の人が仲睦まじく歩いてたとか聞いたんだよ!?誰だって心配だろ!


 確か美月は、湊と一緒の部屋だったはずだ。

 うろ覚えの記憶を頼りに部屋番号を予想する悠馬は、湊という最大の障壁があることを知っているというのに動じない。


(今日だけは、今夜だけは湊さんを黙らせてでも話す必要がある)


 湊に対していつも逃げ腰の悠馬だが、今日はやる気のようだ。


「湊〜、どこ?」


 悠馬が決意を固めていると、少し先の扉が開き、そこから銀髪の髪を垂らした少女の顔が見える。


「湊?」


 遠くから見える悠馬の影を見て、廊下が暗いということもあってか湊だと誤解した美月は、スリッパにバスローブ姿でペタペタと悠馬の元へと駆け寄ってきた。


「もう、どこ行って…え?」


 悠馬は飛びつこうとしてくる美月が動きを止めたのを見て、彼女を強引に壁に押し付けた。


 ゴン、という壁に背中を押しつける音が響き、美月は腕を掴まれて目を見開いた。


「んんっ…!」


 悠馬は出会い頭の美月に壁ドンをして、強引に口付けを交わした。


 美月はそれを拒絶したいのか、悠馬の寝巻きを強引に引っ張り、左手では悠馬の右腕を思いっきり抓っていた。


 爪で抓っているせいか、悠馬の皮膚は千切れ、そこからは血がポタポタと流れ出ている。


 それだけでも、美月がどれだけ拒絶してるのかはわかるだろう。


 強引に体を捩る美月から唇を離した悠馬は、荒い呼吸をしながらその場に崩れ落ちた彼女を見下ろした。


「悠馬…いきなり変なことしないでよ…びっくりしたんだから」


「……」


 悠馬は右腕に残る傷を見てから、悲しそうな表情を浮かべた。


 今のは本気で拒絶されてたと思う。

 付き合い出して初めてのキスの時は美月からしてきたし、あの時とは全く違うことはすぐにわかった。


「…美月。お前言ったよな?」


「え、なに?」


 唇に残る温かな感触と、そして余韻に浸る美月は、無表情の悠馬を見てびくりと身体を震わせる。


 この目は本気の目だ。

 悠馬のことを間近で見てきた美月は、彼の眼差しだけで、すぐに気持ちを察した。


「修学旅行の時まで待ってって」


「…ん」


「もう待てない。拒絶してもらっても構わない。けどその時は…きちんと別れてから、他の人のところに行って欲しい」


「え?は?何の話?」


 美月は訳がわからないと言いたげにきょとんとした表情で悠馬を見る。


 確かに今は焦って拒んだが、正直なところ嫌ではなかった。


 待てないと言われたことにより覚悟を決めたのに対し、別れ話を話す悠馬を理解できない美月は、立ち上がって悠馬の胸ぐらを掴んだ。


「これが私の答え」


 美月は悠馬をグイッと引き寄せると、彼の唇を強引に奪い、そして舌を絡めた。


 悠馬は大きく目を見開き、危うくバランスが崩れるというところで壁に手をつく。


 美月は両腕で悠馬の腰に手を回し、力強く彼を抱擁した。


 気を抜くと頭が真っ白になりそうなほどの多幸感が押し寄せ、彼女の温かく甘い唾液が、絶え間なく口の中に流れ込んでくる。


 このまま眠りについたら、どれだけ幸せだろうか?


 濃密に絡みつこうとする彼女の舌へと自分の舌を絡めた悠馬は、口元から伝う唾液を無視して、ただひたすらに彼女を貪った。


「…ぷはっ…悠馬が訳のわからないことを言う心当たり、あるかも」


 美月は落ち着いた様子の悠馬を見てから、挑発するような笑みを浮かべて腕を離す。


「部屋、来て」



 ***



「…湊さんは?」


 真っ暗な室内。

 外から見える海と、そして夜景だけが唯一の灯となっている室内で、悠馬は切り出す。


 美月は背を向けたまま、両手を後ろで組んで立ち尽くしていた。


 さっきのキスで、彼女の想いは痛いほど伝わった。

 きっと栗田たちの見ていたのは何かの見間違いか、ドッペルゲンガーか何かだ。


 もう答えを見つけている悠馬は、この噂が思い過ごしであったことに安堵しながら彼女を見た。


「南雲くんと夜のデート。…修学旅行は、先生たちも緩いからさ。簡単に抜け出せるらしいの」


「ってことは…」


「多分、数時間は帰ってこないよ」


「そ、そそそそう!」


 美月の数時間という話を聞いて、悠馬は顔を真っ赤に染める。


 なんか冷静になって頭がクリーンになってきたせいか、海外のホテルで彼女と2人きりという状況にかなり緊張してしまう。


「悠馬、今日の昼間の噂聞いたんでしょ?…私がBクラスの井澤くんと2人きりだったっていう…」


「っ!?」


 悠馬の安堵も束の間、彼女から事実が告げられる。

 それは連太郎から聞いた、栗田たちが見たという情報と一致している内容だった。


「…これ。買いたかったの」


 驚きを隠せない悠馬へと振り返った美月は、小さな袋に入っている青いハート型の何かを見せた。


「…なに?コレ」


「あ、あのね…?怒らないで聞いてよ?」


 美月は悠馬に知られたくなかったことを知られているせいか、申し訳なさそうに、様子を伺いながら話を始めた。


「この…ね?悠馬に今あげた入浴剤…カップルで使うと結婚できるって噂になってて…」


「え"」


 それBクラスの井澤と結婚したいってこと!?

 突然のカミングアウトに血の気が去った悠馬は、身体を砂にしながら話を聞く。


「でもコレ買うの…カップルじゃないとお店に入れなくて…井澤くんはさ…修学旅行中にそれを渡して好きな人に告白するつもりだったらしいから…店の前で偶然鉢合わせてカップルのふりをしたの…ごめん。怒るよね?」


 つまり美月は、悠馬と一緒にこの入浴剤を使いたくてある程度調べていたが、カップルじゃないと入店できないとは知らなかった。


 そして偶然居合わせた井澤も、目当ては入浴剤だったものの、彼もカップルじゃないと入店できないとは知らずに危うく告白のプランが台無しになるところだった。


 それを解決するために、2人は成り行きでカップルのふりをして、店に入るところ、もしくは出るところを見られて栗田たちが騒いでいたということだ。


「なんだ…」


 思っていたような最悪な事態じゃなくて心からよかった。


 申し訳なさそうな美月の頭に触れた悠馬は、彼女を抱き寄せる。


「俺の方こそ。馬鹿みたいなことを想像して心配してた。ごめんね」


「嫉妬してくれたんだ…なんか嬉しい」


「え?」


 美月は初めて悠馬に嫉妬という感情を向けられ、嬉しそうだ。


「悠馬ってさ…いろいろ制限しないじゃん」


 悠馬は基本、彼女たちに制限をしない。

 男と遊ぶなとも言わないし、連絡先を交換する時は俺に話を通してからとか、そんな面倒な掟も作らず、大抵お願いをすれば笑顔で承諾してくれる。


 だから正直、たいして心配されてないんじゃないかとか、放し飼いみたいだとか思う時もある。


 でも違った。

 彼女が2人きりで知らない男とデートをしていたという噂を聞いて、血相を変えて近づいてきた時、この人はこれだけ私のことを想ってくれているんだと知れた。


 いつもは美月のワガママを受け入れて手を出さないのに、今日は無理やりにでもキスを奪ってきて、正直興奮した。


 こんなことで愛情を再確認するのはおかしな話だと思うけど、それでも今日のイベントがあったからこそ、さらに悠馬のことを好きになれたのかもしれない。


「悠馬が嫉妬してくれるの、私は好きだな。愛されてるって感じで」


「なっ…えっ…」


「なに?さっきはあれだけ強引に迫っておいて、打って変わってウブな反応。せっかくのチャンスだよ?数時間は2人っきりだよ?」


 どうやら美月の覚悟は既に決まっていたようだ。


 挑発的にニヤッと笑う美月を見た悠馬は、彼女がなにを誘っているのかを知り、ベッドへと押し倒す。


 いつも抵抗していた彼女は、今日は一切の抵抗を見せず、ベッドへと手を上げて倒れ込んだ。


「その…優しくしてね…私…初めてだし…」


「いきなりはしないよ。時間はあるんだ。目一杯楽しもう」


 どうやら美月は、嫉妬深い悠馬が好きだったようだ。


 意外な好みを知れて満足な悠馬は、自身もベッドの上に上がると、彼女の柔らかなバスローブへと手を伸ばす。


 ふかふかで触り心地が良くて、一生撫でていたいような布質だ。

 そしてなんといっても素晴らしいのが、バスローブ越しに伝わってくる、風呂上りの美月の体温。


 少し熱っているような温もりがバスローブ越しに伝わり、悠馬はその温かな感触を感じながら、美月を抱きしめる。


「…美月の髪。いい匂い」


「ちょ…髪の匂いは恥ずかしい…」


「拒まないでよ」


 髪の匂いを嗅がれるのは嫌だったのか、美月は頭を動かし悠馬から離れようとする。


 しかし悠馬はそれに負けじと対抗し、顔を美月の後頭部へと密着させた。


「く、くすぐったい…」


「すぐに慣れるよ」


 照れたような美月の声を聞きながら、悠馬は美月の頬へと右手を伸ばし、空いている左手は、彼女のバスローブの隙間へと突っ込む。


「あれ…ブラつけてないの?」


「………私だって、修学旅行の時までお預けにしたの覚えてたんだから…正直、私だっていろいろ我慢してたんだよ?」


「まさか…」


「そのまさかです」


 美月があのタイミングでホテルの廊下へと出たのは、湊を探すためではなく、悠馬の部屋へ行くためだ。


 その理由は当然、約束を守るため。

 湊の名前を呼んでいたのは建前と、そしてもし仮に何者かが廊下にいた時、なにも悟られないようにするためだ。


 計画的犯行に及ぼうとしているあたり、さすがは警視総監の娘さん…


「柔らかい」


「比較はしないでよ」


「しないよ。する必要がない」


 なにの比較かは言われずともわかる。

 元から乳比べなんてするはずがないし、ふざけたことを言うのはコンプレックスを抱いていないオリヴィアたちだけだ。


 流石に胸のことを気にしている彼女におっぱいおっぱい言うほど馬鹿じゃない。


「こっちの準備、できてる?」


「うん、大丈夫だよ。ばっちり準備してる」


 美月のベッドの中でゴソゴソと動く悠馬は、冷房の駆動音を聞きながら布団を被せる。


「え?布団?」


「体調崩したら悪いしさ…それに…」


 なんか布団の中で汗ビッショリの方が…


 変態的な何かを呟こうとした悠馬は、ガチャッという扉の開く音を聞いて背筋を凍らせた。


 美月も悠馬と同じくビクッと身体を震わせ、大きく目を見開く。


「ただいま」


 それは死の宣告。

 悠馬を死へと誘うカウントダウンの始まりだ。

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