修学旅行は楽しみたい
「ハワイって鶏が歩いてんだろ?」
「んなもん歩いてたらとっ捕まえて唐揚げにしてるっての」
「は?北京ダックにしろよ」
「ローストチキンだろ」
わけのわからない会話が聞こえてくる。
ハワイで鶏が歩いているまでは若干理解できたものの、2人目の捕まえて唐揚げにするというところから理解が及ばなくなった。
飛行機内の座席に座る悠馬は、訳の分からない会話を繰り広げる4人を見てそっと目を閉じた。
そもそも北京ダックは鶏じゃなくてアヒルだ。
「なぁ悠馬、お前はどう思うよ?」
「どうって…」
目を瞑り難を逃れたはずの悠馬は、通に声をかけられて半強制的に変態四天王の生産性のない会話に参加させられる。
どうもなにも、お前ら馬鹿だよな。という言葉しか思い浮かばない。
「北京ダック派だよな?」
「北京ダックはアヒルだろ」
「え?そうなのか?」
悠馬にツッコミを入れられてキョトンとした様子の山田。
どうやら彼は、冗談で言っているのではなく本気で北京ダックは鶏だと思っていたようだ。
容姿的には変態四天王の中で唯一のスポーツマンでそこそこ人気もありそうだが、知能と性格が残念すぎる。
「しっかし、修学旅行がハワイ島なんて、思いもしなかったよな!」
機内で興奮気味に声を荒げるのは、唐揚げ派の栗田だ。
「確かに」
彼の言うことには一理ある。
異能が日常となった社会では、入国審査なんかがちょっと厳しかったりする。
なぜなら異能は簡単に人を殺せるものが多いし、悠馬やオリヴィアのような存在が悪意を持って入国すれば、初犯であったとしても大量虐殺が可能となるからだ。
だからこういう修学旅行イベント時といえば、基本的に自国内で終えるのが主流となっていたわけだ。
そうすれば他国から文句を言われることも、面倒な入国審査も受けなくていいから。
悠馬だって修学旅行は日本国内だと思っていたほどだ。
「十中八九、オリヴィアだろうな…」
日本支部の異能島の学生が、修学旅行でハワイに行ったという話はこれまでなかった。
それが突然ハワイ島になった理由は、おそらくオリヴィアが関係していると考えていいだろう。
戦神である彼女と変な噂なく鉢合わせられるのは、修学旅行の時くらいだ。
なぜ突如として海外旅行になったのかを予測した悠馬は、特に困った様子もなく窓から空を見る。
今の悠馬には、困難を退けるだけの力がある。
今ならオリヴィアのお父さん、英雄のハイツヘルムだって、アメリカ支部総帥アリスだって、炎帝のレッドだって相手にできるだろう。
別に何かを起こしに行くわけじゃないが、もし仮にオリヴィアの一件でイザコザが始まったのだとしても、彼女を失うことは絶対にないと断言できる。
「セカイ…」
「お前さっきからなに独り言呟いてんだ?」
「オナ禁しすぎて頭おかしくなったか?」
「お前らと一緒にするな」
禁欲くらいで頭がおかしくなると思われていたのも心外だ。
そもそも夏休みの間禁欲生活をしたって、わずか1ヶ月程度で頭がおかしくなるやつなんていないだろう。
そんな短期間で頭がおかしくなる奴は、目の前にいる4人くらいのことだ。
「はぁー、くそ、羨ましいよ、お前は」
「欲しいもの全部手にしてるって感じだよな。レベルも容姿も女も」
「将来は総帥でちゅか〜?」
栗田と山田、モンジは悠馬の話をしながら後ろの座席を振り返る。
遥か遠くには、和気藹々と話す夕夏たちの姿があった。
「夕夏、はいこれチョコレート。食べるっしょ?」
「ありがとう、美沙」
銀紙に包まれたチョコレートを受け取り、優しげな笑顔を振り撒く。
彼女の愛らしい笑顔をもろに喰らった美沙は、頬を赤らめながら外を見た。
夕夏の愛らしさは、女でも不覚にもドキッとしてしまう特大級の可愛さだ。
危うく持っていかれそうになった美沙だったが、辛うじて自制心を保つ。
「オリヴィア、なんだかウキウキしてるね」
「そうですね。何かあるんでしょうか?」
横に座るオリヴィアを見つめながら、夕夏と朱理は話す。
長い金髪を揺らしながら頬を緩めている彼女は、この飛行機に乗っている第一の生徒の誰よりも、この時を待ち望んでいるように見えた。
「加奈さん、理由わかりますか?」
「…ハイツヘルムの実家、ハワイ島だって聞いたことあるよ。噂だから確定ではないけど…約半年ぶりに実家に帰れるんだから、嬉しいんじゃないかな」
ここで第一異能高等学校、修学旅行について話をしよう。
今年の修学旅行は、史上初の海外旅行。
修学旅行と言えば、班行動大前提の人気者の奪い合いになり阿鼻叫喚するわけだが、異能島の修学旅行は他の学校とは一味違う。
まず第一に、班行動はない。
つまるところ、自分の好きな人と旅行先を歩くことができるのだ。
それを可能としているのが、当然のことだが学力。
異能島の学生たちは日本語も英語もペラペラで、猿以下の知能と言われる八神ですら、英語のヒアリングと日常会話ができるレベルだ。
つまり訳のわからない誘いに乗る馬鹿はいない。
加えて異能島から配布されている携帯端末は、修学旅行期間中のみGPS機能が強制的にオンになっている。
だから迷子になっても教師陣がすぐに現場へ急行することができる仕組みになっているのだ。
そんなことから、班行動ではなく自分の好きな人たちと楽しめるのが、異能島の修学旅行。
学力も高く、きちんとルールも守れるからこそ、修学旅行は自由行動になったのだ。
そして次に行動制限だが、今回のようなハワイ島という広大な島が舞台になるにも関わらず、一切の制限がない。
この辺りも教師陣が粋な計らいをしてくれたのかはわからないが、正直言って神としか言いようがない。
そんなこともあり、機内はすでにお祭りモード。
なんの制限もない、ただの旅行のような雰囲気の生徒たちは、機内も貸し切りということもあってかお菓子を食べて自由に過ごしている。
「オリヴィアくらえー」
「きゃっ!?やめないか!夜葉!」
「わ、今の聞いた?オリヴィアの雌の声!」
「暁くんの前ではそんな声だしてんの?」
「か、からかうな!」
美月の親友、褐色ギャルの夜葉から胸を触られたオリヴィアは、顔を赤くしながら抵抗する。
心ここにあらずというか、周りになど気を配らずに考え事をしていたオリヴィアは、一般の女子生徒に遅れをとっている。
「ねぇー、私オリヴィアの実家行ってみたーい」
「私も〜」
美月グループの夜葉と愛海が、ちょっとした無理難題を吹っかける。
そりゃあ、オリヴィアの実家に入りたい気持ちはわかるが、正直言って格というものが違うし、彼女自身、戦神とバレるのを警戒して実家には友人を連れ込みたくないだろう。
「…き、気が向いたら…」
オリヴィアは2人のお願いに曖昧な返事をしてから、前の方に座る悠馬を確認する。
実はオリヴィア、今回の修学旅行であることを計画していた。
滅多に帰ることのない実家、自由な修学旅行、彼氏と一緒…しかも実家のある島が旅行先。
ここまで来たら、オリヴィアがなにを考えているのかはわかるだろう。
…そう。オリヴィアはこの修学旅行で、父親に悠馬を紹介する気でいるのだ。だからこそ機嫌がいい。
悠馬本人に承諾など得ず、いきなり父親にお披露目する気満々のオリヴィアは、早くも家族に受け入れられたことを想像して上機嫌なのだ。
そんなこと知らない悠馬や周りの女子生徒たちは、呑気なものだ。
「南雲さんはどこ行きます?」
「あ?オレか?」
「はい!南雲さんが行くところなら、俺はたとえ火の中だろうがついて行きます!」
一方、悠馬が変態たちに絡まれ、オリヴィアが妄想をしている頃。
1年Bクラスの碇谷は、憧れの南雲の横の座席ということもあってかキラキラと眼を輝かせながら問いかける。
「オマエはオレのことなんかより、彼女と楽しんだ方がいいんじゃねぇのか?」
「あっ…!」
まるで犬のように目を輝かせる碇谷に対し、南雲は薄ら笑いを浮かべながら提案する。
真里亞と碇谷は、付き合っているのかはわからないが程よい感じでデートをしている。
雰囲気的にはもうカップルのソレだし、碇谷も真里亞も満更でもない雰囲気を察するに、2人が付き合うのは時間の問題だと言ってもいいだろう。
碇谷にとって、南雲との修学旅行も十分魅力的ではあるものの、それ以上に真里亞とのハワイも捨てがたい。
苦渋の決断を強いられているように眉間にしわを寄せた碇谷は、かなり迷っているご様子だ。
「クク…碇谷、悪いがオレは別の予定がある。だからオマエともアダムとも一緒には行動出来ねえ」
「へ?」
「まぁ、アダムの方は元よりそのつもりのようだが」
去るもの拒まず、近づいてくる人物も拒まずのスタンスの南雲が、初めて碇谷を自ら拒絶した。
いや、拒絶というよりも碇谷のことを思っての行動かもしれないが。
一度前の座席へと視線を向けた南雲は、ハワイ島の観光ガイドブックを見ながら楽しそうに話すアダムを見て目を瞑る。
どうやらアダムも、隣のクラスのアルカンジュと修学旅行を回る予定らしい。
「予定って…なんすか!?」
いつも予定がない南雲。自分の夢のために周りの人間と自ら関わろうとしない南雲は、言ってしまえば万年ぼっち。
男女から少なからず人気はあるものの、近寄り難いオーラがある南雲は、少なくとも簡単に遊びに誘えるような人物じゃない。
況してや修学旅行なんて、身内同士でワイワイするのに、あまり関わりのない南雲を誘おうとする奴なんていないだろう。
珍しく予定があると言った南雲に、碇谷は興味津々だ。
「彼女と遊ぶ」
「え!?は!?南雲さん彼女いたんですか!?」
「え?南雲くんに彼女?」
「ウッソまじで?」
「誰々?気になる〜!」
碇谷が叫んだことにより、南雲の話は一気に機内で拡散される。
密閉されたこの空間で一度秘密を暴露されて仕舞えば、おそらくこの空間にいる人間全員がその情報を手にするまで止まることはないだろう。
呆れたように碇谷を見た南雲は、肘掛に肘をつき、外を見つめる。
「誰っすか?」
Bクラスの女子たちも南雲へと視線を向ける中、碇谷が尋ねる。
「オイ、湊。これは言ってもいいヤツなのか?」
南雲が湊を名指しで呼んだことにより、全員の視線は一斉に湊へと向かう。
彼女はその視線を感じてから、あからさまに不機嫌そうに振り返った。
「…アンタねぇ…この場で名指ししたら暴露したようなものじゃない…」
彼女がいると明言して、誰だと聞かれたら女子の名前を呼んで言っていいのか確認する。
そんな手順を見れば、誰と誰が付き合っているのかなんて馬鹿でもわかるだろう。
嫌そうな表情を浮かべる湊の顔が全てを物語っている。
「え?あの湊さんと…?」
「南雲のヤツ…あの難攻不落の湊さんをどうやって落としたんだよ」
南雲の発言と湊の返しは、もはや付き合っていますと明言したようなものだ。
ちなみに余談だが、湊は男子からの人気が高い。
その理由は中学時代に鍛えられたバスケ部部長としてのプロポーションと、そして出るところはきちんと出ていて、芯がしっかりとしている。
夕夏のような可愛いタイプではないものの、美人タイプの湊は、男嫌いという問題点を抱えているにも関わらず、惚れ込む男子は少なからずいた。
湊は絶対に付き合わないだろうから大丈夫。
湊を推す男子たちはいつしかそう思うようになっていたが、現実はそこまで甘くない。
湊が南雲の恋人になったと知った男子たちは、落胆を隠せないようだ。
「クク、そういうことだ。湊はオレの恋人だ」
「きゃー!」
「ちょ、ちょっと!南雲!そこまで許した記憶は…」
大きく足を組み、嗜虐的な笑みを浮かべる南雲の発言を聞いて、痺れを切らした湊は席を立ち上がり詰め寄る。
2人の関係は元々、愛し合っている関係じゃない。
ただのノリと雰囲気、その場の勢いで付き合ってしまっただけであって、湊の男嫌いが克服されれば終わってしまう関係。
「ぶっ!?」
詰め寄ってくる湊の頬を右手で掴んだ南雲は、彼女の腰に手を回すと、強引に抱き寄せた。
「な、にを…!」
「なんだ?オレの彼女なんだ。もう少し嬉しそうな顔しろよ」
「な、南雲さん…まじパネェっす」
男嫌いの湊に対しても強気な姿勢。
身体を密着させる2人を見た碇谷は、興奮気味に手を挙げている。
きっと真里亞とのデートでやってみようなどと思っているのだろう。
そんな碇谷のことなど知らず、湊は顔を真っ赤に染めて叫び声を上げた。
「別れる!!!!もう無理ぃ!」
彼女の悲痛な叫びが、機内に響き渡った。




