桜庭と紅桜
紅桜連太郎は人気者だ。
性格、体型、人種に囚われず誰とでも陽気に話すことができて、コミュニケーション能力は非常な高い。
先輩からだって気軽に話しかけられるし、後輩からだってそれなりの人気もある。
いつもニコニコしていて、金髪でサングラスが特徴的な彼は、友人が非常に多いように見える。
しかし彼には、ある秘密がある。
一見するとコミュニケーション能力の高い、ちょっとチャラチャラした陽気な人柄の彼は、何を隠そう、この日本支部の裏の人間、紅桜家の次男なのだ。
この日本支部に蔓延るクズ政治家や犯罪者集団、それらを駆除する仕事を生業とするのが紅桜家。
決して表には出てこない、日本支部で最も恐れられた集団。
8月某日。少し女の子っぽい香りがする室内に訪れた紅桜連太郎は、サングラスを拭きながら目の前に座る黒髪の少女を見た。
「何か用?」
連太郎の目の前に座る人物。
訝しそうに顔を上げた連太郎は、呼び出しておいて喋ろうとしない桜庭愛菜を睨みつけた。
「用…といえば用ですね」
恥じらうように頬を赤らめ、連太郎の視線から逃げ出す愛菜。
悠馬に切られた前髪が徐々に伸び始め、センスを疑うダサい眼鏡をつける少女。
連太郎とは真逆でクラスメイトからも、誰からも人気がない彼女は、彼と同じく、この日本支部の裏側の人間、桜庭家の長女だ。
敵対しているはずの紅桜家と桜庭家。
紅桜家は敵対しているつもりはないが、勝手にライバル視されている連太郎からして見ると、なぜ彼女から呼び出されたのか、見当もつかない。
「夏ですね」
「は?」
呼び出しておいて「夏ですね」などと言われた連太郎は、この会話の内容がイマイチ理解できずに首を傾げる。
愛菜はというと、ふざけているわけでも、連太郎を煽っているわけでもなく、ごくごく真剣な表情で言葉を切り出していた。
「帰るわ。俺そこまで暇じゃねえし」
「ちょ!待ってくださいよ!」
立ち去ろうとする連太郎のズボンを掴み、愛菜はおどおどとした表情で連太郎を引き留める。
危うくズボンがずり落ちそうになり動きを止めた連太郎は、めんどくさそうに振り返り口を開いた。
「あのなぁ?俺はお前と違って暇じゃねえんだよ。桜庭家はどうなのか知らねえけど、紅桜家は今日の夜も仕事!」
「そ、そんなのわかってますよ!夏休みですし!」
連太郎は今日の夜も仕事だ。
彼は学生だし、そんな彼がなぜ仕事なんてしてるんだ!って思うかもしれないが、今は夏休み。
元々無理を言って異能島に通っている連太郎は、今日の夜中は本土でお仕事。
本来昼間に寝ておきたいタイミングで呼び出された連太郎は、不満がピークに達している。
「気になる人ができた時ってどうすればいいんですかっ!」
メガネ越しに愛菜の青い瞳が、真剣に連太郎の方へと向く。
彼女の質問を聞いた連太郎は、動きをピタッと止めて数秒の思考停止に陥った。
え?あの桜庭の娘が気になる人?
合宿の時はあれだけ大口を叩き、裏の人間が光を求めるのは間違っているなどと豪語していためんどくさそうな女が?
顔を真っ赤にする愛菜を見下ろしながら、連太郎は振り返り床に座った。
「聞いてやろうじゃないか〜」
「くっ…頼れる人が貴方だけなんて…最悪です」
愛菜からすればライバルの連太郎に、自らお願いをするのは屈辱なのかもしれない。
しかし、以前と違うところもある。
合宿の時は生意気だった愛菜は、きちんと敬語を使っているというところだ。
愛菜は連太郎のことを認めているのか、ライバル視しているにもかかわらずきちんとした敬語で話している。
屈辱感を抱きながら顔を下げた愛菜は、何も敷いていない茶色のフローリングに座り、目を瞑った。
「気になる人ができたんです」
「誰?先に言えよ」
「急かさないでください!まずは馴れ初めを…」
「いらないね。飛ばせ」
「貴方に相談したのが間違いでした…」
「んじゃ帰るわ」
「わー!待ってくださいよぉ!」
馴れ初めからキャッキャしながら話したい愛菜は、結論だけ言うのが嫌だったのか勿体ぶって、その結果連太郎に話を聞いてもらえなくなる。
愛菜で遊んでいるのかニマニマと笑う連太郎は、半泣き状態で飛びつく彼女を見て楽しそうだ。
「暁先輩ですよ!あの人のことが気になるんです!」
「……あ、うん、諦めよっか?」
「どうしてですか!」
悠馬という単語が出た瞬間、連太郎は諦めモードに突入した。
意を決して切り出してくれたのかもしれないが、悠馬は女子から絶大な人気を得ていて、なんでもできる完璧超人だ。
挙句彼女は美人揃いだし、悠馬は現状に満足しているため、他の女に手を出そうなんて考えていない。
つまり
「はは、愛菜ちん、お前みたいな極貧まな板女は相手にされないよーん」
「ぐふっ!」
連太郎の言葉を聞いた愛菜は、血反吐を吐きながらその場に倒れる。
「胸…胸…私の…胸…」
青い瞳の奥を真っ黒に染めた愛菜は、絶望の色を濃くさせる。
連太郎の指摘した通り、愛菜の胸は残念なほど絶壁だ。
そう、例えるならアルカンジュと同じ。
髪を切って男性服を着れば、きっと美男子としてやっていけるような気さえする。
「なんの魅力もない愛菜ちんには無理っしょ〜」
「ひぐっ…」
さらに死体蹴りをする。
愛菜は裏で生きてきた人間のため、当然恋愛というものを知らない。
まず第一に、裏では女という性別が疎まれるため、愛菜はとてつもない苦労をして桜庭家次期当主の座にまで登り詰めたはずだ。
幼少より殺しの技術のみを学んできた彼女は、異性との付き合い方なんて詳しくないし、なんなら合宿で連絡先を交換したはずなのに、連絡をよこしていないことからもわかるだろう。彼女は気になっている人に連絡する度胸すらないのだ。
現状悠馬が振ることを知っている連太郎は、項垂れる彼女から眼鏡を奪い、そして度を確認する。
「伊達メガネ没収〜」
「ちょっと!返してくださいよ!」
「嫌だね〜、このクソダサメガネはこうだ!」
メガネを奪い返そうとする愛菜の前で、連太郎はニコニコと笑いながらメガネをへし折る。
「へっ…?」
「まずは自分から変えてこうな?メガネかけてるお前は悠馬に見向きもされないぜ?」
「……」
「あと髪切れよ。悠馬は地味な子よりも可愛くて明るい子が好きなんだよ」
「!!」
最初は諦めろなどと言っていた連太郎は、案外優しくアドバイスをはじめてくれた。
メガネを壊された凹んでいた愛菜は、連太郎のアドバイスを聞いて目を輝かせる。
「他は何かありますか?何をすればいいと思いますか?」
プライドを捨ててライバルに訊ねる愛菜は、気になるというよりも、もはや確実に惚れているご様子だ。
「意識させねえとなぁ〜」
「意識、ですか?」
恋愛で最も重要になるのは、意識をさせるということだ。
何しろ自分が告白する時、自分が話すときに意識されていなければ、それは記憶に残らないし、なにより異性として見られていないということだ。
意識をさせることにより、「あれ、コイツもしかして…」「あの子いいよな」と思うようになり、自然と告白を受け入れるように思い込みが進んでいく。
要するに恋愛は、良い印象と意識をさせた者勝ちなのだ。
これはイケメンじゃなくても、美女じゃなくてもできる戦法で、よっぽど嫌われていなければ成功する可能性はある。
「そ。愛菜ちんは悠馬に意識すらされてないからな。可愛い後輩程度の認識だと思う」
「じゃ、じゃあどうすれば…」
「修学旅行」
連太郎は待ってましたと言わんばかりに人差し指を突き出して呟く。
日本支部異能島の修学旅行は、2年の9月の末から10月にかけて行われる。
少し早い時期なのかもしれないが、行くところが行くところのため、比較的暖かい季節が選ばれるのだ。
しかし愛菜は、それを聞くと同時にある疑問が浮かんだ。
「私、1年ですよ…?」
そう、愛菜は1年だから修学旅行にはついていけない。
連太郎の話が読めない愛菜は、不安そうに彼を見た。
「悠馬からのお土産が欲しいってワガママ言うんだよ。大抵の男は、それで反応を見せる」
そりゃあ、接点もなく可愛くもない女の子に貴方からのお土産が欲しいんです!と言われたら「は?誰が買って行くかよ」となるかもしれないが、男っていうのは可愛い女の子にお願いされると、一言二言会話を交わしただけの相手でも、ホイホイと承諾してしまうのだ。
つまり悠馬だって、愛菜からお願いされれば「そのくらいなら…」とお土産を買って来てくれるはずなのだ。
そしてこれは、お土産を買うとき、○○ちゃんはどれがいいかな…と真剣に考えさせることにより、無意識化に自分の名前を刷り込ませることができる。
無意識に意識させるようにするためにはまず、自然に相手に名前をリピートさせなければならない。
それがお土産ではできる。
ニンマリと笑う連太郎は、息を呑んだ愛菜を見て床をコツンと叩く。
「悠馬は金持ってるし、そこまで性格も悪いわけじゃないから多分承諾してくれるはずだ」
「ほ、本当ですか?」
「ん。あとはお前の好感度と、悠馬の機嫌次第だな」
「機嫌?」
「そ。愛菜ちんは機嫌良いときにお願いされるのと、悪いときにお願いされるの。どっちがいい?」
「そりゃ、良いときに決まってます」
突然何をと言いたげに連太郎の問いかけに答えた愛菜は、ごくごく普通の返答をした。
「あ!」
「そゆこと」
機嫌が悪いときにお土産欲しいな、なんて突然連絡が来たら、「何お前?」と、好感度に関わらず拒絶される可能性が高い。
しかし機嫌が良ければ、たとえ嫌いな人間からお土産が欲しいと言われても、その時の気分で買ってしまうことすらあるのだ。
愛菜が悠馬の中でどの好感度に位置しているかわからないため、ここは無難に機嫌の良いときに連絡したほうがいいだろう。
新たな情報を手にした愛菜は、シンプルな部屋の中で深く頷きながら携帯端末を取り出した。
「善は急げと言いますし、今すぐ連絡したほうがいいですか?」
「そだな」
愛菜は携帯端末を取り出し、プルプルと震える手で悠馬の連絡先を表示する。
合宿の時、フィールドワーク班の集合写真が送られてきた時以来の連絡だろうか?
優しい声をかけてくれた悠馬を脳裏に再生しながら文字を入力する愛菜。
お久しぶりです、暁先輩
2年生はもうすぐ修学旅行ですね
そんな2行を悠馬へと送信する。
「なに?そのスパムメールの定型文みたいなの」
よくあるスパムメールをなぞったような文章に引き気味の連太郎。これでURLの1つや2つ添付されていたら、悠馬だってスパムメールだと思うだろう。
いや、そんなことよりも、こんなクソみたいな文章を気になる異性に送りつける愛菜のメンタルと精神が異常だ。
そんなことを考える連太郎に対し、至って真面目の愛菜は、携帯端末にメール着信があったことに気づく。
「やった!見てください!」
嬉しそうに連太郎へと携帯端末の画面を見せる愛菜。
連太郎は端末に記されている文字を見て、首を傾げた。
お土産欲しいの?いいよ。買ってくる
たった1行の素っ気ない文章ではあるが、あの悠馬が分かりにくい愛菜の文章でお土産が欲しいと察せたのが異常だ。
鈍感クソ野郎の異名を持つ悠馬にしてはやるというか、なんというか…
微妙な表情を浮かべる連太郎は、それ以上は考えても無駄だと判断したのか、歓喜する愛菜を横目に呆れたように目を閉じた。
「とりあえず、おめでとさん」
次回、修学旅行




