本当に申し訳ないんだけど…
真っ暗な空間に、1人佇む。
いつでも明るくできる空間ではあるものの、まだまだ暗い空間の方が落ち着く悠馬は、自身の精神世界の色を変えようとはしない。
だって白だと眩しそうだし。
こっちの方が現実と区別があって良さそうじゃん。
そんなことを考える悠馬は、自身のイメージで柔らかそうな椅子を生成し、それに座る。
「おい、クラミツハ。お前まだいるんだろ?」
悠馬はそう呟く。
しかし返事は返ってこない。
混沌との300年に渡る永き戦いは、悠馬がセカイを手にしたことにより、終止符を打たれた。
そして邪神と思しい存在は、黒咲が崩壊させた。
戦いは終わったのだ。
神々の戦い、そして人の戦い。
数百年間に及ぶ役目を終えた神々は、おそらく神界へと帰るのだろう。
その前に一言、感謝の気持ちを伝えたかった。
神と人の契約はもう必要ない。
なぜなら人が倒すべき存在も、神が打倒したかった存在も、もうこの世界にはいないのだから。
「…はーあ。せっかくこれまでのこと労おうと思ってプレゼントまで用意したんだけどなぁ」
数分の沈黙の後、悠馬は態とらしく大きな声でつぶやいた。
「…プレゼント?何用意してくれたの?」
「やっぱりいるじゃねえか」
真っ暗な空間に現れる、モヤのような存在。
クラミツハは基本的に好奇心旺盛で、面白いことに目がないため、何かがあると言われたら欲に負けて直ぐに現れる。
今のように。
簡単な手に引っかかってしまったクラミツハは、頭を抱えながらその場へとうな垂れた。
「うぅ…私、悠馬の淋しがる姿見ようって思ってずっと隠れてたのに…」
「ハッ、お見通しだよバーカ。どうせ俺がしょんぼりした姿みて、おちょくるつもりだったんだろ」
契約者を敬うというか、コイツには決定的に人の心を気遣う気持ちが足りていない。
いじけるクラミツハを見ながら冷たい言葉を投げかけた悠馬は、いつもと違い、少し嬉しそうに見えた。
「ユウマ、ひどい!こんな美貌溢れる神様に向かってバカだなんて!」
「…はい。これ」
「え?ナニコレ」
悠馬に何かを渡されたクラミツハは、態とらしく喚くのをやめ、プレゼントのようなものを興味深そうに見つめる。
「本当に何か用意してくれたの?」
クラミツハは自分を釣るための罠、冗談だと思っていたが、悠馬はきちんと彼女へのプレゼントを用意していた。
そりゃあ、確かに何度も面倒な神さまだって思ったことはあったけど、それ以上に感謝している。
だって4年以上も一緒に過ごしてきたんだ。これで何も渡さずさよならできる方がどうかしてる。
唯一残念なことがあるとするなら、神々は現実世界での実体化が厳しく、クラミツハは実体化出来ないため、精神世界で創作したプレゼントしか渡せないことだ。
つまり形に残るプレゼントを贈ることはできない。
「…まぁ…な」
反抗期の息子が母親にプレゼントを渡す時のように、悠馬は照れ臭そうにそっぽを向いた。
いつもならばそんな悠馬を見ておちょくるはずのクラミツハも、何もわずに、プレゼントの箱包を開いていく。
「…!」
「…お前、ケーキ食べてみたいって言ってたろ…俺はケーキなんて食べる暇ないから無理だって断ったけど…彼女ができてから…色々ケーキを食べたんだ」
以前復讐が最優先だった悠馬は、ケーキなんて食べなかった。
だって復讐のためには必要ないし、何より1人で食べるケーキなんて美味しくないから。
でも今は違う。
彼女たちと1年と少し過ごし、悠馬はいろんなケーキを食べた。
そして彼女に贈るのは、その中でいちばんおいしいと感じたケーキのイメージ。
悠馬がイメージしうる最高のケーキを、クラミツハへと贈った。
「……食べて欲しい」
「うぅっ…ひっぐ…ユウマぁ…貴方…大人になったのね…」
「泣くなよ…」
悠馬の成長が、母親のように嬉しいのだろう。
数百年、いや、数千年以上生きてきた彼女たちからしてみるとわずか数秒のような感覚の契約なのかもしれないが、それでも彼女は、クラミツハは人との対話を大切にしてきた。
人を使い捨ての駒として契約する非道な神もいる中で、彼女は優しい神として、悠馬のそばにあり続けたのだ。
人としての成長は、嬉しさと悲しさの二面性を感じる。
だって大人になるってことは、これまで怒っていたことに反応されなくなったり、趣味が変化していくことなのだから。
だからいつまでも、同じままではいられない。
嬉しさもあるが、悲しさもある。
涙を零すクラミツハを見てしゃがんだ悠馬は、その場にテーブルを生成して、椅子へと彼女を座らせた。
「…今日はヤケに優しくない?」
「…そりゃあ…」
もうこうして、精神世界で仲良く過ごせる時間も残されていないんだ。
役目を終えた神は、きっと帰ってしまう。
それが契約の途中なのだとしても、大願が成就した今、彼女たちがこの世界に居座り続ける意味はないのだから。
口にできない悠馬は、椅子に座ると俯きながらテーブルに寝そべる。
「……静かだなぁ」
「そうね。いつも騒がしかったから。こんなに静かなのは、いつ以来かしら?」
「騒がしくした原因が他人事みたいに話すなよ…」
「ははは、でも、楽しかったでしょう?」
彼女の凛とした声を聞いて、悠馬は言葉を詰まらせた。
楽しかった。
ついに過去形になってしまった。
それは暗に、もう二度と楽しい空間にはならないと、そう言われているような気分だった。
「……やっぱ、無理だよなあ…」
「ぇ…」
頬に涙が伝う。
泣かないと決めていたはずなのに、いつも通り見送る筈だったのに、それができなくなってしまった。
4年と少し。それは短くも感じるが、その4年と少し、彼女はずっとそばにいてくれたのだ。
家族のような関係だと思っていた。
「ありがとう。クラミツハ」
正直、1人だとここまで来れた自信はない。
だから居なくなる前に感謝させて欲しい。
頭を下げた悠馬は、そのまま静かに顔を上げる。
クラミツハは呆気にとられたような表情で止まっていた。
「お前が居てくれて…お前と契約できて良かった。クラミツハは最高の神様だ」
いつもはバカにされそうで言えない言葉も、今日だけは言おう。
残された時間の中、終わりが見えた時間の中で、悠馬は涙を流しながら契約神へ感謝した。
クラミツハはと言うと、バツの悪そうな表情で、少し焦った様子で頭を抱えていた。
その表情は、悠馬との別れを惜しんでいるようには見えない。
「クラミツハ…?」
「あ、あの〜、ユウマ?怒らないで聞いて欲しいんだけどさ」
「なに?」
「本当に申し訳ないんだけど、なんか今生の別れみたいになってるけど…私、貴方が死ぬまでここにいるからね?」
「へ?」
申し訳なさそうに話すクラミツハは、おちょくっていると言うよりも悠馬が怒らないか心配しているようだ。
え?なんで?
だって神々の悲願は混沌の打倒と邪神の消滅なんじゃないの?
「…言いづらいけど、邪神が完全に消失したのかわからないし、念のためよ」
「あー…なんだよ、ソレ」
タルタロスの時、なんかお別れ感出してたから勝手に拡大解釈して1人だけ恥ずかしいことしてただけじゃん。
クラミツハの話を聞いた悠馬は、彼女との関係がまだまだ続いていくのだと知り、恥ずかしそうに涙を拭う。
「それに、もし仮に私がお役御免になったって…貴方が眠りにつくまで、側に居てあげる」
「…照れるな」
神々の役目が終わったとしても、クラミツハは最後まで居てくれるらしい。
悠馬はその言葉を聞いてから、嬉しそうに頬を緩めた。
「ケーキ、食べていい?」
「うん…お別れ用に用意してたけど、それやっぱり今までのお礼ってことで」
「わーい!」
コイツは悠馬が、お別れじゃないならケーキを返せとでも言い始めると思っていたのだろうか?
両手を上げて喜ぶとクラミツハを見ながら、悠馬はこれまでどおりの日常が続いていくのだと実感する。
これもこれで、案外悪くない。
最初こそ、いや、最近までこの契約もちょっと嫌だな。なんて思うことはあったが、そんな感情はもう消え失せたし、なんなら眠る前に毎日ケーキを持ってきてもいいくらいだ。
「なにニヤけてるの?なに、ようやく私の魅力に…」
やっぱりケーキを毎晩持っていくのは止めることにしよう。




