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ここは日本の異能島!  作者: 平平方
アフターストーリー
356/474

こんな私だが

「…え…?」


 落ち着いた曲調の曲が流れるレストランの中で、夕夏は大きく目を見開き、そして硬直してしまった。


「…っ…」


(ミスった。口に出した。

 周りが進展し始めたからってそれを見て焦って口に出してしまった。


 正直、周りに対する嫉妬だと思う。

 寺坂と鏡花の恋愛に夢中な夕夏を見て、自分よりも優先されている彼らの恋愛に嫉妬した。


 情けない男だと思う。本当に)


 言うはずのない言葉を、2年先にとっておくべきだった言葉を告げてしまった悠馬は、目を逸らしながら席を立とうとした。


「ごめん…俺先に帰る」


「待って」


 こんな空間に居たくない。

 まだ精神的には未熟な悠馬は、この場にいれば更なる焦りを感じ、失言や心無い言葉を口にしてしまうかもしれない。


 それだけは絶対に避けたい。

 大好きな人に思ってもない言葉をかけたり、これから先に言おうとしている告白を告げるのは嫌だ。


 この場から逃げ出そうとした悠馬に対し、夕夏は柔らかな手のひらで、悠馬の手を優しく包んだ。


「今日の悠馬くん、少し変…」


「…ごめん。焦ってるんだ」


 悠馬は観念したように、肩を竦めた。

 彼女の前では、取り繕ったって何をしたって意味を成さない。


 だって彼女たちにはもう、嘘をつきたくはないから。


「焦る?」


「…寺坂総帥も、鏡花さんも…正直甘く見てたんだ。…だって2人はまだ付き合ってすらないし、いきなりプロポーズだろ?…俺さ、寺坂総帥に色々相談受けてたから…なんだか相談を受けてた人が、俺より先に行くのが怖いんだ」


 ゲームやスポーツで例えると、これまで自分が色々と教えて来た初心者が、気付けば自分を追い越して先にいるような状況だ。


 当然焦りや不安を感じる。

 アイツはあんなに成長してるのに、俺はこのままでいいのか。どうやったらあんな風になれるのか、と。


 誰だって自分の努力を、成長を追い越されるのは怖い。


「碇谷と真里亞もだ…なんだかみんながプロポーズしたり、付き合ったりして行く中で…俺だけ今のままでいるのが怖い」


 プロポーズは2年後と決めていたが、その決意が揺らいでしまうほどの焦りを感じた。


 だから言ってしまった。

 今プロポーズしたらどうするのか知りたくて。


「そっか。…焦ってるんだ」


「うん…あと嫉妬した。夕夏が寺坂総帥と仲良く話してるのを見て…俺なんかよりも、距離が近くて…」


「…ごめん。…私も周り見えてなかった」


 自分のことを兄のような立ち位置で育ててくれた寺坂のプロポーズということもあって、夕夏は周りが見えなくなってしまっていた。


 それは否定できない。

 悠馬がいることも知らずに寺坂に接近したり、夫婦のように見送ったり。


 それは夕夏からしてみれば兄妹のような感情だったが、悠馬からしてみると浮気をされているような気分になるのも、理解できた。


「さっきの悠馬くんの話…」


「忘れてくれ」


「私、今プロポーズされても絶対に受けるよ。だって私が好きなのは、愛しているのは悠馬くんだけだから」


 悠馬が帰って来たあの日から、ソフィアと朱理がゲームをしていた時の悠馬の発言を聞いてから、夕夏はずっと決めていた。


 悠馬にプロポーズされた時の返事を。


 ここで思い切って思いを打ち明けた夕夏は、胸元を手で押さえながら息を吐いた。


「私は悠馬くんと結婚したい」


「…!!」


 なんだか、悩んでた自分が、焦っていた自分が馬鹿みたいだ。

 思ったよりもずっとはっきりと自分の思いを口にする夕夏を見て、悠馬の心の曇りは一気に晴れた。


「おや?いい雰囲気ですね。そういう雰囲気を見ると、邪魔したくなりますよね?碇谷くん」


「ああ…!真里亞さんの言う通りだぜ!やーい、暁、鼻の下伸びてんぞー」


「チッ、お前ら…!」


 悠馬が夕夏の手を引き、急接近したタイミング。

 夕夏も悠馬が何をしたいのかの意図を組み、瞳を閉じると同時に妨害を始めた真里亞は、以前と変わらぬ嗜虐的な笑みを浮かべている。


 彼女はどうやら、悠馬と夕夏をいじって遊びたいようだ。


 いい雰囲気をぶち壊された悠馬は、歯ぎしりしながら2人を睨んだ。


「もう…真里亞ちゃん、今は2人だけの時間にさせてよ…」


「あらすみません。ついつい妬いてしまいました」


 悠馬が嫉妬したという言葉を聞いてか、真里亞は馬鹿にしたような笑みを浮かべながらチラチラと様子をうかがう。


 こいつぅ!

 反応を見て楽しまれていることに気づいた悠馬は、夕夏から名残惜しそうに手を離し、向かいの席に座った。


「…あれ?寺坂総帥と鏡花さんは?」


「え!?あれ!?」


 席に座ってから気づく。

 さっきまで遠くに座っていたはずの、寺坂と鏡花の姿がないことに。


 自分たちの話に夢中になっていた夕夏と悠馬は、慌てて周囲を見渡すと、寺坂たちがその場から完全に消えていることを知り、席を立った。


「ついでだ。お前らの分も払っといてやるよ」


「は?いいのかよ?」


 真里亞と碇谷のおかげで、夕夏との想いを再認識できたと思う。

 そのお礼だと言ったらお粗末かもしれないが、碇谷の耳元でそう囁いた悠馬は、足早に会計へと向かう。


 きっと男の碇谷ならば、この高級レストランで奮発して奢りでもするはずだろう。


 将来的にはヒモになりそうだが、まだまだ真っ当な人間の碇谷ならば、きっと親に土下座して頼み込んでお金でも借りて来たはずだ。


 彼の財布の状況も予測しながら、悠馬は会計を済ませ、夕夏と小指を繋ぎエレベーターへと乗った。



 ***



 夜の異能島を、2人きりで歩く。

 程よい距離感で歩くスーツ姿の2人は、恋人同士というよりも、同じ会社に通う男女という言葉が似合いそうな雰囲気で、互いに無言のまま歩いていた。


 きっと、後ろから写真を撮られ、これはカップルに見えますか?と聞かれたら、10人が10人、カップルに見えないと答えることだろう。


 それほどに、程よい距離感が開いていた。


「陽…ありがとう。美味しかった。ごちそうさまでした」


「い、いや…いつも世話になっているからな…こういう時こそ、恩返しをしなければ…業務に見合った報酬というやつなのか?」


 あくまで業務的な恩返し。

 総帥と総帥秘書という仕事の延長線のように話す彼の言葉には、鏡花への恋愛感情を一切感じさせない。


 寺坂は黒髪を風に揺らしながら、鏡花へと手を伸ばすが、その手を途中で止めてポケットの中へと入れる。


 その仕草がどうにももどかしくて、もし仮にここに悠馬が居たのならば、強引に寺坂の手を引いて鏡花と繋がせたことだろう。


「…そうか」


 業務的な報酬だと聞いた鏡花は、少し不服そうだ。

 彼女のここまで来て建前を使ってくるのかという訴えかけるような視線は、どうやら寺坂には届いていないらしい。


「陽、お前はもう少し、自分の気持ちを素直に話した方がいい」


「……だがそれではセクハラやパワハラになる」


 個人的に、業務抜きでお前と話したかった、なーんて言えば、興味のない人からしてみるとセクハラだと騒がれるかもしれない。


 鏡花は総帥秘書という立場上、寺坂に強く反抗することはできないし、本音で話せば、嫌がる彼女を無理やり…なんて可能性もあるわけだ。


 世間でセクハラやパワハラに対して厳しくなっている以上、下手な言動は避けたほうがいい。

 それが寺坂の中での普通だった。


「私がその程度で騒ぎ立てる女に見えるか?」


「…どうだろうか」


「私は嫌な時は嫌だと断る女だぞ?」


「はは、そうだったな。以前断られた」


「そうだ」


 鏡花に断られた経験のある寺坂は、苦そうな表情を浮かべた。


 何気ない会話で、徐々に打ち解けていく。

 総帥という仕事に慣れきって、そして総帥秘書の鏡花とは業務的にしか関わって来なかった寺坂は、彼女の話を聞いてから距離を近づけた。


 今の話から察するに、鏡花は距離を近づけたって、セクハラだなんだと騒ぐようには感じない。


「…実は、個人的に鏡花のことが気になって誘った」


「ふっ…だろうな。顔に書いてある」


「な…!」


「実際に書いているはずがないだろ。言葉のあやだ」


 ここまでくれば、どんな鈍感でも仕事のことでの夕食会じゃないということはわかる。


 寺坂は両想いだということに気づいていないのかもしれないが、鏡花は今日、寺坂が何をしようとしているのかも感づいているため、ちょっとだけリードしている気分だ。


「学校の先生には慣れたか?」


「そうだな…まぁ、それなりには、な」


「何処か行きたいところはあるか?」


「特にはないが…叶うなら、大きな家でゆっくりと休む時間が欲しい」


「ほう」


 鏡花の理想に興味深そうな反応を示す。

 結婚すれば専業主婦になってもらって、家で帰りを待ってもらうのも悪くはない。


 暖かな家庭を思い描く寺坂は、星々の煌めく夜空を見上げ、大きな道路を歩く。


 時刻は20時を回り、車の通行は極めて少ない。

 もともと大人が少ない異能島でこの時間まで残っているのは警察官や教師陣、そして飲食店業の大人たちくらいだ。


 当然、高校生で免許を取っている学生もいないため、この時間帯は道路を歩いても車にはぶつからない。


 潮風の香る、少しだけ肌寒い道路を歩く鏡花はふと、この道を通っていることに疑問を感じた。


「陽…お前の予約したホテルは、真逆じゃないか?」


 寺坂の横を何も考えずに歩いていたが、この通りにホテルがないことも、遠回りになることも理解していた。


 何しろここは鏡花が好きな穴場の近くであり、バス停もなければ、人通りもないのだから。


「…はは。鏡花。私たちは学生じゃないんだ。補導なんてされはしない」


「…そうだった」


 いつもならば食事を終えたら、その場で別れて帰路へと着いた。

 しかし今は違う。


 やはり、予想していた事態は避けられないらしい。


 いつもと違い、まだまだ帰る気のなさそうな寺坂の仕草を見て、鏡花はどうしようもない嬉しさに襲われた。


 叶うのなら、今すぐに抱きついて想いを告げたい。

 これまで抑えてきた感情が、彼の気持ちを知ってから日に日に抑えられなくなってきている。


 こんな気持ちになった理由は、どうしてだろうか?


「ああ…」


 きっとそれは、教え子たちの何気ない会話を、恋の話を聞いて、彼女も羨ましいと感じていたからだろう。


 幸せそうに、初々しく話す少年少女の声は、いつだって心に訴えかけてきた。


 ちょうどカーブへと差し掛かり、鏡花は満足そうに砂浜へと向かう。


 遊泳禁止だし、そもそも夜だから海に入れないが、この場所が好きだから。


 月明かりに照らされる、どこまでも続く水平線。

 自然にできたトンネルを横目に砂浜へと降り立った鏡花は、高鳴る鼓動を手で押さえ、そして振り返った。


「鏡花…私は…こんな私だが…」


 来る、来てしまう。

 予想通り、鏡花の恐れていた状況になる。


 しかし鏡花は焦りと不安よりも、どうしようもない充実感と満足感に押し潰されそうになっていた。


「君に見合う男になると誓う。まだまだ未熟だし、お前がいないと何もできない愚鈍な総帥ではあるが…生涯をかけて君を幸せにすると誓う!だから…」


 寺坂は跪き、ポケットから青い小さな箱を取り出す。


 彼らは道路脇から見守る影があることなど、気づきもしない。


 鏡花は胸に当てた手をギュッと握りしめて、寺坂が開いた箱の中身を見た。


「私と結婚してほしい」


「……陽。すまんが今は無理だ」


 この指輪を受け取って、このプロポーズを受けたい。

 胸が張り裂けそうな気持ちになりながら、鏡花は吐き捨てるように、押し出すようにつぶやいた。


「っ…」


「え!?えっ?」


「あれで失敗すんの?」


 道路から見守っている夕夏と悠馬は、わけがわからなさそうに顔を見合わせた。

 あの2人が両想いだったことは確定だ。なのに鏡花がなぜプロポーズを断ったのか、理解できない。


「私は…バカで愚かな教え子たちに…最後まで教養を身につけてほしいと思っている。…私は今、教師という仕事に、真剣に取り組みたいんだ。だから陽の気持ちを今ここで受け取ることはできない」


「………そうか」


 満を持してのプロポーズ。ようやくここまで漕ぎ着けたのに、そこで拒否されてしまった寺坂は、顔面蒼白で今にも気を失いそうだ。


「だけど…あと1年と半年…バカな教え子たちが卒業するまで…付き合うことはできる」


「な…!」


 教師の仕事をする上で、結婚は無理だ。

 しかし結婚は無理でも、付き合うことはできる。


 教え子たちが卒業し、鏡花が教師としての仕事を終えるまであと1年半。


 鏡花の言葉を聞けば、どんなバカだって彼女が求めている答えはわかった。


 1年半の交際ののちに、プロポーズを受けたいという、彼女なりのワガママだ。


 なんだこの女、図々しい。早く結婚しろなどと思われるかもしれないが、鏡花は自分の気持ちをきちんと告げた。


 顔を上げた寺坂は、指輪の箱をしまいながら立ち上がると、顔を真っ赤にして鏡花を見つめた。


「い、いいのか!?」


「ああ。すまん…煮え切らない返事で…でも私も、お前のことが好きなのは事実なんだ」


「いや…!付き合えるだけでも、嬉しい!」


 遠回しにはプロポーズが成功したわけだし、これはもう実質プロポーズが成功したようなものだ。


 1年半後にプロポーズが成功するのが確定した寺坂は、歓喜するように彼女の手を握り、そして引いた。


 寺坂が手を引くと同時に、鏡花はバランスを崩し、彼の胸元へと飛び込んだ。


「な…!」


 それは寺坂と鏡花が総帥、総帥秘書という関係になってから、両想いになってから約4年の時を経てから成就した恋愛。


 初々しくファーストキスを奪った寺坂は、凛々しいというよりも、初々しい子供のように見えた。

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