プロポーズ大作戦2
「ネクタイ曲がってる!」
「あ、ああ…すまない…」
夕夏にネクタイを戻される寺坂を見ながら、悠馬はつまらなさそうな表情をしていた。
(朝の出勤でネクタイを戻してもらうのは、俺の役目のはずなのに!)
目の前で自分の彼女にやってほしいことを奪われた悠馬は、かなり不機嫌だ。
好きな女が目の前で新婚夫婦のような行動をしたのだから、嫉妬もするだろう。
しかも相手は自分よりも鈍感で女心もわからない寺坂だ。
「これではまるで私と夕夏が夫…」
「夫…?」
夫婦といいかけたところで、寺坂は悠馬の殺気を感じ取って言葉を躊躇う。
人の彼女に向かって、彼氏の前で俺たち夫婦みたいだな!なんていう奴が居るか!?
なんかコイツと一緒にいるとムカついてきた!
ここまでサービスした挙句に、まさか夕夏が寝取られるような展開(感覚)になった悠馬は、寺坂に瞬きでモールス信号を送る。
つぎはないぞ と。
次なんか変なこと言ったら、雷切だ。
コイツ絶対ぶった斬る。
相手が総帥だということも最早関係ない悠馬は、やるときはやる男だ。
レベル的にはもう、寺坂など取るに足らない相手。
すでに現異能王のエスカをも凌ぎ、混沌をも倒した悠馬のレベルというのは、悪羅と同格。つまりレベル99という神の領域に到達しているのだ。
危うく口を滑らせ、首を飛ばされそうになった寺坂は、悠馬のサイコパスな笑顔を見て、口を噤んだ。
これは冗談で言っても許されないヤツだ。
もしかすると、プロポーズの相談をする相手を間違ったのかもしれない。
ようやく自分の間違いに気づいた寺坂だが、もう遅い。
時刻はすでに夕方を過ぎ、今から鏡花と会わなければならない。
そんな今のタイミングで人選ミスに気づいたところで、ポーズはできないのだ。
「いや、なんでもない。それじゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい、頑張ってね」
「ぁぁぁぁああっ!」
緊張した表情で去っていく寺坂と、それを嫁のように見送る夕夏。
そんな2人の関係を見た悠馬は、ベッドに飛び込むと枕を口に当てて大声で叫んだ。
(チクショウ!アイツまじでなんなんだ!
夕夏のファースト「行ってらっしゃい、頑張ってね」は俺のもののはずなのに、横取りされた!!)
「どぉぉしてだよぉぉお!」
自分の憧れる夫婦のような関係を、彼女と苦手な男の2人にされた悠馬は、目を白黒させながら足をバタバタとさせる。
「悠馬くん?」
寺坂を見送り、戻ってきたであろう夕夏。
そんな彼女は、一人で発狂する悠馬を見て首を傾げた。
何かいいことでもあったのかな?
夕夏は心の中でそんなことを考えるが、悠馬に起こっていることは真逆の不幸だ。
「夕夏…」
「んん?」
「ちょっと止まって」
悠馬が半泣きの表情でそう呟くと、世界の時間が止まる。
「さすがセカイ…じゃなくて、ちょっと落ち着く時間をくれ」
悠馬の手に入れたセカイという異能は、全てに優れた万能の異能だ。
ティナや混沌が欲しがる理由も納得できる。
何しろ異能を発動させようと思って、体に体力を流してから外へと放出するのが従来の異能、普通の人間の異能なのだが、悠馬のセカイは発動させようと思った時点で発動させることができる。
つまり雷切を放とうとして、身体からデバイスに体力を送り出す過程がなくなり、雷切を放とうとした時点で、雷切が放てる状態になるのだ。
だからおそらく、誰よりも早く異能を使うことができるし、こうしてこれまで使えなかった、ぶっ壊れた異能を使うこともできるのだ。
「止まってる夕夏も可愛いなぁ」
ニッコリと満足そうな夕夏を見て、心を癒す。
「止まる?私の顔、何かついてるかな?」
「え?あれぇ…?」
セカイって、なんだっけぇ…?
初代異能王の説明的に、おそらくこの世界で最も強い異能だし、神をも超える力のはずなのに、夕夏は普通に動いている。
え?なに?これって俗にいう、これがダイヤモンド(セカイ)ですって言われて、偽ダイヤ(偽セカイ)掴まされちゃった感じですか?
状況がよく理解できない悠馬は、夕夏が物語能力を保有しているということを忘れ頭を抱える。
「あ、もしかして悠馬くんセカイを使おうとしたの?」
「…そういうことか…」
夕夏はセカイの下である物語能力を保有している。
悠馬の最初の言動が聞こえていないあたり、やはりセカイの方が優遇されるようだが、物語能力保有者である夕夏は、悠馬の意思に関係なく、一定時間でかけた異能が解除されるようだ。
「悠馬くん?」
「いや。なんでもない」
「えー、気になるなぁ…」
セカイの話はソフィアが来た時にしていたから良かった。
隠し事は悪羅と自分の関係性以外なにもしていない悠馬は、困ったような表情をする夕夏の頭を撫でる。
「時間を止めて夕夏にイタズラしようと思ったんだ」
「え!?」
「はは、冗談だよ」
「もうー!私の反応見て遊ばないでよ!」
夕夏の反応は、いちいち純粋で可愛らしい。
イタズラと聞いて、水をかけられたり、脅かされたりを考えた夕夏は、悠馬の冗談を聞いてプンスカと頬を膨らませた。
「ごめんね」
「もう知らなーい!」
可愛い!なんだこの生き物!
頬をぷくーっと膨らませながら悠馬の様子をチラチラと伺う夕夏は、怒っているようなそぶりを見せているが怒っていないのがバレバレだ。
悠馬が冗談を言ったお返しに、本気で怒っているように見せたいのだろうが、全然怒っている表情ができていなくて可愛い。
しかしここは、乗ってあげた方がいいのだろう。
夕夏の思惑通りに動く悠馬は、申し訳なさそうに頭を下げて謝罪をした。
「ごめん。許してほしいな…」
「じゃあ今日1日は私のいうこと聞いて!いーい?」
はい可愛い。結婚しよう。
どんなワガママが飛んでくるかと思えば、可愛らしい命令を下された悠馬は、和やかな表情で微笑んだ。
「うん。わかった」
***
(確かに俺は、夕夏の思惑に乗り、彼女の言うことを今日一日聞くことを約束した)
しかし!しかしだ。
薄暗い照明が店内の雰囲気を大人のように感じさせる、高級レストラン。
マリアとディナーをした場所へと再び訪れた悠馬は、悠馬の方ではなく、反対側を向いている夕夏を見て項垂れる。
こんなのあんまりだ!
今ようやく、通がドーナツ屋のお姉さんにフラれた時の悲しみがわかったかもしれない。
似てはいるが全く違う悲しみを感じる悠馬は、一番奥の席でディナーを楽しむ二人を見た。
そこに座っているのは、寺坂と鏡花だ。
夕夏はお願いと称して、寺坂たちと同じディナーに悠馬を連れてきたのだ。
てっきり二人きりのデート、夕夏のワガママだなんて思っていた悠馬は、かなりショックを受けている。
なにしろ夕夏は会話は一切せず、ずっと鏡花たちの方を向いているし、正直悠馬が来た意味がない。
ただの同伴者、付き添いのような立ち位置になってしまっている悠馬は、一人寂しくステーキを口に運ぶ。
(ステーキはいいよな。俺の今の気持ち、なにもわからねえんだろ?)
ついにステーキとの対話を始める悠馬は、今日1日でかなり病んでいるのかもしれない。
「夕夏…」
「シッ、悠馬くん。今いいところだから」
「うぅっ…」
これまで悠馬が焦らしていたようなこの関係も、今日ばかりは立場が逆転している。
夕夏に黙らされた悠馬は、唇を噛み締めながらフォークを握った。
(プロポーズなんて大嫌いだ!クソ!俺の可愛い可愛い彼女にあんな言葉を吐かせ、挙句にこんな仕打ちまでしちまうプロポーズなんてこの世からなくなれ!)
プロポーズへと怒りを滲ませる悠馬は、寺坂と鏡花になど目もくれない。
正直、悠馬の場所では声は聞こえないし、できることは口の動きと表情を見て、なんの話をしているのか予測するくらいだ。
それに実は悠馬は、すでにあることを決めていた。
寺坂がプロポーズをすると言い出す以前から、いや、戦争が終わりこの島に帰って来た時点で、悠馬は自分の誕生日と同時に彼女たちにプロポーズすることを決めていたのだ。
場所だって勝手ながらもう決めているし、どう言うシチュエーションで切り出すのかも決めている。
実は胡散臭い結婚コンサルティングの動画だって見たし、怪しいサイトの情報だってきちんと精査した。
だからポンコツ(寺坂)から学べることなんて、多分なに一つない。
例えば数学者が、数式を知らない人の公式から学ぶことがあるだろうか?
厳密に言えば、新たな公式が発見され学ぶと言う可能性もあり得るが、まぁそんなことはあり得ない。
完全な消化試合を目の前にしている悠馬は、ゲートを発動させ、白い箱に入った何かの蓋をあける。
「……」
そこにはプラチナの指輪が2つ、入っていた。
もちろん、これは夕夏に渡すためのものだ。
最初は彼女全員お揃いに統一した方がいいんじゃないか、なんて思っていたが、みんなお揃いなんてプレミア感も特別感もへったくれもないし、魅力的だなと思いながらも、それぞれ似合いそうな指輪を選ぶことにした。
夕夏は純白、最もシンプルなデザインだが、彼女のまっすぐな性格によく似ている指輪を選んだ。
渡すのはまだ先だから名前は彫られていないが、一応買っている。
「んだ?お前プロポーズすんのか?」
「あ?うるせぇよ喋んな」
背後から聞こえて来た声に振り返った悠馬は、指輪をゲートで仕舞いながら、碇谷を睨みつける。
そして数秒の硬直に陥った。
「…なんで平民のお前がここにいるの?」
「誰が平民じゃボケ」
碇谷は実家が金持ちなわけでも、夏休みの間にギャンブルで大儲けをしたわけでもない。
いつも通り、平均の平均の平均を貫く男、碇谷がなぜこんな金持ちしか集まらないディナーにいるのかわからない悠馬は、振り返った先の、碇谷の反対のテーブルに座る人物を見て、全てを察した。
「真里亞…お前か…」
こっち見んな!と言いたげに悠馬を手で払う仕草をする真里亞を見て、悠馬は前を向く。
「おい暁、奇遇だな。お前もデートか?」
悠馬と対等な立場になったとでも勘違いしている碇谷は、自分が可愛い女子を連れて高級ディナーに来ているから鼻高々だ。
「バカリヤ。アドバイスだ。彼女といるときは、例え友人がいたとしても彼女を優先しろ。デート中だろ」
真里亞の仕草を見てから、碇谷がこっちに意識を向けないようアドバイスをする悠馬。
せっかく真里亞が勇気を出してデートに誘ったのだろうから、そんな彼女の努力を無駄にするわけにはいかない。
「お、おう…そうだな…」
デート中だと言われた碇谷は、1年前の荷物運びデートと違い、きちんとしたデートだと認められたのが嬉しかったのか、鼻の下を伸ばしながら前を向いた。
コイツ、チョロい。
まぁ、このくらいチョロい方が結婚した後に扱いやすいだろうし、真里亞はいい男を見つけたんじゃないだろうか?
しっかし、真里亞が碇谷をなぁ…
真里亞が可愛いことは悠馬でもわかるし、選び放題の容姿、学力を持っている彼女が碇谷を選ぶとは思わなかった。
様子から察するに付き合ってはいないのだろうが、満更でもない様子の碇谷を見る限り、彼女たちが付き合うのは時間の問題だろう。
意外な珍客を見た悠馬は、苦笑いを浮かべながら再びステーキを口にする。
ステーキ美味しい。
「なぁ夕夏」
「ちょっと、悠馬くん!さっきも言ったけど…」
「俺が今プロポーズしたら、どうする?」
碇谷と真里亞がいい感じに進んでいるのに、自分だけ空回りしていて焦りを感じた。
戦争前よりも、なんだか距離が開いてしまったような気がして、そして今日はなんだかんだであしらわれているような気がした悠馬は、不意にそんな言葉が口から出た。
「…え…?」
落ち着いた曲調の音楽が響く中、寺坂と鏡花のことなど忘れて振り返った夕夏は、大きく目を見開いた。




